自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(119)

『ファウスト』〝神秘の合唱〟

また三木成夫は学生時代から在野の哲学者・冨永半次郎(1883―1965年)に師事していた。そして文豪ゲーテが生涯を賭けて完成させた戯曲『ファウスト』の結末「神秘の合唱」の富永半次郎自筆の七五調の訳を研究室に掲げていたという。
富永半次郎自筆

“神秘の合唱
ものみなのうつろふからに
さながらに色とりとりにうつるなり
かけてしも思はぬことの
こゝに起き
ことはにも筆にも堪へぬこと
こゝになる
とこおとめおとめさひすとなよよかに
われらひかれてをとこそひすも”

1行目の〝うつろふ〟は移ろふか。2行目の〝うつる〟は映るか。〝とこおとめ〟は永遠の女性か。
なかでも最後の〝とこおとめおとめさひすとなよよかに われらひかれてをとこさひすも〟との訳がじつに味わい深い。ちなみに森鴎外は「永遠に女性なるもの、我等を引きて往かしむ」と、高橋義孝は「永遠にして女性的なるもの、われらを引きて昇らしむ」と、池内紀は「くおんのおんなが、われらをみちびく」と訳している。
三木成夫は次のように記している。

“ひとびとはこの宇宙の原形を在る時は「kosmos」と呼び、また在る時は「天」と呼ぶ。ファウストを完結させる〝Das Ewigweibliche(永遠の女性)〟の表現は、まさしく、こうした万物生成の天然の姿を、いわゆる大地母Magna Materのそれに託して披露した、それは文字通り〝根原秘奥への賛歌〟と見られるものであろうか……”(『人間生命の誕生』)

いったいなにをゲーテは、三木茂夫は言おうとしているのだろう? 当てずっぽうな物言いになるかも知れないが、かのゲーテが〝永遠の女性〟という表現に託した生涯とらえて離すことのなかった世界、山岸巳代蔵の「万象悉く流れ、移り行く」と呼べる世界、の解明にこそ、自分らがこの間追い求めてきた「秘められた実態の把握」に繋がるものがあるのではなかろうかと、ひどく好奇心をそそられるのだ。
山岸巳代蔵を始めこれら先達諸氏の未だ自分には謎めいたコトバは、共通して人間の中の「男と女」に、「人間」であるという本質的なものと「異性」であるという本質的なものとの両方を見極めようとしているかのようだ。
どういうこと?
一言でいうと、未だ生きられていない「男女の性」の世界を基調とした本質的な人と人との繋がりの世界で生きようというのだろうか……。
こんな自問自答が繰り返し脳裏に浮かんでくる。

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わが一体の家族考(118)

見ずして行うなかれ!

その解剖学者三木成夫の記述にあったゲーテの〝不可思議な転換〟についてあくまで自分勝手な推測にすぎないが今少し続けてみる。
1953(昭和二八)年「山岸会」が発足した年の暮れ、名古屋の養鶏専門誌『家禽界』の記者が京都地方の孵卵業者の得意先回り中に風変わりな養鶏の話から、その不思議な男、山岸巳代蔵に三日三晩旅館で書き上げさしたのが『山岸式養鶏法』だった。
山岸式養鶏法

その巻末は次のように記されている。

“今までに発表した断片的なものを見聞して、各地から、何か参考書をと所望され、また出版の呼びかけがよくありましたが、今これを書こうという意志はなかったところ、これは水害後の出来心で、用意もなく取り急いだため、纏まらない事甚だしいです。若い時に作成した自分用のデータ等少々残ってあったものまで逸失して、今になるとちょっと惜しい気がします。私には記憶力がなく、何か読んでも、頭に入れておくことが煩雑なので、そのエキスだけ吸収することにしています。人の名・年代・地名或いは文章までも努めて忘れる。ことに数字はなおさら覚えないことにして、それがどこを指しているかという程度で充分で、資料はなくしても私としては不自由はないのですが……こんなことで果たしてどうか……整理が出来ていないので重複した部分があります。
機を得て何れ削除・補綴を加えたいと思います。風袋が多くなり過ぎました。〝見ずして行うなかれ!行わずして云うことなかれ!〟の数語に尽きるものを。ではまた。(1953.12.)”

ここでの〝見ずして〟とは、何を〝見る〟ことなのだろう?
これこそ先述の「万象悉く流れ、移り行く」の一節に、心境の変化に伴って栄枯盛衰のはかなさやむなしさを見ていたものから宇宙自然界の底に息づく生命力というか美しさ・豊かさ・温かさの源がそこはかとなく広がっている自然全人一体の姿を見るということではなかろうか。
三木成夫はそのことを〝人間進化の究極の出来事〟と見なすのだ。
それはまたゲーテの眼に映じた大宇宙の森羅万象の〝ひとつのものが色とりどりに容姿を変えて見せる、そのような動き〟として眺める……というところと重なっていく。
宇宙自然も、人間そのものも、人為的な業績も、一日として〝後返り〟しない。常にとどまることなく流れ続けてゆく姿ではないのかと。
山岸巳代蔵もまたそうした秘められた実態の中の、

“人間の考えよりのものの中には、正しさに於て、方向を誤り、正しいと思っていること自体が思い違いで、大変な逆方向へいっていることがずいぶんある。”

と見なして、本来の姿・人間復帰へのスタート、考え方への切り変えを第一義としたのだった。
そして先述の、
〝稲は一生元気で暮らして良い子孫を残したいと稲穂を実らせ、美果が甘露を湛えて人を待ち、太古の昔から鮭が故郷の川へ産卵のためにさかのぼっていく〟姿に、万象悉く流れてゆくものを見たように、
自分らもまた〝生まれ、育ち、子を生み、生活し、老いて死ぬ〟世代交替の〝後返り〟しない繰り返しに、とどまることなく流れ続けてゆくものの本心を見る思いがする。
これこそ理念と自分との間を結びつけるものの正体ではなかろうかと実感されてくるのだ。

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 「と」に立つ実践哲叢(35)

 コーヒーの〝美味しさ〟

最近の缶コーヒーのテレビCMがまったくもって心憎い演出だ。なかでも「世界は誰かの仕事でできている」シリーズの『つながっている』篇がとくに面白い。
世界は誰かの仕事でできている

道路作業員の一人が休息中に「便利になったよな」と、スマホアプリの便利さに感心する。→そのアプリを作った開発者が、コンビニの弁当の美味しさに「うま! この弁当企画した人、マジ神」と感動する。→コンビニの弁当を企画した企画者が、「お弁当は素材が命 生産農家様々ね」と野菜を作ってくれる生産農家に感謝する。→鮮度にこだわる生産農家は、「野菜は鮮度やけ、運んでくれる人に感謝やね」とトラックドライバーに感謝する。→新しく開通した道を通るトラックドライバーは、「この道完成したんだ、助かるわぁ」と道路作業員に感謝する。
そして再び、開通した道路で作業員二人の会話にもどる。
つながっている篇

「なんか他人とは思えないですね」
「つながっているのかもな」

これはスゴい! たったの30秒で缶コーヒーの〝美味しさ〟をここまで表現できるとは、と驚嘆した。きっと多くの視聴者の心に深く響いていくに違いない。
たしか宮沢賢治の言葉に「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」とあったが、普段のたかがコーヒーの〝美味しさ〟にも通じるものがあるようなのだ?

ある日の研鑚会で、「本当にコーヒーを美味しく飲む秘訣は、例えば1日に三杯飲んでいたコーヒーを三人の人に飲んでもらった時のコーヒーの味、これは簡単な算数の問題です」と研鑽した。エッ!? 自分が飲まないのになぜ美味しいのだろうかと頭を悩ましたことが懐かしく思い出される。
人と人とが離れ、相反目している今の風潮の中で、くだんのCMでの「なんか他人とは思えないですね」と、うんと情が出て泣きたくなるような言葉が心に染み入るようだ。

そこにはよく考え抜かれた哲学が感じられる。するとやはり梅田悟司さんという制作スタッフの一人に『「言葉にできる」は武器になる。』という著書があった。

筆者は、相手に伝わり、胸に響く言葉を生み出したいとの強い思いから出発する。そこから言葉には、他人とコミュニケートするための〝外に向かう言葉〟と物事を考えたり、感じたりする時に無意識のうちに発している〝内なる言葉〟の二つの種類に気付く。〝外に向かう言葉〟を育てる〝内なる言葉〟の存在に気付いたのだ!
この〝内なる言葉〟の涵養こそ、相手の胸に響き、納得や共感を得られるようになるコツなのだと。そして今流行の「かわいい」や「ヤバい」で留めていると、いつしか自分の心の琴線を鈍らせてしまうことを危惧する。

要は〝たった一人のために言葉を生み出すこと〟にある!? まったく同感だ。自分の中のあなただけに通じればいい〝内なる言葉〟こそ誰の心にもあるあなたなのだから……。

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わが一体の家族考(117)

〝次元の〈転換〉〟を促すもの

先の「万象悉く流れ、移り行く」という森羅万象に満ち溢れているものにしょっちゅう想いを馳せていると、3D写真のように思いがけないものが浮かび上がってきて感動的だ。以前書いた文章の一部を再掲してみる。

“観光道路・レインボーラインの山頂公園からは、日本海・若狭湾の入り組んだリアス式海岸に面した若狭湾国定公園を代表する景勝地、三方五湖(みかたごこ)が一望できた。しかも正面の水月湖には何度目かのボーリング調査やぐらも遠望できた。
三方五湖

この水月湖から1991年七万年間におよぶ年縞(ねんこう)が発見された。年縞とは、木の年輪にも似て春先に大発生するプランクトンの死骸(白い縞)と秋から冬にかけて積もる粘土(黒い縞)とが織りなす縞模様で、過去の気候変動や植生変化などに関わる重要な情報が含まれているという。何万年にもおよぶ泥の堆積が奇跡的に維持されていたのだ!
麓の若狭三方縄文博物館には、湖底から採取されたボーリングコア試料の一部が展示されている。年縞の一年あたりの厚さは約0、7ミリ。その中に中国大陸からの黄砂,火山灰、珪藻、花粉、葉っぱの化石等々が分析解明されて、地震や大洪水の年も正確に復元されているという。
1年分の「年縞」

驚きだった。それまでわたしの中では地・水・火・風など無生物界の現象は、時の流れとともに跡をとどめないものという先入観があった。しかし泥の堆積物が語る事実に触れて、人間を含む動植物の生き様と変わらないのではという思いに打たれたのだ。数万年前までさかのぼれる黒っぽい縞と白っぽい縞の交替のくり返しに、無生物界の意志というか「こころ」を見たかのような……。
稲は一生元気で暮らして良い子孫を残したいと稲穂を実らせ、美果が甘露を湛えて人を待ち、太古の昔から鮭が故郷の川へ産卵のためにさかのぼっていく。そして吸収生長の期と後の世への生命の繁栄を、劃然と区分する。
わたしたち人間もまた、生まれ、育ち、子を生み、生活し、老いて死ぬ世代交替を代々くり返している。そんな不断の前進一路・無停頓の律動(リズム)を生きるわたしたちがいる! そうした交替の律動(リズム)現象に、なぜか名状し難い興奮を覚え、体の奥からなにか心温まるものがこみ上げてくるのだ。”(2015.1.1本旨 心あらば愛児に楽園を)

この間、解剖学者・三木成夫の『胎児の世界』等の著作に感化されてきた。なかでも『人間生命の誕生』所収の「ゲーテと私の解剖学」と題した一文に触れた時、今後自分が何に向かって考えていけばよいかの力強いヒントが得られたような気がした。
まるで自分に向かって語りかけられているように……。
その一文で三木成夫は、晩年の文豪ゲーテが生涯を賭けた労作『ファウスト』全篇を封印してしまった、その真意を探り続けることが自分の専門・解剖学はおろか生き方にまで大きな影響を受けた経緯について記している。

“十九世紀前半の一ドイツ人の内面に起こった、それも人に知られない不可思議な転換という出来事を、畑ちがいの私が、これ程までに問題にしようとする、そのこと自体、はなはだ奇妙に思われる方があるかも知れない。しかし十年一日というたとえがあるが、このゲーテのぎりぎりの体験に、様々な角度からひたすら近接を試みているうちに、何時からとはなく、一体このWendung(転機―引用者注)なる出来事は、一人の人間の特殊な経験として看過すべき性質のものではない、それどころか、これこそ人間進化の究極の出来事ではないかとすら思われて来だしたからなのである。
すなわち、このような体験の保証がない限り、徒に、ありのままにものを見るという事自体、実は不可能な要請ではないかと思われてき出したからなのである。”

として、三木成夫はここ二、三年、一番身近な生物の現象がこれまでとはおよそ違った生き生きとした姿で目に映り始めた自分自身の内部に起こったある微妙な変化をゲーテのぎりぎりの体験に重ねるのだ。
なかでも〝次元の〈転換〉〟を促すぎりぎりの体験が、〝一人の人間の特殊な経験として看過すべき性質のものではない、それどころか、これこそ人間進化の究極の出来事ではないかとすら思われて来だした〟という一節から、三木成夫と同じような心当たりが自分にもあるかのように迫ってきたのである。
すなわち、

“この自分がもっとも心安まるこの場所から〝真理、真実、真意、真相、事実、実態〟への通路というか「理念と自分との間に橋を架ける」とは、こういうことではなかろうかという驚き”
とも重なるようにも思えてきたのだ。

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わが一体の家族考(116)

心の琴線に触れる場所

“神がそばを通られてもわたしは気づかず
 過ぎ行かれてもそれと悟らない”(ヨブ記)

無いものが、見えないものが見える人になるために、〝ふとした機縁から気づい〟た世界を通り過ぎないために、そこに立ち止まり、踏み留まって、行きつ戻りつを何度も何度も繰り返し表現していくのだ。
何とも言葉で表せない感情でいっぱいになり胸が熱くなる〝この感じ〟って、いったい何なのだろうかと。
しかも〝この感じ〟に抱擁(つつ)まれて自足している自分とはどんな自分なんだろうか?
そう言えば〝心の琴線〟という言葉があったなあ。〝琴線〟という言葉が強く印象づけられたのは、たしか某新聞のコラム記事(1985年)によってであった。

“春の風や花びらといっしょに、楽しい便りが郵便箱へ入ってくる。外国からの絵はがきや、仲間の詩集や、映画の案内状や、なかにヤマギシズム春まつりの案内がひときわ目をひいた。ことしのテーマは「散財」とある。(……) きっとこの大らかな「散財まつり」は人の心の琴線を揺するに違いない”

〝琴線〟とは"heartstrings"の訳であり、古代解剖学で心臓を包み支える腱(神経)と考えられた。古くは「心弦」「心糸」と訳されていた。人の心には、琴の糸のように共鳴するメカニズムが備わっていて、その糸に触れると感情を動かされると考えられていたことから、心の奥底にある、微妙で感じやすい心情を〝琴線〟というようになった。こんな説明が一番しっくりする。
それにしても彷彿と浮かぶあの恥ずかしそうな笑顔から一瞬のうちに蘇り、こみ上げてくる心の琴線に触れるものの正体は、いったい何なんだろうか? 

そうやって四六時中自分自身の実感に思いをめぐらせていると、ふと〝琴線〟の鉱脈を探り当てたような瞬間があった。底が抜けたような感触があった。実感をともなった体験の場に立ちあがった。

例えば山岸会が発足してすぐの山岸巳代蔵の著作『獣性より真の人間性へ』は「万象悉く流れ、移り行く」という一節からはじまる。これは栄枯盛衰のはかなさやむなしさを表現したものだろうか。いや、それは逆で事実は宇宙自然界の底に息づく生命力というか美しさ・豊かさ・温かさの源がそこはかとなく広がっている自然全人一体の姿を言いあてた表現ではなかろうかと見えてきたのだ。
だとしたらこの自分がもっとも心安まるこの場所から〝真理、真実、真意、真相、事実、実態〟への通路というか「理念と自分との間に橋を架ける」とは、こういうことではなかろうかという驚きがあった。
琴線に触れるような体験の先に、人間本来の姿としての自分らの「ヤマギシズム」が立ち現れてきた! それって〝自分がヤマギシズムになる〟ということ?

例えば作家ドストエフスキーは、ムイシュキン公爵の心安まる場所を次のように表している。

“それは彼がいつも好んで思い出す地点であり、まだスイスに住んでいた頃、好んでそこまで散歩に行っては、その地点から眼下の村を、下のほうにわずかにほの見える真っ白な滝の白糸を、白い雲を、打ち捨てられた古い城を、眺めたものであった。ああ、いま彼があの場所にいて、そしてひとつのことだけを考えていられたら、どんなにかいいことだろう。そう、一生そのことばかりを考え続けて、そのまま千年だって過ごすことができただろう!”(『白痴』)
スイスの片田舎

そこは〝ただ自分の思いだけを抱いて一人きりになり、誰にも自分の居場所を知られないような場所〟なのだ。自分だけにしか通じないそんな心の琴線に触れる場所がある。しかもそこから、〝メビウスの輪〟のように誰の心にもある同質の〝琴線〟に触れられる・共感するという不思議さに出会うのだ!

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わが一体の家族考(115)

思い浮かんだ虫のいい考え

ある日の研鑚会では、ボードに次のように画かれてあるテーマを終日眺めつつ研鑽した。
“無我執研鑽
1 人間の判断能力
(五感、六感、記憶力、知能、知識、経験、その他)
2 真理、真実、真意、真相、事実、実態と
人間の考えや観察による判断との異い
3 無我執(我当然、執抹殺)”
横山大観『無我』

なかでもとりわけ〝2〟の項目の、真理、真実……と続く上の段と人間の考え……と続く下の段との〝異い〟を自らの実例を出し合って研鑽した。
ここでの研鑽の急所は、自分よりの観方の延長で上の段と下の段を〝分離〟することにあるのではなくて、〝異い〟を肚に落とすことにあった!?
フッと〝自分がヤマギシズムになればよい〟という気持ちが思い浮かんだ。
でも瞬時に〝そんな馬鹿な〟と打ち消した。だって

“ヤマギシズムとは一口で言うと、すべてに本当、即ち真なる理は正しいと思う考え方で、何事を考えるにも行うにも、真理に即応しようとする思想である”

から、こんな我執まみれの自分が絶対にヤマギシズムになれるはずがないではないか。
でも、このままでは〝異い〟をスッキリ肚に落とすことはできない。そんな不完全燃焼感がくすぶり続けていた。
実はここでも〝次元の〈転換〉〟が意味するものにそれこそまさに直面していたのだ。
その当時は思いもしなかった事柄にぶつかって先の見通しが全く描けなく不安な日々を過ごしていた。心境的にも追いつめられていたからか、いつしかなじみの自分がいちばん安堵して心安まる自分だけにしか通じない場所へと引きこもりがちになっていた。現実から目を背ける心理状態にあったのだろうか。

ところが、そんな〝なじみの自分がいちばん安堵して心安まる自分だけにしか通じない場所〟から醸しだされる何かほのぼのとした温かさに何度もくり返し出会っているうちに、この不思議な感じの正体はいったい何だろうと想いを馳せるようになった。むしろ前向きにそうした想いに会いに行くようになっていた。心地よかったからだ。癒やされた。

でもその場所は自分しか知らなく、とても他の人々に通じていくはずがないマイナーな世界だった。
そんな世界が二十数年ぶりに蘇ったのだ!
というのも、いったんは自分よりの観方から来る極私的な体験世界でありヤマギシズム運動には不必要なものとして自ら封印・棄てたものだった。そんな世界がくり返し蘇ってきたのだ!?
以前にも紹介したその部分を引用してみる。

“朝寝坊の得意なぼくは、時として朝一番の水やりやエサ見を怠った。そんな時は必ず奥さんが代ってやってくれていた。そして遅れてやってきたぼくの顔を見て恥しそうに、「フフフッ」と微笑むだけだ。ちっとも批難がましいことは言ってくれない。これはかなりぼくの胸にひびいたことの一つだ。”(ある愛の詩)

自分の心に響く極私的な体験世界。きっと他の人に伝えようとしたら、〝通じないもどかしさ〟に身もだえするような……。
この何とも言いようがない自分自身の中から湧き出してくる〝この熱い感じ〟に思いを集中させていると、そうか〝いい思いをする〟ってこんな感じなのだなあと改めて実感させられた。

以前Sさんから「ヤマギシズム社会は徹底した個人主義ともいえる」と聞かされて驚いたことがあった。それまで漠然としたみんなで仲良く助け合って生活する社会像の印象しかなかったので、エッととまどったのだ。Sさんはいう。

“結局自分がよくなるためからすべて出発している。
屈辱・忍従・犠牲・奉仕・感謝など一切ない。何ごとも自己より出発して自己に返る、という徹底したものだという意味からいったもので、工夫して人をよくするとか社会をよくするのでなく、自己の楽しむ場を広めていくためで、決して人のためでないということをいったもの。
そういう個人がやっていく上に副産物で理想社会ができていくというような意味なのだけれど……”

だとしたら、自分にとって一番心安まる場所から〝自分がヤマギシズムになる〟への通路が〝自分がよくなるため〟から拓かれないだろうかと、そんな虫のいい考えが思い浮かんだのだ。

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わが一体の家族考(114)

〝握り飯と餅〟の譬え

なかでも〝観念にも二つある〟と知らされて驚いたことがある。

“観念も二手ある。理念からくる観念と、理に反しててもよいとする観念よ。何か分からんものがあるとする、それ研鑽態度よ。明田さんも「何か分からん、それを知りたい」と言う。それ研鑽態度よ。だが分からんままに放っておいて、理念の検討やらないで、現象を言って信者を作る危なさよ。(略)
理念を軽く見るのと、これほど大事かと。「卵の価値は〝生きる力〟だ」と聴いた場合、「ああそうかな」となるのと、「何も形してたら、売れたらよいやないか」と。これは握り飯談義かと思うの。たくさんの人達に影響のあることは、なおさら考えてほしい。
観念と理念を分けて下さいね。”

観念にも〝理念〟、理に立った観念と〝非理念観念〟、ただ無智な理を忘れた観念と二つあるのだという?!
確かに当時(1960年)ソ連・中共・北朝鮮の一糸乱れず明るく楽しく仲良くやっている共産主義の全盛期の姿を見て、あれは初期の希望に満ちている段階に過ぎないと山岸巳代蔵はその正体を見抜いていた。
唯物論も一つの観念に過ぎず、何故そうなったかの過程を検べないで、現象界で仲良くいけたら良いとする危なさ、〝握り飯談義〟に警告を発していた。
月の世界へ何ぼ行けても、やはり解決できないものがある。今の姿は、人間社会はこんなものだと観念づける〝非理念観念〟からの〝仮の現象〟にすぎず、真理に即応する〝理念〟に立つ信じ込まない研鑽態度からの現象化される実態とにハッキリ区別される。

そうした〝出どころが全く異う〟にもう一歩踏みこんでみる。
〝二つの幸福〟についても、〝幸福感〟の延長線上に〝真の幸福〟が現れる訳では絶対にない?! タダそう思っているのみの〝感〟から出発しては、世界中からひとりも不幸な人が無くなるようにはならないのだと。
以前ヤマギシの実顕地造成の過程で、まずは無理ないところで共同経営等で段階的に試しつつ、良かったら実顕地化つまり〝共同から入って一体へ〟を目指したらどうかという意見もあったと聞く。
そこでよく〝共同と一体〟の異いを、〝握り飯と餅〟の譬えで論じられてきた。

山岸 〝一体〟を言っていた。僕が言ってるのは、餅の譬えを出したのは、「人間はみな餅だ」と、心の中に思ってるのよ、そういう心で言ってるのよ。皮をむき、蒸して、搗いたら餅になると。
現在、「一体、一体」と言ってて、一体になってないのは、「我の皮をかぶっていて、それをむかんことには一体になれない」と、これを言わんとするのよ。餅でも皮をかぶってる間はどっちに搗いても餅にならない。
やはり一体を出すのが先や。またばらばらになるものを先に作って出すより、一体を先に出してと、これを言うのやけど、これを聴かないで、ちゃんと自分の考えで早分かりする危なさよ。”(第一回ヤマギシズム理念徹底研鑚会記録より)

ここまで〝共同と一体〟の異いについてハッキリ解説されているにも関わらず、どうしても〝自分の考えで早分かりする〟のかバラバラの〝握り飯談義〟にはまり込んでしまいがちだ。
おはぎ

なまじ中途半端な〝ぼた餅(おはぎ)〟のように表面上は固まっているために何ぼ搗き上げても餅になれないでいるのかも知れない。
それぐらい「人間はみな餅だ」から出発するという次元の〈転換〉を意味するものの大きさをしみじみと感じる。しかしここの個所が、いっとう分かりにくいのだ。
本質的な異いをかれこれ口で言い、文字で書いてもどうしても〝共同から入って一体へ〟の文脈としてしか受けとめられない。それは普段の自分らの使い慣れた慣性観念からの考え方でもあるのだろう。
ただもう〝仲良かったら良い〟〝健康だったら良い〟とする社会通念に盲信し続けるのか、やはり自分から殻脱いでもっと底の本質的なものから検べていこうとするのか。

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 「と」に立つ実践哲叢(34)

 『天才を育てた女房』

先回ベストセラー『君たちはどう生きるか』の中の「石段の思い出」を紹介しつつ、

“ああ、自分にも思い当たるなあ。しかもそんな想いを繰り返しめぐらせていると、いつしか自責の気持ちも消えて心の中がジーンと熱くなってくるのを感じる。実は心の奥底では自分の喜びは他の喜びとなっているのだ!”

と記した。そして、その次に〝自分の喜びは他の喜びとなる〟心境って、こんな感じなのかなあといつか皆で研鑽した〝傘の例〟が思い起こされた。こんな話である。

“雨の日、向こうから傘なしで濡れてくる人がいたら、ふっと「この傘を使ったらいいよ」と差し出したい気持ちが浮かぶだろう。でも普通はそんな一瞬の気持ちが浮かぶか否かに(でも自分の方が濡れて困るな)といった様々な理由など何か観念づけたもので打ち消してしまう場合が多い。”

それでもなお、実際に最初に浮かんだ気持ちで傘を差し出してみたらどうだろう。きっと相手も困っていた時だから、差し出されたものへの喜びもひとしお増すのが人の情けではないだろうか。傘を差し出す方も嬉しいし、受ける方も嬉しい。
そんな気持ちのある心からの行為から、一気に与えて喜び、受けて喜ぶ世界が現れる! そこに喜びの自分を〝発見〟するのだ!

その矢先たんなる偶然か、数学者・岡潔とその妻・みちの人生を元に再構成したテレビドラマ『天才を育てた女房』を見た。
天才を育てた女房

世間から無視され数学三昧の発見の喜びのみに生きる変わり者の岡潔(佐々木蔵之介)を、あなたには〝頭の中にあるものを形にする責任がある〟と支える妻・みち(天海祐希)の夫婦愛に感動した。何せどんなにか素晴らしい画期的な論文を書き上げても、学会の誰からも理解されない!? 妄想に過ぎないと仲間外れにされて大学の職にも就けない。
それが戦後、論文を渡米する湯川秀樹に託し、シカゴ大の数学者アンドレ・ヴェイユを経由してフランスにわたり、はじめて第一級の成果として世界に受け入れられる。 

岡潔は若い頃フランスに留学していた。そこではじめて日本には空気や水のように絶えずふんだんにあるものが、ここには無いことに気付く。日本にあってフランスには無いその何かとは、人と人との間に、人と自然との間によく通い合う心、〝情〟であった。
数学上の発見においても、そんな〝情〟を基調にした温かいものに包まれている中に、なぜか突然難問が解けてしまった!
岡潔

魚が水の中に住んでいるように、人は〝情〟の中で暮らしている。だとしたら、人間観念界の空気や水に相当する部分についても、その清浄化復元に心すべきではないのか。
晩年の岡潔は、〝日本の国という水槽の水の入れ替え〟を本気で提唱しつつ人類滅亡への警鐘を鳴らし続けた。
改めて私の心の中にあるヤマギシズムを想う。 

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わが一体の家族考(113)

〝何でも二つある〟

振り返ると日々の生活の中で繰り返し呪文のように、〝何でも二つある〟というフレーズを自分に言い聞かせつつ現実に立ち向かおうと心してきた。
ここでの〝何でも二つある〟というフレーズは、例えば次のような文脈が出どころであるに違いない。

“幸福といっても二つあり、一時的の喜びは本当の幸福ではなく、仮の幸福感に過ぎないものです。”

つまり自分らは普段何気なしに幸福の意味を喜怒哀楽を伴う不幸に対しての対句で捉えていて、幸福だとタダそう思っているのみの、〝感〟だというのだ!?
その昔『二つの幸福 真の幸福と幸福感』(山岸巳著)という小冊子を資料に研鑽したことがある。そこでの小見出しをあげてみる。
二つの幸福

○仮の幸福(幸福感)に生きる愚かしさ
○感(幸福感)人種の如何に多き事よ
○真の幸福はいずこに……方法あり、具現方式で
○山岸会の結合とその活動
○ヤマギシズム社会は 幸福研鑚会から

つまり幸福研鑚会から、宗教・神仏に依らなくして、幸福感でない、真の幸福が得られるのだという!?
その頃は(否、今も?)幸福と感じる〝感人種〟そのものの自分しか知らないからか、〝真の幸福〟のイメージをリアルに思い描くことが出来なかった。逆になぜもっと詳しく〝真の幸福〟についての解説がないことが不思議というか不満でならなかった。
まあ、〝真の幸福はいずこに〟と問われてもねぇといった心許なさを感じながらも、この幸福感と真の幸福を区別する〝何でも二つある〟は研鑚会でどんどん拡張されていった。曰く

○人間の思い考えと真理、真実、事実、実態
○暗く見る観方と事実その中で強い自分を見いだす二つの逆の考え方
○二つの事実
○食べたいから食べるのと、食べなくてもよいが食べる
○失敗型と成功型
○共同と一体
○宗教と研鑽 等々

例えば今もって心に焼き付いている〝二つの事実〟談がある。
戦時中の飼料欠乏時代に養鶏組合の責任者だった山岸巳代蔵が牛も好まぬ粗飼料を調達して組合員に分配したところ、多くは食べさせずに鶏を痩せさせて皆の不評をかった。ところが山岸巳代蔵の鶏舎ではどの鶏も皆満腹し落ちついてよく肥り満足そうに卵を産んでいたという逸話がある。
この養鶏の達人談のようなことが八〇年代ヤマギシの有精卵の増産要請が一気に高まり、暑さや産み疲れや病気に負けない頑健な消化器の鶏体造りをねらって大量の青草やモミガラや焼酎粕のような食品副産物・廃物の活用もかねた給与を始めた頃、他人事ではなく同じ現象に直面したことがあった。 
というのも、ある日の鶏や豚や牛の飼料専門研鑽会で「ヤマギシズムでは餌代が安いほど鶏が健康に育つ」と聞いたのだ。その時は、原因と結果を逆さまにしたような表現にオカシミを感じつつ、何はともあれ、軽率にそうか安ければよいのかと、ある時単価の安い粗飼料を一度に多く給餌してみたのだ。
すると案の定、鶏を痩せさせて皆の顰蹙(ひんしゅく)をかった。打ちひしがれた。いったい自分の何が間違っていたのか?

確かによくよく観れば、例えばモミガラ一つとっても、こんな栄養もなく消化しにくい硝子繊維の固まりが餌になるとはとても思えない。事実食べ残しの餌を捨てる餌箱掃除で忙しくなり、しかも下痢便の鶏が続出したりでモミガラは厄介者にしか見えなかった。
反面またウイスキーを製造する際の液体粕とモミガラを組み合わせて給与してやると、なぜか鶏が喜んで食べつくす事実もあった。
モミガラは食べ残す、食べないという事実に対して、よく食べる、食べ残さない、という事実もある。
このモミガラを食べさすという小さな一事に、二つの事実がある? それって、どういうこと? とても不思議なことに思えた。人生上超難問題に取り憑かれた気分が続いた。

そうかあ、モミガラがダメじゃないんだ。モミガラを食べ残すようにするには、食べ残すようなやり方をこの自分がやっているからだ。食べ残さないという事実は、食べ残さないようにするからだ。そんな発見にも似た驚きが今も続いている。
〝出どころが全く異う〟のだった!
〝真の幸福〟を幸福と感じる〈私〉が確かに実在する!

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わが一体の家族考(112)

心の〝転換〟の機微

先の映画『おくりびと』で主人公・大悟は、突然くるりと踵を返して、〝とっくに戸籍から外れている〟父親の元へと駆け出した。
また映画『エロデ大王』のエロデ大王と王妃マリアムに自分と柔和子を重ねた、

“柔和子を苛め殺した(エロデ王)悔恨の涙と、うつろな孤独な僕、盲信のままで一度も溶け合わない、愛して愛して、真に愛し合っているが故に、愛し合ってい乍ら、ピタリと寄り添えない感じ、通じ合わないもどかしさ、夫婦であり乍ら直接話し合えない、悲しい、哀れなお互いを感じ乍ら、永遠に死境をさまよおうとしているアブナイ瀬戸際”

が一転、

“柔らかく和やかな、夫を思い、全人を思う真の愛の女神に温かく抱擁されて、さすがのみよも、にわにおさまる。”

に好転していく、こうした心の〝転換〟の機微に迫りたいと思う。
次のような一節がヒントになるかも知れない。

“僕と柔和との恋愛結婚は真なるもので、心・情・感等の世界では、我執の出没によって波立ち、言動・現象は結婚したり、解消したりしているように見誤られるが、感の世界の基なる無感の真の世界では、恐らく絶対動かない、離れようのない真の結婚だと思う。
従って何時か其のいずれか(両方にありそう)にある我執が消えた場合、心も現象も完全無欠の完全夫婦と必ずなるであろう。
過渡期に如何なる波乱万丈の混乱事象が起ころうとも、末は必ず真なるものに落ちつくもの。
人間であるから思い違いはいくらでもある。それは赦されるが、それを持ち続け放そうとしない我執は、いつでも赦されない。自分が苦しみ悩むものである。”(我執の害毒は殺人狂よりも悪質なり)

ここでの〝感の世界の基なる無感の真の世界〟について想いを巡らしてみようというのだ。いったいどういうことなんだろうかと。
たしか宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』(岩波文庫版)に、黒い大きな帽子をかぶった青白い顔のやせた大人がジョバンニに語りかける個所がある。
銀河鉄道の夜

“みんながめいめいじぶんの神さまがほんとうの神さまだというだろう。けれどもお互いほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論するだろう。そして勝負がつかないだろう。けれどももし、おまえがほんとうに勉強して、実験でちゃんとほんとうの考えと、うその考えとを分けてしまえば、その実験の方法さえきまれば、もう信仰も化学と同じようになる。”(九ジョバンニの切符)

人と人とが離れ、相反目、敵対しないで〝ほんとうの考え〟と〝うその考え〟を分けることが出来たら、どんなにか素晴らしいことだろうか。今なお心ある人々にとっての切実な課題であろう。
それにもかかわらず〝めいめいじぶんの神さまがほんとうの神さまだという〟自分の立場を全部放したところから、本当はどういうものかというところからの観方・考え方の実行に踏み込んでいる・いく人は皆無に近い。
自分の立場から発して〝ほんとうの考え〟と〝うその考え〟を〝分ける〟ことはぜったいに出来ない!? むしろ〝分ける〟のではなく、〝出どころが全く異う〟ことを知ることが先なのだ。肚に落とすことが肝要なのだ。
ここでの〈次元〉の転換の機微をハッキリ掴むことが容易ではない。せいぜい自分の立場から発しての〝ほんとうの考え〟と〝うその考え〟の分離にとどまっている。
謂わばよくいう〝お金儲けのための鶏飼い〟から〝みんなの幸せを願っての、先ず自分がそういう人になって鶏を飼う(飼わなくても)〟気持ちへの転換・現れなのだ。

先の映画『おくりびと』での事務員・上村さんの発言、最初の「行ってあげて」と二番目の発言内容「行ってあげて」との異いについても当てはまる。事務員さんの二番目の「行ってあげて」の発言は大悟から「だとしたら、無責任すぎるよ」と大声で怒鳴られながらも、〝何かに突き動かされるように〟立ち上がり大悟のそばまで詰め寄っての「行ってあげて」なのだ。
そこにはどうしても〝放す〟行為が、それが出来る人になるという次元の転換が絶対要素として浮上してくるようなのだ。

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わが一体の家族考(111)

琴線に触れる発言

ひょんなことから遺体を棺に納める〝納棺師〟となった主人公・大悟(本木雅弘)の葛藤や成長を描いた映画『おくりびと』(2008年公開 米国アカデミー賞外国語映画賞受賞作品)に次のようなシーンがある。
おくりびと

ある日事務所(NKエージェント)に戻ると、妻・美香(広末涼子)からの伝言が入っていた。それは大悟が子供の時に家庭を捨て出て行った父の死を伝えるものであった。
そこでの事務員・上村さん(余貴美子)とのやり取りである。『おくりびと』の台本からそのまま抜き出してみる。

“NKエージェント・内
大悟「とっくに戸籍から外れているし……。書類にサインも出来ない、って電話しといて」
大悟、電話を切る。
上村、心配そうに見ている。
上村「行ってあげて」
大悟「ホント、大丈夫ですから」
上村「お願い。お願いします」
上村、目に涙を浮かべて訴える。
大悟「……」
佐々木(社長・山崎努―引用者注)「……」
ストーブの上の薬缶から湯気が出ている。
遠い目をして上村が語る。
上村「私もね、帯広に捨てて来たの。息子を。6歳だった」
大悟「……」
上村「目先の愛が……大切だった。ママ、ママ、って泣き叫ぶ息子の小さな手を振り払って家を飛び出した」
大悟「息子さんとは?」
上村「会いたいに決まってるけど、会えない」
大悟「どうして? 会いたいなら、会いに行けばいいじゃないですか」
上村「……(首を横に振る)」
大悟「子どもを捨てた親って、みんなそうなんですか?」
上村「……」
大悟「だとしたら、無責任過ぎるよ」
上村「……。お願い、行ってあげて。最後の姿、見てあげて」
大悟、何も言わずに、出ていく。
同・外
大悟、事務所を飛び出すと……美香が立っている。
美香「……」
しかし大悟は、美香を振り切り、そのまま進む。
美香は大悟を追いかける。
美香「大ちゃん……」
それでも大悟は立ち止まらない。
何かを吹っ切ろうとしながら、ただ足を進める。
父親の影を完全に消し去りたくて、ただ足を進める。
が、けれども。
突然、大悟の足が止まる。そして……
目を閉じて自分への苛立ちを他のもので押さえつけながら振り返る。
美香「……!」
大悟は事務所に向かって、一気に駆け出す。”

そして社長に車を借りて遺体の安置場所に向かった大悟は、30年ぶりに対面した父親の納棺を自ら手掛けつつはじめて父に出会うのだ。
このNKエージェントのシーンをみなで何度も研鑽している。
なかでも事務員・上村さんの発言、最初の「行ってあげて」と二番目の発言内容「行ってあげて」との異いについてだ。
実際の映画の場面では、事務員さんの二番目の「行ってあげて」の発言は大悟から「だとしたら、無責任すぎるよ」と大声で怒鳴られながらも、ひるむことなく何かに突き動かされるように立ち上がり大悟のそばに詰め寄っての「行ってあげて」なのだ。
ここが映画『おくりびと』のクライマックスだ。
最初の「行ってあげて」では通じなかったので、めげないで再度強く「行ってあげて」をプッシュしたから大悟の心を変えたのだろうか? そんな自分よりの観方・思い・考えの同心円・延長線上だけから、はたしてこの場面は生き生きと立ち現れてくるものだろうか? 
この間の文脈で言えば、

“ふとした機縁から気付いて、心が転換して、あの我が抜けた時の何とも言えん気持ちに立ち返って、そこから出発することで、”

に重なってくるものがあるようなのだ。
じつはこの二つの発言の出どころが全く異うことが肚に落ちるというか異いを知ることで、なぜか本当にスカッとするのだった。視野が急に広く明るくなったように感じるのである。
ところがここでの〝異うことが肚に落〟ちる勘どころを掴むことがじつに難しい。〝知的革命〟といわれている所以である。
それにしても〝出どころが全く異う〟ってどんなことなんだろうか?

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わが一体の家族考(110)

映画『エロデ大王』

先述したように1959(昭和34)年7月24日三重県警から全国指名手配された山岸巳代蔵は、各地の会員宅などを転々としながらも、9月中旬から自意出頭する翌年四月十二日まで滋賀県堅田の地に住んだ。この間疲れ切った身体の回復に努めると共に情勢がある程度進展するまで出頭を見送りたいとの心境行動からであった。
またこの時期こそ、かねてからの久しい宿願『月界への通路』の宿稿、なかでも〝ヤマギシズム社会における真の恋愛・結婚観〟はどういうものであるかをまとめるまたとない機会でもあった。
そのことは必然〝熱湯事件〟(昭和34年1月17日)等に象徴される〝随分むごい我抜き、剛研鑽実践やら、私の愛情の混乱から起こる狂態等〟に対しての悔恨や猛省を促した。
たしかに恋愛や結婚は楽しいはずだと思うが、不安だったり、苦しかったり、悩ましい思いをしたりするのは、必ずどこかに結婚条件・資格が欠けているからだ。
そこから我のない人を求め、我のない人を造るに急にして、自分を救うことにウカツだった。
山岸巳代蔵には、目の前の福里柔和子は世界一の我執の固まりに見えていたのである!?
しかしヤマギシズムと現実との、どうも相一致しない矛盾に割り切れないものがあった。本当にそれだけだろうか?
この間の〝血みどろの愛欲史〟に塗り潰された期間をどうにかくぐり抜ける中で見出されたものがあった! 大発見があったのだ!
まずは自らの悔恨や猛省ぶりを山岸巳代蔵と福里柔和子間で交わされた書簡などから今一度振り返ってみよう。

“柔和さえ、それきめつけとちがうかねと云わしてくれて、エッそうかしらと素直に聞いて、共に我執の正体、みんながあれだけの人がなぜあれに気づこうとしないのだろうかと不思議がっている、簡単に判る筈の我執について調べてくれたら、判れば持ち続けられない柔和でもあるし、柔和さえ、柔和さえを連発して来た。”

“今の今まで柔和さえ、柔和さえ、柔和を楽になってもらうためだと云い、実は苦しめ続けて来たことに気がついたよ。”

“苦しいのも悲しいのも、他でなくて自分にあったね。自分でこうありたい、こうあらねばならんかのように決めつけて、そうならないに対し、苦しみ悶える我があったね。他人ばかりを見ていたね。あの人がこうさえしてくれたら、あの人がこうだからなどと、自分さえそうはまいらないのに、人がそう着々とまいるものですか。あの人がわかってくれさえしたら楽になってもらえるのにと、その人が楽にならない事を苦しみ悶えている僕だった。”

その頃、キリスト生誕にまつわる伝説に登場する暴虐な王、ヘロデ大王の半生を描いた映画『エロデ大王』(1959年12月1日公開)見た柔和子は手紙に映画の感想をしたためた。
次のようなストーリーだった。
映画・エロデ大王

“約二千年前のパレスチナは、エロデ大王の暴政の下にあった。勇壮な戦士であり、神殿や都市の建設に力を注ぐ彼も、人民に対しては暴君であった。彼はローマのアントニオと同盟することで勢力を保持していた。ところが、アントニオの軍が、シーザーの養子オクタヴィアヌスに敗れたことから形勢は逆転した。王宮内には謀反の機運が高まり、エロデ大王の地位は危うくなった。彼は自身でオクタヴィアヌスのもとに出かける決心をした。
出発に先だち、彼は腹心の部下アロンを呼んで、残酷な命令を下した。自分が狂気のように熱愛する王妃マリアムを、もし自分が帰らぬ時は殺害せよというのである。
王が出発してしまうと、マリアムの母アレッサンドラが陰謀の口火を切った。息子のアリストブロを王位につけようと計ったのである。折から王はオクタヴィアヌスにより獄につながれているとの報が入った。叛乱は爆発した。アロンは命令どおり王妃殺害を計った。だが、妃と王子アレッサンドロの姿をみると、彼の手はにぶった。暴徒から二人を守ってアロンは脱出した。
その時、エロデ大王が突如帰国した。彼はオクタヴィアヌスを言いくるめるのに成功したのである。復讐がはじまり、妃の母や、その子で妃の弟アリストブロは殺された。その上、王は妃のマリアムとアロンの仲をさえ疑った。アロンは捕えられて拷問され、妃も、狂った王に殺されてしまった。
死後、妃の潔白を証明する事実が現われたが時すでに遅かった。ますます狂気をつのらせた王は、三人の東方の王が、彗星に導かれ新しいユダヤの王の生誕を祝いにきたのを耳にした。
彼は、その年にベツレヘムで生れたすべての赤児を殺害した。無人の王宮の中で、マリアムの名をよびながら、エロデ大王は彷徨った。キリスト文明到来の前夜の物語である。”

山岸巳代蔵はこの手紙の一言一行に、鉛筆で○や×や下線等で強調したり、〈同感感激〉〈一緒に見たかった〉等と書き込んでいる。
二人とも、エロデ大王と王妃マリアムに自分自身を重ねていた。
そして〝最愛の妻さえも責め殺すような、前世紀の遺物(剛研鑽での我抜き)に死守して〟いた自身を振り返り、

“どうかどうかエロデ大王に成らさないでね。アレを教訓に僕も好んで成らないよう努力するから、”

と誓うのだった。

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わが一体の家族考(109)

メビウスの輪・二人の一体
メビウスの輪

山岸巳代蔵のこうした複数の女性との〝愛情研鑽現場〟での狂態、本人はそこから真なるものへと打ち続く本質的な世界への入口を見出したとも言うが、あまりに理解をはるかに超えたものだった。

“甘えているものではない
 二人の女等にこだわっての問題と違う”

と自己弁明しつつ、

“理念と現象と、一貫して見ないと。”

ともいう。
もちろん自分らも所謂複数婚の修羅等に眩惑されてはならない。ヤマギシズム結婚観の核心部分へと分け入っていきたいと思う。
手がかりとして、例えば先の〝柔和子に寄せる〟に次のような一節がある。

“本当の僕になりきって聞いて欲しい、知って欲しい。”

という。例えば乱暴している姿を見て、非難しないで、苦しいのだろうなぁと共に苦しむ〝同情者の立場〟でもなく、何であんな事するのかと〝何故の立場〟でもなく、検事、裁判官や教師の立場でもなく、

“顔も姿も心も体も、年令、性別も凡て、全く愚かさも、幼稚さも、僕そのままになって聞いて欲しいよ。淋しがりやで、自制心のない僕になりきってね。”

と、判断等、後の後の回しで、寸分違わぬ同じ僕になりきってね、と呼びかけているのだ?
どういうこと? 〝本当のお互いになりきる〟なんて、そんなこと実際可能なのか?
あの表側がいつのまにか裏側に繋がっているという不思議な〝メビウスの輪〟のようなものか?
次のようにもいう。

“僕と柔和との恋愛結婚は真なるもので、心・情・感等の世界では、我執の出没によって波立ち、言動・現象は結婚したり、解消したりしているように見誤られるが、感の世界の基なる無感の真の世界では、恐らく絶対動かない、離れようのない真の結婚だと思う。
従って何時か其のいずれか(両方にありそう)にある我執が消えた場合、心も現象も完全無欠の完全夫婦と必ずなるであろう。
過渡期に如何なる波乱万丈の混乱事象が起ころうとも、末は必ず真なるものに落ちつくもの。
人間であるから思い違いはいくらでもある。それは赦されるが、それを持ち続け放そうとしない我執は、いつでも赦されない。自分が苦しみ悩むものである。”(我執の害毒は殺人狂よりも悪質なり)

いったい何を言わんとしているのだろうか。
ここでは我執の有る無いは問われていない。これほど〝我執の害毒は殺人狂よりも悪質なり〟と断言しているわりには、〝我執の出没によって波立ち、言動・現象は結婚したり、解消したりしているように見誤られる〟と我執が有ることに案外寛容なのだ!? たんなる修辞的な逆説表現だろうか?

否、それが〝我のある世界での研鑽態度〟なのだ。自分が気狂い、乱暴者、ひねくれ者、我で苦しんでいる幼稚な人になりきって、〝同じ二人が一つになれてから〟、そんな〝二人の一体〟から仲良くほのぼのの気分で問題を解いていこうというのだ!
この間の愛情研鑽現場で、ヤマギシズムと現実との、どうも相一致しない矛盾に翻弄され続けてきた。真なるものには、悩み・苦しみはないのが本当なのに、いったいこの苦しみはどこからやってくるのか?
理屈ではその通りだと思うが、そうなれませんと言っている相手を、これでもかこれでもかと責め苦しめ、自らも自分で自分をどうすることも出来ない苦しみから脱却できい責め手、受難史の数々。
それが今や、そうも行かない不思議な謎が解けたのだ!
それが〝我のある世界での研鑽態度〟、〝本当のお互いになりきる〟ことだった。一体になることが先だった!?

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 「と」に立つ実践哲叢(33)

 『君たちはどう生きるか』
君たちはどう生きるか

昨年来新聞広告『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著)を目にするたびに、戦前に書かれた題名からして倫理道徳の教科書を彷彿させるものが、なぜ今多くの人々に共感をもって読まれているのか不思議に思われた。
そんな折人から「面白いよ、〝粉ミルク〟の話なんて、まるで特講でやる〝一体〟のテーマそのものだよ」と勧められてようやく、少年「コペル君」と彼を亡き父親の代わりに見守る叔父さんとの心温まる物語を自分も読んでみた。

驚嘆した。青少年向けの啓蒙めいたものと見なしていた自分のキメつけが外れた爽快感があった。この間自分らが必死に追い求めているテーマがここで展開されている!

例えば先の〝粉ミルク〟の話。赤ん坊の時粉ミルクを飲んで育ったことを思い出したコペル君は、ミルク缶に画いてある地図からオーストラリアの牛を自分のお母さんに重ねて、そこから順々に自分の口に入るまで一つ一つ辿っていくと、たくさんの人が自分に繋がっている事実を寝床の中で発見して昂奮する。そう考えてみるとすべてそうで、先生の洋服も靴もやはり同じで大勢の人と網のように繋がっていることを実感するのだ。
ところがそこでコペル君は一つの疑問にぶつかる。大勢の人の中で、自分の知っている人は粉ミルクを売ってくれた薬屋の主人だけだ。後はみんな、見ず知らずの人ばかりでどんな顔しているんだか見当もつかない。コペル君はそのことが実に〝へんだ〟と思う。

そんな疑問を叔父さんに打ち明けると、どこまでも赤の他人だとしたら、その繋がりはまだ本当に人間らしい関係になっていないからだ。そして本当に人間らしい関係とは、人間同士が喜び、喜ばし合う世界ではないのかと叔父さんはコペル君に同意を求める。

またコペル君には何人かの指切りまでして約束し合う心を許せる友人がいる。
ところがある〝雪の日の出来事〟で自分の弱さに打ちのめされる。親友たちが殴られているのを黙って見ているだけで駆け寄ることが出来なかった。そんな卑怯者の自分についての悔恨に責められる。一人ぼっちの暗い暗い世界に落ちこみ、とうとう熱を出して寝込んでしまう。

事情を察してかある日、お母さんが女学生時代の妙に深く心に残った〝石段の思い出〟の話をしてくれる。
石段の思い出

学校の帰りに重そうな風呂敷包みを下げたおばあさんが、お母さんより五、六段先の石段を登っていた。その大儀そうな様子を見かねて、代わりに荷物を持ってあげようと思いながら、とうとう果たさないでしまった。大変悪いことをしたような気がしたけど、それからは人の親切がしみじみと感じられるようになったのだという。

ああ、自分にも思い当たるなあ。
しかもそんな想いを繰り返しめぐらせていると、いつしか自責の気持ちも消えて心の中がジーンと熱くなってくるのを感じる。実は心の奥底では自分の喜びは他の喜びとなっているのだ!

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わが一体の家族考(108)

〝仲良くほのぼのの気分〟で

先述の、ふとした機縁から気付いて、心が転換して、あの我が抜けた時の何とも言えん気持ちに立ち返って、そこから出発することで

“こんなにも仲良く、親しく、溶け合えるもの、好き合えるもの”

の歓びが展開する、そんな我を超えた〝Ecstasy〟の世界に住みたいと思う。それは自分らの切実に欲求する〝真の幸福〟それ自体を体現することでもある。
人生のスタートであり、人生の最大目標であると思える〝恋愛・結婚〟は、現在最も深刻な問題とされ、ほとんどの人を修羅地獄に落としてきた。ずいぶん不合理的なものを結婚などと思い違い等をして、正しい結婚をする条件が揃ってないのに結婚していると思う間違いが、日常の生活面や、精神的な面に現れて、何か物足りないものや不都合な事態を引き起こしている現今世情である。
決め手が発見出来ないでいた。
山岸巳代蔵もまたこの間、自分自らをまな板に乗せる〝血みどろ〟の愛情結婚劇の渦中に立たされて逃げ出さずよく演じてみせた。それはひとえに全人苦悩する人の一人もなくなることを願ってのことだった。
そしてついにそこから〝だれでもたやすく真の結婚の楽園へ入れる〟鍵を見つけた発見の歓びがもたらされた。
それでは、真の結婚とはどんなものか?
それは至極簡単である。

――結婚、恋愛は楽しいのが本当――
――頑固者は真の幸福結婚が出来ない――

それがそうも行かないのは、
○固い殻着てては、一体になれないから。
○夫婦は先ず心の一致から…
といった以上の数行ですべてが言い尽くされる。

三重県警から全国指名手配された山岸巳代蔵は各地の会員宅などを転々としつつあった頃、福里柔和子宛てに次のように書いた。はじめにこの間の

“随分むごい我抜き、剛研鑽実践やら、私の愛情の混乱から起こる狂態等で、柔和が繰り返して云う如く、夫婦として楽しかったのは東京帰りの数時間だけだったのは本当ね。次から次と責めせっかんで、一日たりとも心から楽しい日が恵まれなかったね。すまないことをしたね。”

と詫びつつ、

“本当の僕になりきって聞いて欲しい、知って欲しい。特に今の僕を知って欲しい。傍らから見ていると、何とはがゆく、解りの悪い、勝手な、信用の出来ぬ、くだらん男に見えるだろうが、その解りの悪い、くだらん男になりきって、最後まで、こんなに云うのには、何かがあるのじゃなかろうか、聞いてやろうじゃなくて、僕になりきった自分の心の声を、僕が得心のゆくまで、一度だけでも聞いて欲しいのです。そうでなかったら、研鑽を基調とするヤマギシズムもなく、柔和の絶叫した真の一体研鑽もないと思う。僕も柔和になりきって聞くから、もうこれで云う事ないと得心のいくまで聞くからね。顔も姿も心も体も、年令、性別も凡て、全く愚かさも、幼稚さも、僕そのままになって聞いて欲しいよ。淋しがりやで、自制心のない僕になりきってね。
私の性格など、きめつけないで、一日も早くお互いになり変わって、そしてどちらかの一体になり合って、話しかつ聞きたい。代わり番こになってね。”(柔和子に寄せる)

と、同じ二人が一つになれてはじめて醸しだされる〝仲良くほのぼのの気分〟で、〝何とはがゆく、解りの悪い、勝手な、信用の出来ぬ、くだらん男〟をそのまま包み込み溶かしてしまおうと呼びかけている。
どういうこと?

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わが一体の家族考(107)

〝地獄の八丁目、即極楽の八丁目〟

1959(昭和34)年7月24日三重県警から全国指名手配された山岸巳代蔵は、各地の会員宅などを転々としながらも、9月中旬から自意出頭する翌年四月十二日まで滋賀県堅田の地に住んだ。この間疲れ切った身体の回復に努めると共に情勢がある程度進展するまで出頭を見送りたいとの心境行動からであった。
そして書簡という形式をとって、この間の経緯を振り返りつつ近況を会員に向けて伝えていた。
なかでも第二信は、山岸巳代蔵から福里柔和子に宛てた書簡という形式で寄せられた。その文末は、次のように記されている。
特講絵図

“月界への通路、開設着工”
地獄の八丁目、即極楽の八丁目
 きわまる所 必ず展ける。
 霊人より”

ここでの〝月界への通路〟とは、次のような意味であろう。

“私は一九歳の時、或る壁にぶつかり、苦悩の内に一生かけての仕事を始めたのです。そして人生の理想について探究し、真理は一つであり、〝理想は方法によって実現し得る〟という信念を固め、只今ではその方法を「月界への通路」と題しまして記述し続けております。”(山岸会養鶏法)

結婚資格のなかった自分が、絶望のドン底におちいり数々の煉獄の試練・死よりもつらい数々の責め手、受難史をくぐり抜け、ようやくにして真の結婚の出来る資格がついて、誰でも容易く真の結婚の楽園へ入れる鍵を見つけた発見の歓びに満たされている、といったことだろうか。
あの『ヨブ記』からの一節――
「神は兄弟をわたしから遠ざけ
 知人を引き離した。
 親族もわたしを見捨て
 友だちもわたしを忘れた。
 わたしの家に身を寄せている男や女すら
 わたしをよそ者と見なし、敵視する。
 僕を呼んでも答えず
 わたしが彼に憐れみを乞わなければならない。
 息は妻に嫌われ
 子供にも憎まれる。
 幼子もわたしを拒み
 わたしが立ち上がると背を向ける。
 親友のすべてに忌み嫌われ
 愛していた人々にも背かれてしまった。」
 (ヨブ記19章13-19節)
のように、

“常識世界は冷たく酷だった。”

という実践の場に立たされてはじめてヒニクにも、
窮まる所、開ける救いの手。宇宙・自然界の愛護を受けて、ようやくにして解放されようとしている! 途が開け始めたのだ!
〝地獄の八丁目、即極楽の八丁目〟なのだという!?
なぜ地獄=極楽の〝即〟なのだろう? 〝即〟の中身がサッパリ分からない。地獄の八丁目から極楽の八丁目へ至る、そんな通路があるというのだろうか? いったい何処でどんな機縁で地獄から極楽へとヒックリ変わるのだろうか。
こうした自己問答を日々くり返す中でフト思い至る。
あれっ、たしかに地獄から極楽の世界を目指している訳だけれども、地獄の世界に住んでいて果たして極楽の世界へ辿り着けるものだろうか? すると次のような一節が浮かんだ。

“明日の幸福は、今日の歓びの中から生まれ出るもの。
もし、今日只今が正常・健康でないなれば、速やかにそれの原因を検究して、その間違いの部分を発見し、即刻それの解消を図ることである。
悲しい今日の中から楽しい明日は生まれない。”(研究家・実行家に贈る言葉)

早とちりしがちな軽率な自分を恥じる。地獄から極楽への通路は、〝それには出発に先だって〟解明しておくところから開設着工されるのだ。肝腎の〝先立ってあるもの〟をまるで他人事のように見過ごされている!
要は極楽の世界へは極楽の境地からしか辿り着け得ないのだから。

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わが一体の家族考(106)

頑固・我利・我執抹殺

そうした〝我抜き〟研鑽の実際をもう少し見てみよう。〝我抜き〟なるものは自分らの暮らしのなかでも、例えば

“一通の急信によって、どんな忙しい中でも、遠隔の地からでも、取るものも取りあえず、頑張っていた頑固さをサッと抜いて自分ではそれを意識しないで兄弟近親の元へ馳せつけてくる”(『山岸会事件雑観』)

ように、自覚の有無は別として日常的に事実やられていることだ。だからここでのテーマは、自分の〝頑固さをサッと抜く〟ことの効用というか事実の中に秘められている値打ちを知ることにあるのだろうか。
ところが実際に「太平洋の怒涛へ断崖から飛び込め」とか「千貫匁(3750㎏)の石を動かせ」と本気になって迫られた時に、僕はいったいどうしたらいいんだろうか?
「そんなこと出来るはずがない」と頭が真っ白になってしまうのがオチだ。
こんな話を聞いた。
「ある時の〝剛我抜き〟研鑽で、どう考えても我執と思えないことを我執だとキメツケてやるわけ。たまりかねて先生(山岸巳代蔵)に言うたら、我抜きについては何もいわない。我抜きは否定しない。
我のない人に、幾ら我抜きをやっても無害だから。やはり、いくらやってもよいと言う。」
そのことは次のような水と布の例えでも語られる。

“まあ、コンクリートの川みたいなもの作って、鉄条網を杭打っておいてみたら、衣みたいなものを流してみたらよい。相手がなんぼ引っかかるものを持っていても、水みたいな、こっちに引っかかるものがなければよく分かる。私の考えはいろいろあっても、引っかかる時は帯や着物があったら引っかかるが、水やったら引っかからへん。
研鑽学校へ行って試験してみたら分かる。引っかかってる者が、それだけ損よ。勝手に引っかかってるのやから。うっとうしい目をせんならん。”

そこまでも打ち込んでやるほど値打ちあるものだということだ!
また「私は我はありません、あなたの言うことよく分かりますわ」も怪しいという。
指にトゲが刺さった時、こっち向けに撫でてたら痛くないが、ちょっと逆向きに撫でたら痛いというのを抜くようなものだと〝我抜き〟をトゲ抜きにも例えている。
トゲが刺さる

とにかく抜かんことには何も始まらない。自分の意に沿う調子よい時は「良いな、良いな」と言って、ちょっと逆撫でされると「あっ痛っ」と言うのが大方の姿なのだから……。

いったいこうした〝我抜き〟の先にどんな世界が展開しているのだろうか?
だがしかし、自分らはもちろん宗教や修養会でもその克服が重要な課題とされる我執について、他にもっとやることがあるからだろうか、そんなに〝無我執体得〟に魅力(?)を感じない。どうも寒夜に滝に打たれる荒修行をイメージしてしまいがちでつい腰が引けてしまうのだろうか。確かに戦争や争いの元になっている我執はないほうが良いのは理解できる。だからといってどうしても自分の我が頭をもたげてくるのを抑えられない今の処仕方ないのではないか、というのが大方の率直な意見ではないだろうか。
ただやみくもに〝無我執体得〟を唱えるだけでは、広大無辺の〝ただ愛のみ〟の我の表現の起らない世界から来るものがちっとも湧いてこないのだ。
何故なんだろうか? 

“自分の我執はむろん、世界の我執をなくすることを、総てのものの始めとしよう”(1961.3.15 山岸巳代蔵 口述)

自分はもちろん他の人のまで抹殺する〝我抜き〟こそ、自分の生き甲斐・命というか全人幸福への一番の近道に見えているのに、どこか修身・修養・道徳的な寡欲高潔な人格像に遮られて今日では死語となりつつある。

ふとした機縁から気付いて、心が転換して、あの我が抜けた時の何とも言えん気持ちに立ち返って、そこから出発することで

“こんなにも仲良く、親しく、溶け合えるもの、好き合えるもの”

の歓びが展開する、そんな我を超えた〝Ecstasy〟を誰もが求めているにも関わらず……。

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 「と」に立つ実践哲叢(32)

 老いることは幸せ?

今年が運転免許証の更新時にあたるため、先日近くの自動車学校で高齢者講習なるものを受けた。
自動車学校

受講前にどうも実車による指導があるらしいと聞いていたから、安全確認やS字クランク走行や車庫入れ等うまくやれるかなぁと急に心配になってきた。
しかし当日は〝案ずるより産むがやすし〟で、助手席の講師の指導宜しきを得て「慎重な安全運転ですね」と一言添えられて無事何ごともなく済んだ。
ホッとした。そしてまた普段だれもが当りまえにやっていることを、自分もまたその通り身体の一部のようにやれていることに何だか嬉しい気持も湧いてきた。だって当りまえにやっている〝かもしれない運転〟でなく自分流にキメつけがちな〝だろう運転〟だったら、即事故につながりかねない。
これって普段の〝研鑚生活〟にもあてはまらないだろうか。研鑽のできる研鑽態度が身につくヒントが得られないだろうか。
例えば先回次のように記した。

“先の日馬富士の問題でも、対立・反目・確執・暴力等あり得ないのが本当なのに、「それは絵空事にすぎない。現にあるではないか」と〝混線〟しているところに間違いをみる”

いったい何と何とを〝混線〟しているのだろう。今まで食べたことのない新しいものだったら、先に味わった味を〝混入〟しないで素直に味わってみることに限る。考えられない頭で、二つの課題を同時に考えてしまう考え方に無理があるようなのだ。
今業として営んでいる農業でも、世間では「きつい・汚い・臭い・かっこ悪い・稼げない・結婚できない」の6K産業だと暗いイメージでずっと語られてきた。しかしやり方しだいでは、自分ら素人百姓でも高い経済性をあげているし、空気や水や草や塵芥が卵や肉や牛乳に変わる自然の根本妙手に感動しつつ老若男女みんなしてやる楽しい作業を満喫している実態がある。そこから本来の農業を見てとれないだろうか。
超・少子高齢社会が進展するなかで、先の安全運転もさることながら、経験や知識や身体的にくるもの等成人する程固くなっていく老化現象を防ぎ、時代の先端を行く若さを回復する機会が切実に求められている。

以前〝老いることは幸せ〟という言葉に出会って、ウソー!年を重ねて耄碌することのどこが幸せ? とビックリしたことがある。しかも現実、身近な周囲からも老いの嘆き節を日々聞かされると、自分がその境地に居らないとつい同調してしまいがちだ。
そう、ここでも本来の姿と常識・固定観念とを〝混線〟している。本来の姿と常識・固定観念の区別が解らないからなのだろう。常識・固定観念を本当の姿なりと感違いしているからではないだろうか。

じつは〝老いることは幸せ〟の出発点に立つことが容易ではないのだ。出発点は描くだけでなく、当りまえと為す〝実践〟だからだ。

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わが一体の家族考(104)

〝熱湯事件〟と〝イエス・キリストの磔〟
イエス・キリストの十字架上の磔

こうした一連の山岸巳代蔵が愛情研鑽の現場で真摯に取り組んだ〝我抜き研鑽〟、我執とか頑固とか我(エゴ)という殻のある観念を無くしてこそ、本当の幸せはそこから来るし、どんなことがあっても仲良くなる基本だった。それゆえ自分はもちろん他の人のまで抹殺する〝我抜き〟こそ、自分の生き甲斐・命というか、全人幸福への一番の近道に見えていた。
〝我抜きこそ、飯より好きな仕事や〟とうそぶく(?)のだった。
しかしそれは傍から見れば〝犬も食わぬ〟ありきたりな色恋沙汰の修羅場にすぎなかったのかも知れないが。

ともあれ山岸巳代蔵と頼子と柔和子との真なるものを求めての〝愛情研鑽現場〟を象徴する一例として〝熱湯事件〟なるものが伝わっている。
世にいう〝山岸会事件〟として知られる半年程前の1959(昭和34)年一月十七日の出来事だった。山岸巳代蔵全集・別冊に収録されている年譜には次のように記されている。

“柔和子が山岸の顔に熱湯をかけ、近くの山中病院に入院。
火傷した時、「痛いわ、痛いわ、面白いほど痛いわ」「よくやった。その実行力が事を成すのだ」と柔和子に、頼子には「中林さん方に火をつけに行け」と言う。”

後に山岸巳代蔵も振り返っているように、事件の背景になっている事柄がなんであれ、〝随分むごい我抜き、剛研鑽実践やら、私の愛情の混乱から起こる狂態等〟の真っ直中にあった。通じ合わせないものが我執・頑固であるならば、無理難題をふっかけては、我執を無くするために生きていたい熱願だけだった。もちろん正気の山岸巳代蔵は、

“いったい神あるなれば、なぜ”
“ああもうこの辺で手をゆるめてやって頂けないものだろうかと思わず祈りを捧げている愚かさです”

と弱気の心細い自分を暴露しつつ恥じるのだが、同時に〝自分の力ではどうにもならない、もう天命を待つ、というような心理だったな。自分のいる場所がない、我と我に責められたものの心理だったね。〟と、不可思議な世界の実在を浮かび上がらせるのだ!?
特講の場での、世話係と受講者の間での真剣な「割り切り研鑽」とか「自由研鑽」が浮かんでくる。
ここでは『ヨブ記』にも重なる〝死よりもつらい数々の責め手、受難史〟として顕れている。

“やりたくないですよ。しかし精一杯よ。一体なればこそ、あそこまでいけたと思うの。我執があったかもしれないが……。その境地に立つと、生も死もないということ。ただ愛のみ。あの湯をかぶった時は憎しみは全然なく、ただ可愛いばかりでした。目立たないもの(我執)はいくらあるか分からないの。「もういかれている」と批難はずいぶんあったけど、ちょっと違うのね。あらゆる手段のうちに、あの形のものが出たということね。
それから、ああいう結婚形態を打ち立てようとしたのでなく、あんな中にあった時どうするかと思ってのこと。”

〝ただ愛のみ〟の絶対愛に立っての世界に触れての発言だったのだ?
ふと以前、何ものにも束縛されない観念界の自由の象徴例として〝イエス・キリストの十字架上の磔(はりつけ)〟についてを皆で研鑽したことが思い出される。
イエスは自らの意志で十字架につけられる。しかも自らの意志を自在に沿わせていける苦しみや痛みのない喜びに満ちた自由の中で言う。

“あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる”(ルカ23章43節)

両手のひら、両足の甲に五寸釘のようなものを打ち込まれて、ホントに痛くないの!?
研鑽を通して、もっとも不自由だと思っていた中に、じつは真の自由があった! としか言いようのない世界を思い知らされた。以来自分の思い考えの延長上には存在しない〝ヤマギシズム〟の汲めども尽きぬ源泉に強く引きつけられるキッカケになった。

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わが一体の家族考(103)

〝我抜き研鑽〟と『ヨブ記』

旧約聖書の『ヨブ記』に出てくるヨブは、無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている。7人の息子と3人の娘を持ち、東の国一番の富豪であった。
ある時神とサタンがヨブの正しさを巡って賭をした。そこでサタンの挑発にのった神は、ヨブに試練を与えることをサタンにゆるす。
ヨブに次々と災難辛苦が襲う。ヨブは二度の略奪隊の被害に遭い、また二度の天災に遭い、財産も、家畜も、僕たちも、さらには息子や娘たちまでも、一切合切を失ってしまう。試練はそれだけに留まらない。ヨブは全身を覆う酷い皮膚病にかかって苦しみ、妻からも見放されてしまう。
突然、人生のどん底に突き落とされてしまったのだ。
ヨブ

ヨブは、正しく生きてきた自分がなぜこんな酷い目に遭わなくてはならないのか、その訳の分からなさを思いっきり神にぶつけて、神を呪う。「なぜ、神は私なんかをお造りになったのか。私など生まれなかった方がよかったのだ」、「私は、こんな苦しみを受けなければならないような悪いことは何もしていないはずだ」、「私の幸福を返してくれ」、「それがダメなら、せめて何故こんな苦しみを受けなければいけないのか、それだけでも答えてくれ」等など、人生の理不尽さを嘆く。

見舞いに来た三人の友人らも、ヨブのあまりにも惨たらしい変わり様にショックを受け、取り乱し、言葉を失ってしまう。
ヨブは堰を切ったように自分の心の弱さを吐露しはじめる。「わたしなんか生まれてこなければよかったんだ」と苦しみを訴え、死を希う。神をも非難する。「わたしは正当に扱われていない」、「なぜ、あなたは御顔を隠し、わたしを敵と見なされるのですか」と、神に絶望する。

三人の友人らは、ヨブがこのような苦しみを味わっているのは、きっとヨブ自身の中に災いを生み出す原因があるに違いないからだと思って、「間違っているのは神ではない、あなただ」と言いきかせるのだが、彼らはヨブを慰め、励ますことができない。
むしろ逆に、「あなたたちは藪医者だ」と言って、友人たちを非難する。
ヨブが自分は正しいと確信していたからだ。
そこで今までじっと黙って、ヨブと三人との議論を立ち聞きしていたエリフが登場する。

彼の目には、ヨブが神様を冒涜しているように映った。またそのようなヨブを黙らせることの出来ない三人の不甲斐なさに対しても、強い怒りを覚えたからだ。エリフは言う。

「『わたしは潔白で、罪を犯していない。
  わたしは清く、とがめられる理由はない。
  それでも神はわたしに対する不満を見いだし
  わたしを敵視される。
  わたしに足枷をはめ 行く道を見張っておられる。』
  ここにあなたの過ちがある、と言おう。」
「だから、叫んでも答えてくださらないのだ。
  悪者が高慢にふるまうからだ。
  神は偽りを聞かれず
  全能者はそれを顧みられない。」

と、「苦難を経なければ、どんなに叫んでも力を尽くしても、それは役に立たない」とさえ言う。
エリフはさらに言う。

「ヨブよ、耳を傾け
 神の驚くべき御業について、よく考えよ。 あなたは知っているか」

と、繰り返しヨブに人間には計り知れない自然の、神の御業について問いかける。
そしてここから、神の言葉が始まる。
神がヨブに対して「お前は知っているか。見たことがあるか。調べたことがあるか。お前に同じ事ができるのか」と、たたみかけるように問うのだ。

あたかもドラマ『水戸黄門』で、三つ葉葵の紋所が描かれた印籠を見せて「控え居ろう! この紋所が目に入らぬか」と黄門の正体を明かすようなものだ。
神は傲慢なヨブに対して、誰が自然万物、天・地・人を造り司っているかを知っているのかと激しく問い詰める。
誰が大地を据えたか? 誰が朝に命令し曙に役割を指示したか? 光や闇の住みかを知っているか? 誰が露の滴を霰を霜を産むのか? すばるやオリオンや銀河を支配するものはお前か?等々。
もちろん、そんなこと出来るはずもない。それがどうしたというのだ? 

しかしなぜかそこでヨブは自ずと主に答えていう。

「あなたのことを、耳にしてはおりました。
  しかし今、この目であなたを仰ぎ見ます。
  それゆえ、わたしは塵と灰の上に伏し
  自分を退け、悔い改めます。」

こんなにアッサリひきさがってよいの?
いったい、どこでヨブの態度は一変したのだろうか。ヨブは何を悔い改めたのだろうか?
こうした問いかけは、そのまま今の自分だったらどうかと自分に返ってくる。
どこで自分だったら、〝自分を退け〟るのだろうかと……。

ヒントになったのは、次のような様々な動物たちの不思議なというか一途に生きていく姿が描かれている一節からである。
例えば次のような〝事実〟に出会うと、すべてのものを生み出し活かそうとする自然の本質に触れ得たような、なぜか自分の心も温かくなる琴線に触れる不思議な生命力を実感する。
餌を求めて鳴く烏の子

「お前は雌獅子(ライオン―引用者注)のために獲物を備え
  その子の食欲を満たしてやることができるか。
  雌獅子は茂みに待ち伏せ
  その子は隠れがにうずくまっている。
  誰が烏のために餌を置いてやるのか
  その雛が神に向かって鳴き
  食べ物を求めて迷い出るとき」等々。

自然と人は一体のもので、人は自然から産まれたもので、太陽・水・空気と共に自然はいろいろな食べ物となって人の身体を育む。それと同時に自然は人の精神をも豊かにする。
こうした自然から贈られ、人から発せられる美しさ・豊かさ・温かさの源が、そこはかとなく漂っているのがこの世界なのだ!
これが紀元前の『ヨブ記』から自分が自分に向かっていく現在進行中のあらすじだ。

それはまた山岸巳代蔵が愛情研鑽の現場で真摯に取り組んだ〝我抜き研鑽〟そのものに、再現された現代の『ヨブ記』を見ていく試みでもある。なにせ絶望のドン底から結婚資格のなかった自分が見え出したのだから!?
しかも自らヨブになったり3人の友やエリフになったり神にもなったりと身替わる山岸巳代蔵が出現してくるところが実に興味津々だ。

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