自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(51)

引いてしまう〈性〉の世界

またなぜ今、恋愛・結婚観なのかを問うことは、なぜ今〈性〉なのか? を問うことに繫がるはずだ。
噂に伝え聞く「血みどろの愛欲史」といった表現から退廃的な獣のしるしを連想したりして引いてしまう誤解・曲解を怖れる余り、男女の恋愛・結婚観や〈性〉にまつわる「愛情問題」に触れることを避けてきた経緯がある。
そうしてそのことが遠因となって、ヤマギシズム社会のもっとも重大要素は親愛の情によって全人類間の紐帯となすことを謳いつつ、そこから逸脱していく事態を招くことになった?!
ここに、理想社会実現への方向性を混乱させ〈性〉の世界探求への遅れをとったいちばんの要因があったのではなかろうか。

例えば1960年代アメリカで始まったとされる「フリーセックス」の風潮があった。
それまでの女性は貞淑で家に居るべきであるのような、厳格で古典的な「社会的性役割」の考え方を打破して、社会的性別(ジェンダー)に対する一般通念に囚われず、人それぞれの個性や資質に基づいて、自分の生き方を自己決定出来るようにしようという、「固定的な性役割の通念からの自由を目指す」考え方に基づいた運動だといわれる。
そうした旧来の因習に囚われず自由でありながら見ず知らずの人間同士が大きなトラブルもなく扶け合う象徴的なイベントが、1969年夏アメリカ・ニューヨーク州での40万人が集った野外ロックコンサート「ウッドストック・フェスティバル」だった。
ウッドストックコンサート

こうしたカウンターカルチャーの流れの中で1970年代の山岸会が、共同体コミューン運動として脚光を浴びたのは必然だったし、特定の相手に関係を限定しないフリーセックスという意味での短絡的な実践が集団の存立を危なくする懸念も少なからず見られた。
こうした時代文化背景なども加わって、本質的な意味での人と人との繋がりを顕現する一対の男女・夫婦というあり方への究明が遠ざけられていった。そうした自由な性愛の実現が研鑽できる環境・資格条件をその前に備えねばならないとして……。

並行してまた時代の潮流も、飛躍的な科学や技術のハイテク化・経済のグローバル化に拠る高度管理システム社会を促進していく。つまり諸個人を男女のない会社人間・仕事人間・ユニセックス人間化へと拍車をかけることにも繋がり、当の〈性〉の世界は性風俗として付属的に扱われるようになった。
今ほど理想社会づくりに現代社会紊乱(びんらん)の浄化・安定に、男女の恋愛・結婚観や〈性〉にまつわる「愛情問題」に眼をそむけずに近づきたいモチーフにかられるときはない。

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「と」に立つ実践哲叢(21)

ヤマギシズムの醍醐味

池に氷がうっすらと張る季節がくる頃、いつも思い浮かぶ一句がある。

「凍る池 藻は青鯉の泳ぎ居り(鬼面子)」
凍る池

この句は昭和三一年一月、第一回「特講」が開催された頃、会機関紙のコラム「立卵鑽」に山岸さんが記したものらしい。要旨は―
鶏を見ればそこの家の様子がすっかりわかるとは真実である。和やかなニコニコの家かトゲトゲしい争いの家か……。なぜなら鶏はそこの家の人によって育てられているからで、子を見れば親がわかるのと同じである。
しかしそれも「見る眼」が出来ていなければ見えないので、「見る眼」は正しく見られる心が出来たか出来ぬかによって定まる。
今回の「特講」参加者の第一の獲物は、この「正しく見る眼」の出来たことであった。そして結びの一節にこの句が置かれる。

ある日の研鑚会で皆で侃々諤々この句を鑑賞し合ったことがある。
「これは見えないとアカン。考えてワカラン」
「もし辞書引くこと知らないなら、どう考えるだろう?」
「青い鯉と書いてあるから青い鯉はあるものだと、そんな見方で見たら鯉も青く見えてくるかもしれない」
「しかし辞書引いても青鯉は出てこないから、これは他に意味がありそうだ、そんなことあり得ないと考えがち」
「そのままでええんよ、考えなくてそのまま」
「やっぱり赤いものは赤いし、白いものは白いかね?」
「この俳号の鬼面子って?」
「ほら、怒り狂った眼でいると人間の顔してても鬼に見えるというじゃない。だから形よりも実質を観て下さいと……」(ちなみに後年、山岸さんは自らを未熟未熟の鈍愚生とも名付けていた)
「特にヤマギシズムでは一般にないものがある。そこを発見していくところに醍醐味があるのではなかろうか」
ここでも目からうろこだった。パーッと世界が開けた。

その後有精卵の供給活動が始まった頃、卵の黄身が白っぽいとのクレームが活用者から多く寄せられたことがある。そこで自分らは困ったことになったとみっともなく動揺した。ふだん「一個の卵に心を托す」とか「込める」と口先だけで言っているのか、それとも真実なのかを試されているのであった。
またそうした場面に直面するにつけ、あの「やっぱり赤いものは赤いし、白いものは白いかね?」の問いが迫ってきた。自分らヤマギシストは、白でもない赤でもない「真っ白な赤」を発見する日々ではなかったのかと。
本稿のタイトル〝「と」に立つ実践哲叢〟には、そんな一致とか重なるとか合わすとかの表現でイメージされてくる「仲良し」の本当の実態が込められてあるようだ。
こうした「仲良し」とか「楽しい」といつた簡単な言葉に秘められてある奥深さのようなものをもっと味わい尽くしてみたいものだ。
 

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わが一体の家族考(50)

なぜ今、恋愛・結婚観なのか

なぜ今ヤマギシズム社会における真の恋愛・結婚観の探求なのだろうか?
具体的な心当たりがあるわけではないが、直覚されるものがある。それはヤマギシズム理念即ち
○自然全人一体観
○無所有 共用
○無我執 放す
○全人真の幸福
○絶対愛
○心物 正常 健康 豊満
○研鑽科学生活
その他等々を顕現する場としての「実顕地」なるものの実態をもっと明らかにしたいという欲求に根ざしている。

この間実顕地づくりと称して、ヤマギシならではの独自の生活様式や学育・産業形態、組織機構や政治形態を編み出しては形にも現してきた。しかし、その考え方や内容はあまりにも今の常識からかけ離れているために、今の常識観念そのままでは到底理解されないし、不思議がられたり、怖れられたりしている。また、特定の人でしかできないかのように誤解されてもきた。
いや、そうした誤解・曲解は他人事だと思いきや、じつは実顕地の中に住む当の自分自身がひょっとしたらとんだ茶番劇をやらかしているのでは……といった疑心暗鬼の思いにかられるのだ?!
ややもすると一般社会通念や価値観の牆壁の厚さに押し潰されそうになるのだ。
例えば吉本隆明さんは、次のようなヤマギシズム〈一体〉理念への疑念を抱かれていた。

その「一体」というところでかんがえていちばん問題なのは、男女の結びつきの次元というのが共同体の次元と同一化してしまうことです。そこがものすごくきついんじゃないでしょうか。かりにそういう男女がいるとすると、かれらは絶えず共同体の水準におかれようとする力を「一体」という観念から受けているから、男女のあいだに、ささやきとか、声にしなくてもわかるとか、そういう意味の微妙さがなくなっちゃうんじゃないでしょうか。ふたりでいるんだけれども、絶えず脅かされているといいますか、全部公開されているみたいな、そういう心理状態に絶えずさらされていることになる。
もし人間の性愛のなかに、色とか、味とか、匂いとかの比喩でいうべき問題があるとすれば、それが全部、無味・無臭・無色というふうになってしまうような気がするんです。ほんとにそうなることはたぶんありえないから、絶えず解体にさらされるか、または、もし男女の結びつきがひじょうに親密になってくれば、共同体から出ちゃうという衝動をいつでも感じざるをえないみたいな、なにかそういうところでいちばん矛盾にさらされるような気がするんです。(吉本隆明『対幻想 n個の性をめぐって』1985.1春秋社)(わが一体の家族考12)

そうなのだ。一般社会通念や価値観等を引きずったまま実顕地で暮らそうとしたら、たちまち吉本さんが懸念される「矛盾にさらされる」こと必至である。この間こうした修羅葛藤の渦に巻きこまれたこといかほどあったろうか。

自分ら実顕地生活者もそうした修羅葛藤の社会出身者であるだけに、ヤマギシズムの目標や理想がはっきりしている割にはヤマギシならではの「原点」については未だ究明や見直しが進んでいないことに気づかされる。
日常衣食住の豊かさや便利さについての喜びや満足はあるが、それは比較感や自己欲望からの満足感であったりして、原点からの歓びや充足感など絶対的な歓びとの異い・識別については案外見すごされているようなのだ。
怒濤のように進撃してくる科学や技術のハイテク化・経済のグローバル化に拠る高度管理システム社会の波に翻弄されながらも、その原因・根拠がなへんにあるかつきとめ得ないまま、人間社会はこんなものだと観念づけてしまいがちな昨今であるのだろう。
自由と見えて真の自由でない、自らの手で自らを縛り、他とも又縛り合う世界への行進に、もはや現実を拓いていく力は失われている。
事態は絶望的に見える。

ところがこの間自分らが体験したのは、あの「いちばん矛盾にさらされるような」自分自身どん詰まりの生活感情に陥ったまさにそのときに、ハッと世界が一変して開かれたのだ!
そんなものがヤマギシズム社会における真の恋愛・結婚観に秘められてあるように直覚されてきたのだ。

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新年にあたって

新年にあたって
元旦
 
過日もうすぐ満一歳の誕生日を迎える孫娘が部屋に遊びにきた。活発に腹ばいで後ずさりしたり畳を這い回りしながら、好奇心いっぱいの目を輝かしている。そのうちに子猫の写真が刷り込んである買い物バックに気づいたのか、ジーッと見つめ、その後も気にかかるのか何度も振り向いたり、ちっちゃな指を伸ばそうとするしぐさもする。
この時、彼女の中でいったい何が起こりつつあるのだろう。きっと子猫の姿形に心がさざ波立ちはじめているのだ。この間滞在していたお母さんの実家の猫と〝おなじ〟だというのだろうか。お母さんの胎内での記憶がよみがえってくるからであろうか。
きっと相合う一致のイメージが重なり合う新鮮な驚きでいっぱいにちがいない。周りの親たちももう嬉しくて「ニャンニャン」と赤ちゃん言葉で呼びかけてやる。
この時期の大洋を湛える子どもの心は、〝もの〟と〝なまえ〟の一致像の広がりにつれて、ヒトが人になる豊かさ、広さ、徳性のようなものが備わっていくのだろうか。
しかしこうした親から子へと一方的に与えて与え尽くす親愛の情は、その後の他を責めたり、憎んだり、苦しむ頑固な観念我に囚われることで見失い断ち切れることがある。

「人は、人と人によって生れ、人と人との繋がりによらねば、自己を次代に継ぎ、永遠に生きることは絶対に不可能で、その関連を知るなれば、自己一人限りとの考えは間違いなる事が解り、お互いの間に愛情の含まれるこそ、真理に相違なく、今の社会的欠陥の最大なる原因は、国と国・官と民・業者と業者・団体と団体・人と人とが離れ、相反目している事にあり、政治・経済機構も大改革されますが、その何れにも相互関連があり、この条件を必ず重大要素として組織し、総親和社会への精神革命を必要とする所以です」(『ヤマギシズム社会の実態』)

特講を受けるまで「人と人との繋がり」の世界とは、我利・我欲・自分本位の「人と人とが離れ、相反目している」むき出しの生存競争社会のことだとしっかり思い込んでいた。だからずっと人見知りして生きてきた。
でもよくよく研鑽すると「人と人との繋がり」の世界でこそ、最も相合うお互いの一致像を求め惹かれ合って似合いの〈夫婦〉となれる場でもあるのだ!
しかも遠く離れた人との結合ほど良縁で、優秀な子孫が産まれる事実は、幾千里離れていても夫であり妻であり、兄弟・親子の間柄にあるのだ!
見ず知らずの赤の他人から身内にと瞬時にヒックリ変わるこの不思議。「その関連を知るなれば」、つまり繋がりそのものの自己を生きることで、みんなで「わが一体の家族」を現してみようではないか。

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わが一体の家族考(49)

繋がりの源に触れる

「人と人によって生れ」、「人と人との繋がり」の中で一つに重なり合い一致する、そんなかつてない世界に触れるためには何か〈次元〉の転換に迫られていた。
そのためにももっと自分の実感がともなう生き方や考え方があるはずで、そんな心の底から納得して本筋に至る道筋が切実に欲求されて来るのだ。
しかし自分の実感? そんな自分の思い込み、主観、実感ほどアテにならないものはない。
その間の考えの揺れを次のように記したこともある。

「そのアテにならない誤りうる実感を頼りに足場にして、例えばこれからの季節、山の木々に見る紅葉をあらためてきれいだなぁと心の奥底から湧きあがってくるものに『心の琴線に触れるものがある。それはどういうものか』と美しさの正体に想いをはせるなかで、自然の一部である人間にも流れているものに気づかされ、その心から自然・永遠・事実・普遍・真理に相渉ろうというのである。
宗教と科学を分ける『と』の垣根を取り払うことで、宗教も科学となる繋がりの場所を見出そうというのである。
自然と人間は一体のもので、人間は自然から産まれたものであることを、みずからの生きた事実実証で表してみようというのである。
たかだか百年にも満たない時間を生きる人間の主観でもって、自然・永遠・事実・普遍・真理を掴むことはできない。
しかしそうした『事実その中で生きている』繋がりそのものの自己を見出すという『自己への配慮』という知恵でもってしたならば、真理即応の人間性(心)にまでひょっとしたら到達できるかもしれない!
ハッとする心躍りがあった」(実顕地づくり考11)

この時の「ハッとする心躍り」は今も脈々と生きている。そんな歓びを行きつ戻りつ数え切れないほど心に反芻してきた。
以前も次のように記した。

「それにしても彷彿と浮かぶあの恥ずかしそうな笑顔から一瞬のうちによみがえり、こみ上げてくる心の琴線に触れるものの正体は、いったい何なんだろうか?
そんなくり返しくり返し自ずと湧いてくる温かなものの心触りの感触を確かめていると、これだけはゆずれないといった確信めいたものがふくらんできた。
それは、もし心の琴線に触れ何かほのぼのとした温かいものに癒やされ、いいようのない感情がこみ上げてくる中で『ヤマギシズム』が立ちあらわれて来なかったら、自分は『ヤマギシズム』を見捨てる、といったのっぴきならぬ一つの考えだった。
するとそんなある日、さきの例えば『ヤマギシズム七不思議』の一つ
○「万象悉く流れ、移り行く」
に込められた“流れ”に例えられるものが、身近な自分の実感をともなって、一つの共鳴・共感する生命を感じさせるものとして目に映ってきたのだ! しかもそれが万象悉くに満ち溢れている!
流れているものの実態にじかに触れた感がしたのである!」(わが一体の家族考18)

自然から贈られ、人から発せられる美しさ・豊かさ・温かさの源が、そこはかとなく広がっているのがこの世界のようなのだ!
しかも人は、親から生まれ育ち、親から離れて脱皮して一人の自立した個体として、「人と人との繋がり」の中で自分以外の他の個と出会い結びつく仕方で生きていく。だとしたら、その結びつく繋がりの正体とはいったい何だろうかと想いをはせる。
そのことはまたさきの「自然と人間は一体のもので、人間は自然から産まれたものである」自然全人一体観の一番底に流れる繋がりの源に触れることでもある。汲めども尽きぬ源泉をくみ取らねばならない。これこそ絶対に行き詰まらぬ、永久に幸福を齎す繁栄一筋の道の秘鍵だった!
例えばこの間記してきた―

「それは、ものを考えたり、感じたりすることそのものの中に、異性、異なる性の存在がしのびいっているという発見」
「『人と人によって生れ』た自分が、『人と人との繋がり』の世界ではじめて出会う他者が、〈異性〉だという『ひどく幼い発見』と驚き」
「『心に女性を感じ、ほのぼのとした気持であることによって満たされた思い』が『人と人との繋がり』の社会の中で伸展合適していく行程」
「こうした気持ちいい〈快〉感なるものこそ、「『喜び』とか『生かし合い』とか『一致』の起源であり、誰の心にもある真実なのだ!」
「親と子の間を繋いでいるいわば親愛の情感に琴線をふるわすのだ」

といった文脈において「わが一体の家族」の輪郭像を描こうとしてきた試みにも重なる。
それはまた、ヤマギシズムでいう〈一つ〉の中に『心に女性を感じ、ほのぼのとした気持であることによって満たされた思い』で分け入ってみようとする試みでもあるはずだ。
なぜなら〈一つ〉とは、「私はあなた、あなたは私」の体認から出発するものだからだ。
そこは「最も相合うお互いを生かし合う世界」であり、無意識に惹かれ合い・求め応え合い・心の手を差し延べ合う衝動にかられる〈一つ〉の世界の謂いでもある。
ヤマギシズム恋愛・結婚観を探ねて、ようやくここまできた。

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わが一体の家族考(48)

瓜の蔓に茄子は生らぬ

またある日の研鑚会で次の一節を研鑽した。

「食べたいから食べるのと、食べなくともよいが食べるのと、何でも二つある」

二つあることを知る?
こういうことだろうか。
幸福に真の幸福と幸福感という二つの幸福があるように、人間の考え方にも成功型と失敗型とにも分けられる二つの逆の考え方がある。
難所に直面した時に、こんなはずでなかった、えらいことになったと、暗く見る失敗型の人と、しかしまた難関にぶつかるほど情熱と知恵が湧き出てくる成功型の人に分けられるという。
先の「人と人によって生れ」の自分と「人と人との繋がり」での自分が対立的に矛盾するように感じられる分け方には、どこか無理があるように感じられた。
ではそれ以外にどのような分けて考える考え方があるのだろうか? ここがいちばんの難所だ。

「何でも二つある」とは、何と何が二つあるのだろうか?
ことわざに「平凡な親から非凡な子は生まれないこと」の意味や、「原因のないところに結果は生じないということ」の意味のたとえとして

「瓜の蔓に茄子は生らぬ」
瓜の蔓に茄子は生らぬ

とある。
以前にも記したが、このことわざの謂わんとする一端に触れたのは、養鶏のモミガラ給餌での大失態例・「二つの事実」の気づきからである。
ある時エサ代を安く上げようとモミガラなど単価の安い粗飼料を軽率にも一度に多く給餌してみたのだ。
確かにこんな栄養もなく消化しにくい硝子繊維の固まりが餌になるとはとても思えない。事実食べ残しの餌を捨てる餌箱掃除で忙しくなり、しかも下痢便の鶏が続出したりで皆の顰蹙(ひんしゅく)をかって打ちのめされた。
ところが反面またウイスキーを製造する際の液体粕とモミガラを組み合わせて給与してやると、なぜか鶏が喜んで食べつくす事実もあった。

モミガラは食べ残す、食べないという事実に対して、よく食べる、食べ残さない、という事実もある。このモミガラを食べさすという小さな一事に、二つの事実がある? それって、どういうこと? とても不思議なことに思えた。人生上超難問題に取り憑かれた気分が続いた。
そうかぁ、モミガラがダメじゃないんだ。モミガラを食べ残すようにするには、食べ残すようなやり方をこの自分がやっているからだ。食べ残さないという事実は、食べ残さないようにするからだ。

ひょっとしたら分からないまでも、本当に真なるものの見える立場からの観方があるのではないだろうか。
そういう現状肯定でなしにそうなる元まで掘り下げられる人というか観方に立つことだ、といった発見にも似た驚きが今も続いている。

例えば、対立とか警察とか戦争とか病気など本当の世界にはあり得ないものが現象に出てくるという事実は、そういう現象が発せられる元(底)が未だ究められないでいい加減だからではなかろうか。
本当の現象は、そうなる元(底)から正常・健康な姿ではなかろうか。
瓜と茄子は、仮の現象と本当の現象として分けられる本筋的に全く次元の異なる世界の現れなのだ。
現象に出てくる前の、そうなる元(底)をそのままにしておいて、いくら現象を調えても砂上の楼閣なのだ。

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わが一体の家族考(47)

「自個」即社会観への道のり

ずっと長い間、「人と人によって生れ」た自分が「人と人との繋がり」の世界へ相渉っていくことに異和感を覚えていた。怖かった。
そこを逃げないで立ち向かっていくには、何かとてつもなく大きな割り切りを迫られているようにも感じてきた。内と外はどうやったら親和的に結びつくのか、と。切実だった。

例えば今のようにスマホのような連絡方法がなかった学生時代、電話で在宅の有無を確認しないまま電車を乗り継ぎ友人の下宿先を訪ね、不在のためそのまま帰ったことが幾度もあった。電話が怖かったのだ? 笑い話のようだが、電話で自分の意志が相手に伝わるとはとても思えなかったのだ。〝ほとんどビョーキ〟な日々だった。

「人と人によって生れ」の自分で「人と人との繋がり」へと気楽に相渉(わた)ろうとすると手ひどく傷ついた思いに囚われていたから、「人と人との繋がり」の世界は見ず知らずの赤の他人同士のように冷たく感じられて、どうしても身構える心持にならざるを得なかったからだ。
そこで必至になって編み出した理屈は、「人と人によって生れ」た自分と「人と人との繋がり」での自分を分けてみることだった。
それは本来の自分と仮の自分という分け方だった。確かにそうしてみることで、それなりの安堵感を得ることができた。しかしそうした分け方は必然「人と人との繋がり」を避けがちな自分勝手な思いつきにすぎなかった。ちっとも楽しくはなかったからだ。それが大人になるということなんだろうか。

やりたいのは、先の〝母子系図〟の繋がりに見られた親と子の間を繋いでいるいわば親愛の情感そのまま親から離れて脱皮し、
蝉の脱皮

「個」体としての「自」分=「自個」=「人と人との繋がり」によって「自己を次代に継ぎ、永遠に生きる」ことだ!

ということは、「人と人によって生れ」の自分と「人と人との繋がり」での自分が対立的に矛盾するように感じられる分け方では、どこか無理があるというか尻すぼみに終わるにちがいない。
今の社会実態と本来と呼べる実態を混線・混同しないで分けて考えてみるには、今一つ決め手を探しあぐねていた。

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「と」に立つ実践哲叢(20)

自然界の歪みの良さ

最近の実顕地づくりのテーマに「先を見通し、実顕地の将来像を描く」がある。だとしたらその先が見えてくる描きの底辺となるものは何だろうかと思いをはせてみる。
ふだん研鑚会などで取り上げられるテーマは常に何か問題事が生じ、その問題をどう解決するかといったそこからの抜け道を見つけようとするような対応策にとどまる場合が多い。
当事者であるがゆえの自分らの置かれている立場からの利害・損得に走り、それはこうしたら良い、ああしたらといった狭い袋小路に入り込む意見のやりとりになっていく。
なかでも公意と私意、皆の考えと自分の考え、全体の意志と個人の意志との間で、提案する人と調正される人という相対関係や矛盾をどうしたら解消することができるかといった問題に日々迫られている感がする。
こうした当事者であるがゆえの先入観で変形された近視眼的な自分らであることを痛感し、そうした立場や問題から離れて物事を見ていく観方の難しさにぶつかる。

そしてふと気づく。相対関係や矛盾をどうしたら解消できるかといった考え方の中にこそ、間違いが潜んでいるのではないかと。あたかも金を儲けようという考え方からは、金の要る社会しか見えてこないように……。しかも問題は常に暗い否定的なイメージで問題化されがちだ。
まずは暗い人生観を転換せねばならない。このことは、すべてを放して考えてみるという次元の〈転換〉を意味している。「明日の幸福は、今日の歓びの中から生まれ出るもの」とする出発点に戻るべきだ。
かって詩人・谷川俊太郎は、第一詩集『二十億光年の孤独』でうたった。

「万有引力とは/ひき合う孤独の力である」
「宇宙はひずんでいる/それ故みんなはもとめ合う」
アインシュタイン

アインシュタインによれば、万有引力とは時空の歪みのことだそうだ。宇宙がひずんでいるからこそ、みんなが切実に心の手を差し延べ合う衝動にかられるのだろうか?
つられて次のような一節が浮かんでくる。

「私の性格は、実はそうではないのですが、事に当たると数理的に走り、自然界の歪みの良さを容れないために、殺風景で味がありません」(山岸会養鶏法)

そうか!「自然界の歪みの良さを容れる」って、当事者であるがゆえの様々な相対関係や矛盾を「歪みの良さ」へと転じるというか包み溶かし込んでしまうことなのだ?

心は宇宙自然の歪みから齎される! 歪んでいるからこそ、不調和状態の中で調和状態を保とうとする働きが生まれて世界を潤いで満たす。しかしその調和を満たした時、必然また矛盾が生まれ、次の調和を目指す。
そんな自然と人為の調和をはかるという生き方で、問題(=矛盾)がないのではなく、次々問題を問題と見做さない汲めども尽きぬ味わい潤いで溶かし込んでしまおう。
 

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わが一体の家族考(46)

〝母子系図〟の繋がり

こうした親子や生命の繋がりについて次のような山岸巳代蔵の発言が記録されている。

○餅の味、本当に言える人は一人もいない。「餅の味、どんなんや?」と言われても、「ああ、餅の味や」としか言えん。青い色でも何でも言えない。「団子のような味や」と言っても違う。
それで禅なども掴まえどころなく困るので、気持を表そうとして表せぬ。
○闇の夜に 鳴かぬ烏の声きけば 生まれぬ先の父ぞ恋しき(『山岸巳代蔵全集第五巻』)

夏目漱石の作品『門』が思い浮かぶ。親友であった安井を裏切って、その妻である御米(およね)と結婚した宗助(そうすけ)が、崖下の家でひっそり暮らす夫婦の物語だ。
しかし主人公・宗介は何時も何かに脅かされているような倫理観に悩まされている。そこで鎌倉の禅寺へ泊まり込んで座禅を試みる。そこで老師から公案が出る。
「父母未生以前の本来の面目如何」
母子系図

父と母すらまだ生まれていない自分って、どこにいるんだ、何なんだ?、ということだろうか。
彼は考えに考えた。しかし解答をもって老師の前に出るのだが、「もっと、ぎろりとしたところを持って来なければだめだ」と撥ね返される。「そのくらいのことは少し学問をしたものなら誰でも言える」と。

「特講」でも使われている禅問答式としてしか伝わらないものがあるらしい。
それにしても、闇の夜に黒い烏(カラス)が、鳴いてくれるならともかく鳴かない烏の声を聞いたらまだ生まれてくる前の父(母)が恋しく思われるとは……?
いったい「人は、人と人によって生れ」を繋いでいる繋がりの正体とは何だろうか。
そこでお互い生まれ出た時の無想意だったであろう凡夫の自分のことを自分でソッと思い直してみようというのだ。

「母が父と何月何日にこの私を産もうと約束したかどうか、私には判らない。私には父や母に約束したようにも、産んで下さいとも育てて下さいとも頼んだような覚えがない。契約なしに、しかも何の思慮もなく、あてもなく、のめり出たらしい、無論何才まで生きようとか、何をしようとか、何々をしなければならないとかの予定もなしに。
八卦見や神霊がかりの人には、人の一生の運命が判るそうだし、透視術を心得ている宿命論者には、曰く因縁が付けられるか判らないが、ボクの場合、物心ついてから両親に聞いたところによると、長兄、次兄と二つ違いで産まれているから、次は急いで欲しいとも願わなかったうちに、いつか知らない間に宿ってしまったらしく、宿ったなればしかたがない。上二人とも男だったから、せめて今度は女なればよいが、とあまり邪魔にもされず、また胎内でも静かだったので女だと思い込んでいたのに、産まれ出てみれば、また男の象徴をしているので意外だったそう。
親の考えもあてにならないもの、この世の人は思い違いをよくやるもので、また願うようにもならず、願わぬことが次々と実現する。
『親の言葉とナスビの花は千に一つのアダもない』とよく訓示をした親にしてこの通り、意外、案外の固りで、わけわからずに娑婆の風に晒されることになった。
親の意に逆らうつもりもなかったと思うが、これも親不孝の一つになるのかも知れないが、約束もせない、頼み頼まれもせない、何も知らない判らないのに、できてしまったもので、どうとも致し方がなかったことだろう。今更どちらも責任が果たせるものでもなかろう。産んだ方にも、育てる責任がある、義務があると責めても、育てただけ位で責任だ義務だとて、取り返しがつくわけでもなく、育てれば育てる程、成長するに従い益々固りが大きくなる一方で、もとの卵子と精子の結合以前に戻して貰わない限り、この事態解決とは言えまいし、絶対にできそうもないこと。
思い違いの多い親や誰かが間違いの多い人間に育てあげて責任を果たしたなどとは理屈が合わない。中には早々と子供と離れて他へ去ったり、他界へ急ぐ人もあり、自分だけの子供として盲愛を集中する人、自分の子を人の子もなし、子は誰の持ち物でも、オモチャでもない、次代を受け継ぐ大切な子として世界中の幸せのためには命かけて尽くす人もある。
育てる約束もしていないから責任も義務もない筈だろうが、頼まれもせないのに子は育てられている。受胎した時は仕方がなかったものが産んでからは仕方なしに育てるのと違い、また責任、義務で育てねばならぬ、育てるでもなく、忙しくとも、疲れても、自分の生命を削っても育てるのは、契約や義務などでやれるような上ついたものでないからこそ、強いやさしい母になれるので、約束だからとか、責任や義務や職務で仕方なしでは、負担を感じ本当の子には育つものではない」(正解ヤマギシズム全輯 第二輯 無契約結婚)

「頼まれもせないのに、子は育てられている」事実が有る!
しかも仕方なしとか育てねばならぬからでもなく、忙しくとも、労れても、自分の生命を削ってでも育てる「強いやさしい母」が事実居る!
生まれた子供が乳を口に入れられたら何かなしに吸っていくもの。生まれたものが何かなしに呼吸していくもの。そんな生きてる事実がある!
何はともあれこうした事実そのものに驚くべきなのだ。
もっと新鮮な驚きを。親と子の間を繋いでいるいわば親愛の情感に琴線をふるわすのだ。

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わが一体の家族考(45)

母子間のコミュニケーション

先の一文での「赤ん坊が乳首を求めるようなもの」とはどんな世界なんだろう。その姿態に無性に惹きつけられる。
興味深い観察実験が行われた。出産直後の母子を暖かい個室に入れ、赤ちゃんをお母さんのおなかの上に置く。すると2時間ぐらいのうちにじわじわ這い上がり、おっぱいを飲み始めたという。
赤ちゃんが産まれてすぐしたいのは、他の哺乳動物の赤ちゃんと同じくおっぱいを飲むこと。しかもおそらく匂いを頼りに、ちゃんと乳房に到達するのだ。

また鳥類などに見られるヒナと親鳥の〝鳴きかわし〟も心ひかれる一例だ。
ハイイロガンの卵を人工孵化して、ガチョウに育てさせようとした動物行動学者K・ローレンツ博士は、自分の目の前で孵化したヒナの黒い瞳でじっと見つめられ、不用意にヒナからの最初の挨拶の声に二言三言挨拶の声を返したばかりに、このガンの子マルティナは博士を母親だと見なしてしまった。
K・ローレンツとハイイロガン

「あわれなヒナは声もかれんばかりに泣きながら、けつまづいたりころんだりして私のあとを追って走ってくる。だがそのすばやさはおどろくほどであり、その決意たるや見まがうべくもない。彼女は私に、白いガチョウではなくてこの私に、自分の母親であってくれと懇願しているのだ。それは石さえ動かしたであろうほど感動的な光景であった」(『ソロモンの指輪』)

こうした母子間のコミュニケーションに内在するものが現れ出る愛らしい姿に心から魅了される。
なかでも
「母親は乳房を吸ってもらう喜び、子は吸う喜び、互いに生かし合っている姿」、
「求めるものと応じるものとの全面一致」
するこの時期をこそ刮目して見るべきだ。

子は母親の乳房をむさぼるように吸う。しかもまるで死にもの狂いの勢いでなめ廻す。目で乳房を見ながら、手で乳房を摑みながら、口で乳首を含み、口腔に挿入される乳首を感じて乳を吸う。吸われた乳は喉から胃へ入る。そして腸をくぐり抜けて肛門から排泄される。
しかもこの時の手のひらや顔や舌や唇や胃袋や排泄などの感覚が気持ちいい〈快〉感なのだ。反対におっぱいが足りない時やおしめが汚れた時や眠りが足りない時は〈不快〉感でむずかる。

そこには乳を吸うという「食」の行為と共に、乳房をなめ廻したり口腔に挿入される乳首を感じて乳を吸う行為はまさに男性器が女性器に挿入されたり性的な愛撫を行う「性」行為そのものと重なり合う。
この時期、身体を育む栄養素と共に母から子へとただ一方的に注ぎ込まれ、受け身で浴びるものがある。

「ただ要するものは親が子を愛すると同じ親愛の情です。
自分だけ覚えたら出席を止めて、後を教えて貰えぬと腹を立て、後かまわずに離れるでなく、後に続く人々に、自分の持てる凡てを、〝かつて自分が受けたように〟、与えて、与えて、与え尽す愛の心です。後れている人は吾が子です。吾が子に与える喜びに生きる、喜びの自分を発見するのです。
私の持っているなけなしのものも、早く貰って欲しいです。貰って怪我や食傷せないよう、真の人間らしく早く成長して欲しいです。成長に応じて差し上げます。人と人とが、権利よ義務よの法律のみでは、円滑な、感じのよい社会生活は絶対出来ないもので、与えて喜び、受けて喜ぶ、相愛社会に永久の安定・繁栄があるのです」(山岸会養鶏法)

こうした気持ちいい〈快〉感なるものこそ、「喜び」とか「生かし合い」とか「一致」の起源であり、誰の心にもある真実なのだ!
この眠っている、閉ざされている真実を開眼・解放することにこそ生きがいを感じる。

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わが一体の家族考(44)

〈女好き〉〈女ったらし〉〈多情者〉

「死の棘」を映像化した小栗康平さんについて以前次のように記した。

「小栗さんは、島尾敏雄を高校生の時から自分の支えとして読んできたという。
「自分が感じていることを一つひとつ整理していくことが、とりもなおさず自分を見つけていくことであり、それは気になる人を思うこととなんら変わらない、そんなふうにもいえるような、ひどく幼い発見があっただろうことを、私はいま思い出せる」(『言葉を呑む』)
ここでの「ひどく幼い発見」の箇所は、別の稿では、
「それは、ものを考えたり、感じたりすることそのものの中に、異性、異なる性の存在がしのびいっているという発見だった。好きな女の子ができ自分の心の中で何かが動く、そのことだけはよくわかった」(『近い家族・遠い家族』)
とも表現されている。まったく同感である。
そして小栗さんはそこに流れる「恥じらいというひそやかな感覚」とか「人間としての基本的な感覚」(『近い家族・遠い家族』)の欠如の回復を、二人の心の葛藤など無関心の故郷の原風景をときおりパートカラーのようにはめ込むことで図ろうとする。そこはかとなく広がっている自然の底に息づく美しさ・豊かさ・温かさを映像化に託して描いている」(イズム実顕地づくり考48)
死の棘・呑之浦

ここで小栗康平さんも指摘される「ひどく幼い発見」は、自分も思いあたる節があるからか心をほのぼのとするものが湧き出る源泉にも例えられるだろうか。
いわば「人と人によって生れ」た自分が、「人と人との繋がり」の世界ではじめて出会う他者が、〈異性〉だという「ひどく幼い発見」と驚き。
山岸巳代蔵の次のような発言にも重ねてみたくなる。

「休む時も、遊ぶ時も、何かを探求し、仕事をする時にも、食べる時にも、心に女性を感じ、ほのぼのとした気持であることによって、満たされた思いで生気が吹きこぼれているように思う。
講演会に出ても、戯曲を見る場合も、一点の女性がないということは、冷たく潤いのない無味さを感じる。おばあちゃんか子供でも、異性が入れば生花を感じ、心はにこやかになる。なごやかになる。生き生きと仕事が出来る。
これは僕一人でないと思う。また、男の場合に限らないと思う。男嫌いで定評の女丈夫などは、最も男好きだと思う。男嫌いなどと思っていることは、変態的観念から思い違いをしているのだろう。
そういう中にも本当に相合う人を、それは無意識であっても、探し求めているのは人間の本性であり、両性に別れてある生物の希求してやまぬところであろう。
赤ん坊が乳首を求めるようなものではないだろうか」(『恋愛と結婚』の前書き)

別段ここである青春の一時期の心ときめく恋愛感情について語りたいわけではない。また生前の山岸巳代蔵に浴びせられた〈女好き〉〈女ったらし〉〈多情者〉といった風評に対しての誤解を解きたいわけでもない。

むしろ「人と人によって生れ」た自分が、「人と人との繋がり」の世界ではじめて出会う他者が〈異性〉だという「ひどく幼い発見」と驚きの真なるものを、〈女好き〉〈女ったらし〉〈多情者〉と言いたくなるものから滲み出る情感を手がかりに探ねてみようというのだ。
「心に女性を感じ、ほのぼのとした気持であることによって満たされた思い」が「人と人との繋がり」の社会の中で伸展合適していく行程を記述したいのだ。

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わが一体の家族考(43)

「死の棘」のクライマックス

その「死の棘」を映像化したのが小栗康平さん(映画監督)だ。
「死の棘」のクライマックスは、映画でも原作通りに再現されているトシオと妻と女の三人が遭遇する場面である。原作では――

「トシオ、ほんとにあたしが好きか」
 と妻に出し抜けに言われたとき、悪い予感が光のように通り過ぎた。
「好きだ」
 と答えると、
「その女は、好きかきらいか」
 と追求してくる。女の目を見かえしながら、
「きらいだ」
 と低い声でやっと答えた。
「そんならあたしの目のまえで、そいつをぶんなぐれるでしょ。そうしてみせて」
 と妻は言った。試みは幾重もの罠。どう答えても、妻の感受はおなじだと思うと、のがれ口は段々せばまってくる。私はこころぎめして、女の頬を叩くと、女の皮膚の下で血の走るのが見えた。
「力が弱い。もういっぺん」
 と妻が言えば、さからえず、おおげさな身ぶりで、もう一度平手打ちをした。女はさげすんだ目つきで私を見ていた。
(中略)
 そのあいだ私はだまって突っ立ち腕を組みそれを見ていた。
「Sさん、助けてください。どうしてじっと見ているのです」
 と女が言ったが、私は返事ができない。
「Sさんがこうしたのよ。よく見てちょうだい。あなたはふたりの女を見殺しにするつもりなのね」
 とつづけて言ったとき、妻は狂ったように乱暴に、なん度も女の顔を地面に叩きつけた。
(中略)
「そうだ、こいつのスカートもパンティーもみんな脱がしてしまおう。トシオ、はやく、はやく」
 妻が本気で言っても、それは私の耳が勝手につくりあげた声のようだ。
「なにをぐずぐずしているの。こいつがそんなにかわいいの」
 とせかされ、そうする気になり、女の腰に手をのばしたとき、下ばきの下にかたいものが指先にふれたと思ったら、思いきり蹴とばされていた。なぜか女はされるままと思っていたから、私を蹴とばしたはずみに女が妻の手から脱けて立ちあがっても、事態の把握ができなかった。妻に叱咤されようやく女をもう一度地面にころがした。
映画「死の棘」

身の毛がよだつようなおぞましい修羅場だ。
先日刊行された梯久美子著『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』によると、この衝撃的な場面は観念を通した創作的なものではなく発せられた言葉も含めて実際に演じられた事実そのものだということが、島尾家に残された直筆資料などを整理する中で裏付けられたという。

山岸巳代蔵が「愛情研鑚会」という公開の場で鬼畜のような形相で自身をさらけ出したように、島尾敏雄も作品の場で飾らず匿さず余すところなく自身をさらけ出してみせた。
いや、さらけ出そうとしてさらけ出したのではない。罪と罰、善と悪を超えた事実その中で「私はだまって突っ立ち腕を組みそれを見ていた」自身の姿をただ見出しているにすぎないのかもしれない。

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わが一体の家族考(42)

母親に代わるもの
ミケランジェロ デッサン「聖母と子ども」

また作家・島尾敏雄には代表作『死の棘(とげ)』という私小説がある。夫の浮気を知って神経に異常をきたした妻が、どこまでもくり返し夫を責め続けどこにも抜け道のない夫婦の凄絶な危機を真正面から克明に描き出す。もちろん男の子と女の子がいる家庭の中はメチャクチャになる。
後年、娘の島尾マヤさんの「父島尾敏雄と母ミホ」と題する回想文に接して身につまされる思いがした。

「或る晩から母の様子が突然変になった。(中略)その時から父と母はそれ迄の関係の位置が反対になってしまったことは、幼い私にもわかった。それは父が母を自分を生んでくれた母親と同じように考え、何をしても許して貰えると思い込み、我がまま勝手をしたので母は疲れ果て、心の病になったのだと後から知った。
当時の家庭の事情を父は十八年間の歳月をかけて『死の棘』という小説に書いた」(『島尾敏雄事典』)

ここに「人と人によって生れ」から「人と人との繋がり」へと相渉(わた)る際に現れる親離れできないひと見知りの典型的な思い違えが見出されるからだ。
いつもここのところで厚い壁にはね返されているような気がする。今もきっと誰もが執着の度合の差はあれ思い悩んでいる個所だ。

「何をしても許して貰えると思い込み、我がまま勝手を」受け入れて抱擁(つつ)んでくれる母親こそ「人と人によって生れ」の象徴なら、いったい「人と人との繋がり」とはどんな世界なんだろうか?
ずっとそこは、赤の他人同士で構成される「社会」の別名だと見なしてきた。だから当然、特に人と人とが離れ、相反目していることもやむを得ないのだと。自分のひと見知りを無自覚に正当化してきた嫌いがあった。  
そんな「自己一人限りとの考え」を揺さぶり続けたのは、日々の暮らしであり研鑚会である。そこでは次のような問いに迫られた。

「その人の言う通りやろうとすることはその人になることでその人の心になることはできないのだろうか」

そんな無茶な。
でもある時、ふと「その関連を知るなれば」の一節がリアルに浮き上がってきたことがある。「その関連」っていったい何のことだと自問自答するにハメになった。
今までの「自分」を捨てなけねばならない!?
山岸巳代蔵は公言してはばからない。

「結婚観のね、定義から、これはやっていかんならんと思いますわ。
私はよく言いますがね、特講なんかへ出ても、よーく言いますがね、今のねえ、結婚した夫婦だと思っておるものはね、メチャクチャのがほとんどだと、こう言えると思うんですよ」(わが一体の家族考35)

どこがメチャクチャ何だろう?
言わんとするところは、きっとそこ、「人と人との繋がり」の世界にはホントのところ、未だ誰も住んだことも生きられたこともないまっさらな未知の領域ではないのか、と。
そこはあたかも旧約聖書の時代からの、
「男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる」(創世記2-24)ような世界なのだろうか。何の変哲もない事実にすぎないのだけれども……。

人と人との繋がりの中へ、あたかも母親の自己自身に対する愛護と同じように入り込んでいけないものだろうかと、我がままなことを夢想する。
始まりは、全現実社会を自己の感受を基点に同心円的に拡張していき「少年が少女に寄せる淡いほのぼのとした思慕」の世界のみで包み込みたいのだった。
ここの始まりの場所を離れないで、いわば「自分」と「親子の家族」と「人と人との繋がりの社会」が一つに重なる世界像に迫っていきたいのだ。

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わが一体の家族考(41)

自分を解き放つ自問自答

あの「夕飯の不味さ」(『原つぱ』)に象徴される自分生来の心の体験を解き放つきっかけも、さきのヤマギシズムの祭りや秋には文化祭のようなものを準備するある日の研鑚会にあった。
普段何気なく暮らしていることの数々が、ヤマギシズムという観点から照らし出されるまたとない機会だった。
次のような一節に出会ったのだ。

「人は、人と人によって生れ、人と人との繋がりによらねば、自己を次代に継ぎ、永遠に生きることは絶対に不可能で、その関連を知るなれば、自己一人限りとの考えは間違いなる事が解り、お互いの間に愛情の含まれるこそ、真理に相違なく、今の社会的欠陥の最大なる原因は、国と国・官と民・業者と業者・団体と団体・人と人とが離れ、相反目している事にあり、政治・経済機構も大改革されますが、その何れにも相互関連があり、この条件を必ず重大要素として組織し、総親和社会への精神革命を必要とする所以です」(知的革命私案)

当たり前のことが記されていると見なしていた。ここの何が核心を衝いた表現なのだというのだろうか? その時はこの一節に込められてあるものを指摘してくれた人の真意を計りかねていた。
しかしその後も、この一節を頭の片隅で転がしながら、ふと今までの自分を、「人」は、「人と人によって生れ」、「人と人との繋がり」によらねばの一節にそのまま素直に当てはめてみようとしてみた。というか、そこまで自分自身が切羽詰まった状態に置かれていた。
自分は、父と母によって生まれ育ち、人と人との繋がりによって暮らしていく……。
つまりこの一節は、「自分」「家族」「社会」にも例えられる。
だとしたら、「夕飯もまづかった」ところまで過剰に背負い込んでしまう少年の感受の仕方のどこに思い違いがあるのだろうか。自分自身そんな感受の扱いにほとほと嫌気がさしていた。
きっと自分は、「人と人によって生れ」の延長線上にそのまま「人と人との繋がり」の世界を重ねて疑わないので、いつも傷つき「夕飯もまづかった」のではないか? 
ひょっとしたら「人と人によって生れ」の世界と「人と人との繋がり」の世界は全く次元を異にするのではないか?
きっと「人と人との繋がり」の世界へ入っていくには、それなりの「準備」というか「切り替え」というか「資格」が問われるのではないか?
かくしてひとまずは「分けてみよう」というか割り切った考え方に落ち着いた。そこで実際救われた思いがした。
多分ここまでは、誰もが無意識でやっている観念操作ではないだろうか。

でも始まりの、全現実社会を自己の感受を基点に同心円的に拡張していき「少年が少女に寄せる淡いほのぼのとした思慕」の世界のみで包み込みたいのなら、「分けてみよう」で済む話ではないのではないか?
たしかに長いものには巻かれろ式に一般社会通念を基盤とする「人と人との繋がり」に「人と人によって生れ」の自分をそのまま合わせることだってできる。皆そうして生きている! しかしそれでは、「今の社会的欠陥の最大なる原因」を除去する方向には絶対向かえないだろう。
本当に「人と人によって生れ」の延長線上から「人と人との繋がり」の世界に生きることはできないのだろうか? 

それにつけても先の「夕飯の不味さ」の比喩は、いったい何を告げ知らせようとしていたのだろう。唯一の手がかりはもっとていねいに「人と人によって生れ」の世界をたどってみるなかにあるはずだ。
ここに「人と人によって生れ」と「人と人との繋がり」との安易な妥協や野合でない理想社会に繋がる橋を架けたいのだが、そのためにももっとリアルに浮かび上がってくるまで「人と人によって生れ」の実態を明らかにしてみたい欲求が湧いてきた。

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わが一体の家族考(40)

普段着がじつはハレ着だった?!

1980年代中頃から90年代にかけて、春はヤマギシズムの祭りや秋には文化祭のようなものを毎年実施してきた。なかでも春のタダの祭りでは十万個の卵を富士山に見立てて積み上げた「卵富士」や
卵富士

紀州みかんで財を築いた紀伊国屋門左衛門のミカン船を模した梵天丸
梵天丸

などで多くの人々の心を魅了した。
先に触れた「月界への通路」の一コマにも次のように記されている。

「金が要らない楽しい世の中に世界中がなると聞いた時、複雑に考えれば、到底不可能だと頭ごなしに否定する人もあるかも知れない。これは何かの考え方を入れて、複雑に考え過ぎているのではなかろうか。
軒端のスズメや、菜の花に舞う胡蝶でさえも、金を持たないで、何らの境界も設けないで、自由に楽しく舞い、かつ囀っている。権利も主張しないし、義務も感じていないようだ。
能力の秀れた知能を持っている人間が、なぜ囲いを厳重にし、権利・義務に縛られねばならないだろうか。
金の要らない楽しい村では、衣食住すべてはタダである。無代償である。
この村にある米も衣服も、必要に応じて、必要なものが、欲しいだけ、タダで使える。魚も果物も自由に店先から取って、欲しいだけ食べられる。テキでもフライでも鰻丼もむろんのこと、酒は飲み放題、高級茶菓子も意のまま。住むのに都合の良い家、住みたい家へ、どの家ででも起居できる。
元来誰のものでもない、誰が使ってもよいのである。みなタダで自由に使うことが出来る。
当り前のことである。
誰一人として、権利・義務を言って眉をしかめたり、目に角立てる人はいない。泥棒扱い、呼ばわりする人もない。
労働を強制し、時間で束縛する法規もなく、監視する人もない。
寝たい時に眠り、起きたい時に起きる。
したい時に出来ることを、楽しく遊んで明け暮らす、本当の人生にふさわしい村であり、やがて世界中がそうなる」

軒端のスズメや蝶のように自由に楽しく舞い、かつ囀っている姿を、真面目に人間社会の中にも具体的に写し出してみようとするその心意気が何とも愉快だった。
あたかも山岸会養鶏法でヒヨコを産まれたらすぐに米山の上で飼い、生まれながらにして物欲しそうにこせつかない富貴の相を備えさせるようにと、祭り当日も目前に山と積まれた卵やミカンなどを前にして、やり方一つで奪い合い取り合いにならない人間性を引き出し合う社会実顕(実験)でもあった。
世の規範、常識、価値観から外れたところに、参加された人々がまるでお伽の国のようだと感動させる生きた安らぎの場が立ち現れたのだった。
しかも祭りの中で何が一番良かったかと子供たちに問うと、「タダが良かった!」と皆応える。
そうなのだ。そこはまた、自分らの普段着がじつはハレ着だった! と言えるところまでやっていこうとする活力源でもあった。

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わが一体の家族考(39)

始まりの場所

そもそも本稿「わが一体の家族考」を思い立ったのは次のような〝憧れ〟からだった。

「一週間の第一回『特講』終了後に山岸巳代蔵がその参加者全員に送ったメッセージの冒頭に掲げられた一節がたまらなく好きだ。
『第一回特別講習研鑽を共にした、
わが一体の家族、なつかしの兄姉弟妹よ、
わが父・母・妻・子よ』
なぜか『わが』につづく『一体の家族』に惹かれるのだ。
『わが』と『一体の家族』の間に実感のこもらない溝を感じているからだろうか、なおさら憧れる」(わが一体の家族考1)

そんな〝実感のこもらない溝を感じている〟一例を自身の体験からふり返ってみる。
二十歳前後だったろうか、当時愛読していた作家・島尾敏雄の初期作品などに自分の似姿を重ねては「自分と同じような感じ方をしているなあ」と同類意識からのうれしさを覚えた記憶がある。
島尾敏雄

例えば次のようなくだりだ。
夕飯前の黄昏の原っぱで日頃思慕を寄せている少女が縄飛びに興じている。ふと少女は櫛を落とす。
それを告げた少年は櫛を遊びが終るまで持っている光栄に預るのだけれど、よごれた手で綺麗な少女の櫛を持ちつづけるのは彼女を冒涜しているみたいで自分が卑屈にみえてしようがない。そこで戻ってくるまで遊びが続いていることを願いながら、一目散に手洗い場へ駆けこむ。
が、少年が見たのは少女等が帰り仕度にかかっている光景ではないか!

「何してたの、貫ちゃん、嫌よ人の物を持って何拠かへ行っちゃ」
貫太郎は黙っていた。万年房枝の前では何も言えやしない。
「御免なさいね、万年さん」
自分でも情ない様な声を出した。
夕飯もまづかった。もう万年房枝には可愛がってもらえる事はなかろう。(『原つぱ』)

少年にも少女にも何の非はない、一笑に付されるありきたりな場面にすぎない。それなのに「夕飯もまづかった」ところまで過剰に背負い込んでしまう少年の感受の仕方がある。
人間関係で齟齬をきたすのは、今の社会では当たり前。現実とはそういうものだから、めげずに言葉で対手と渉りあい、説得・納得させればよいだけのこと。またそうした関係社会に生きるため気やものを使い合ってその関係保持に人生の大部分が占められる。

しかし、だからといって少年が少女に寄せる淡いほのぼのとした思慕まで交換条件的や報酬期待的な関係社会からの観念で侵されるのはあまりにも理不尽すぎないか。

ふり返るとこうした「夕飯の不味さ」について、自身ずっと傷つき・囚われれてきたようにも思える。自分はどこでどう思い違いしているんだろう、と。
とうとう思い悩み昂じて、どんな職業に就いたら気やものを使わなくてもよいのかと、滑稽なことを真剣に思いつめたことさえある。

関係社会の観念とその混在から、スッキリ脱却したい。いったい自分は何を見落としていたのだろうか。
「人と人との繋がり」の世界は本当はどのように構成されるべきなのだろうか。
いや本当の本当は、全現実社会を自己の感受を基点に同心円的に拡張していき「少年が少女に寄せる淡いほのぼのとした思慕」の世界のみで包み込みたいのだ?!
そこが始まりだった。

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「と」に立つ実践哲叢(19)

自分がいる実顕地づくり(下)

かつて日本列島が石油ショック・パニックにおちいり、連日のように「地球上の資源には限りがあります。限りある資源を大切にしましょう」とテレビのCMが流れていた頃、限りある資源を大切にすると同時に限りない資源の開発にもっと力を注ぎたいといった研鑽をしたことがある。

限りない資源って何のことだろうと思ったら、それは誰の中にも無限大に潜在して、開発さえすればどんどん湧き出てくる「自発力」とでもいうべき強力なエネルギー源、それは生きる力のもと太陽エネルギーにまでさかのぼれることにビックリした。

人からいわれてやっと動き出す自分。仕組みや制度にそっているだけの自分。やらねばならんと思っているだけで手出し足出ししないでいる自分。生まれてきたから仕方なく生きているという無気力な惰性の毎日を送っている自分、等々があぶり出されてきた。
しかもこんな自分でも自発力はないのでなく、開発したりないだけのことだと思い知らされて、目からウロコ。そんな各自の自発的自由意志だけで成り立つ社会って、どんなにか素晴らしいだろうかと胸ふくらんだ。

例えば時々一体食堂愛和館での「食器洗浄」の話が持ちあがる。一応公平にという意味での当番制で運営されているが、都合で入れなくなる人も出て食器洗浄の担当者が負担に感じられてくる場合がある。メニューによっては、食器が山のようにたまってくるし、食器が欠けたり割れたりもする。
たしかに家事仕事といえどもやりたいからやるので、やりたくない時はやらなくてよいのではあるが、誰かがやらなくては進まない。その辺り各自の自発的自由意志だけで成り立つ社会ではどのようになるのだろうかと。

いろんな思いが湧いてくる。
○こんなことで頭を悩ませなくてもよいように、もっと機械化を推し進めてはどうか。
○サボる人には罰をと非難したくなる。
○一人ひとりが少しずつでも入れば、こんなふうにはならないのでは?
○このしんどい実状を、もっと全員が知るべきだ等々。

でもどこか変だなあと感じる。皆と共に暮らしをつくっていくことは本当は皆が望み・楽しいはずのことなのに……。
じつはここからが食器洗浄の例に限らず自分らの研鑽がはじまる出発点なのだ!

誰かがひょいという。「でも、今日まで遅れることはあったけど食器洗浄ができなかったという日はなかったなあ」「そういえばそうだねえ」「最後は自分がやるという人がきっといるんだろうねえ……」「そうか!」

するとそんな「ラストマン」の気配を感じてかふうっと心が温かくなる。それまで頭の片隅に隠し持つ「自分で飯食ったんだから、自分の茶碗ぐらい洗ったらよい」といった傲慢な自分に気づいて恥ずかしくなる。
そんな時だ。責め合いなく責任感も義務感も超えた世界に住む自分を発見するのは。 

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わが一体の家族考(38)

猫の首に鈴をつける
猫の首に鈴

さきの「月界への通路」とは、
「私は十九歳の時、或る壁にぶつかり、苦悩の内に一生かけての仕事を始めたのです。そして人生の理想について探求し、真理は一つであり、〝理想は方法によって実現し得る〟という信念を固め、只今ではその方法を『月界への通路』と題しまして記述し続けております」(『山岸会式養鶏法・農業養鶏編』1954年)

ともあるように、月界への通路はその道を通る以外には到達できないという一本コースなのだ?! 
つまり理想を実現する最善の方法は一つであってこそ、理想はその方法によって必ず実現する。それゆえ理想(目標)を自己の生活に日常化する(織り込む)方法が重視される。
ヤマギシズム〈実践哲学〉では、最終目的の実現はじつは出発点にかかっており、出発点と目的とは直線コースでなければ成立しないとしているところだ。
目的のためには手段を選ばないとか、山頂への道は幾通りもあるという考え方がある。どんな作り方をしても米さえ採れたらよいではないかというが、なるほど米は採れても作り方によって米の内容・質が違うのだ。

だとしたら、その目的への出発点に立つとはどんなことなんだろうか?
この間どこでどう思い違いをして迷路に迷い込んだのだろう。目的に到達するのが難しいのでなく、その目的への出発点に立つことが容易ではないのだとふり返る。
そんないざ実行となると、引き受け手のない至難なことのたとえに「猫の首に鈴をつける」というのがあるが、そんな躊躇する気持がある。

この間の山岸巳代蔵が取り組んだ「愛情研鑽」の世界がまさにそれである。
きっと大切なことが盛られているに違いないのだが、そこへ分け入っていく糸口がつかめないでいる。
それは俗にいう「フリーセックス」「退廃的な獣性」「放蕩」「禁断」「不倫」「姦通」といった言葉から連想される次元を異にする
「愛」「性」「性意識」「対意識」「性愛」「セックス」「エロス」「男・女」「夫婦」「恋愛・結婚」「繋がり」「親子」「家族」「情愛」にまつわる世界についてのことだ。
そこはまた西欧的な個と個を基点にした恋愛・結婚観とも異なるはずだ。

「山岸会の目ざす理想社会は、一人の不幸もあってはならぬ社会でありますから、その根本に自他一体観の、きびしい原理が自得出来ていなければならぬ筈で、この会旨を別なもっときびしい言葉で表しますと、
〝私はあなた、あなたは私〟
の体認に出発せねばならぬとするのであります」( 『山岸会養鶏法』1955.6.16)

ここでの〝私はあなた、あなたは私〟の「性」にじかに触れてみようというのだ。
「性=対」を出発点とした理想社会像を描いてみようというのだ?!
ほんとは猫の首に鈴をつけたいのに、誤解されることを恐れためらって尻込みしている自身の姿が浮かび上がる。
そこをあえて「性=対」を出発点とすることで一歩踏み出し鈴をつけてみせるのだ。

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わが一体の家族考(37)

未熟々々の鈍愚生

世にいう山岸会事件で身を隠すことを余儀なくされた山岸巳代蔵はみずから出頭するまでの半年間ほど、滋賀県大津市堅田に潜伏していた。写真の山岸巳代蔵による鉛筆画は、琵琶湖西岸に連なる比良山地である。
比良の山々

この間の堅田時代を通して書かれたものであろうか、「正解ヤマギシズム全輯」の草稿としてB五版わら半紙に鉛筆で書いた直筆原稿が現在約四百枚近く遺されている。
山岸巳代蔵が描いていた出版計画についての青写真は、次のようにも描かれていた。

「著者は今、一身上の都合で著述には最好適と言えない不便な土地にいる。過去の覚書や草稿や参考書も、何一つ取り寄せることが出来ない。閑地に離れているようでも閑日がない。体力の方も回復してからと思うが、急を要することばかり。
かねてからの宿題『月界ヘの通路』の宿稿の一部を整理し、『正解ヤマギシズム』十輯として刊行するつもりだが、世界情勢から判断して、第三輯『愛・愛情・結婚・恋愛について』を先に纏めてきたが、読者に理解していただく順序として、やはり第一輯『けんさん・もうしん』によって、ヤマギシズム理解の行程として研鑽の解説と盲信の研鑽を論じ、第二輯では、〝真理と人間の考え・人間の考えと言葉・言葉と行い、及びその間のくい違い〟について詳述し、読者と共に一応ヤマギシズム理解の基礎的考察を加えて後に、第三輯『愛・愛情・結婚・恋愛』の何部かを通してヤマギシズム結婚観、恋愛等について、理念と実態及び数々の実録を俎上に載せて、男女老若、少年少女、胎児に及ぶすべての時代に、真に健康で、幸福な結婚への一貫した揺るぎない安定したあり方を詳述する。
第四輯以下に、政治と法制、社会、産業、経済、人間生長・成熟、健康、衣食住生活、闘争・戦争・暴力・刑罰等の解釈とその根絶法、趣味・芸術論、学問・宗教論等その他に分類して、物理科学と観念論理科学の分野に互つて、論理と具現方式と事実立証とを以て縦横に解剖してみたいと思う」(『山岸巳代蔵全集七巻』)

さて、それではいったい『百万羽』という理想社会建設の大事業と併行して始まった、山岸巳代蔵本人の弁を借りれば、「私の愛情の不安定から起こる狂態」はどのように受けとられるべき内実のものなのだろうか。
真意はいずこにあったのだろうか。
外形のみを見れば誤解されて受けとられる可能性が非常に高いのではないかという懸念が、この間「愛情研鑽」にあえて触れられてこなかった理由の一つに挙げられる。
もとより一連の出来事を断片的に触れてきた人達にも、その真意は掴めないまま消化不良の感があったことも否めない。確かに真意はもはや忖度するより他にない。
一般に理想社会づくりといえば、目に見える外形的な物質面の豊かさに向けての着手から始められがちだ。ところがそれに反して、無現象界に焦点を置いて、無辺の愛を基調とする一体社会の顕現に賭ける山岸巳代蔵にとって、愛情研鑽こそ絶対不可欠の課題であった。
自身、周囲からは常軌を逸する狂乱状態ととられがちなこれら一連の行動について、

「甘えているものではない。二人の女らにこだわっての問題と違う」
「愛に飢えた理性が働かない状態」
「男ってこんな弱い阿呆なものか、人間の及ばない世界というか人間の弱さに直面して、何ものかの力で支えられ、支えて欲しいという気持が起こってくる」

といった発言を残している。
そして男女間、夫婦間の愛情の不安定がいかに多くの社会問題を引き起こしているか、そこにいかに頑固なキメつけが内在しているか、そうした人間の傲慢さというか自分の考えという私心に押し潰されるような立場に立たされたみずからを省みて、

そういう場に立たされて、そう仕向けられたら、そう言わざるを得ないものがあり、
「そんなことさしたらアカン、誰か止めなイカンとこや」
と自己批判するのだった。

キメつけや情が入るとこんなにも愚鈍になるものかとみずから呆れ疲れ果て、
「未熟々々の鈍愚生」の恥ずかしいかぎりで、
「もう自分で苦しむのは最後にしたい」

ともフッと思ったりして、
これの解決が、命をかけて取り組むべき、最大の核心に見えていたのかもしれない。

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わが一体の家族考(36)

「愛情研鑽会」以降の展開

だがしかし、さきの『全集資料編Ⅰ』所収の「愛情研鑽会」を以てしても、愛情問題が解決の方向に向かったわけではなかった。
その後の経緯を簡単に要約してみる。

翌1959(昭和34)年1月には、山岸と柔和子が四日市の頼子のアパートに行き、そこでひと悶着があった。山岸が先に帰った後、柔和子が頼子に対して、「私とあなたと奥さんを交替しましょう」ともちかけたことがきっかけだった。翌日、春日の中林宅へ帰った柔和子がその話をし出すと、山岸が柔和子に無理難題をふっかけてきた。大声でどなったり、大変な血相で迫ってくる山岸の姿を見て、完全に気が狂っていると思った柔和子は、沸騰しているヤカンの湯を、オーバーのまま寝ている山岸の顔にかけたのである。
顔が真っ白に焼けただれた山岸は、すぐに病院へと運ばれた。幸いにして火傷は左耳の鼓膜が破れたぐらいですんだ。3月に入って、山岸は療養のため柘植のみどり莊へ移り、四日市から呼び寄せた頼子が看護に当った。

この後、山岸は、4月に山岸会に対して「急進拡大運動」を提案、春日山に山岸会機構の機能をすべて移し始める。
前年8月に現在のヤマギシズム春日山実顕地のある三重県阿山郡伊賀町で始まった通称「百万羽」の春日農場では老人・子供を含め三百人近い参画者が自活態勢に入りつつあった。
ねらいは、その春日農場へ当時京都・山崎にあった山岸会本部事務局を移し、農場内に特講会場も設けて、一丸となって急進的に特講拡大を呼びかけようというものであった。そうした急進拡大こそ真目的だとする高揚した空気が春日山全体を包んでいった。
6月には、山岸は柔和子と共に春日山に移り、「急革体制」に備えたが、そんな矢先の7月10日、山岸会は一週間の講習受講者を軟禁した疑いで上野署の捜索を受け、幹部らとみなされた七人が逮捕された。
山岸会事件

こうした世にいう山岸会事件の真っただ中にあった山岸巳代蔵は、13日午前卵の出荷車(オート三輪トラック)の荷台に乗って春日山を離れた。そして24日午後には捜査中の三重県警は、事件の背後関係を解明するために姿を消した山岸を全国に指名手配したのだった。
その後、あちこちを転々と移り、出頭の機会をうかがうことになるのだが、この年の12月、山岸は側近の人に頼子宛の手紙を託している。以後、頼子と山岸との連絡は途絶えることになった。
また12月の中頃からは、滞在先の山岸の元へ時々柔和子が訪ねてくるようになる。
その間も二人の間での愛情問答は何度となく繰り返された。それについては、現在テープで残されている「徹夜研鑽会」(1960年3月)記録などを通して知ることができる。

1960(昭和35)年4月、柔和子の段取りの元、山岸は大阪松坂屋デパートへ柔和子や弁護士と共に赴き、逮捕という形をとって出頭した(10月に起訴猶予の判決が出る)。
そして、逮捕後取調べが一段落した後、三重県津市の「三眺荘」という一軒家を借り、柔和子や婆やや側近の奥村通哉らと住み、
三眺荘で山岸と柔和子他

少数のメンバーで山岸巳代蔵が思い描く世界観をじっくりと聴く「理念研」の定期的な開催や理想社会の実態づくりを目指す「実顕地造成」という仕事に取り組むことになる。

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