自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(90)

永遠と現在についての問答

あの〝インドの少年〟は妹がバナナを食べている間、少年は法悦のような目つきで女の子を見つづけていた。そして終いの根元の部分を女の子の口に押し込むと、自分は皮だけを食べて、またあの容赦のない争奪戦の中へと走り込んでいく。
芥川龍之介の『蜜柑』の小娘も、三人の弟たちの何とも意味の分からない喚声のほとばしりと同時に窓から半身を乗り出し、手をつと伸ばして勢いよく左右に振ったかと思うと、暖かな日の色に染まっている蜜柑が五つ六つ弟たちの上へ空から降って来た。
そしてこれから奉公先へ赴こうとしている小娘はいつかもう席に戻り、大きな風呂敷包みを抱えた手にしっかりと三等切符を握っている。
ここには少年をウットリとさせ、小娘が思わず蜜柑を投げ出してしまう奇跡の〝時間〟と少年の容赦のない争奪戦や小娘のこれからの奉公先での不安や緊張感に満ちた〝時間〟が一続きの一つのものとしてあらわれている。永遠と現在が一つになっているのだ!?

そういえば自分らにも思いあたる節がある。
1976年頃から〝金の要らない村づくり〟への村外会員募集と銘打って「ヤマギシズム世界幸福株」なるものを発行してきた。
世界幸福株券

例えば「世界幸福株―卵券」の場合は、一口30数万円の無所有生活の代償として、一週間に1キロの卵を永久に届けようというもの。
今まで暮らしを安定させる方法を所有でやって来たが、今度は無所有(放す)ことで、つまり年々目減りする通貨を用いて絶対目減りしない現物生産と供給の循環の環に一口参画されませんかと、実顕地生産物の活用者グループに呼びかけたのであった。
当時国民一人当たりの貯金額は平均200万円ぐらいだったから、卵券、肉券、米券……と一枚づつ剥がして、全部放したら食べ物に関しては一切タダでいける!?
こんな方法で無所有の事実が如何に安定するかを実証できないだろうか。
〝金の要らない社会〟をこんな方法でつくっていけないものだろうか等など、皆で研鑽していくと本当に、
“日常茶飯事にも永遠に大きく生きんことを心するもの”
って、こんな感じかなあと実感されてきて興奮したことがある。

そうした鳴り物入りのその株券を、今度は自分らで数年前から回収の動きに回ったのである。
〝永久〟を謳い、確約しながら撤回するとは何ごとか! 自分らは大うそつきなんだろうかと、人にも自分にも大うそつきの自分に気付く行事が各人の心の中でとり行われたことであった。
ある日の研鑚会での、そんな幸福株回収をめぐるやりとりで感じたことを若いI君が忌憚なく書きとめてくれている。貴重な研鑽資料だ。

“幸福株を額面通りに買い取る「回収」の動きを昨年からやっていて、それについて思っていることを研鑽会で出した。
なぜ出したのか思いだせなかったが、今書いていて思い出した。
Aさんが、豊里ファームのことで、「今は倉庫登録でやっていたり、駐車場も砂利の所が多く、安全面で不安があったり、老人がカートを押すのは無理があったりする。でも社会の中でやっていくという面でも、舗装した方がいいんじゃないか。自分達が楽しくファームをやれてればいいというのだけではまずいんじゃないか」などと出していた。
言っていることはよくわかるし、しごくまっとうな意見だと思った。
お客が増え売り上げが増え、地域的な影響力が増していくと、それだけ責任も大きくなる。常識的にはそんな感じだよなと思う。
前は、僕もそう思っていた。むしろヤマギシの非常識な感じは嫌いだった。
でも、Aさんの話を聞いていて、さて自分はどうなんだろうと考えた時に、幸福株回収をやっていてのことが浮かんできた。

幸福株という考え方自体が非常識で、さらに株券に「永久に届ける」と謳っているにもかかわらず30数年で「返してください」と迫る非常識。
回収に行くと、おだやかに返してくれる人もいるけど、
「あなたは常識を知らないだろうから教えてあげるけど、こういうことは社会では通用しないのよ」と言ってくる人もいる。
まあそうなんだよなと思う。常識的にいくと、約束を反故にするわけだから、ヤマギシはペナルティを払う(しばらくタダで届ける、もしくは額面より割増して買い取るなど)のが当然らしい。
そういうのをまじめにやっていくと、お互い面白くもない終わりかたになる。
実は、相手も、本心はそういうの望んでないんじゃないか?
「いやいや、約束破りなんですけど、でも返してほしいんです。非常識ですいません、でもヤマギシなんで」
くらいの返しを、相手も待ってたりして?!…という冗談が通じる人は少ないかもしれないけど、色々話してると最後は円満に終わることが多い。
「すいません、ヤマギシなんで」
無責任極まりないけど、最近の実顕地の動きなんてそんなことの連続のような気がする。
そしてその方が、人の心が動いていく気がする。

正直、幸福株に「永久」なんで書かんでほしかったとは思うけど、しょうがないか、その時はそう思っちゃったんだよな、勢いもあったんやろーし…とも思う。
自分が今やってるファームや、内部川に養豚をということだって、あとあと誰が何を思うか、誰にどんな迷惑かけるか分からない。
でも今は、それを進めることで一つの運営が進むことを大事にする、そんな感じなのかなー。後のことがどうでもいい、ということではないけど。
今そこを進めることが、後にもつながっていく、と思っている。

「幸福株を回収した人のリストを作って、年に一回か二回かでもささやかな贈り物をしたらいいんじゃないか」という意見が出され、
「それは自分もやりたい」「そういうのやりたいのよね!」といった発言が相次いだことにちょっと驚いた。
やめてほしい。と思った。それも出した。
そういう気持ちを形であらわす、というのはいいと思うし、各自の気持ちでやれる範囲で何かやるのはいいと思う。
でも、そういうのは結構仕組みになりやすくて、リストが出来て「何月ころに、毎年この人達に何かを送る」という「作業」が出来上がる。
最初に始めた人は心をこめてやるかもしれないけど、その人が何かあってその作業が出来なくなったとき誰かに「引き継ぎ」して、それがだんだんルーチン化されて、やめられなくなる。
引き継がれた方は、まじめにやろうとするから。
そうして、形だけのものが残り、その相手が死ぬか、またどこかでやめる話を誰かがしに行かなきゃいけなくなる。やめてほしい。
贈りたいという気持ちはわかるので、そういう人には、心のある人が、心の続く内は手紙書くとかくらいでいいのでは。

佐川さんが「永久ってのは、一瞬でも永久、30年でも永久ってことじゃないの」と出した時、たぶん研鑽会参加者の多くの人が「??それ、株券の文章にしたらアカンやつじゃないの?!」と思ったんじゃないだろうか。
それはその人の生き方として、その人が心に秘めておけばいいことで、契約の文章にしてしまったら誤解を生むし、まずいやろーと思った。
今も、それは思うけど、そのまずいヤツを実際にやってしまったヤマギシがあって、でもまあやっぱヤマギシやからなあ…という感じにも思う。
まずいヤツやらんヤマギシやったら、ファームも始まらなかったかもしれないし、供給所もずるずる続いているかもしれない。

色々書いたけど、やっぱり幸福株の「永久」は書かないでほしかったと思うし、回収はそんなに楽しい仕事ではないけど、自分が身を置いている「ヤマギシ」について色々考える面白い機会になったと思う”

ホントI君の言うとおり、日々いろいろ考えさせられる機会が多い。そこが面白いところか……。
ヤマギシではあちこちで〝永久〟なる言葉が出没する。
曰く「夫婦に限らず、どこの誰ともまず人間と人間との間に、約束の要らない、永久に動かない変わらない一体の実態が本当のものではなかろうか」
曰く「不況とは何ぞ 原子力時代を迎え 新旧養鶏の大転換期!! 永久に責任を持つ養鶏書」等など。
まるであのキリシタン狩り(江戸時代初期)の〝踏み絵〟のように日々試されているのだろうか。

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わが一体の家族考(89)

〝心のため〟をつくることで

もう20年近くなるだろうか、「みんなの為め、全体の為め、これらは本当は自分勝手の利己心に過ぎないのではないか?」といった疑心暗鬼にかられた時期があった。
というのも、口に〝われ、ひとと共に繁栄せん〟と言いつつも、どこかで嘘っぽい自分を意識してしまうからだ。心がシラけるのだ。
弱い馬は平坦道路ではついてくるが、難所になると馬脚をあらわすという。そんな弱い自分にビクビクしながら、そこからの相互不信に陥っていた。
本当に人のためでない〝自分〟がよくなるためからすべてのことが出発する生き方や社会像は不可能なのだろうか?
そんな折きまってフト思い浮かんでくる光景があった。そしてなぜかそこからもたらされるものに癒やされている自分がいた。
幸いにも思いがけずその時のことを振り返った手記(『ある愛の詩』)が残っている。よほど深く心に刻まれた光景であったのだろう。

“朝寝坊の得意なぼくは、時として朝一番の水やりやエサ見を怠った。そんな時は必ず奥さんが代ってやってくれていた。そして遅れてやってきたぼくの顔を見て恥しそうに、「フフフッ」と微笑むだけだ。ちっとも非難がましいことは言ってくれない。これはかなりぼくの胸にひびいたことの一つだ。休憩時のおやつ作りの時もそうだ。どうしてあんなに素早く用意できるのか、ぼくたち若い飼育係にとっては毎日驚異のマトであった。自分が作って自分で食べるよりも、みんなが「おいしい、おいしい」と言って食べるのを眺めているさまが、その場での奥さんにとっては最も似つかわしかった。山岸会とはアナキズムの流れを汲むものではないか、などと当時つまらぬことばかり考え、そうした複合観念に悩まされていたぼくの心に、Yさん夫妻のそうした笑顔や立居振舞はものすごく新鮮なものとして飛び込んできた。(1977年1月)”

この光景を契機に自分の考え方が一変していくのだった。
そうした、追いつめられ切羽詰まって、もうダメかもしれないと弱気な気分になりかけた時、きまってなじみの原風景の中へと引きこもっている自分がいた。自分は現実から逃げているのだろうか?
しかしそんな世界にひたっては癒やされ、温かくなり、元気が出たのも事実なのだ。
そうだ! ここから始めて、それをずっと掘り進めていけばひょっとしたら空念仏に終わらない〝ヤマギシズム〟なるものに出会えるかもしれない!? そんな虫のいい思いつきから俄然やる気が湧いてきた。
それではいったいあの一瞬の「ハッ」と心に響く情動のようなものは何なのだろうか? しかもその正体は……と想いを馳せるだけで油然と温かいものが湧いてくるものがある。
くり返しくり返しその情動に包まれていると、いつしか心底納得できるような自分なりのイメージが形成されてくるようなのだ! 
そこはいちばん自分にフィットして心安まる世界だ。この世界の感じを、その時その場だけの「感じ」に終わらせたくない思いがつのった。

ある時「溜(ため)」という言葉が浮かんだ。「腰のため」とか「バックスイングにためをつくる」とか……。
バックスイング

それが転じて「力をためる」とか「思いをためる」など前向きの精神状態にもイメージされてくるようなのだ。
ふと〝心のため〟をつくるという〝行為〟がとても魅力的で豊かなことに感じられてきた。
そんな自分なりの考えを後押ししてくれたのが、その頃一心不乱に読んだ『主体の解釈学』(ミシェル・フーコー)だ。例えば次のような一節から、〝心のため〟をつくるという〝行為〟が〝自己への配慮〟に繫がることなんだと勝手に思い込んでは勇気づけられた。 

“つまり、自己への配慮という教えは、それが私たちにとってはむしろ自己中心主義とか引きこもりを意味するものであるのに対して、かつては何世紀ものあいだ、極度に厳格な道徳の母胎となるような肯定的原則であったという逆説があるのです。”

そうした〝心のため〟をつくることの先に、〝インドの少年〟や〝産卵死する鮭〟の話や芥川龍之介の『蜜柑』の小娘の心の動きや立ち振る舞いがまるで自分のことのように生き生きと感じとられたのだ!
自分だけにしか通じないような〝情動〟が、大正時代の蜜柑の小娘の心にも遠く離れたインドの少年の心にも人間ではない〝産卵死する鮭〟の心にも流れている!? といった発見の驚きがあった。
時間も隔てや境や囲いもなしの、無いことばかりの世界に触れた瞬間だった。

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わが一体の家族考(88)

集団性の成り立つ根拠をどこに?

ここでいう〈性〉とは、恋愛・結婚を意味する夫婦の性(繋がり)や肉体的な〈性〉行為の世界に留まらず、広義にいった場合〝自己一人限り〟とか〝一人ででも立ち行けるものだ〟と他との関連を断ち切る考え方でなしにお互いを生かし合う繋がりの総体を意味する〝一体〟の世界にまで通底するはずのものだ。
たしか本稿「わが一体の家族考」を始めるキッカケになったのは、吉本隆明さんの次のような指摘からであった。
吉本隆明

“その「一体」というところでかんがえていちばん問題なのは、男女の結びつきの次元というのが共同体の次元と同一化してしまうことです。そこがものすごくきついんじゃないでしょうか。かりにそういう男女がいるとすると、かれらは絶えず共同体の水準におかれようとする力を「一体」という観念から受けているから、男女のあいだに、ささやきとか、声にしなくてもわかるとか、そういう意味の微妙さがなくなっちゃうんじゃないでしょうか。ふたりでいるんだけれども、絶えず脅かされているといいますか、全部公開されているみたいな、そういう心理状態に絶えずさらされていることになる。
もし人間の性愛のなかに、色とか、味とか、匂いとかの比喩でいうべき問題があるとすれば、それが全部、無味・無臭・無色というふうになってしまうような気がするんです。ほんとにそうなることはたぶんありえないから、絶えず解体にさらされるか、または、もし男女の結びつきがひじょうに親密になってくれば、共同体から出ちゃうという衝動をいつでも感じざるをえないみたいな、なにかそういうところでいちばん矛盾にさらされるような気がするんです。(吉本隆明『対幻想 n個の性をめぐって』1985.1春秋社)”

実際に自分らはある時期、〝家族をやりたい〟と“共同体から出ちゃうという衝動”にかられる場面に遭遇したことがある。
しかしそれは果たして吉本さんが一貫して主張されてきた、「一体」理念で“男女の結びつきの次元というのが共同体の次元と同一化してしまう”矛盾から来るものだろうか? 

果たしてそうだろうか? ホントにそうだろうか。キッカケは皮肉にもあの〝家族をやりたい〟と“共同体から出ちゃうという衝動”にかられる場面に遭遇したことにあった!? 絶望のドン底から途が開け始めたのだ!
むしろこの生身の〝人間性〟から発して、主体とした、基調の上に〝一体の家族〟像なるものは描けないものだろうか、と。
こうしたモチーフが本稿を書き継ぐ動機ともなっている。

一般的にも個と集団とは次元の違った別々の世界をつくる。集団としての組織化が進むと、運営する者とされる者との間には、どうしても埋めることの出来ない溝が必然生まれる。
だとしたら個と集団の矛盾や対立を解く糸口はどこにあるのだろうか? 集団性の成り立つ根拠をどこに見出すのか?
この問いは、自分にとっても一貫して変わらない自身に対する問いかけにもなっている。ある意味この場で生きる自分の存在理由とも繫がっている。

たしか吉本さんは、例えば「一体」とか「全人真の幸福」といった誰もがそうだと認める理念を前にして〝息苦しさ〟のようなものが伴ってくるとしたら、次元の違うものとしてある集団と個の観念世界をごちゃまぜにして個の〈倫理〉として受け取ってしまうからだと考察された。
そしてそこから「個人としての個人」「家族の一員としての個人」「社会的な個人」と分けて考えることで、自己欺瞞に陥りがちな三つが混同される観念の矛盾から解放されるはずだという独自の見解を自分らに托された。
こうした吉本さんからの贈り物にこの間ずいぶん救われ励まされてもきた。

しかしここで吉本さんは、〈性〉に関わる家族の次元の領域を人間の観念世界が生み出す三つの次元の一つと見なされている。
ところが実際そう見なすだけでは、集団と個の問題が心底解消されたという実感が湧いてこないのだ。
ある意味人間の〈性〉の世界を社会の共同性への媒介と見なすだけでは、
“無味乾燥・器物の世界に等しく、潤いのない造花の社会”(『ヤマギシズム社会の実態』)
が現れてくるだけだ。一般社会の共同性の中へ〈性〉の世界が取り込まれて位置づけられてしまうだけのことへの危惧というか異和だ。

〈性〉の世界という一番肝心な部分が、未解決で残されている。そんな未知で未経験な事柄にいどみ、そこに何か新しいものを刻んだという事実を発見しかつ味わいたいのだ。

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わが一体の家族考(87)

〈性〉の琴線に触れる

こうした一連の〝私が私に出会う〟研鑽過程は少なからぬ発見の驚きを自分ら一人ひとりにもたらす。自分が〈自分〉に出会うって、こんな感じなのかなあと、〝何かほのぼのとした温かいものに包まれている心持ち〟に充たされるのだ。 
しかもそうした〈自分〉を、先の真木悠介さん(わが一体の家族考84)は、

“わたしたちの欲望の中心に性の欲望があるということは、個としてのわたしたちの欲望の中心部分が、あらかじめ個をこえたものの力によって先取りされてしまっているということだ。性とは、個という存在の核の部分にはじめから仕掛けられている自己解体の爆薬である。”

という。そして、

“個体は不可解な力に動かされるように性を求める”

として、自我を超越するエクスタシー(恍惚、忘我、脱魂、魂消)の表象を〝聖テレジアの恍惚〟にみてとる。
聖テレジアの恍惚

そんな自我を裂開する力を内包している〝〈性〉の自分〟に重ねてみたくなる。心の琴線に触れるとは、ひょっとしたら〈性〉の琴線に触れるということだろうかと。

そういえば琴線に触れて〝何かほのぼのとした温かいものに包まれている心持ち〟に充たされる〈自分〉は、きまって自分以外の他の人との関わり、繋がりから自ずと湧いてくるものに気づかされる。
そんな親愛感に満ちた世界で、それまでの自己という自我は溶かされてしまい、新しく味付けされた他の人との関わり、繋がりの中の〈自分〉を見出すのだ。
そんな自我を裂開する不可解な力が個体に秘められている。そんな実態を指して〈性〉というのだろうか?
出発点になるのは次の一節からである。

“人は、人と人によって生れ、人と人との繋がりによらねば、自己を次代に継ぎ、永遠に生きることは絶対に不可能で、その関連を知るなれば、自己一人限りとの考えは間違いなる事が解り、お互いの間に愛情の含まれるこそ、真理に相違なく”(『ヤマギシズム社会の実態』)

人は、人と人の互いに切り離すことのできない〈性〉を介する繋がりによって生まれ、そこからもたらされる親から子へと、一方的に与えて喜び、受けて喜ぶものが核となって育ち、今度は人と人との繋がりの中で最も相合うものを求めて溶け合った夫婦の繋がりによらねば、自己を次代に継ぎ、自己の延長である愛児に楽園を贈ることにはならないからである。
この拍子抜けするくらい当たり前の繋がりの事実から、自己を生み、育み、注ぎ込まれたものの源泉に触れようというのだ。

いやその前に、一つ気になる個所がある。
〝繋がりによらねば、……永遠に生きることは絶対に不可能〟ってどんな意味?
そうなのだ。筆者は〝人と人との繋がり〟が未だ知られていなく、そのため〝永遠に生き〟たいとする万人の切なる願いも実現されていないというのだ。

自分の日々の喜びが子孫の日々の喜びに共通する永遠に続く〝その関連(繋がり)を知るなれば、自己一人限りとの考えは間違いなる事が解〟るというのだ!
ただ漫然と生まれ、寝食所業に明け暮れて、子孫万代その繰り返しに終始するのみのものでないというのだ!
食べて子を次代に引き継ぐのみなれば、他の虫魚禽獣に恥じるものがないだろうかと。
子は鎹(かすがい)といって、子供が出来ると不仲の夫婦間でも子供の可愛さに曳かされてつなぎが固くなり、多少の辛さも辛抱して泣き寝入りで治まると、子供という紐帯によって繋がれて男女が同居していることを、睦まじい夫婦と見損なっているともいう。

それでは〈性〉の繋がりを知るとか、〝永遠〟に生きるとはどんなことなんだろう。

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わが一体の家族考(86)

『蜜柑』の小娘

先の『自我の起源』にあった〝インドの少年〟や〝産卵死する鮭〟の話と共にもう一つ芥川龍之介の短編『蜜柑』も研鑽テーマの素材に選んでいる。
ちょうど真木悠介(見田宗介)さんが列車の中から少年の振舞いを書きとめた如く、芥川龍之介も列車の中から小娘の思いもしない振舞いに深い感動を受けた話である。

ある曇った冬の日暮れ、疲労と倦怠を抱えた私は、汽車の発車まぎわに乗り込んできた13~4歳のいかにも田舎娘らしい、風呂敷包みを持った小娘を不快に思う。
しかも数分後、小娘がなぜか勝手に窓を開けようとしはじめ、開いた時には汽車がトンネルに入ったので私は煤煙を浴びて咳き込む。
だがやがてトンネルを抜けると、踏切りの柵の向こうに3人の男の子が並んで手を振って声を上げている。
その瞬間思わず、窓から半身を乗り出していた小娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢いよく左右に振ったと思うと、たちまち心を躍らすばかり暖かな日の色に染まっている蜜柑が、およそ五つ六つ弟たちの上へばらばらと空から降ってきたのだ!
芥川龍之介・蜜柑

私は思わず息をのみ、そして刹那に一切を了解する。恐らくこれから奉公先へ赴く小娘が弟たちに投げ与えた蜜柑なのだ!
が私の心には、切ない程はっきりと、この光景が焼きつけられた。そしてそこからある得体の知れない朗らかな心持ちが湧き上がり、この時始めて云いようのない疲労と倦怠とを、また不可解な、下等な、退屈な人生をもわずかに忘れられた。

もちろんここでのテーマも、「小娘の目に映ったもの」になる。
研鑽のポイントは、先の真木さんが分析する「文明的」な世界での〝幾重ものシステムと観念装置に覆われて〟眠っている、閉ざされている〝真実〟を開眼・解放するためにどこまでも〝透明に〟〝それ自体として〟求め取りだすことができるかに焦点が絞られていく。
が、このことがいちばん難しい。なにせ基の心に鎮座する束縛(我執)という諸々のキメつけ囚われ我から脱け出す実動行為を伴うのだから……。
急所は頭で理解するのではなく、そこから湧き上がるものに浸りきることにあるのだが……。

かくして例えば
「少年の目に映ったもの」
“産卵死する鮭”の「目に映ったもの」
「若い母親たちの目に映ったもの」
「小娘の目に映ったもの」
といったことなどを皆で研鑽していくと、誰の心にも響き合い流れる一つの情感のようなものに抱擁(つつ)まるるのだった。

自分も同じような心持ちが湧いてくるなあ、と。自分が〈自分〉に出会うって、こんな感じなのかなあ。くり返しそんな自分の実感に想いをめぐらしていると、あの喜怒哀楽の感情とは異なる質の〈自分〉がその都度立ち現れてくるような気がしてくるのだった。

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わが一体の家族考(85)

〝インドの少年の話〟

というのも、『自我の起源』の中の30ページ余りの「補論2 性現象と宗教現象」に収められた〝インドの少年の話〟を素材にもう十年以上自分らの研鑚会でテーマとしてくり返し研鑽してきた経緯があるからだ。
今回先の森崎さんのブログを通して、〝インドの少年の話〟がヴェトナムからの難民船の話や宮沢賢治の性的な禁欲と宗教に託する願いの文脈の中で取り上げられていたことをはじめて知らされた思いがした。自分の中で〝インドの少年の話〟があまりに強烈に焼き付けられていたためか、その前後をうかつにも失念してしまっていたのである。
こんな話である。
インド・ストリートチルドレン

真木悠介さんが南インドを鉄道で旅していた時、ある小さな駅に着くと乗客が窓から投げ捨てるバナナの皮に飢えた少年や少女が群がって奪い合う光景が見られた。
そこで乗客の一人が中身の詰まったバナナを差し出すと素早く奪い取った少年がいた。するとその少年はそのバナナを多分まだ歯のそろっていない妹に中身の部分を食べさせている。その間、少年はうっとりとした表情で女の子を見続けている。
そしておしまいの根元の部分を女の子の口に押し込むと、少年は皮だけを食べて、またあの争奪戦の中へと戻っていった。

列車の中からその一部始終を見ていた真木さんは、少年のうっとりとした表情に
“わたしはこんなに幸福な人間の顔を、これまでに何回かしか見たことがない”
と感銘を受け、そこから
“「文明的」な世界では幾重ものシステムと観念装置に覆われている関係の真理のようなものが、仮借ない直接性の陽射しにさらされて裸出している”
と比較社会学的に分析しつつ、
“餓鬼は餓鬼として即菩薩であり菩薩は菩薩として即餓鬼である”
世界を垣間見るのだった。

自分らのテーマは一貫して「少年の目に映ったもの」だ。こんな問いかけを、もう十年以上くり返しくり返し自らに問うている。
ねらいは、自らが自らの観念を、足元を、立場を、立脚するものを、開いてたえず検べようとすることで、つまり〝透明に〟追い求め〝それ自体として〟取りだすことで自ずと立ち現れるものに出会うことにある。それはまた先の“産卵死する鮭”の「目に映ったもの」といったテーマにも通底しているにちがいない。
いや、なによりも先のヴェトナムからの難民船の小さい子供をもつ「若い母親たちの目に映ったもの」が問われてくるのだ。
何だか禅問答めいた問いかけがこの間二週間も続く。

「この自分の寄って立つ観念に執着するがゆえに、基の心にある束縛に気付かない観念我」(わが一体の家族考79)をこじ開けるのだ。
〝そこから脱却することを拒む頑固我〟〝きめつけ我〟〝思いごと、願いごとを持ち続けねばならんとする固持我〟〝頑として放そうとしない我〟〝かたくなな我〟等々。
するとそこに思いを集中することで、一切の諸々の知識経験を介さず、心の琴線に触れて開かれる瞬間がある。そこから何かほのぼのとした温かいものが湧き上がってくるようなのだ! 

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 「と」に立つ実践哲叢(28)

実顕地は虚構の存在か

先月の「みんなが気になる実顕地運営(8)」(8月1日付〝むら―net.参照)のテーマの一つに、
○産業をするための実顕地からの脱却
 農事組合法人は対外的な方便

とあり、テーマ解説〝農事組合法人等は実顕地の暮らしの中では、虚構の存在で、「ない」といっても良いものです〟との一文を多分受けて、次のような投稿がコメント欄に寄せられていた。
「農事組合法人は虚構の存在。同様にヤマギシズム実顕地も虚構の存在」
なるほど実顕地も無形のものという面ではそういえるかも。

〝虚構〟で思い出すのはその昔農事組合法人の仕事に就いた時、法人に〝法人格〟という資格があることが不思議でならなかった。確かに人間が生み出した制度ではあるが、あたかもヒトとしての法人がいないと契約を結んだり、登記を行ったりすることが出来ないという事実に、戸惑ったのだ。

そもそも虚構とは事実ではないことを事実らしく作り上げることだとされるが、世界的ベストセラー『サピエンス全史』の著者、イスラエル人歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、「虚構を信じる力」こそ人類ホモ・サピエンスの力を飛躍的に増大させた源泉だと指摘していて実に興味深い。
ユヴァル・ノア・ハラリ

それが約7万年前に人類の脳内で発生した〝認知革命〟だ。この結果人類は神話など虚構の事物を想像し、仲間に語ることが出来るようになり、かつ共通の神話を信じることで初めて大勢の赤の他人と柔軟に協力することが可能になったという。
宗教、国家、法律、法人企業、貨幣など現代文明を動かすこれらの概念も、すべて実体としては存在しない虚構の作り物だが、みなが信じることで複雑で高度な社会を営むことができるようになったのだと。
想像上の現実は嘘とは違う。誰もがその存在を信じているもので、その共有信念が存続する限り、主観的でも客観的でもないその想像上の現実は社会の中で力を振るい続ける。中でも貨幣こそすべての人と人との間を繋ぐ虚構なのだという。
あのめいめい自分の信じる神様が本当だと主張し突っ張り合う宗教徒達でさえも、喜んで同一の貨幣を使う。筆者はいう。

「なぜなら、宗教は特定のものを信じるように求めるが、貨幣は他の人々が特定のものを信じていることを信じるように求めるからだ」

実に痛快極まる洞察だ。貨幣のおかげで、見ず知らずで信頼し合っていない人どうしでも、効果的に協力できるのだと。そこまで何重にも固く信じ持つ、放そうとしない虚構の極みを貨幣に見てとるのだ!
そして筆者は今日までのすべて虚構に属するサピエンス〝文明は人間を幸福にしたのか〟と、幸せの定義を終わりに問いかける。

では〝虚構〟に代わる〝信じない〟でやる生き方は可能だろうか? 時の最先端〝金の要らない仲良い楽しい〟の真価が問われる。 

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わが一体の家族考(84)

ヤマギシズム恋愛結婚観への足がかり

社会学者・真木悠介(見田宗介)さんの著書『自我の起源』の中の「補論2 性現象と宗教現象」で次のような事例が紹介されている。

1980年代後半ヴェトナムからの難民船の幾つかが日本にも漂着したことがあり、偶然そのうちの一つを見たことがある。小さな木の船に、考えられないくらい大勢の人が乗っている。しかも漂流の月日の中で、いちばんはじめに死んでいったのは、小さい子供をもつ若い母親たちだったという。
ベトナム難破船

つまり母親たちは乏しい食料を幼い子供たちに与え、自分たちは飢えて死んでいったのだと想像することができる。
こうした難民船での出来事に心を動かされた真木悠介さんは次のように考察する。

“人間の個が、じぶんに固有の衝動に動かされながら、じぶんじしんを亡ぼしてゆき,類を再生産してしまう”
つまりこういうことだ。
“わたしたちの欲望の中心に性の欲望があるということは、個としてのわたしたちの欲望の中心部分が、あらかじめ個をこえたものの力によって先取りされてしまっているということだ。性とは、個という存在の核の部分にはじめから仕掛けられている自己解体の爆薬である。個体は個体の固有の〈欲望〉の導火線にみちびかれながら自分を否定する”

性とは、自己解体の爆薬? どういうこと?
“自我がじぶんの欲望を透明に追い求めてゆくと、その極限のところで必ず、自己を裂開してしまうという背理を内包している”
からだ。そのことはまた、
“産卵死する鮭の個体をつきうごかすものと同じ力”
が人間にも貫通しているからだともいう。

以上のような難破船の話を知ったのは、森﨑茂さんのブログ『日々愚案』の中の「歩く浄土182」からであった。
そこで森崎さんは次のようにコメントされている。

“真木悠介はとてもいいことに気づいていながら、自己を裂開する背理をそれ自体として取りだすことができていないから、鋭利な気づきは外延論の背理として記述されるほかなかった。”

たしかに真木悠介さんはこの書の〝あとがき〟で、この仕事の中で問おうとしたことは、
“どのように生きたらほんとうに歓びに充ちた現在を生きることができるか、他者やあらゆるものたちと歓びを共振して生きることができるか”
というとても単純な問題だと記されていた。
だとしたら、先の真木悠介さんの〝じぶんの欲望を透明に追い求めてゆく〟とか森崎さんのいう〝自己を裂開する背理をそれ自体として取りだす〟とは、どんな内実を伴うことなんだろうか?

何かすごく大切なことがいわれている気がするのだ。
“産卵死する鮭の個体をつきうごかすものと同じ力”のようなものが、自分の中にも流れているのではないかというのだ。
そんな〝あらかじめ個をこえたものの力〟を内包している実態を、〝透明に〟〝それ自体として〟求め取りだすことができると、そこにはじめて〈性〉があらわれるというのだ!?
〈性〉は自我を裂開する力を内包している!
ヤマギシズム恋愛結婚観へ一歩踏み出す足がかりを得た思いがした。

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わが一体の家族考(83)

赤ん坊が乳首を求めるようなもの
赤ん坊と乳首

愛情研鑚会の中で複数形態での結婚に言及して混乱気味になり参加者の一人から〝根本問題から入っていかなかったら、この問題解決せんやろ。〟といった意見が出た時、すかさず山岸巳代蔵は次のように発言する。

“研鑽してから愛情が起こるもんと違うやろ”

たしかにここに恋愛・結婚そのものの持つ特異性というか何か理性の働きを超えたものの心当たりがあるらしいのだ。ひょっとしたらウソ偽りのない、本当の純の極致ともいえるような世界に通じる扉が……。
「その場に直面して起こる、予期しない、ね、起こるもの、計画を持たないもの。」
「そうしようと思わないのになってきたものの中にやね、ここまできたっていうことやね。」
自分自身の愛情・結婚についての道程を心の動きを克明に辿ることから、誰の心にも繫がる世界が立ち現れてくる確信があった。
たとえば第三九回特講(京都、三鈷寺)で出会った福里柔和子との始まりを次のように振り返っている。

“私はね、柔和子をね、好きになろうなんて少しも思わなかった。柔和子もそうだった。
初めの特講の会場でね、第一発ですわ。ねえ、「手に合わん女があるから、出てもらいたい」と、私、四日目ですが、四日目にはほとんど出ない、ね。ですが、山本さんなり他の人達が、「もう手に合わん女が、もうあれではもう進行が妨害されて、さっぱりその、進まん」と、「もうあの女で混乱、コウ乱されるでね、撹乱されるで、で、出てもらいたい」と言われて、私は、「ああ、そうかねえ」、ちょっと早いけど、出ないでおこうなと思っていたんですけどね、まあ進行係に出てくれと言われて、まあ出たんですわね。そしたら、ここにいた柔和子、いや、あんまり意識しませんわ。まあ、「あの女や」ということは言われたようにも思うが、うすうすそんなに意識に残るほどハッキリ意識してなかったんですわね。
(略)
どうせ、もう鼻の高い、まあ、いわゆるああいう、その、代議士なんかに出るような議員型の、っていうかね、もう中性化したような、そういう未亡人ぐらいに思ってましたわね。そらあ、そんなの、なんの興味もなかったですわ、私。
その当時、要らないと思うだけでなしに、異性に対する興味、なんにもなかったですけどね。そしたらね、しばらくしたら、向こうの方から声が出た、ずっとたくさんの人の奥から。あの時は会場人が多かったからね。それで、声がして、
「そこにいる大村とかいう名前の人は、なんとか言うたなあ、真実の社会、世界になったら、みんなそんなになりますんか」って、そこで、あの、そんな、あの、髭ぼうぼうと生やした痩せこけた、まあ色男でもないっていうか、醜男と言うたかね。「そんな社会になるのやったら私は嫌いです、人生カサカサですなあ」ってやられる。
「私はねえ、私は惚れてもらいたくないのや」、本当の本心言うたんですわ。今までたくさんの女性がね、パアーと来る、会場、あれ進行なんかやら、他の時でも下がる時、廊下へザアーと来るんですわ、男も女も来るんですけどね、そこからねえ、非常に心に焼き付くもの持った人もあるんですわ、たくさんあるんですわ。そういう人作りたくなかったからね。
(略)
ところがねえ、それからねえ、おかしいんですわ。それからねえ、私はねえ、無意識ですわ、無意識にねえ、柔和子はもう外に、その次休憩があって、それから外へ出て、私も出てましたなあ。もう進行、次の昼からやったか、なんやったか知らんけどね。そしたら、そこに、あのだんだん、こう自分がいってるうちに、発言がほとんどなかったですけどねえ、そしたら発言、柔和子が発言したんでねえ、てなもんですわ。それで接近して、もう肩に四尺くらいのとこまで接近してたんですよ。
そこでねえ、ハッと気が付いて、それからまた、ちょっとやっぱり照れくさいものありましたなあ。照れくさい感じしました。それから離れて、また、それからまた偶然っていうか、必然っていうか分からんですけどねえ、あっそうそう、それからお昼やったな、お昼ご飯食べてねえ――夕飯ではなかったやろ、夕ご飯やったか、どっちか忘れたですけども――あの三鈷寺の台所で私達食べてました、席がないもんですから。
そしたら、この、女の席がそこにあったんかどうか分からんですけどねえ、ねえ、意識しないのにそこに柔和子がいましてねえ、ご飯食べてたのか、どうやったか分からんですけど……”

ここから誰もが経験する〝自分で自分をどうすることも出来ない〟男女の惹かれ合う〝恋愛〟の世界へと一気に突入していく。
こうした最も相合う人を意識して、或いは無意識の中に、求め求めての恋愛巡礼、結婚巡礼の中に、恋愛や結婚について研究するための実験やモデルづくりとして進行したものはただの一回もなかったし、わざわざ実例を作ろうと思って作れるものではなかった。
ただただすべてに本当を求めていると自ずと心底から湧いてくるものがあったのだ。
その辺りを次のようにも記している。

“「休む時も、遊ぶ時も、何かを探求し、仕事をする時にも、食べる時にも、心に女性を感じ、ほのぼのとした気持であることによって、満たされた思いで生気が吹きこぼれているように思う。講演会に出ても、戯曲を見る場合も、一点の女性がないということは、冷たく潤いのない無味さを感じる。おばあちゃんか子供でも、異性が入れば生花を感じ、心はにこやかになる。なごやかになる。生き生きと仕事が出来る。これは僕一人でないと思う。また、男の場合に限らないと思う。(略)
それは無意識であっても、探し求めているのは人間の本性であり、両性に別れてある生物の希求してやまぬところであろう。赤ん坊が乳首を求めるようなものではないだろうか」”(『恋愛と結婚』の前書き)

異性(他性)なしでは生きられそうもないのが人間の本性であるというのだ。本当に人間は一人になり切れるものでなく、他との繋がりから自ずと湧いて来るものがあるというのだ。
何だか当たり前すぎることを言われていて、小馬鹿にされているのかと思うぐらい日々の実感からは遠く感じられるかもしれない。

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わが一体の家族考(82)

銀行や造幣局に代わる結婚調正機関を

今読み返すと、こんなことを真面目に本気で描いていた人がいたことに驚愕する。しかも〝寝ても覚めてもこういうことばかり考えている〟のだ!
世にも奇想天外な物語として知られるセルバンテスの長編小説『ドン・キホーテ』では、自分が愛を捧げる女性として「思い姫」を持ち、戦うときには神ではなく自分の「思い姫」に祈る中世の騎士にならって、自らも騎士道に身を捧げようと決意し、〝愛〟を求める遍歴の旅へと出発する。
ドン・キホーテ ピカソ作

そういえば山岸巳代蔵もドン・キホーテと同じように、
“ちょっと面白いから人生の生き甲斐としてやるといった具合で……”
と明日も分からぬ流浪の旅路というか恋愛巡礼、結婚巡礼の旅に出た一人だった。

一例として先の“結婚革命”と題したチラシの中に〝結婚調正機関〟なる言葉がある。
古くからの男女の間で結婚の仲立ちをする仲人(なこうど)の役割を制度化したようなものだろうか?
現状そのまま、その場で〝一体の家族〟に完全融合できる仕組みとして〝ヤマギシズム生活調正機関〟なる任意の組織が設けられた(わが一体の家族考72)ように、結婚という社会の単位をなす男女の組み合わせにも適用して研鑽で進めていこうというのだ。

〝最も相合う男女の結合〟を、医学的、精神的、物理的、肉体的に因子のものも含めて、結婚までに総合的に精密に調査・鑑定する機関だそうだ。もちろん親、本人の意見も入る。
現代ではほとんど本人同士の行き当たりばったりのお委せに委ねている結婚形態になぜそこまで力を入れて介入しようとするのだろうか?
しかもその力の入れようといったら、

“銀行や造幣局は要らぬから、彼等をみんな調正機関に振り向けてやれる”
というのだ!?
ヤマギシズムでいう理想社会とはお金の要らない贈り合いの世界を指すのだから、必然銀行や造幣局は要らなくなる。その余った人員を結婚調正機関員に振り向ける? 
だんだん深入りしていくと訳が分からなくなるが、ハッキリとした理念に立っての発言だった。

“共存共栄の世界
 だれのものでもない
 だれが用いてもよい
 最も相合うお互いを生かし合う世界”

という観方に立って見ると容易に理解されてくるのかもしれない。
またここでの〝生かす〟の定義は、
すべてのものが幸せになるために使うものと使われるものとが調和した時を生かされるという。
宇宙自然に繫がっている自分に最適の位置がある。その場にはまったら最も自分を生かすことができる。
仕事でも自分に最も合うところがあり、その組み合わせを研鑽でやっていこうというもの。そこには他のものを侵すこともないし、仕事がいやだというのもない。
ネズミにはネズミの住むところ、人間には人間の住む場所があり、ネズミが人間の住む場所に来なくてもいいもの。
要は相合うものというか調和をどこまで研鑽によってはかれるのかが問題とされる。
もちろん実際の場面では急を要する時、その場の必要に応じて〝米俵を土俵にも使う〟こともあり得るわけで……。

こうした共用・合う・合適等の理念を、男女の恋愛・結婚に於いてもすべてに具体的に方法を以てあてはめてみようというのだ。
性交生殖に自然界の生物は全てを賭けているが、そこに人間に与えられた最大の贈り物、恩典に浴し得るように本能のままや無知でない〝知性研鑽〟を添えて見極めていこうというのだ。

ちなみに山岸巳代蔵は、本当の結婚愛情に結ばれて〝桃源郷〟に入っていく始まりを次のように描いている。
○精神的、肉体的処女・童貞、その中に握手もキスも入るもの。
○結婚調正機関を通して、一番相合う人と最初からいって欲しい。男女を車の両輪に例えると分かりやすい。
○恋愛も勝手にしない。知的な面でも相合う面を調べ考慮して最上といかなくとも、それに近い二人を選んでデートする。
○清潔な交際をして、(絶対に肉体に入らないで)寄ろうとすると寄せないような状態を楽しむ。
○そして相手の欠陥もみな分かってきて、一生一緒にいきたいというとこまで来て始めて、調正機関の断を下す、等など。

いかにも古くさい感じがしてならない。しかしそこまで緻密に徹底しないと、〝世界中にただ一人の不幸な人もあってはならぬ〟とする純粋なもの本当のものは姿を顕してこないのだった。
もちろん将来、いろんな事情でもっと良いのがあったとか、好きになったのを調べて、もっと良いとなった時はどうするかまで考慮したうえでの構想だった。

世界中が大混乱している姿と自分らの夫婦が火花散らして、あたら真の夫婦の実証を見ないで潰え去ってしまうかも分からない姿とがどうしても重なってしまうのだった。
全人残らず全ての人に、その人に最も相合うカップルがあり幸福な人生があるはずだ、というやむにやまれぬ人間至情のあらわれが伝わってくるようだ。

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わが一体の家族考(81)

嬉しさを基盤とする〝あり方〟

それではここでヤマギシズム恋愛・結婚観の俯瞰図というかイメージ像を、山岸巳代蔵が亡くなる二ヶ月ほど前に公開された一文から見ていくことにする。
1961(昭和36)年3月18日~24日に三重県津市に於いて〝ヤマギシズム法政産経Z革命特講〟が開催された。
34年夏の「山岸会事件」の判決公判(4月27日、全員執行猶予)を控えての何が起こるかとの関心は高まり、新聞、ラジオ、テレビ等にも取材されて様々に報道された。会でも日本各地の県庁所在地に於いて会員有志がポスターを電柱に貼ったり、新聞紙1ページ大のチラシを配布したりした。その中の一文である。

“結婚革命
男女・夫婦の愛情の不安定が、いかに多くの社会問題を惹き起しているか? 失恋も無く、寡婦も無い、絶対愛に基づく男女間の真の愛和の世界に革命する。
結婚は社会の単位をなすもので、実に重大な根本問題である。現在までのほとんどの男女のあり方は、無智・蒙昧、暗夜を無灯火で手探りするような行き当りばったりのものである。葛藤・混乱の起るのは当然で、起らないなれば、無智・宗教観念に縛られ、あきらめて、真の結婚をしていない人達ばかりだからと言える。
結婚してると思っている人でも、本当の結婚をしている人はほとんど無いであろう。
吾々は、真の結婚理論を徹底的に究明し、無固定・無定数の基盤の上に、最も相合う男女の精神的・肉体的結合を実行に移している。
多角関係の葛藤などは全然解消していくものである。恋愛・結婚専門研鑽会で最高結婚理念を検討し、事実を通して、一糸乱れない、理路整然とした結婚体系を打ち樹てている。
結婚調正機関は心理科学・現象科学的に人間を解明し、人間にふさわしい円滑なる結婚操作を有機的に実施している。
詳細について研究したい人や、自ら真の結婚を進んで求められる人は、率先して世人のために、家族・周囲の人のために、自分の幸福のために、寄って検べられよ。”

もし街角で、こんなチラシを配られたら自分らはどう反応するだろうか?
いきなり〝自分の幸福のために、寄って検べられよ〟と呼びかけられても荒唐無稽すぎて思わず引いてしまいそう。
子どもの頃のお祭りや縁日でのバナナの叩き売りとかガマの油売りの香具師の口上を連想してしまう。それとも露店での男女の相性診断を占う高島易断か。
ガマの油売り

世はまさに逆手なのだ。もちろん山岸巳代蔵もその辺りは重々承知の上だった。

“人は皆それぞれに忙しく営んでいますから、しかも直に目に見えない、或いは直接腹の太らない事には寄り難いものです。利害が直接影響することは、小さい事でも、重大関心を以て目を光らせて臨みますが、間接的なことや、無形的なこととなると、何倍か大きな酬いのあることでも、案外他人事のように自分に不親切で、誰かがやって呉れる位に冷淡で、欲の無い事、浅い事、そしてつまらん、忙しいと、一日を惜しみます。”(『ヤマギシズム社会の実態』)

しかし、これが自分ら今の社会普通人の考えであって見れば今の処仕方ないから、せめて〝人と人とが溶け合っていく、今まで反発し合っていた仲が、ふとした心の転換から仲良くなれる〟その嬉しさを基盤とする〝あり方〟の実践による立証をする必要があった。
ごく小さい部分からでも実践することであり、しかもその小さい部分で止めるなれば、これまた受け入れられることは難しい。この〝あり方〟を実践し、拡大して、証明することでその正否の課題を提起し、大いなる世論を喚起することに托したいものがあった。
次のような発言も残されている。

“夫婦仲良くなる具現方式を出したいのよ。それを最近まで言わさないのよ。言おうと思っても、誤解ばかりするので言わさないのよ。だが、もうじき出しますよ。これは、人間幸福の基本やから。絶対波立たんやつを。早く出したいし、公開しますから。
僕がポロッと死んだらもう、いろいろ検べてもこれほど究明した人は見当たらんわ。何しろ、寝ても覚めてもこういうことばかり考えているのやから。一度そういう研究発表させて欲しいわ。”

呼びかけられて真面目に素直に応える人は少ない。そこから展開するかつてない世界があるというのに……。

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わが一体の家族考(80)

今の私に、〝キメつけは要らない〟

愛情研鑚会の中で、複数の女性をめぐって激しく山岸巳代蔵を追求する柔和子と、そのことの善し悪しでなく、一切のキメつけを外して研鑽できる真の夫婦としてのあり方を願う山岸巳代蔵との間で激しいやりとりが繰り返される。
そうした〝通じないもどかしさ〟を解消したいと山岸巳代蔵は、おたまじゃくしからカエルへの〝成長への脱皮〟の例えで語る次のような場面がある。
おたまじゃくしからカエル

山岸 おたまじゃくしなるがゆえに、陸上のことは分からなかった。だがそれなりに、おたまじゃくしとして、水があって水の中で生長しておったということは言えると思う。だから、おたまじゃくしの時出来なかったから今も出来ない、或いは出来るとか、やらねばならないとか、こういうキメつけは要らないと思う。ね、「私には出来ない」と、こういうキメつけは要らないと思う。そんなに一つの枠を設けて、ね、型を作って、それに当て嵌めようとする必要ないと思う。出来なくってもよし、出来たらなおよしの、あれでいいと思う。出来ること結構だ、なれば、わざわざ「出来ない」と自分をキメつける必要ないと思う。
柔和子 だからといって、今のままで、このような状態では生きていけないし、またそれを知ったからにはなおさらのこと。今までの、あなたの言葉自体、この……
山岸 「私は出来ない」という、こういうキメつけは要らないと思う。
柔和子 今の私には。そりゃ先ではそうなれるかも分からない。
山岸 いや、今の私がと、そこだと思う。今の私が、キメつけは要らないと。
柔和子 キメつけは要らない……
山岸 「なれない」というキメつけのない……”

ここでの〝出来る〟とか〝出来ない〟というのは、いわゆる「複数」とか「別れる」とか「結婚する」といった〝要らない言葉〟・観念に縛られない〝結婚形態〟を指してのことであろう。
もちろん今の私に、〝キメつけは要らない〟と。
あたかも拠り所のない月や星や地球が、間違いなしに律動しておる状態。人間同士の結婚に於いても、山岸巳代蔵にはそういうものがあるとの直覚があった。
そんな心から楽しめる、本当に嬉しい、そういう愛が欲しかったにも関わらず、現実は三人三つどもえの苦しみに悶絶しそうだった。

“柔和子に対して、俺はやっぱり好きで好きで堪らん、今でも好き。だが、窮屈な、窮屈な思いすることが、また堪らない。”
“ここに、せめて、自由にいつでも頼子を訪ねられるし、頼子が来られる、そういう世界が欲しいと思った。”
“柔和子の場合に、頼子がいる所へ自由に行けない不自由さ、これを感じてきた。四日市を通る時、特に恐れてきた。それは、どういうことか。頼子が、柔和子と僕と一緒に連れだっている姿を見た時に起す気持を感じる、その愛情から出た感じ方、それが耐えられないもの。”
“頼子は頼子で自分流な観方して、それを感じて、行動とらねばならない、その不自由さ”

こうした当事者ゆえの煉獄の試練は、すべて誤解から来るものであり、誤解というものは必ずいろいろの方法を以てすれば解けるはずだ。そうして本質だけ残ってくる。そうすれば、
「なんと素晴しい世の中だったんだ」
「こういう世界があったんだ」
「何であの時はあんなに苦しんでおったか、悲しんでおったか、目が見えなかった」
そんな日が必ずあるっていうことは、これはもう信じて疑わないと言っていい。それが本当だとする決意ともいえる確信があった。
山岸巳代蔵の目には、今日の形ではなく、カレンダーを数枚めくった日本晴れの明るい世界が展開していた。やがて必ず成ることを見極めての発言だった。

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わが一体の家族考(79)

愛に飢えた者の末路

ヤマギシ会を最初に知ったのはたしか、高校生の頃当時体験記『何でも見てやろう』で一躍有名になった小田実の〝ヤマギシ会訪問記〟(『日本を考える』所収)からだった。
幾つかの軽妙なフレーズが今も新鮮に蘇ってくる。面白いところだなぁと、思い立つとすぐに関西線新堂という駅名を頼りに訪ねて行った。例えば

“「学育係」の女の子の努力は大変とみえた。「でも、面白いねんよ、人間改造やもん」彼女はまたもや、そう大きなことをこともなげにいい放った。
「子どものノート代やP・T・Aの会費はどうする」
「私が払いますねん。その予算とってあるさかい。お父さんとこへ行ったかて、お父さんは一円も持ってはらへん」彼女はケラケラ笑った。”

“半年ごとかに、部屋の交代をやるとか聞いた。
「こうやって、自分のものとか他人のものとかの区別をなくして行くんでっせ」”

“「我」をなくすことが根本である――オバチャンの一人が、まじめくさった顔で、しかも相変わらず笑顔で言った。
「いちばんやっかいなのは、物ではあらしまへん。自分の心が自分のものであると思っている、そのことでんな」”

“「あんた、何をしたはるねん」オバチャンの一人が、草を刈っている男に呼びかけた。
「『我』を刈ってますんや」彼はとっさにそう応じた”

あれから半世紀以上過ぎて姿形は大きく変われど、軽妙に〝大きなことをこともなげにいい放つ〟気風はちっとも変わっていないことにビックリした。

ここでの〝我〟とは、自分の考えは良い正しいとして動かさない頑固さ・〝我執〟観念のことをいうのだろう。古くから宗教などでも使われている言葉であるが、あの無心の童子の表情に大洋を湛える大らかさを表現した横山大観の日本画「無我」などはさしずめその対極に位置する世界だろうか。
横山大観 無我

この自分の寄って立つ観念に執着するがゆえに、基の心にある束縛に気付かない観念我に対して、山岸巳代蔵は居ても立ってもいられない「もう自分のいる場所がない」というもどかしさの極地に追いつめられる。
その辺りの心境を振り返っていう。

“これはね、私心とかね、人間の傲慢さに押し潰されるっていうことね。ね、私の私心、及びこの社会の私心やね、或いは人間の傲慢さやね。人間があまりにもこう、自分の考え方をやね、信じてやね、行動とろうとする、融通のつかないものね。
私がないと言いながら、私があるわね、自分の考えが入るわね。そういうもので行動する、その行動に対し、行動によってね、押し潰される、傲慢によって殺されるっていうかね、ね、そういうようなね、立場に立たされた自分っていうようなもの考えてみたりね。また、この、愛を、愛に飢えた者の末路っていうかね、こういうものや”

自分の力ではどうにもならない、もう天命を待つ、というような心理だった。自分のいる場所がない、我と我に責められたものの心理だった。
人間から我執を取り除いたら仲良くやっていけると思うけれど、本当に人間から我執は取り除けるものだろうか?
ある意味愛情研鑽会の場は、無我執とはこういうものだと当の柔和子に伝える場であり、柔和子もまたしっかり受け止める場であったのではなかろうか。

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わが一体の家族考(78)

流れ雲のような状態

先の山岸巳代蔵の発言に、

“発作が起らないから、それでその、もう発作が起らない人間になったかと言うと、そうやないの。発作が起る前に、もう一応そらすから、そうなっていくわけで、やっぱりまだまだ発作起きるかもしれないと、発作が起らなくなったという立証にはならない、”

といったくだりがある。
ここでの〝もう一応そらすから〟というのは、理性が働いて発作が起こるのを避けたり、妥協してその場を糊塗しておこうとする状態をいうのだろう。しかし自分自身にも重々分かりながら、避けたいのだが、発作が出て狂乱状態になることがある。
この事実はいったい何なのだろうか? 修養が足らないからか、性格なのか、こういうものが人間の本質にあるのか、何かしらんものから山岸巳代蔵は逃れられなかった。
ここを掘り下げつけ抜ける以外に為す術がないところまで追い詰められていた。愛情が通じないもどかしさが昂じてくると〝もう自分自身がそういう愛情が通じない世界では生きていられない〟といった苦しみの分析・分離、及び原因究明が冷静に出来ない状態に翻弄されるのだった。
しかもだからといって

“こういう世界のことは立証するために実験できる性質のものでなく、実験のための形だけのものなれば、出来てもそれはホンマものではなく、わざわざ実例を作ろうと思って作れるものではない。”(『恋愛と結婚』の前書き)

だがしかし、もう立っても居てもいられなくなった場面で、たとえば「エエイ、面倒くさい」と二階から飛び降りようとしたまさにその時、クッと止める人が現れた! 
何とかして燃やしてやろうとアパートの台所に灯油をこぼして、マッチを擦って、擦って投げるのだがなぜか火が飛び火しなかった!

そういう不思議なことが性懲りもなしに何回もあった。危ないとこだった。
と同時に〝天佑〟なんだろうか、何か明るい見通しが立ってきたような、正しいことなれば生かされるというようなものを感じるのだった。生きていたいこともないし、死にたいこともないと。全人幸福のためなれば、役立つなれば生かされるだろうといった自分の考えや力の入らない流れ雲のような心持ちが湧いてくるのだった。
浮き雲

そういう場に立たされて、そう仕向けられたらそう言わざるをせざるを得ない自分を批判的に振り返えりながらも、荒縄で縛ってでも腕づくででもお互い止め合うといった謂わば〝一体の繋がりの中で放っておかないもの〟に自分が吹っ飛んで無くなるくらいリアルに出会ったのだった!
そんな心境を浮き雲に托して〝天佑〟を齎してくれるものを次のように表現する。

“で、自分でなしに、傍から受けるものでね、どっちでもこう、ね、やっぱり雲のようなものやね、ファーッと風が来たらファーッと、フウーッと来たらスウーッと行くね。どこへ行くか分からへん。”

この間の愛情研鑚会の〝にわ〟(柔和子)と〝みよ〟(山岸巳代蔵)のいつ終わるともなく続く修羅葛藤の愛情劇の最中でこんな発言に出会うと、ホッと救われるような気がしてくると共にファーッと何か温かいものに包まれてくるようなのだ。

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わが一体の家族考(77)

妥協の世界に生きていない

また「愛情研鑽会」の背景については、次のような出来事があった。
そもそも「百万羽科学工業養鶏(百万羽)」構想は、先の会員・岡本善衛から「輸出用の卵粉工場をやらないか」という話が発端だった。1958年の春先のことだ。
卵を卵粉に加工して輸出すれば、国内の鶏卵市場を圧迫しない上、輸出の見返りに飼料を豊富に輸入することで、国内の畜産界にプラスをもたらすことが出来できる。それならば、会員の養鶏場を一カ所に集めて、生活の不安の一切ない、真の楽園工場を建設しようという話にどんどん発展していく。
しかも構想の発表から、実際に「財産や命までも」と多くの参画者が四日市に参集してくるようになった原動力の一つに、柔和子の果たした役割は大きかった。呼びかけや資金づくりもあったが、何よりも『百万羽』構想実現への妙案が、山岸と柔和子の二人の話し合いの中で次々と湧きだ出しては、具現化していったのである。
そうした中、三月末には二人の婚約発表がなされ、二人の住む小林宅の離れで、有志による『百万羽』の計画書づくりが進められたりするなど、『百万羽』運動は、俄然、活気づいていった。

ところが、柔和子は頼子の感情的に不安定な姿を目の当たりにして、改めて頼子の存在を強く意識するようになる。柔和子は、当然頼子の存在は知っていた。だが、結婚を申し込まれた時も、はっきりと自分には複数婚の意志がないと伝えてあり、山岸からも、「その通りでいいのです」という回答をもらっていた。にもかかわらず、こうして現実に、頼子が、「先生が離れた」と言いって泣き騒いでいるのを知って、若い彼女が愛情の問題でそんなにも苦しんでいることがショックであった。

事態はその後も一向に変わらない。頼子が死を口走っては家を飛び出せば、その後を護衛役がついていく毎日がくり返される。
柔和子が、「そんなに頼子が頼子がと言わなくとも、彼女は大丈夫ですよ」と言うと、山岸は顔色変えて、「お前という奴は何という薄情な奴だ」と罵り、そこらのものを手当たり次第にぶつけて壊したりする。そして、柔和子に対しての我抜き、剛研鑽やら、奇異な振舞いへと、まさしく君子豹変するのだった。

複数の女性をめぐって激しく山岸巳代蔵を追求する柔和子と、そのことの善し悪しでなく、一切のキメつけを外して研鑽できる真の夫婦としてのあり方を願う山岸巳代蔵との間で激しいやりとりが際限なくくり返される。
研鑚会の中で、山岸巳代蔵は愛に飢えた状態の、狂乱状態かも分からない、常軌を逸する、正常な考えがそこに働かない自らの発作状態を振り返っている。

“だが、その時はもう何もね、もう考慮のうちに入らない状態というか、その純粋さを、言うてるわけやね、そこをね。私自身から出てる場合もあるやろ、ね、大いにあるやろ。
間違いを通そうとして、それが通じない場合にな、そういう場合にも起ってくるやろ。
何とも言えんもどかしいものね。
ええこととは思うてへん。ああ、そんなこと避けたいのやけど。まあ、見せ掛けではない。もう自分自身にも、重々分かりながら、まあそういう状態になって、まあ発作的と言われても、やむを得ないかも分からん……。”

“もっと子どもの時にね、自分のね、自分の正しいと思っていることがね、通じないとね、もう、居てもいられんもんやね。”

“いやいや、そうやなしに、通じないと、通じないものに対してやね、妥協ででもその場を糊塗しておこうと、糊塗しておけば、それでいいわけや、自分にな、ね。”

“妥協できないと思います。純粋に生きようと、純粋に生きようということは、もう、それはもう妥協の世界に生きておらないということ。おらない、おられないということになる。”

“発作が起らないから、それでその、もう発作が起らない人間になったかと言うと、そうやないの。発作が起る前に、もう一応そらすから、そうなっていくわけで、やっぱりまだまだ発作起きるかもしれないと、発作が起らなくなったという立証にはならない、現在起らないから。(略)
そういうわけで、もうそういう状態でね、いつまでも生きておられない。いよいよもう追い詰められた。ここで、じゃあどうするか、やっぱりこの、発作が起らない、起るということは、ちょっと棚上げにしてでもやね、それよりも生きておれない、おられない状態をやね、何とかこの、打開していきたいと。”

かくして愛情研鑚会は山岸巳代蔵にとって切実な欲求でもあったのだが、いったいここで何に直面して何が問われているのだろう? 
別段複数婚といった結婚形態を新しく打ち立てようとした訳ではなく、そうした渦中にあるとき、真面目に心底から念じてやまない〝全人真の幸福〟理念から逸らさないで逃げないでいると、自分で自分をどうすることも出来ない、本人の弁によれば〝血みどろの愛欲史〟とか〝煉獄の試練続きの受難史〟に身を置く羽目に陥ったというのである。

なぜこのような事態に陥ったのだろうか? 
じつは自分自身ここで起こったことの真意の一端に触れたくてここまで書き継いできたようなものだ。
愛情研鑚会から〝山岸会事件〟を超えたほぼ一年後に語られた「『恋愛と結婚』の前書き」に次のようなくだりがある。

“そこにヤマギシズムと現実との、どうも相一致しない矛盾に割り切れないものがあった。真なるものには、悩み・苦しみはないのが本当だと思う。ヤマギシズムにこうした苦しみがあるということはなぜだろうか。”

ふと以前劇作家の北村想さんが朝日新聞のコラム「出会いの風景」に書かれた一文を思う。
18歳の時ヤマギシ会の特講に参加した北村さんは、そこでその後の彼の人生に大きな影響をおよぼす男・クラモチ君に出会う。
ある日生きるか死ぬかと真剣に煩悶していた時クラモチ君の下宿に行くと、B全紙が壁にはってあり、「真なるものは蹉跌(さてつ)する」……と大書されてあった。思わず頭を垂れた、といった内容だ。

ホント、なぜだろうか?
〈理念〉と〈現実〉との矛盾の一切が解消される世界についてのはなしなのだ。

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わが一体の家族考(76)

男らしさ女らしさ

ある日の研鑚会で次のようなことを研鑽した。
「男には女の要素が、女には男の要素がない。無い要素をはっきり自覚したら、男女問題は大部スッキリすると思う。要は、お互いに立ち入らないことだ。」
エッ、どんなこと?
〝無い要素をはっきり自覚したら〟とか〝お互いに立ち入らない〟って、どんなことなんだろう?
普段は生理身体的な凹凸の違いぐらいに思っていたからか面食らってしまった。
研鑚会は、男らしさとしての意志の強さとか貫徹や剛直をあらわす〈剛〉、女らしさとしてのすべてを包み溶かしてしまう〈やさしさ〉の世界について未知のことを知っていく楽しさに満ち溢れた。

今の社会では、差のあるものの差を認めないで、画一的にしてしまわないと差別のように思い違いしている事柄が相当あって、そのことと人間的平等や同権等と混同して、社会秩序を混乱させているきらいがある。
その代表的なものに、人間の中の男と女は、どちらも人間であるという本質的なものと、異性であるという本質的なものを混線して、何もかも性の異いまで、人間的平等や同権論で男女共通に律していこうとする無理があり、現在の進歩したといわれる良識の男女差別論などにそうした矛盾がみられる。
男は抑圧者であり女は被抑圧者であると対立としてとらえて、〝男らしさ〟や〝女らしさ〟というものは後天的につくられたものと主張するフェミニストもいる。
たしかに射精欲だけの男の女性への関わり方などは、一方的に立ち入った欲望の論理、強者の論理、力の論理、支配者の論理、闘争の論理などに塗り固められた勝利者慣例の域を出ることはなかった。後年女性たちから〝粗大ゴミ〟とか〝濡れ落ち葉〟として反発・見限られて当然かもしれない。
エロスの最も美しい発露としての男女の愛など未だ絵空事の世界だ。

男と女はまこと異質なもの。他を侵すことの浅ましさ、愚かさを気付くことだというのだ?!
〝女は男を知らず、男は女を知らない〟ともいうが、だからといってお互い相手を知ることでもなさそうだ。
『ヤマギシズム社会の実態』にある、
“男は男として生き、女は女に適した生き方こそ、幸福な人生です。”
に通じる世界なのだろうか。

そういえば若かりし青年マルクスも、男性の女性に対する関係は、人と人とのもっとも自然な繋がりなのだから、そこにおいてこそどこまで自然と人為の調和がはかれているかの人類発展史のバロメーターになると洞察した一人だった。
若かりしマルクス

“女性を共同体的な肉欲の餌食ないし下女と見なす、という女性との関係のうちに、人間が自分と向き合う際の無限の堕落のさまが語られている。というのも、人間が自分と向き合う関係の秘密は、男性と女性とのうちに―直接的で自然な類的関係のとらえかたのうちに―明瞭な、断固とした、あからさまな形で示されているからだ。
人間と人間との直接的で、自然で、必然的な関係が、女に対する男の関係だ。”(『経済学・哲学草稿』長谷川宏訳)

男性の女性に対する関係は、マルクスの時代から創造性・能動性においてそんなに進化していなく未だ未知で未開拓なまま残されてあるようなのだ。
なぜ今愛情研鑽なのか、なぜヤマギシズム恋愛・結婚観なのかがしだいに明らかになってくるような気がしてならない。
あえて的を絞った考え方に立つことで、複雑に考えすぎないで人間が男ないし女としてしか存在し得ない世界即ち男らしさ女らしさの本質追究の先にひらかれる世界のみに焦点を絞っていこうというのだ。

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「と」に立つ実践哲叢(27)

〝村のお母さん〟の力

「今度お母さん研をやるんだけど、何か資料ないですか」と尋ねられて、「こんなのどうかなぁ。検討してみてくださいね」と山岸巳代蔵さんの発言集からの抜粋を差し出したら、しばらくして「あの資料でやりますから、ついでにゲストで出席してください」と言い渡される。
えーっ、子育て真っ最中の若いお母さんたちの中に一点の男性!? まいったなあ…と感じつつも、どんなふうに受け取られるのかと興味津々たる気持の方が勝ってしまう。

そんな日々のやることで一杯のお母さんたちと共に資料研鑽を始めて何回目かになる。
四年ぐらい前の夏、北海道・別海実顕地に全国から一堂に会した三泊四日のお母さん研も思い出深い。その時始めて、日頃は各地に散らばっているお母さんたちが研鑚会という場に一堂に会することから生まれ出る、いわば〝群像としてのお母さん〟を垣間見た思いがして、俄然実顕地の将来像が開けてきたことがあった。 

今回も資料研鑽を通して、道に迷ってうろうろしている人を見たり、ひもじい思いをしている人を見かけたら、見て見ぬ振りできなく放っておかない気持が自ずと湧いてくる。この気持っていったい何なんだろう? 日頃の喜怒哀楽の感情と同じものなんだろうか?……と問いかけてみた。

ちょっと理屈っぽく何のことだか訳の分からないところもあるかもなぁとは案じつつ、研鑚会はしばしの沈黙の中からお母さんたちの実顕地での暮らしで何となく身に付けているところからの発言が切れ切れながらも続いていく。なるほどなー。
そんな別段答えを見いだす訳でもない研鑚会から立ち現れる〝村のお母さん〟はじつに頼もしいのだ。願わくば、こうした研鑽機会が〝本当の食べ物〟になることを……。

ふと鶴見俊輔さんの小杉放庵画「天のうずめの命」を表紙カバーにした著書『アメノウズメ伝』を思った。
小杉放庵 『天のうずめの命』

神話『古事記』等に描かれた、アマテラスオオミカミが洞穴の中に籠もってしまい太陽が沈んで暗くなった時、アメノウズメの胸あらわの踊りでアマテラスを誘い出し、再び世界をあたたかく明るく照らし始めた話だ。
鶴見さんはそこに、対立的・権威的に陥りやすい世界を和らげ、溶かし包み込む神話からのびてくる女性、性、裸、踊り、笑い……に秘められた力を見てとるのだ。

なかでも「日本がハダカになった日」の章では、1945年終戦時、この日が来るまでに別の道はないかと、ニワトリの育て方から最小限の言葉をみつける研鑽方式を編みだし、農業共同体を発足させた山岸巳代蔵に触れ、

「この人たちの思索のあとは、戦後の一流行に終らず、肉体をもつ言葉を求める運動として高度成長下の経済大国の内部に根をおろしている」

とアメノウズメの振舞いに重ねる。
あらためて〝肉体をもつ言葉〟とか理想を描き実現させる力について思いをはせる。

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わが一体の家族考(75)

情感溢れる〝幸せの原風景〟

人間平穏の時は底が見えないが、何か事が起こった時、地金を出すものといわれる。先の〝自分にも思いあたる節〟にも通じるかと思うが、自分自身にもにっちもさっちもいかない状況に追いつめられたことがある。
そんなときに唐突に思いもよらない光景がくり返し自分の中から湧き上がってきた。初めのうちは難関難局にぶつかって、自分は甘い世界に逃げ込んでいるのかなぁといぶかっていた。

それにしても不意に現れるそうした情動的な世界に浸っているとなぜか心地よかった。何時しか自分の中で〝幸せの原風景〟とも呼べるものになった。その時の感受をずっと以前自分でも思いがけなく言葉にしてみたことがある。

“そうした他を思いやるYさん夫妻のさりげなく差し伸べられる心の手の恩恵を一番たくさん被ったのは実際ぼく自身ではなかったのか。朝寝坊の得意なぼくは、時として朝一番の水やりやエサ見を怠った。そんな時は必ず奥さんが代ってやってくれていた。そして遅れてやってきたぼくの顔を見て恥しそうに、「フフフッ」と微笑むだけだ。ちっとも批難がましいことは言ってくれない。これはかなりぼくの胸にひびいたことの一つだ。休憩時のおやつ作りの時もそうだ。どうしてあんなに素早く用意できるのか、ぼくたち若い飼育係にとっては毎日驚異のマトであった。自分が作って自分で食べるよりも、みんなが「おいしい、おいしい」と言って食べるのを眺めているさまが、その場での奥さんにとっては最も似つかわしかった。”(ある愛の詩)

それからはこうした〝幸せの原風景〟って、自分にとってその正体はいったい何だろうと思いを巡らす日々が続いた。そうした問いかけ自体とても心充たされる時間だった。しかも行きつ戻りつしたために、そこだけが踏み固められてあたかも自分だけの〝秘密の場所〟のようになってしまった。

今にして思えば、そうした情感が呼び覚まされたのは、この世界のそこはかとなく広がっている〈性〉の琴線に触れたからではなかろうか? 
そんな心当たりのようなものが芽生えてくるのだ。
父や母を始めとする繋がりの中で〝その蜜を吸って私は育った〟と感じる作家、詩人の森﨑和江さんは、そうした感受を〝エロス〟と名づける。
森﨑和江

“私は身近かで接したこの多くの人びとの、いのちのぬくもりにふれることによって、いつしか、私のからだと折合いがつけられるようになったのではないかと思う。ほんとうに、いつということなく、十余年たってみると心身にエロスがごく自然に流れているのを知った。うれしかった。
そんな挫折を経ていながら、それでも私は思うのである。一人ひとりの人間は、思春期になって性にめざめるとみえるけれど、でも、もっと早くから、ほとんど外界を唇や手足で感じとる赤ん坊のころから、原初のエロスは自他のかかわりの知覚の中に芽生えているのだ、と。そして、社会の性観念が人びとのセクシュアリティを大自然との呼応のまにまに開花させていたとしたなら、性暴力よりも性愛を主体とする観念へと、人間の性は様式化したのではあるまいか、と。”(『いのちの素顔』)

そんな情感溢れる〝性愛を主体とする観念〟世界に強く惹かれる。どんなことなんだろうか、と。

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わが一体の家族考(74)

〝二つの私〟を知る

その頃山岸巳代蔵は、山岸会全國大会や「百万羽科学工業養鶏」構想の講演時に本名とは別の〝大村公才〟なる名を自称していた。その謂われを愛情研鑚会の中で次のように語っている。

“私は大村キミオっていう名をつけた、あれはね、ねえ、「全人に適当に使われたらいいんだ」っていう、そこから出た、あの夫(オット)っていう字を書いたんですわ。夫(オ)は、それではやはり一般を刺激するから、才(サイ)という字を書いてますけどね、夫(オット)という字、大村公夫って。
一旦あのねえ、瀬戸内海でねえ、ねえ、私はもう、ワタシは捨てたんですわ、ね。私を必要としやね、ねえ、相合う人あるなれば自由に使ったらいいじゃないかって、大村公才(キミオ)。そういう私の観念を象徴する意味で大村公才とつけたんです。
大村は世界っていう意味ですわ。ねえ、世界っていうことは、今の世界じゃない、永久の世界ですがね。世界の中で、ねえ、それで公才とつけたのはね、私のまあ才能って、そんなおこがましいもんじゃございませんよ、ねえ、能力そのものをやね、世界中の人のために役立つものがあるなればですよ、はっ、使われたらいいんだって、この気持なんですわ。で、いずれもこれは通じる「オ」なんですわ。”

ここで瀬戸内海に捨てたワタシの「私」、私心のワタシと「全人に適当に使われたらいいんだ」との気持から出たキミオ〝公才〟を二つに分けているところがじつに興味深い。
例えば幸福と云う言葉でも、一時的の満足感を幸福だと思い込んでいる〝幸福感〟と何時になっても変わらない〝真の幸福〟との二つの場合に使われるように……。
全てのことは〝何でも二つある〟ことを知るところから始まるのかも知れない。

長年認知症のケアに携わってこられた精神科医・小澤勲さんが辿りついた〝二つの私〟に分けての考察も興味深い。
「認知症体験の語り部」として知られるクリスティーン・ブライデンの著書(『私は私になっていく』等)に刺激を受け、かつ自身のがん告知を受けた体験を重ねつつ、そこから感じとられる人と人との繋がりの結び目としての〝自分〟という感覚に着目し、その繋がりにこそ自分を支え充実したものにしてくれる〝光明に至る道〟を見いだされていく。
小澤勲

“知的「私」、情動的「私」
知的な「私」の壊れに比して、情動領域の「私」(情動的自己)はあまり崩れないということについて、このようなことを書いたことがある。
私は、情動的「私」という言い方はあまりしてこなかった。それは、認知する「私」はどこまで行っても自分が認知している、という感覚から抜け出ることはないだろうが、情動を持つ私は確かに私なのだろうが、ともに喜び合い、いっしょに悲しんでいるうちに、それらは人と人とのつながりのなかにとけ込んでゆき、私たちの喜び、私たちの悲しみになり、「私の情動」という感覚を超えるのではなかろうか。
桜や紅葉を見て、最初は自分がうつくしいと感じているのだが、そのうちに対象と自分との境が消えて浮遊しているような、不思議な感覚にとらわれることがある。
私はかつて山登りをしていたが、ご来迎の瞬間、期せずして「おーっ」というどよめきが周囲に起こる。ところが、しばらくするとしーんと静まりかえって、恍惚としたというのだろうか、自分がご来迎を見ているという感覚を失い、自然に包まれ、自然と一体となって、自分がなくなってしまったような感覚に陥ったものである。性の世界を考えるともっとわかりやすいかもしれない。”(岩波新書『認知症とは何か』)

認知症とは悲しく恐ろしい自我の崩壊のようにいわれるが、一方では自分が自分であるといった執拗な〝自己同一性へのこだわりが解け〟て、〝世の規範、常識から少し自由で、世間体など気にする必要のない、暖かく豊かな人と人とのつながりがあふれている場〟にもなっているはずだというのだ?!

自分にも思いあたる節があったからか、我がことのように嬉しかった。しかもそうした情動的な世界が〝性の世界〟に通底している云々の個所はとても示唆的ですぐに納得できた。
この辺りを行きつ戻りつもっと丁寧に辿ってみることから、必ずやヤマギシズム恋愛・結婚観が開かれてくるような予感に心充たされる。

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わが一体の家族考(73)

私の自己弁明

それでは次に山岸巳代蔵からの自己弁明をテープの中から幾つか拾ってみる。

“私にしてみるとまた、生きるか死ぬかの問題やと思ってるの。ね、愛情問題ね。もう本当は、柔和子が言った如くね、ワタシの「私」やね、この、私心のワタシっていうものはね、もう、なんらこの世に未練がないと思うの。”
“やはりこの問題解決しなかったら、私はね、生きた仕事が出来ないと思うんです。”
“本当の自由の世界は、そこからでなかったら生まれてこないと思うんですね。”
“この間も三田さんが来て、「もう、ほんな愛情研みたいなもん、どうでもええ。『百万羽』が肝心や。『百万羽』を成功さすことに全部を賭けよ」と、えらいお叱りを受けたんや。そやけど私らにしてみたら、『百万羽』くらい、そんなん軽いもんや。これこそ絶対もう捨ておけん大事業や。”
“「現在の結婚観というものは、私はメチャメチャだ」と。
「結婚しておると思っておることは、メチャメチャだ」と、「危ない」。「だからこそ、いろんな、嫉妬とか、憎しみとか、ねえ、或いはあの、葛藤、ね、混乱、こういうものが起るんじゃないか」と。
「そういうものの起らない社会が本当の社会、それが、この恋愛・結婚問題、これの根本解決が大事じゃないか」と、私はこう言ったんですわ。”

いったい愛情問題即ち恋愛・結婚問題がなぜ根本解決されることが〝絶対もう捨ておけん大事業〟だと言い切れるのだろうか?
生きた仕事が出来ないからだろうか?
本当の自由の世界が生まれてこないからだろうか?
嫉妬・憎しみ・葛藤・混乱など起らない社会が本当だからだろうか?
しかしそうだとしても、さきの奥村和雄さんや岡本善衛さんに代表される一般世人から見たら、ひどく唐突・飛躍・短絡的な発言に聞こえるかもしれない。
いや、ヤマギシズム提案創設者・山岸巳代蔵の中には一貫して次のような〝ヤマギシズム社会の実態〟がしっかりと焼き付けてあった。

“ヤマギシズム社会構成の重大要素は、親愛の情によって、全人類間の紐帯となすことで、怒りや疑いが少しでも介在しては、不完全なものです。
誰とも喧嘩しない、仲よし一家の寄り集まりです。”

理想社会には、「親愛の情が絶対条件」だというのだ。しかし今迄も云い尽くされた言葉であるからか、

“これも既成社会観念から見ると美し過ぎて、婦人会の乗車風景の外麗のみを見た、歯の浮くような幼稚な考え方に見えましょうが”

と、予想される反応にも配慮しつつくり返し人情の滲み出る気風の大事さを強調する。

“又道を尋ねられても自分は自分、ひとはひとと、他に関せずの個人主義も、実は社会が自分一人限りのものでなく、必ず何かで他の人との関連があり、人間は相対的であって、吾一人行かんも程度の差こそあれ、帰結する処、他との保ち合いで人生が有意義になります。
本当に人間は一人になり切れるものでなく、そこに人の情が自ずと湧いて来るものです。
道連れ話相手があると、遠路も忘れて愉快に過ごし、汽車や船で長旅すると、未知の人とも何時か言葉を交わし親しくなり、路傍で見かけた丈の間柄でも、遠い他国で相会うと、近親感を覚え語り合うようになり、純な子供達が、特に早く馴染むのは自然の人の姿でしょう。
世の鬼のように云われる冷血漢でも、家庭ではよき夫であったり、やさしい父として心中に涙することもあります。“

しかしホント、かんで含めるように説明されるこうした〝美しすぎる言葉〟ゆえか逆に遠く他人事に感じられるのはなぜなんだろうか。〝自分の言葉〟にならないもどかしさを感じるのは、はたして自分だけだろうか。
何が邪魔しているのだろうか? なぜ今愛情研鑽なのだろうかというのが大方の見方であるにちがいない。

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