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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

「と」に立つ実践哲叢(45)

「理想社会はここにある」

呼び水(よびみず)という言葉がある。ポンプから水が出ない時に、水を引き出すために新たに外から入れる水のことで、誘い水とも迎え水ともいう。またよく〝呼び水になる〟といって、ある物事を引き起こすきっかけとなる意味にも用いられる。
本紙(『けんさん』)の前身『ヤマギシズム』(1962.6.5発行)の〝山岸先生一周紀によせて〟に、先に紹介した明田正一(1913-1964)さん
明田正一

(写真右から3人目、山岸巳代蔵の隣、第一回特別講習研鑚会会場1956.1にて)の手記「無駄にはしないむかえ水」が載っている。
筆者の明田さんは「百万羽養鶏」(現在の春日山実顕地)への参画者第一号といわれているが、その参画前後の背景がじつに興味深い。

1958(昭和33)年の「百万羽養鶏」構想が発表される前、当時四日市に住む山岸さんに呼ばれて行くと、
「むかえ水があれば水はいくらでもあがってくる。水は無尽蔵にあるが……そのむかえ水がない」と山岸さんは言う。なるほどそのとおりなので、自分はむかえ水になりたいと思いながら聞いていると、
「正一さんがむかえ水になっても水があがってこず、世のすべての人に見捨てられたら、どうするかネ」と言われた。「その時は死にます。死ねばよいでしよう」と言った。ごく簡単に言った。実際そのつもりであったから気軽に言えた。すると、「そうだ。それだ……そこだ……」と言われた。
しばらくして、「あんた一人は死なしはせん」と一言。胸に込み上げてくるものがあった。それと同時に先生の瞳が光っていた。この一言は終生忘れることのできないものとなった。実顕地も皆この一言からの出発でなければなるまいと記されている。

そしてその年の四月「百万羽養鶏」構想が発表され、そこでの研鑚会で明田さんが一番に参画すると言い出した。
そしたら参加者の一人が、「まだ決まったものでもないのに、それに海のものとも山のものとも分からないのに、全財産をつぎ込むのはどうか。半分残しておいて失敗した時に備えておいたら」と言った。
すると山岸さんがすかさず、「それはとんでもないことで、全人幸福運動への反逆である。常識観念はすべて反逆である」と言ったとされる。

その時に出た話が伝え聞く〝肥柄杓(こえひしゃく)一本に至るまで処分して持って来い〟とか〝かまどの灰までも〟とか〝墓石一つ残すな〟といった発言だった。
そして明田さんは二日目か三日目にもう荷物を積み出した。もちろん近親知人の猛反対を押し切っての財産整理だった。

一人の心からの行いが万人の心に響くものだなあと、今頃になってつくづくそんな感慨に打たれる。以前は〝かまどの灰までも〟とかの話を聞き及んだ時、〝そこまで言うか〟とその過激(?)な発言に驚いたものだ。
明田さんに代表される人に〝神心〟を感じてか思わず「後光が射している」と手を合わしたり、「理想社会はここにある」と公言してはばからない山岸さんの真意はどこに? 

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「と」に立つ実践哲叢(44)

愉快の幾千万倍の気持ち
高倉健

ヤマギシ会の第一回〝特講〟(昭和31年1月)が開催された翌年9月、会の全国大会で山岸さんは講演している。要約してみる。

「二人の知的障害の子を持って悩みに悩んでいたお母さんが、一週間の〝特講〟で、この二人の子がいたがゆえに、こんな幸せな境地へ入れた。その日から、その時間から、その瞬間から愉快になってしまったと言う。
それもただの〝愉快〟ではない。愉快の幾千万倍、なんかしら愉快な状態、いつでもウキウキした状態になった。
そういうお母さん、この一人がそうなったら、たくさんの知的障害を持った子の親たちが続々そうなってくるということですネ。
その子ばっかりにとらわれていたのに、その子どもを放っといて駆け回る。その子を放したら、その子がすくすくと育つ。この子はダメだ、と思っていたのに、〝こりゃいけるぞ、落ち着いてきたナ、からだも伸びてきたナ、知恵が何やら無いと思っていたけど、チョイチョイ知恵が出てきたナ〟、こういう状態になるらしい。」

自分の心の内にキメつけている観念が抜けたハッと開ける一瞬。これこそ自分らがあの特講で味わった世界でもある。
それにしても〝愉快の幾千万倍の気持ち〟ってどんな気持ち? 山岸さん一流の大げさに飛躍した物言いなんだろうか?
そんな〝家も、子どもも放っておいて、自分さえ愉快だったら、そらいいわナ〟と引っかかる人の気持ちをも見越してか言う。

「大変なことが起きたようなことでも、大変なこととは思わない。〝アラ、いい調子だナ〟、〝ひと仕事できてきたナ〟、こういうふうになれた自分。このときに〝よい調子になってきたナ〟と思おうと思わないのに、ワザワザこんな面倒なこと思わないのに、〝ああ、これは面白いことだナ〟と思えたらよいの。思う思わんでなしに、そういう状態になって、それに飛び込んでゆける私になったらよいと思う。」

ここでの我が子を放したお母さんの眼には、きっと我が子を超えたものが映っているにちがいない。えーっ! それってなに?
今まで〝不幸だ、不幸だ〟と思っていたお母さんが、この二人の子がいたから、こんな幸せな境地へ入れた。そこから〝愉快の幾千万倍の気持ち〟が湧いてきたのだと言う。そのことはすくすく育つ子らと共に力強く生きている〝喜びの自分〟をそこに発見したからではないだろうか。
ふと題名に惹かれた俳優・高倉健の『あなたに褒められたくて』の一節が思い浮ぶ。

「お母さん。僕はあなたに褒められたくて、ただ、それだけで、あなたがいやがってた背中に刺青を描れて、返り血浴びて、(略)三十数年駆け続けてこれました。」

知的障害の子がいたがゆえに幸せな境地へ入れたお母さん。あの母(ひと)に褒められたい一心でやってきた健さん。そこに見出された〝喜びの自分〟の中の〝あなた〟を想う。 

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 「と」に立つ実践哲叢(43)

〝二つの幸福〟問答

またその年1955(昭和30)八月に山岸さんの母・ちさが亡くなり、会葬者全員に小冊子『二つの幸福』を配ったとされる。
山岸巳代蔵一家とその親族

【写真は左から 四男・千代吉(23) 三男・巳代蔵(28) 二男・新五郎(31) 父・巳之助(58) 母・ちさ(56) 西村しづ 妻・志津子 なお長男・助一(33)は京城(朝鮮)に滞在か? この年[1929(昭和四)年]山岸巳代蔵は山根志津子と結婚】

生前母はよく〝水は冷たい、お湯は熱いから止めるでは何事も出来ないよ〟と独り言を言っては僕をつくってくれたという。そうした母の心を移し行うように、過去幾千年の人類史上「出来ない」と思われた理想社会はどうしたら実現するかを一言で簡明に著したものが『二つの幸福』なのだ。

二つの幸福がある。真の幸福と幸福感だ。どちらも同じ言葉をもつが、根本的に相異なる。何時になっても変らない真の幸福と、不幸に対しての対句としての幸福感である。喜怒哀楽に象徴される一時的の満足感を幸福だと思い込んでいるのは仮の幸福であり、ただ幸福だと思っているのみで、こんなはかないものを幸福感と呼んでいる。
それが今日まで実現しなかった理由としては、諦めと無関心と無知等々が挙げられるが、肝心の幸福の何物かさえも知らず、知ろうともしない、または間違った考え方をしている人が多いからであるとして、

“幸福感と真の幸福の区別が解らないからなのだろう。”
“幸福感を本当の幸福なりと勘違いをしている人が頗る多いのではないか。”

と記されている。
だとしたら永遠に変らぬ〝真の幸福〟っていったいなんだろうか? どうしたら幸福感でない真の幸福が得られるのだろうか? 

ある日の研鑚会のテーマは「何でも二つある」だった。何でも二つあることを知ることの大事さで話が盛りあがった。ほとんどの人生上の苦しみや悩みの原因は、皆一つしか知らないところに帰因するのではないかと。そう言えば幸福にも幸福感と真の幸福の二つあったなあと、ふむふむと頷いている自分がいた。
しかし今振り返ると冷や汗が出るような思いがする。例えばほとんど無自覚に自分の思い考えから見て、幸福感と真の幸福を観念的に区別していたのではないか。自分らの切実に欲求する、永遠に変らぬ真の幸福を掴み得ようとして、知らずして不幸に対しての対句としての幸福感を〝本当の幸福なりと勘違いをしている〟自分に気づかされる。

そもそも不幸とは何か? たしか研鑽資料『ヤマギシズム社会の実態―世界革命実践の書』には〝不幸と感じることが間違いで、幸福が本当だ〟と記されてはいるが、実際は不幸と思われる現象に出会って心の動揺を感じるばかりの不安定な自分がいたりする。
それでは二つあることを知り、もう一つの不幸と思われる現象が現れないようにするってどんなことなんだろうか。

そうなのだ。まず〝不幸と感じることが間違いで、幸福が本当だ〟とする、不幸と感じない心境になることが先で、そこから間違った姿をなくしていこうとする、そんな〝理念を生きる〟もう一つが見出されてくる!

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 「と」に立つ実践哲叢(42)

〝常識外れの変わり者〟

ヤマギシズム理念や一週間の特別講習研鑚会を考案した山岸巳代蔵ってどんな人だったのだろう? 遺された資料などから一言で言うならば、〝常識外れの変わり者〟とも呼べる人間像が浮び上ってくる。
山岸巳代蔵

実際に第一回の「特講」が開催される半年ほど前、養鶏の講習もかねた会の研鑚会に参加した明田正一(後の参画者)さんが、「キチガイになれたのが嬉しい。キチガイが治らぬうちに来る気はないか」と手紙を山岸さんに出したら次のような返信があった。

「変り者を探している。変り者を探し合って、変り者でない人を変り者にしようじゃありませんか。そして世界中の人みな変り者に変えましょう。」(1955年6月8日付)

そんなたった一夜の夜明かし研鑚会で〝キチガイ〟になった明田さんに呼応するかのように、7月には山岸さん自ら明田さんらの部落に出向き「掘立小屋を建てて藁の上で筵をかぶってでもやっていく、私はこの地の土になりたい」と言って山岸式鶏舎を建て育雛を始めてしまう。そして10月の山岸会全国大会では何と「地上の一郭に既に理想社会はできている」と公言するのだった。
このスピード感、〝常識外れの変わり者〟ならさもありなんといった感じである。心の豊かな人に巡り会って居ても立ってもいられなかったのであろうか。

こうしたエピソードからある意味で山岸さんという人は、自分の〝理念を生きた〟人ともいえるだろう。しかもその生き様がとても〝リアル〟なのだ。
理念(理想)と現実(実際)との間にスキマを作らないように、絶えず理念(理想)に即応しようとする意図を感じる。常識的には崇高な理念を掲げることは、即挫折や敗北や悔恨を意味するはずなのに……。
例えばこんな発言もある。

以前の自分は、自分の思い考えを皆に聞いて貰い「どう思う?」と尋ねると「分からん」と言われて、「なんや、こんなに喋っているのに頼りない」「なんや、つまらん」と思っていた。逆にまた「そうか」「なるほど」「そら苦しかったやろな」と言われると同調者ができて、味方ができて、理解者ができて、非常に力強く感じていた。
ところが最近になって「ははあ」「ああ」と、ホンマに頼りないと言うのか、あほらしいって言うか、煮え切らない本当に「分からん」とする相手と話すのが最も楽だと思うようになったという。

「理解者の数が要らんという、自分が理解者になったらええのやと思ってね。それからこそっと楽になったね。妙なもんやわ、そら。」

パッと陽光が射し込んだような開放感に包まれる。自分の思い考えを理解してほしい、認めてほしいという観念の夾雑物が外れた清々しさが感得されるようだ。

それにしても〝自分が理解者になる〟の、その自分ってどんなじぶん? 自分の心の内にキメつけている観念が外れた一瞬。これこそあの特講で出会ったじぶん?

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「と」に立つ実践哲叢(41)

新しい時代についていく

昨年11月末の村の交流会で何か皆の前で話せというので、たまたま当日朝のニュース〝中国政府、「世界初のゲノム編集赤ちゃん」研究の中止命令〟から思いついて、今世界で起きている目覚ましい科学技術の進化と自分ら日々の暮らしとの繋がりについて話してみたことがある。
ゲノム編集技術

今まで自然(神)の領域でなされていた遺伝子の組み合わせが画期的な遺伝子編集技術(クリスパー・キャス・ナインの発見)によってまるでワープロで文章を編集するように人為的に簡単に書き換えられるのだという! そのゲノム編集技術の開発者の一人、ジェニファー・ダウドナ自身が自著で心配していた真当の使い方を知らない人にも使える技術ゆえの懸念がまさに現実になったといえる。

以前にもスマホや自販機などに象徴される文明の利器の有り難み、温もりを振り返ってみたことがある。その時までは外なる創造・物質進化と内なる人間自体の開発・創造面とを切り離して考えていた。だから外なる創造のより一層の進化と共に肝腎の人間問題が立ち遅れにならないよう、今ほど人間自らの開発・創造の方面こそむしろ先行して取り組む時はないとしてきた。

ところが今世界で起きていることは、内なる心は知らぬ間に外なる便利で快適な科学技術の一方的な勢いに侵されつつあるという驚きにある。外なる創造する積極的能動をそのまま内なる人間自体に持ち込み、内部が心を持たないAI(人工知能)のアルゴリズムに置き換えられようとしているのだ。外と内が離れたものでなく直にリンクする、はじめての事態に直面しているのだ。
先の中国政府の中止命令に見られる旧来の生命倫理観から見ての今日の重要施策と同時に、今一つ、今直ちに着手しなければならぬことがあるのではないか……。
そんな話す本人も未知ではじめての事態のことをたどたどしく語るものだから、聞く方はもっと見事なくらいチンプンカンプンだったらしい。

それはさておき、そうした事態が当然の帰結ともいえるなら、今世界で起きている目覚ましい科学技術の進化はどうしたら真の幸福目的のために利用されるのだろうか。また生来の人間としての豊かさ、広さ、徳性を果たしてどれほどより広く深く進化させていけるのだろうか。問われるのは、内なる人間自体の開発・創造面であろう。

そう言えば当の〝クリスパー〟も細菌がウィルス感染から身を守っているという自然現象の研究から生まれたという。内なる人間自体の開発・創造というと大層難しいように聞こえるが、ヤマギシ会趣旨の一節〝自然と人為の調和をはかり〟という意味での自らの能動的な〝働きかけ〟としてとらえたい。
そうすると、それは誰の中にも無限大に潜在して人間ある限り無くならない、開発さえすればどんどん湧き出てくるものではなかろうか。その辺り今少し思い巡らしてみる。

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 「と」に立つ実践哲叢(40)

万年素人の初々しさ

さきの「あの崇高な〝人生踊り〟が特別人間のことでなく、自分のこととして実感されてきた」のなら、実際のところどんな状態を指して〝人生踊り〟というのだろう? 
じつは『養鶏書』(山岸巳代蔵著)には他に次のような一文もあった。

“人間の生活は一生を通じて、遊戯であり、私は自分を自分から離して、例えば芝居の登場人物を、客席から観る態度で、眺め、楽しんでいますから、喜怒・哀楽・不遇・得意の感情に冷淡な訳で、儲かってもそれほど嬉しくないし、損しても他所事のようです。”

“養鶏を職業とした時代でも、弄び的で、飼養法にしても、鶏種にしても、いろいろ建てては壊し、積んでは崩し、組み変えて試る癖が抜けなかったのです。”

人間の生活は一生を通じて、〝遊び戯(たわむ)れる〟ことであり〝弄(もてあそ)び的〟であり〝なぐさ(慰)み〟であり、それじたいが楽しい一つの踊りなのだという!?
そう言えばたった一人で〝おつかい〟に挑戦する子供たちの奮闘ぶりを、ドキュメントタッチで描くテレビ番組『はじめてのおつかい』がある。
はじめてのおつかい

親から買い物や用事などのおつかいを頼まれた3~5歳くらいの子供が、道を間違えたり、言い間違えたり、お金が足りなかったりしながらも必死に実行しようとする姿に毎回ハラハラドキドキ。そんな子供たちのけなげな姿にグッとくる。

あの、子が親からものを言いつけられた時の聴き方って、どんな聴き方なんだろうかと思いめぐらしてみる。きっと抗弁する態度でなく、ただ、じっくり聴いている。
その昔〝万年素人の初々しさ〟といったテーマで研鑽したことがある。それまでは経験や知識を豊富に積んだプロフェッショナルな生き方にどこか憧れていた。ところが〝玄人・完熟・固定〟になぞらえる自信人間ほど「来世に望みを持ち越すしかないなあ」と研鑽されて、みんなで大笑いした。
では〝プロであって素人〟であるってどんな世界?
生まれることも素人、死ぬこともはじめてのこと。恋愛も結婚も子供を産むことも育てることも仕事も、凡て経験のないことをはじめてやっていること。幾百回経験したといっても同じ経験は一度もない。

番組では、はじめてのおつかいを両親やお店の人はもちろん街中の人までがその子の一挙手一投足を我が子のように見守っている!
そんな姿を客席から観る態度で眺めると、凡てが楽しい一つの遊びにも慰みにも映り、客席の自分の心までほのぼのとしてくる。
人間は、人間の心の上には、その人なりの子供子供して遊んだはじめての光景が切ないほどはっきりと焼きつけられている。そうしてそこから、ある得体の知れない朗らかな気持ちが湧き上がってくるのを意識する。

だとしたら自分の鶴嘴(ツルハシ)をがちりと〝遊戯や弄びや慰みの状態が汲めども尽きぬ源泉〟に掘り当てることだ。そしてこの源泉を四六時中くみとるのだ。

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「と」に立つ実践哲叢(39)

〝人生踊り〟を踊る

先回は次のような一文で締めた。
“戦う前から〝のぼう様〟は、「北条家にも関白にもつかず、皆で今までと同じように暮らせないかなあ~」と呑気なことを言っては皆を唖然とさせていた。この次元ですでにボールはゴールネットを揺らしていたのだ!
 これが奇策と見えて実は理にかなった〝正攻法〟だった。その顕れが田楽踊りである。自分らの〝人生踊り〟とも重なってくる。”

そして今、自分らの〝人生踊り〟ってどんなこと? とあらためて問うてみる。たしか〝人生踊り〟の出所は『養鶏書』(山岸巳代蔵著)の一節からのものだ。

“養鶏も、農業も、本来の仕事の方も、凡て芝居であり、遊びであり、生きている間のなぐさみで、楽しい一つの踊りに過ぎないのです。”
“自分のしたい放題のことをして楽しみ、遊び踊って(私の日常は踊り)悔いなき生き方で、この途でならニッコリ笑って死ねそうです。” 
“金も名も求めず、各自の身に合う仕事で世界中に踊り、天地に愧じない連中には、至る処家在り、食有り、友、吾が子ありです。”

だんだんと心許なくなってきた。つい〝のぼう様〟の意表を突く田楽踊りに心が高ぶってか、その勢いで自分らの〝人生踊り〟に重なると口走ってしまった?
絵に描いた餅

だって『養鶏書』で描かれる〝人生踊り〟はあまりにも崇高な立振舞いではないのか。それに比べて普段の、やれ足腰が痛いの首筋が凝るのとぶつぶつとぼやきつつ時には惨めな気持に落ち込む今までの自分が頭を持ち上げてくる。だとしたら自分らの〝人生踊り〟って、ただ言ってみただけの絵に描いた餅でしかないのだろうか。
こんな自己問答をずっとくり返している。

思えば崇高な〝人生踊り〟って、我執まみれの自分には絶対ムリムリ。でも自分は実顕地、通称「金の要らない仲良い楽しい村」という舞台で、曲がりなりにも〝研鑽生活〟という踊り場で暮らしている!? そんな聖と俗のはざまにいつも戸惑ってきた。
嫌ならおさらばをしてはと自分に問えば、なぜか〝仲良し〟とか〝楽しい〟といった簡単な言葉に秘められている奥深さに、何かほのぼのとした温かいものに包まれる〝研鑚会〟の魅力に惹きつけられる自分もいた。

ある時ふと気がついた。〝何かほのぼのとした温かいもの〟に惹きつけられる自分って、ひょっとしたら自分? 我執のない自分の姿ではないのか! 同じ〝仲良し〟とか〝楽しい〟でも、〝本当〟と言いたくなる〝仲良し〟とか〝楽しい〟実態に触れている自分が浮かび上がってきたのだ。
崇高な〝人生踊り〟は絶対に出来ないかの如く思っていた。その出来るか出来ないの前に、どちらを本当に願っているのだろう?
心にパッと明るい灯が点った。崇高な〝人生踊り〟が特別人間のことでなく、まさに自分のこととして実感されてきた。

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 「と」に立つ実践哲叢(38)

ゴールインスタート考

今年の夏は記録的な猛暑が続き、連日テレビ等で「熱中症に警戒」「命にかかわる暑さ」「エアコンを我慢しないで使うように」等々とくり返し呼びかけていた。なんだか急かされているようでどうも落ち着かない。
そんな折、ネットで観た映画『のぼうの城』で暑さも吹き飛ぶ爽快感を味わった。

戦国末期、天下統一を目前に控えた豊臣秀吉の大軍二万人を前に、周囲を湖で囲まれた「浮き城」の異名をもつ小さな城・忍城(おしじょう)軍はたった五百人。勝ち目のないことは誰の目にも明らか。
しかも「でくのぼう」を略して〝のぼう様〟と皆から好かれる忍城の城代は、戦には最も不向きな臆病者。頼りなく、「俺たちがついてなきゃ、あののぼう様はなにもできゃしねえ」という気持ちにかき立てられる。何もできないことが、却って皆の心を一致団結させる。

そんな難攻不落な忍城は、とうとう城の周辺に巨大な人工の堤を築き、それを決壊させる豊臣軍の“水攻め”にあう。
そうした絶体絶命のさなか、〝のぼう様〟はなぜか「水攻めを破る」と公言する。
そして一人で武器も持たずに小舟で豊臣軍が築いた堤へと向って大好きな田楽踊りを披露する!? 
のぼうの城

するとこの〝とんでもない奇策〟に、敵も味方も驚いて一斉に喝采の声を上げる。彼らの心を大いに揺さぶるのだ。
なんとその田楽踊りをきっかけに、城に籠もるのを拒んだ百姓達が人工堤の土俵を引き抜くことで大量の湖水が逆に豊臣軍を襲う!

そんなことは〝のぼう様〟には先刻お見通しだった。城外の百姓たちも我らの味方であるとの確信があったからだ。
これが起死回生の妙手だった。思わずハッとした。これこそ、その道を通る以外には到達できない唯一最善の方法なのだ。

ふと一週間の「特講」を終えた皆に寄せた山岸巳代蔵のメッセージ(「一粒万倍に」1961.3.15)の中の〝ゴールインスタート〟という言葉が思い浮かぶ。
ゴールインとは、スポーツでボールを相手のゴールに入れて得点したり、男女交際を終えて結婚というゴールに到達したというニュアンスで使われる。
だとしたら映画での〝のぼう様〟が皆の前で披露する田楽踊りこそ、〝ゴールイン〟と〝スタート〟が一直線の立ち居振舞だったのではなかろうか?

豊臣軍の狙撃兵の的になり殺されるかもしれない。実際肩を撃ち砕かれるのだが、そうした〝結果〟は〝ゴールイン〟ではない。
戦う前から〝のぼう様〟は、「北条家にも関白にもつかず、皆で今までと同じように暮らせないかなあ~」と呑気なことを言っては皆を唖然とさせていた。この次元ですでにボールはゴールネットを揺らしていたのだ!
これが奇策と見えて実は理にかなった〝正攻法〟だった。その顕れが田楽踊りである。
自分らの〝人生踊り〟とも重なってくる。

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「と」に立つ実践哲叢(37)

 〝わが一体の家族〟を思う

是枝裕和監督の映画「万引き家族」を観た。
万引き家族

万引きを生活の足しにして仲良く暮らすとある家族の姿を描いたものだ。しかも老女と中年夫婦と若い女、二人の子どもで形成されるこの家族には、血の繋がりがない!?
血縁のない家族、血縁に閉じていかない絆、そんな血縁を超えた支え合いの形がどう実現できるのか、そんな人と人との繋がりの可能性をテーマにしてみたのだという。

そう言えば映画の中で、絵本作家レオ・レオニの『スイミー』を男の子が朗読しているシーンが印象的だった。是枝監督の込めたものがそこに感じとられた。
というのもカンヌ映画祭で最高賞パルム・ドールを獲得した記者会見で、取材で行った親の虐待を受けていた子たちが暮らす施設で、女の子が国語の教科書を取り出して『スイミー』を読んでくれた。その朗読している女の子の嬉しそうな顔が頭から離れなくて、そうか自分は『スイミー』を読んでくれた女の子に向かってこの映画を作っているんだと、あらためて気づかせてくれたと監督自身が語っていたからだ。

あらすじはこうだ。
小さな赤い魚の兄弟たちの中で、一匹だけ真っ黒な魚の〝スイミー〟。大きなマグロがやって来て、兄弟の魚たちを飲み込んでしまう。逃げられたのはスイミーだけ。
そんな怖くて淋しくて悲しい失意のうちに暗い海の底をスイミーは泳ぎ続ける。
けれども、海の中のクラゲやイセエビやコンブやワカメ、うなぎやイソギンチャクなど面白いものに出会うたびに元気を取り戻す。
そんな中で見つけた、スイミーそっくりの小さな赤い魚たちに「遊ぼう」って誘っても「大きな魚に食べられるから」と岩陰から出て来ない。そこでスイミーは考えた。皆で大きな魚のふりをして泳ごう、と。そして皆が離ればなれにならず一匹の大きな魚になって、スイミーは目の役に就いて皆は泳ぎ、とうとう大きな魚を追い出した。
スイミー

映画では後半、老女の死や少年のとっさにあえてとった万引きから一気にそれまでの家族の時間が暴かれ、奪い去られる。だって血の繋がらない女の子を〝拾って〟形成された家族は、世間的に見ればその行為は〝誘拐〟にほかならない。家族は外からのバッシングと内からの疑心暗鬼で壊れていく……。

にもかかわらず、この家族に流れている〝共に過ごす〟時間や情に触れてか、今多くの人の心を揺さぶり続けているようなのだ。
じつは自分らもまた、ここ数年来是枝監督の初期作品、生のかけがえのなさを描いた『ワンダフルライフ』やレオ・レオニの『あおくんときいろちゃん』等を研鑚資料にして、見も知らぬ〝わが一体の家族〟を研鑚会で思い描いてきた。

それは〝あおくん〟や〝きいろちゃん〟に先だって誰の心にもある見えない〝みどり〟の世界の発見から始まる。誰もが家族同然の繋がりを既に生きているという驚きだった。

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「と」に立つ実践哲叢(36)

 お金より前にあるもの

テクノロジーが自分らの暮らしを劇的に変えつつある実感が確かにある。
小学生の頃視力も良かったのか、日がな一日寝転んで天井板の木目を飽きずに眺めつつ木目の代わりに観たい映画が映し出されたら良いなあと夢見ていた記憶がある。それが今や当りまえに実現している! 

最近〝資本主義〟の先の世界を選ぶ時代がやってくるという驚きの書、『お金2・0 新しい経済のルールと生き方』(佐藤航陽 著) が若い世代に評判だという。
お金20

じつは自分らヤマギシストも、半世紀以上前から「金の要らない仲良い楽しい」をうたい文句に、〝働かなければ食べられない、食べるために働く〟という交換価値や所有欲から来る観念を放すテーマにこの間取り組んできた。そんなどこか肩に力が入りがちな試みに比べて、この書の筆者ら後の世代の人たちの、難なく自然に〝そんなことは当りまえ〟といった語調にすがすがしさを感じた。
例えばお金に対する見方もとても軽いのだ! 現状はお金がないことによって起きる困窮や不安からお金に感情をくっつけてしまい、道具以上の意味を感じてしまいがちだ。そこを〝お金は価値を資本主義経済の中で使える形に変換したものに過ぎず、価値を媒介する一つの選択肢に過ぎません〟として、お金と感情を分けて考えられる新しい「価値主義」を提唱する。

お金2・0とは、従来の資本主義の枠組みでは当てはまらない〝更新〟を意味する。例えば今や仮想通貨(ビットコイン)は既存の国がコントロールする法定通貨とは全く違う仕組みで動いている。あたかも自然界の生態系のように、それぞれが分散して自律的に価値がコントロールされるシステムとして捉えてみるべきだという。
しかもそこでは〝信頼や時間や個性のようなお金では買えないものの価値〟が台頭して、〝儲かることから情熱を傾けられること〟へと〝お金〟や〝経済〟のあり方や価値観が変わろうとしているのだ、と。

そう言えば「物の豊かさから心の豊かさへ」といわれて久しい。なるほどそれがテクノロジーの進化に伴って、共感や感謝などの内面的な価値が基準となる「価値主義」に移ることだったのかと思い知らされる。
また以前アジアの新興国でスマホなどの新サービスが一気に浸透している光景に驚いたことがある。実はこれこそ法規制などの社会基盤整備が進んでいないからこそ実現可能な、途中の発展段階を飛び越す〝蛙飛び現象〟なのだという。謎が解けたような気がした。
カエル跳び

筆者は人間の内面的な価値は現在の資本主義の枠組みでは認識しにくく、ここに新しい時代を創っていくチャンス・生き甲斐・面白みが見いだせるというのだ!
なるほどなあ。心あらばその心意気で「金の要らない仲良い楽しい」を基調にした、既存のしがらみに一切とらわれない〝贈り合いの経済〟まで見通せないものだろうか。

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 「と」に立つ実践哲叢(35)

 コーヒーの〝美味しさ〟

最近の缶コーヒーのテレビCMがまったくもって心憎い演出だ。なかでも「世界は誰かの仕事でできている」シリーズの『つながっている』篇がとくに面白い。
世界は誰かの仕事でできている

道路作業員の一人が休息中に「便利になったよな」と、スマホアプリの便利さに感心する。→そのアプリを作った開発者が、コンビニの弁当の美味しさに「うま! この弁当企画した人、マジ神」と感動する。→コンビニの弁当を企画した企画者が、「お弁当は素材が命 生産農家様々ね」と野菜を作ってくれる生産農家に感謝する。→鮮度にこだわる生産農家は、「野菜は鮮度やけ、運んでくれる人に感謝やね」とトラックドライバーに感謝する。→新しく開通した道を通るトラックドライバーは、「この道完成したんだ、助かるわぁ」と道路作業員に感謝する。
そして再び、開通した道路で作業員二人の会話にもどる。
つながっている篇

「なんか他人とは思えないですね」
「つながっているのかもな」

これはスゴい! たったの30秒で缶コーヒーの〝美味しさ〟をここまで表現できるとは、と驚嘆した。きっと多くの視聴者の心に深く響いていくに違いない。
たしか宮沢賢治の言葉に「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」とあったが、普段のたかがコーヒーの〝美味しさ〟にも通じるものがあるようなのだ?

ある日の研鑚会で、「本当にコーヒーを美味しく飲む秘訣は、例えば1日に三杯飲んでいたコーヒーを三人の人に飲んでもらった時のコーヒーの味、これは簡単な算数の問題です」と研鑽した。エッ!? 自分が飲まないのになぜ美味しいのだろうかと頭を悩ましたことが懐かしく思い出される。
人と人とが離れ、相反目している今の風潮の中で、くだんのCMでの「なんか他人とは思えないですね」と、うんと情が出て泣きたくなるような言葉が心に染み入るようだ。

そこにはよく考え抜かれた哲学が感じられる。するとやはり梅田悟司さんという制作スタッフの一人に『「言葉にできる」は武器になる。』という著書があった。

筆者は、相手に伝わり、胸に響く言葉を生み出したいとの強い思いから出発する。そこから言葉には、他人とコミュニケートするための〝外に向かう言葉〟と物事を考えたり、感じたりする時に無意識のうちに発している〝内なる言葉〟の二つの種類に気付く。〝外に向かう言葉〟を育てる〝内なる言葉〟の存在に気付いたのだ!
この〝内なる言葉〟の涵養こそ、相手の胸に響き、納得や共感を得られるようになるコツなのだと。そして今流行の「かわいい」や「ヤバい」で留めていると、いつしか自分の心の琴線を鈍らせてしまうことを危惧する。

要は〝たった一人のために言葉を生み出すこと〟にある!? まったく同感だ。自分の中のあなただけに通じればいい〝内なる言葉〟こそ誰の心にもあるあなたなのだから……。

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 「と」に立つ実践哲叢(34)

 『天才を育てた女房』

先回ベストセラー『君たちはどう生きるか』の中の「石段の思い出」を紹介しつつ、

“ああ、自分にも思い当たるなあ。しかもそんな想いを繰り返しめぐらせていると、いつしか自責の気持ちも消えて心の中がジーンと熱くなってくるのを感じる。実は心の奥底では自分の喜びは他の喜びとなっているのだ!”

と記した。そして、その次に〝自分の喜びは他の喜びとなる〟心境って、こんな感じなのかなあといつか皆で研鑽した〝傘の例〟が思い起こされた。こんな話である。

“雨の日、向こうから傘なしで濡れてくる人がいたら、ふっと「この傘を使ったらいいよ」と差し出したい気持ちが浮かぶだろう。でも普通はそんな一瞬の気持ちが浮かぶか否かに(でも自分の方が濡れて困るな)といった様々な理由など何か観念づけたもので打ち消してしまう場合が多い。”

それでもなお、実際に最初に浮かんだ気持ちで傘を差し出してみたらどうだろう。きっと相手も困っていた時だから、差し出されたものへの喜びもひとしお増すのが人の情けではないだろうか。傘を差し出す方も嬉しいし、受ける方も嬉しい。
そんな気持ちのある心からの行為から、一気に与えて喜び、受けて喜ぶ世界が現れる! そこに喜びの自分を〝発見〟するのだ!

その矢先たんなる偶然か、数学者・岡潔とその妻・みちの人生を元に再構成したテレビドラマ『天才を育てた女房』を見た。
天才を育てた女房

世間から無視され数学三昧の発見の喜びのみに生きる変わり者の岡潔(佐々木蔵之介)を、あなたには〝頭の中にあるものを形にする責任がある〟と支える妻・みち(天海祐希)の夫婦愛に感動した。何せどんなにか素晴らしい画期的な論文を書き上げても、学会の誰からも理解されない!? 妄想に過ぎないと仲間外れにされて大学の職にも就けない。
それが戦後、論文を渡米する湯川秀樹に託し、シカゴ大の数学者アンドレ・ヴェイユを経由してフランスにわたり、はじめて第一級の成果として世界に受け入れられる。 

岡潔は若い頃フランスに留学していた。そこではじめて日本には空気や水のように絶えずふんだんにあるものが、ここには無いことに気付く。日本にあってフランスには無いその何かとは、人と人との間に、人と自然との間によく通い合う心、〝情〟であった。
数学上の発見においても、そんな〝情〟を基調にした温かいものに包まれている中に、なぜか突然難問が解けてしまった!
岡潔

魚が水の中に住んでいるように、人は〝情〟の中で暮らしている。だとしたら、人間観念界の空気や水に相当する部分についても、その清浄化復元に心すべきではないのか。
晩年の岡潔は、〝日本の国という水槽の水の入れ替え〟を本気で提唱しつつ人類滅亡への警鐘を鳴らし続けた。
改めて私の心の中にあるヤマギシズムを想う。 

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 「と」に立つ実践哲叢(33)

 『君たちはどう生きるか』
君たちはどう生きるか

昨年来新聞広告『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著)を目にするたびに、戦前に書かれた題名からして倫理道徳の教科書を彷彿させるものが、なぜ今多くの人々に共感をもって読まれているのか不思議に思われた。
そんな折人から「面白いよ、〝粉ミルク〟の話なんて、まるで特講でやる〝一体〟のテーマそのものだよ」と勧められてようやく、少年「コペル君」と彼を亡き父親の代わりに見守る叔父さんとの心温まる物語を自分も読んでみた。

驚嘆した。青少年向けの啓蒙めいたものと見なしていた自分のキメつけが外れた爽快感があった。この間自分らが必死に追い求めているテーマがここで展開されている!

例えば先の〝粉ミルク〟の話。赤ん坊の時粉ミルクを飲んで育ったことを思い出したコペル君は、ミルク缶に画いてある地図からオーストラリアの牛を自分のお母さんに重ねて、そこから順々に自分の口に入るまで一つ一つ辿っていくと、たくさんの人が自分に繋がっている事実を寝床の中で発見して昂奮する。そう考えてみるとすべてそうで、先生の洋服も靴もやはり同じで大勢の人と網のように繋がっていることを実感するのだ。
ところがそこでコペル君は一つの疑問にぶつかる。大勢の人の中で、自分の知っている人は粉ミルクを売ってくれた薬屋の主人だけだ。後はみんな、見ず知らずの人ばかりでどんな顔しているんだか見当もつかない。コペル君はそのことが実に〝へんだ〟と思う。

そんな疑問を叔父さんに打ち明けると、どこまでも赤の他人だとしたら、その繋がりはまだ本当に人間らしい関係になっていないからだ。そして本当に人間らしい関係とは、人間同士が喜び、喜ばし合う世界ではないのかと叔父さんはコペル君に同意を求める。

またコペル君には何人かの指切りまでして約束し合う心を許せる友人がいる。
ところがある〝雪の日の出来事〟で自分の弱さに打ちのめされる。親友たちが殴られているのを黙って見ているだけで駆け寄ることが出来なかった。そんな卑怯者の自分についての悔恨に責められる。一人ぼっちの暗い暗い世界に落ちこみ、とうとう熱を出して寝込んでしまう。

事情を察してかある日、お母さんが女学生時代の妙に深く心に残った〝石段の思い出〟の話をしてくれる。
石段の思い出

学校の帰りに重そうな風呂敷包みを下げたおばあさんが、お母さんより五、六段先の石段を登っていた。その大儀そうな様子を見かねて、代わりに荷物を持ってあげようと思いながら、とうとう果たさないでしまった。大変悪いことをしたような気がしたけど、それからは人の親切がしみじみと感じられるようになったのだという。

ああ、自分にも思い当たるなあ。
しかもそんな想いを繰り返しめぐらせていると、いつしか自責の気持ちも消えて心の中がジーンと熱くなってくるのを感じる。実は心の奥底では自分の喜びは他の喜びとなっているのだ!

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 「と」に立つ実践哲叢(32)

 老いることは幸せ?

今年が運転免許証の更新時にあたるため、先日近くの自動車学校で高齢者講習なるものを受けた。
自動車学校

受講前にどうも実車による指導があるらしいと聞いていたから、安全確認やS字クランク走行や車庫入れ等うまくやれるかなぁと急に心配になってきた。
しかし当日は〝案ずるより産むがやすし〟で、助手席の講師の指導宜しきを得て「慎重な安全運転ですね」と一言添えられて無事何ごともなく済んだ。
ホッとした。そしてまた普段だれもが当りまえにやっていることを、自分もまたその通り身体の一部のようにやれていることに何だか嬉しい気持も湧いてきた。だって当りまえにやっている〝かもしれない運転〟でなく自分流にキメつけがちな〝だろう運転〟だったら、即事故につながりかねない。
これって普段の〝研鑚生活〟にもあてはまらないだろうか。研鑽のできる研鑽態度が身につくヒントが得られないだろうか。
例えば先回次のように記した。

“先の日馬富士の問題でも、対立・反目・確執・暴力等あり得ないのが本当なのに、「それは絵空事にすぎない。現にあるではないか」と〝混線〟しているところに間違いをみる”

いったい何と何とを〝混線〟しているのだろう。今まで食べたことのない新しいものだったら、先に味わった味を〝混入〟しないで素直に味わってみることに限る。考えられない頭で、二つの課題を同時に考えてしまう考え方に無理があるようなのだ。
今業として営んでいる農業でも、世間では「きつい・汚い・臭い・かっこ悪い・稼げない・結婚できない」の6K産業だと暗いイメージでずっと語られてきた。しかしやり方しだいでは、自分ら素人百姓でも高い経済性をあげているし、空気や水や草や塵芥が卵や肉や牛乳に変わる自然の根本妙手に感動しつつ老若男女みんなしてやる楽しい作業を満喫している実態がある。そこから本来の農業を見てとれないだろうか。
超・少子高齢社会が進展するなかで、先の安全運転もさることながら、経験や知識や身体的にくるもの等成人する程固くなっていく老化現象を防ぎ、時代の先端を行く若さを回復する機会が切実に求められている。

以前〝老いることは幸せ〟という言葉に出会って、ウソー!年を重ねて耄碌することのどこが幸せ? とビックリしたことがある。しかも現実、身近な周囲からも老いの嘆き節を日々聞かされると、自分がその境地に居らないとつい同調してしまいがちだ。
そう、ここでも本来の姿と常識・固定観念とを〝混線〟している。本来の姿と常識・固定観念の区別が解らないからなのだろう。常識・固定観念を本当の姿なりと感違いしているからではないだろうか。

じつは〝老いることは幸せ〟の出発点に立つことが容易ではないのだ。出発点は描くだけでなく、当りまえと為す〝実践〟だからだ。

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「と」に立つ実践哲叢(31)

 〝結びつける力〟の涵養

そもそもこの連載コラムの始まりは、ヤマギシ会が発足した翌1954年に山岸巳代蔵が某誌に寄稿した文章のタイトル「稲と鶏」の「と」の意味するものを探るところにあった。
そこには稲作は稲作として養鶏は養鶏として従来個々別々にあったのを、稲作があって養鶏が成り立ち養鶏があって稲作農業が成り立つよう〝一つ〟に結びつけた画期的な農業養鶏の誕生が記されてある。

それまで繋がりのなかったものを結びつけることによって打開されていく実践だった。それは「稲と鶏」の、稲の立場や鶏の立場を通さずに、両方の立場を離れた、いわば「と」からの観方であるとも言える。
そんな見晴るかす場所に立つことで見出される双方が溶け合う〝結びつける力〟を、もっと自分らの暮らしの中で涵養(かんよう)していきたい念いから出発したのだった。

例えばこの間マスコミが連日報じる角界を揺るがす横綱日馬富士の暴行問題も、当事者が一堂に会しての〝研鑽があったら〟とっくに解決済みの一件にすぎないのでは?
貴乃花VS白鳳

加害者と被害者の相矛盾、貴乃花と白鵬の確執、モンゴル横綱と相撲道のねじれ等などに加えて、協会関係者からの横槍から警察当局へと問題はますます複雑化されていく。
暴行問題一つとっても、なぜもっと楽な方法で仲良く溶け合っていけなかったものか。
今の社会の法律ではどうしても物理的暴力だけがクローズアップされて、なぜそこまでの行為に至ってしまうかの真意・遠因等が消されてしまいがちだ。その原因を取り除いたらよいだけのことなのに……。

よく「千貫匁(3750㎏)の石を動かせ」と言われた時に、僕はいったいどうしたらいいんだろうかという例題が思い浮かぶ。
普通は「そんなもの動かせるかい」と言って拒むか、動かす気になってすぐ石に飛びついてしまいやすい。
幸い自分らは、ふだん〝研鑽態度〟の研鑽の必要性に迫られる暮らし方をしている。
「そんなこと出来るか」と一方的にキメつけるのでなく、「どうしたらそんなこと出来るのか聴いてみよう」と相手の身になって何を言わんとするかの研鑽態度がなかったら話が一歩も進まないのだ。
すると「そんなに言うなら、どうしたらよいのや」、「石にもこそばゆいところあるし、下の方掘ってみるか」、「そうか、こうするのか」となって研鑽が進み出す。
やる気になって研鑽したら活発に意見が次々と出てくるところが面白い。
研鑽態度こそ凡てが納得解決されていく鍵なのだ!

日常的に「本当はどうか」という研鑽態度でやってみようとすることを、「と」に立つ実践とも言うのだろう。
先の日馬富士の問題でも、対立・反目・確執・暴力等あり得ないのが本当なのに、「それは絵空事にすぎない。現にあるではないか」と〝混線〟しているところに間違いをみる。

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 「と」に立つ実践哲叢(30)

みんなの心を受けて 

先頃二週間の研鑽学校Ⅲに参加された高橋タカ(80歳)さんの言動に、自分ら参加者は圧倒される思いだった。何人もの人が「自分もタカさんのような心境になってみたい」とも発言されていた。
まず参加の動機からして劇的だ。日頃旦那さんの介護をしていくうちに、研鑽学校に行きたい気持ちが湧いてきてそのまま素直に出してみた。でもいざ行くとなると、ご飯の世話、風呂入れ、泊まり役、デイサービスに行く準備、訪問リハビリの付き添い、と次から次に引き継ぐことが出てきて、途中で「やはり無理かもしれない」とあきらめかけた。
すると世話係の人から、「こういうことはこれからの実顕地のやりどころだよ。タカさん一人のことじゃないよ」と言ってくれて、その心が入ってきて、そこから行ってみようと気持ちがどんどん前向きに変わってきた。それからはいろんな人が部屋に「具体的にどうしたら良いか」と訪ねてきて〝美里「チーム高橋」〟が結成されたのだという。

無理だったら仕方ないなと止めることは簡単にできる中で、「一人のことじゃないよ」と声をかけ一緒に考えていく人が居る! その心を受けて、やってみようとする私が居る! しかもそんな仲良い姿を現す場が有る! これって凄いことではないのか?

日々の何気なく通りすぎ、どちらにでもなり得る状態の時にこそ、その都度どちらの方向に向かうかの分岐点に立たされている事態に気づかされる。日頃自分らは何に価値を置いて過ごしているのだろうかと。
そんなみんなの心を受けてのタカさんだからか、出されるテーマを体中で受けとめ、そこから湧き上がる〝うれしいばっかり〟での軽妙なやりとりが印象的だった。

後半アンデルセン童話『みにくいあひるの子』を研鑽した。タカさんの感想だ。
みにくいあひるの子

「あのみにくいあひるの子のずーっといじめられてきたにも関わらず、最後にはもうどんなにいじめられても本当に自分の心が素直に出せて、あの二羽の白鳥の所に行きたい、その心が通じたように二羽の白鳥が自分に寄って来てくれた。
その時その二羽に首を下げたその瞬間、下の氷に映った自分の姿が白鳥に映った。
まわりの子どもの声が聞こえる。『いちばんきれいな白鳥がいる』 うれしかった……パッと声を上げて飛び立った。
いまだにその姿が私の頭に残っている。私の心もうれしくて両手を上げて声になった」
そして旦那さんに対しても
「美里実顕地の一人ひとりの顔が浮かんでくる。父さんの顔も……淡々とみんなの心を受けて動いてくれたんだなー」と、体中でヤマギシの心を感じた気がすると語っていた。

みんなの心が自分の中に入ってくると、全てのことが自分のこととして観えてくる。すると自分の心からの行いがみんなの心に響いていく。ああなるほどこうして実顕地がつくられ人が育っていくのかとうなずけた。

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「と」に立つ実践哲叢(29)

 〝共に〟を地で行く

先回「では〝虚構〟に代わる〝信じない〟でやる生き方は可能だろうか? 時の最先端〝金の要らない仲良い楽しい〟の真価が問われる」と記した。
でもいったい〝信じない〟でやる生き方ってどんなこと何だろう? ただ口先だけの言葉ではなかろうかとだんだん心許なく感じてくる。きっとその先の描きが足りないからだ。
かつてない現実を創るビジョンが切に求められている。それには〝信じない〟でやる我執のない自分を発見して、〝金の要らない仲良い楽しい〟をそのまま現していくことだ。そんな内実が問われているのだと。 

確か1970年代の始め頃、本紙『けんさん』の発行費用の一部は、種鶏場で生産された種卵をヒヨコに孵化する各地の会員でもある孵卵場からの広告収入に負っていた。
その中の「トモニヒヨコ」という種鶏場さんの名前が今も強く印象に残っている。というのもずっと後で、あっ、トモニって山岸会の会旨「われ、ひとと共に繁栄せん」の〝共に〟のことだったんだ!と今頃気づくうかつな自分にあきれ果てたことがあるからだ。
と同時に、自分の中に〝共に〟がストンと肚に落ちたような爽快感もあった。なぜか嬉しくて嬉しくて仕方なかった。

日頃大勢で暮らす暮らしの中で、つい気の合う人、苦手な人といった人間関係面で気持が揺らぎがちだ。でも今日までやれてきた秘訣は何だろうかと想いを馳せると、個々人の取り組みもさることながら、「それは共にやってきたから」としか応えようがない感慨に打たれずにはいられない。
そうなのだ。山岸会の会旨「われ、ひとと共に繁栄せん」の主体は、われにも、ひとにもなく、〝共に〟にあるのだ!? 

オーケストラの例えが分かりやすい。
オーケストラ

下手な指揮棒にも合わし、合奏しながら、全体を向上させていく上手な楽士が本当の楽士だ。めいめい思い思いだったら、その楽団はどうだろう? また一人の異端者が、ブカブカドンドンやってもどうだろう? またその曲調に最も堪能な人であっても、他の未熟な連中には付いていけないと独奏・独走したなればどうなるだろうか? 

主体は〝共に〟にある。〝共に〟の心にある! 一人ひとりの〝共に〟の自己が合わされてこの上ない感動を生み出すオーケストラの合奏が実現する。
この〝合わす〟という能動的な自己って、ひょっとしたら先の「〝信じない〟でやる我執のない自分」のことではないだろうか。
大発見だった。我執まみれの自分が、〝我執のない自分〟に出会えるなんてもうビックリ。それまでのばらばらに抽象的に散らかっていた言葉の概念が一つに繋がって生き生きとイメージされてくるのだった。

最近とみに盛んな実顕地間交流も、農繁期の労務調正を兼ねつつ〝至る処家在り、食有り、友、吾が子あり〟の世界を実現している。〝共に〟を地で行く楽しさを味わいつつ。

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 「と」に立つ実践哲叢(28)

実顕地は虚構の存在か

先月の「みんなが気になる実顕地運営(8)」(8月1日付〝むら―net.参照)のテーマの一つに、
○産業をするための実顕地からの脱却
 農事組合法人は対外的な方便

とあり、テーマ解説〝農事組合法人等は実顕地の暮らしの中では、虚構の存在で、「ない」といっても良いものです〟との一文を多分受けて、次のような投稿がコメント欄に寄せられていた。
「農事組合法人は虚構の存在。同様にヤマギシズム実顕地も虚構の存在」
なるほど実顕地も無形のものという面ではそういえるかも。

〝虚構〟で思い出すのはその昔農事組合法人の仕事に就いた時、法人に〝法人格〟という資格があることが不思議でならなかった。確かに人間が生み出した制度ではあるが、あたかもヒトとしての法人がいないと契約を結んだり、登記を行ったりすることが出来ないという事実に、戸惑ったのだ。

そもそも虚構とは事実ではないことを事実らしく作り上げることだとされるが、世界的ベストセラー『サピエンス全史』の著者、イスラエル人歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、「虚構を信じる力」こそ人類ホモ・サピエンスの力を飛躍的に増大させた源泉だと指摘していて実に興味深い。
ユヴァル・ノア・ハラリ

それが約7万年前に人類の脳内で発生した〝認知革命〟だ。この結果人類は神話など虚構の事物を想像し、仲間に語ることが出来るようになり、かつ共通の神話を信じることで初めて大勢の赤の他人と柔軟に協力することが可能になったという。
宗教、国家、法律、法人企業、貨幣など現代文明を動かすこれらの概念も、すべて実体としては存在しない虚構の作り物だが、みなが信じることで複雑で高度な社会を営むことができるようになったのだと。
想像上の現実は嘘とは違う。誰もがその存在を信じているもので、その共有信念が存続する限り、主観的でも客観的でもないその想像上の現実は社会の中で力を振るい続ける。中でも貨幣こそすべての人と人との間を繋ぐ虚構なのだという。
あのめいめい自分の信じる神様が本当だと主張し突っ張り合う宗教徒達でさえも、喜んで同一の貨幣を使う。筆者はいう。

「なぜなら、宗教は特定のものを信じるように求めるが、貨幣は他の人々が特定のものを信じていることを信じるように求めるからだ」

実に痛快極まる洞察だ。貨幣のおかげで、見ず知らずで信頼し合っていない人どうしでも、効果的に協力できるのだと。そこまで何重にも固く信じ持つ、放そうとしない虚構の極みを貨幣に見てとるのだ!
そして筆者は今日までのすべて虚構に属するサピエンス〝文明は人間を幸福にしたのか〟と、幸せの定義を終わりに問いかける。

では〝虚構〟に代わる〝信じない〟でやる生き方は可能だろうか? 時の最先端〝金の要らない仲良い楽しい〟の真価が問われる。 

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「と」に立つ実践哲叢(27)

〝村のお母さん〟の力

「今度お母さん研をやるんだけど、何か資料ないですか」と尋ねられて、「こんなのどうかなぁ。検討してみてくださいね」と山岸巳代蔵さんの発言集からの抜粋を差し出したら、しばらくして「あの資料でやりますから、ついでにゲストで出席してください」と言い渡される。
えーっ、子育て真っ最中の若いお母さんたちの中に一点の男性!? まいったなあ…と感じつつも、どんなふうに受け取られるのかと興味津々たる気持の方が勝ってしまう。

そんな日々のやることで一杯のお母さんたちと共に資料研鑽を始めて何回目かになる。
四年ぐらい前の夏、北海道・別海実顕地に全国から一堂に会した三泊四日のお母さん研も思い出深い。その時始めて、日頃は各地に散らばっているお母さんたちが研鑚会という場に一堂に会することから生まれ出る、いわば〝群像としてのお母さん〟を垣間見た思いがして、俄然実顕地の将来像が開けてきたことがあった。 

今回も資料研鑽を通して、道に迷ってうろうろしている人を見たり、ひもじい思いをしている人を見かけたら、見て見ぬ振りできなく放っておかない気持が自ずと湧いてくる。この気持っていったい何なんだろう? 日頃の喜怒哀楽の感情と同じものなんだろうか?……と問いかけてみた。

ちょっと理屈っぽく何のことだか訳の分からないところもあるかもなぁとは案じつつ、研鑚会はしばしの沈黙の中からお母さんたちの実顕地での暮らしで何となく身に付けているところからの発言が切れ切れながらも続いていく。なるほどなー。
そんな別段答えを見いだす訳でもない研鑚会から立ち現れる〝村のお母さん〟はじつに頼もしいのだ。願わくば、こうした研鑽機会が〝本当の食べ物〟になることを……。

ふと鶴見俊輔さんの小杉放庵画「天のうずめの命」を表紙カバーにした著書『アメノウズメ伝』を思った。
小杉放庵 『天のうずめの命』

神話『古事記』等に描かれた、アマテラスオオミカミが洞穴の中に籠もってしまい太陽が沈んで暗くなった時、アメノウズメの胸あらわの踊りでアマテラスを誘い出し、再び世界をあたたかく明るく照らし始めた話だ。
鶴見さんはそこに、対立的・権威的に陥りやすい世界を和らげ、溶かし包み込む神話からのびてくる女性、性、裸、踊り、笑い……に秘められた力を見てとるのだ。

なかでも「日本がハダカになった日」の章では、1945年終戦時、この日が来るまでに別の道はないかと、ニワトリの育て方から最小限の言葉をみつける研鑽方式を編みだし、農業共同体を発足させた山岸巳代蔵に触れ、

「この人たちの思索のあとは、戦後の一流行に終らず、肉体をもつ言葉を求める運動として高度成長下の経済大国の内部に根をおろしている」

とアメノウズメの振舞いに重ねる。
あらためて〝肉体をもつ言葉〟とか理想を描き実現させる力について思いをはせる。

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 「と」に立つ実践哲叢(26)

仲良い楽しい大家族

今日は伊勢志摩の磯部農場へジャガイモ収穫に行ってきた。トラクターで畝に掘り起こされたジャガイモを大まかに大小二種類に分けてコンテナに入れていくごく簡単な作業。しかし中腰になってより分けているとすぐに腰が痛くなってくるし、さりとて腰を下ろして膝をつくと今度は立ち上がるのが億劫。そんなこんなで汗が噴き出してくる。
向こうの畝では幼年さん達がカラフルな砂遊び用のバケツ(?)にジャガイモを入れていたり、久しぶりに再会した者同士で写真を撮ったりしている。

こうした老若男女入り混じっての光景に、ふと先月の本紙「広場」欄にあった河合さをりさんの〝御浜の甘夏収穫に行ってきました〟の一文が重なった。そっくりそのまま再現されているさまにビックリ。
四月の下旬「地域の会員さんも一緒にどうですか」と声かけてもらって参加した大満足の南紀御浜での甘夏収穫体験記だ。

「手の届くところを採る人、とった甘夏をまずは食べ始める人、力のない人は二人でコンテナ運びを楽しんでます。木に登る人、そのうち私も、上から落としてもらった甘夏を受け取るのが面白くなり、いろんな人と組んでみると個性豊か!」

今日のジャガイモ収穫でも、韓国実顕地から研鑽学校に参加されている趙貞姫さん(80歳)がニコニコした表情で次のような感想をもらされていた。

「幼年さんから自分のようなお婆ちゃんまでまるで大家族のようでした!」

大家族? そんなのどこかの組織体の企画行事にすぎず嘘っぽいヨ、といった冷めた観方や考え方もある。そうだろうか。
 というのも最近事あるごとに
「人は、人と人によって生れ、人と人との繋がりによらねば、自己を次代に継ぎ、永遠に生きることは絶対に不可能で、……」(『実践の書』)という一節に思いを巡らしていると、資金があり、ジャガイモ畑があり、作る人が大勢居ても、それだけでは実現しないことがあるのではと気づかされるからだ。
そうしたことが普通に和気藹々のうちにやれているのは、そこの場所や人達そのものでなく、人の心の中にある「と」において繋がっているものに後押しされてのことではなかろうか、と。

例えていうなら、身体の病傷の時、意識あるなしに関わらず全身心が動員してそれを取り除き正常の方向へと合わせていこうとする力が働いているようなものだろうか。
しかも〝人と人によって生れ〟から親が子を愛する親愛の情が溢れ、〝人と人との繋がり〟によることで、人は自分以外の他の人と出会うことで、幾千里離れていても夫であり妻であり、兄弟・親子の間柄にある〝家族〟に象徴される繋がりを明示しているようだ。
そうした何だか身内ゆえのほのぼのとした温かいものが紐帯となることで、〝大家族〟もあながち嘘にはならないであろう。

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