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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

21 律動(リズム)の「こころ」

「仲良くということは、人と人だけでなしに、自分の心身の中にも夫々が仲良う、仲良い状態が本当で、また人間以外の他のものとも、仲良う調和のとれた繋がりが大切だ。それには心が原因であったり社会環境や物の物象やね。それが原因する場合もあるから、どちらを軽しとは出来ないが物象、環境等は最低線の上に立った上での心の如何を熟慮、考察する時、心の状態を最も重要視することである。

その精神の根本的なものは、やはり本当の社会を打ち出す――その精神と一緒なんです。
自分独り立ちが出来ないという、自然、それから全部の人間との、繋がりなんです。それの理解のいった、分かった人の精神でやれば、必ず成功するんです」(山岸巳代蔵)

映画「おくりびと」に、主人公らが橋の上から二匹の必死に川を遡る鮭を見つめているシーンがあった。そこにまた新たに一匹、上流から命を使い果たした鮭が流れてくる。そこで次のような会話が交わされる。

「何か切ないですね死ぬために遡(さかのぼ)るなんて、どうせ死ぬなら、何もあんなに苦労しなくても」
「戻りたいんでしょう、生まれ故郷に……」

永永とくり返される鮭の母川回帰も、生物の吸収生長の期と後の世への生命の繁栄を劃然と区分する象徴的な交替の律動(リズム)現象の一つだ。
そんな鮭と自然との「仲良う調和のとれた繋がり」に思わず心を奪われる。
そんな姿に私たちは、なぜか名状し難い興奮を覚えるのだ。体の奥からなにか暖かいものがこみ上げてくるようにさえ感じられる。

互いに相手なくしては生きてゆけないという陰陽の一つ「男、女、花、太陽(極同士の接触)(愛の表現、極致)」(山岸巳代蔵)に分かれてあるように、不調和を調和さす働きによって保ち合っているのだろう。それ故さきの「引いては満ち」る波の動きや音にも惹きつけられるのだろうか。

「あなたまかせの生活史です。今日はうどんの煮汁か米とぎ水か、魚の臓物の饗宴にありつけるかと、あわれうたかたに望みをつなぐ生涯でしょう。しかし、また案外数少ないであろう彼等にも、配偶者に会う仕組みは、うまく与えられてあるのか、種の絶滅もなきまま、こうして産み付けられた吾が身」(山岸巳代蔵)

に重ね見てしまうのだ。
「何や知らん生きてるの、それ本当や」(山岸巳代蔵)

そんな不断の律動(リズム)を生きる自分がいる! 
「成るべくして成る」事実その中で生きていくそんな自分から、崇高なる気持ちの必然が生まれてくるようなのだ。

律動(リズム)とは、さきの自分=自己+自個(繋がりそのものの自己)=二つの心として現れる自個から自然全人に繋がる「こころ」でもあるのだろうか。

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