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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

34 曖昧にしてきた「と」のテーマ

「人は、人と人によって生れ、人と人との繋がりによらねば、自己を次代に継ぎ、永遠に生きることは絶対に不可能で、その関連を知るなれば、自己一人限りとの考えは間違いなる事が解り、お互いの間に愛情の含まれるこそ、真理に相違なく、今の社会的欠陥の最大なる原因は、国と国・官と民・業者と業者・団体と団体・人と人とが離れ、相反目している事にあり、……」(山岸巳代蔵)

たびたび述べてきたように、この一節を自己としてどのように読み解くか? それが何やる場合にも大きな分かれ目になるところだ。

二十歳前後だったろうか、当時愛読していた作家・島尾敏雄が学生時代にものした初期作品などに自分の似姿を見つけては嬉しがっていた記憶が今も甦ってくる。例えば次のようなくだりだ。

夕飯前の黄昏の原っぱで日頃思慕を寄せている少女が縄飛びに興じている。ふと少女は櫛を落とす。それを告げた少年は櫛を遊びが終るまで持っている光栄に預るのだけれど、よごれた手で綺麗な少女の櫛を持ちつづけるのは彼女を冒涜しているみたいで自分が卑屈にみえてしようがない。そこで戻ってくるまで遊びが続いていることを願いながら、一目散に手洗い場へ駆けこむ。が、少年が見たのは少女等が帰り仕度にかかっている光景ではないか。

「何してたの、貫ちゃん、嫌よ人の物を持つて何拠かへ行つちや」
 貫太郎は黙つていた。万年房枝の前では何も言へやしない。
「御免なさいね、万年さん」
自分でも情ないような声を出した。
夕飯もまづかつた。もう万年房枝には可愛がつてもらへる事はなかろう。(「原つぱ」)

こうした少年の意識に棲みついた関係の齟齬(そご)・曲解・思い違い・食い違いからくる「夕飯もまづかつた」心的な体験について、ずっと考えつづけてきた。自分の人生を貫く最大のモチーフであるかのように、ほんとうの他者との関わり合いを探し求めてきた。そして後年、ようやく納得できる理解に達した。それは、「人と人によって生れ」の延長線上に「人と人との繋がり」の世界はないのだ、と。そこを無自覚にただたんに同心円のように拡大していくところに、関係の齟齬から生じる葛藤・矛盾に思い悩みひいては自己欺瞞に晒されるのだ、と。

まさに「人と人によって生れ」と「人と人との繋がり」での、「と」のテーマに当面していたのだ!

そこで今まで採られてきた対応策は、長いものには巻かれろ式に一般社会通念を基盤とする「人と人との繋がり」に「人と人によって生れ」の「人は」(自分)をそのまま合わせることだった。しかしそれでは、「今の社会的欠陥の最大なる原因」を除去する方向には絶対向かえない。

ここに「人と人によって生れ」と「人と人との繋がり」との安易な妥協や和合でなく、「相反目する」関係を一体に結びつけた形態に改組するという「実践」が求められるゆえんがある。つまり、こうした文脈においてはじめて「と」に立つという「実践」概念が立ちあらわれてくるのだった。

「人と人によって生れ」と「人と人との繋がり」とは、全く次元の異なる世界として存在している! あの夏の「ヤマギシズム研鑚学校」でのこうした気づきに、自分は青ざめるほどの衝撃を受けた。しかもそこから「人と人によって生れ」と「人と人との繋がり」の双方が見渡せる、そんな「と」という場所に立つ自己が映し出されてくるのだった!

今までこの「と」という、超隙間のテーマを曖昧にしてきた、見過ごしてきた。こうした二つの世界をいったん明確に分けて、次に一つのものに創り上げていくという「研鑚力」を私たちのものにする実践とは……。

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