自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

イズム実顕地づくり考(18)

こうした「放してこそ豊か」の実践力に於いてこそ、人間が真に生きられる「場所」の実在が指し示されるのである。

それはこれまで見てきたように―
○知恵も、考えも、能力も、体力も、すべての物も、一切私しない「広場」に開放して活かし合っていく場所像だ。
○酒瓶を「広場」の中央に置いて、みんなが喜んで飲む人で飲んで喜べるようにやってみようというのだ。
○自分自分や自分らのグループの「囲い」を開いて世界中を豊満にし、お互いに持たないで自由に使い合う仕組みだ。
○全国的に柿が豊作なれば、誰も隣の柿に目を付けない。播いた種が稔って、開いた口中へ落ちる、〝自己より発し、自己に返る〟仕組みで設計される場所像である。

なんども思い巡らし、想いをはせて明瞭なイメージがつくりあげられていく。あたかも芝居の登場人物を、客席から観る態度で眺め楽しみながら、「放してこそ豊か」なる理念に即応する方向での立証まで成し遂げるのだ。先に述べた
「ならない先のもの」の場所とは、こうした適材適所という仕組みで成り立っているにちがいない。そこはまたすべてを委任する委し委される仲というか保ち合いで成り立っているかのようだ。そうであるからこそ、「範囲」とか「限界」とか「調正」という理念概念が真に生きる場所である。(イズム実顕地づくり考9)

イズム生活調正機関の設定がそれである。
参集者一人一人の生活のすべてを、生活調正機関なる任意の組織を構成してそこへ、身も物財も命も全委任する仕組みなのだ。
「参画」という概念に命が吹きこまれた瞬間だった。

「ヤマギシズム生活希望者のすべてをこのイズムの生活に活かして用い合うために、それの調整・按配をする。出産・育児・学習・技能体得・適業配置・結婚・栄養・厚生等の生活のすべてを私意尊重─公意行のあり方で調整し、みんなと共にある安定した、合理的な、健康な生き方を個々に全人が得られ、本当の生活が出来る仕組みへの調整をする。
即ち私の考えを含むすべてを調正機関の私意尊重─公意行の調整に委し、みんなと共に、ゆりかごの前から墓場の後まで、死後の子孫まで安心して、仲よく、楽しく暮らしていく仕組みである。
そこでいったんその機関に総てを委ねた以上は、食べること、着ること、寝ることも、職業・慰安・結婚・育児等衣食住、生活いっさい、自分一人で心配しなくとも、病気になっても、老いて働けなくなっても、安楽に一生を幸福に生活できるし、死後の憂いや気づかいもない、こんなものを一体生活と呼んではどうだろうか。
有価証券や不動産などの物財は、現行法規の下では処分行使を調正機関に委しきり、何ら返還を要求しない。全部委せきった人は生活のすべては調正機関により、みんなと共に、みんなの知惠・財物・力によって永久に保護される。
初歩的なものであるが、だんだん整備されつつあり、機構も、運営方法も、すべてが研鑽方式で行われ、思い思いに適材適所で持ち場を持ち、生涯快適幸福な人生を送り、死後の子孫もますます繁栄していく仕組み」

であるとされる。
「イズム生活調正機関」に「参画」することによって顕れた「実顕地」という舞台で、芝居の一登場人物として一生かけての永い芝居を踊り続けるのだ。
そこはまた先(イズム実顕地づくり考9)でのネズミも活かされる場所のことでもある。

スポンサーサイト

PageTop

イズム実顕地づくり考(17)

「目に見える世界は、全部目に見えない世界の現れ」という。本当か?

「×月×日
私の田んぼの広さに驚いた。私はまいた覚えのないのに、行く所、いたる所に、麦、菜種が色づき、うれている。頼んだ覚えもないのに、見も知らぬ一体の家族たちが、麦の収穫を始めていた。私は突然麦刈りがしたくなった。畔端にあった鎌を手にして黙って刈り始めた。叱られるかな、と思っていたところ、〝すみませんね〟とニコニコしている。『昼食を食べよ!』と強要される。『助かりました』、『ありがとう、ありがとう』と、また夕飯を強要され、風呂と座敷と、柔かい夜具と、寝泊りまで強要される始末。世謂、わが家にいたとき、たれからもお礼を聞いたためしがない。時々ブツブツ言われた覚えはあるが──」(『私の旅日記』1957.7)

私は田んぼの広さに驚いたのではなく、私「の」田んぼの広さに驚いたのだ?
自分の考えを「放す」だけで、とたんに自分の中に本来ある豊満な広い世界が現実に映るのだ!

ある日の研鑚会では次のようなテーマを研鑽したことがある。
○共同と一体
○「そうならなかったら」との条件つきと、「今そのままでも良し」のものと。
○囲いがあるか、ないか。
○有限と無限。

物質偏重の観念に立つ人と人、人と自然が個々別々に離れた今の対立社会の〈共同〉の害毒にどっぷりつかりながら、〈一体〉について研鑽するとはどういうことなんだろう? 頭での理解でなく、自分の心でわかるとはどんなことなんだろう? 

「今そのままでも良し」なのに、なぜ世界急進Z革命なんだろう? いったい何が良しなのか? 現状そのまま、その場で理想社会に融合できるのは、なぜなのか?

そうか、それで従来の「欠乏・欠如・否定」の自覚から「そうならなかったら」との条件つきの革命運動がことごとく失敗に帰するゆえんがそこにあったのだ!? 「欠乏・欠如・否定」が問題になるのは、個々の「囲い」の中に於いてのみなのだ! 

曰く「腹が空いたから食べる」「疲れたから休む」「汚れたから洗う」「足りないから増やす」「狭いから広くする」「遅れたから急ぐ」「壊れたから直す」「痛めたから治療する」「病んだから癒やす」「下手だから上手に」「暑いから涼しく」「寒いから暖かく」「悪いから良くする」等々。

たしかに「狭くて不便だなあ」といった考えなんて百%主観的だなあと省みて思う。ふだんはほとんど皆御都合主義でわれよからんことが基本になっての、心のこもらない反射的観念ですごしていることに気づかされる。

そこで自然や人間間の調和の中にこそ、人間もまた良く生きられる理があるとするならば、そうした実態の中に生きる自分らはどうしたらよいのだろうか。
例えば「腹が空いたから食べる」というが、「腹空いた」と「食べたい」は本来別の世界の出来事ではないのか? そこのへだたりを無理やり「ねばならない」と混同・短絡・突っ張るところに不幸や間違いや紛争が生じる根本原因が見てとれるのだ。

ことわざに「武士は食わねど高楊枝」という。なるほど常識観念からはやせ我慢のように映るのだろうが、「放して」食べるという実践的な研鑽態度から眺めると、突然に豊かな世界が開けてくるのだから面白い。

PageTop

イズム実顕地づくり考(16)

そうした「放してこそ豊か」への最初の一歩をどのように踏み出すのか?
出発点はまさに「実践」であるのだ!

今書店に並ぶ、『資本主義の終焉と歴史の危機 』 水野和夫・『里山資本主義  日本経済は「安心の原理」で動く』藻谷浩介・『人類が永遠に続くのではないとしたら』加藤典洋・『成長の限界 人類の選択』 デニス・メドウズ・『ツナミの小形而上学』ジャン‐ピエール・デュピュイ等々の書に多くの読者の関心が集まっている。

なかでも3.11の東日本大震災を受け日本語版への序文を付した『ツナミの小形而上学』に引用されている一つの寓話が興味ぶかい。
要約してみる。

ノアは、やがてやってくるかもしれない破局について警告しているが、誰もまじめにとりあってくれないので、もう疲れ切っていた。
ある日彼は、古い粗衣を纏い、頭から灰をかぶった。これは愛する子どもや妻・夫を亡くし、哀悼する者だけ許される行為であった。
人々は、好奇心から口々に質問を始めた。
「誰が亡くなったのですか?」
ノアは、彼らに答えた。
「亡くなったのはほかならぬあなたたちだ」と。
ならば、その破局はいつ起きたのですか、と人が尋ねると、
「明日だ」とノアは答えた。
つまりこれから起こる破局を、すでに起こったものとして表象したのである。すると人々は狼狽して、ようやくノアの警告に聞きいった。
そしてノアは、こう言った。
「私があなた方の前に来たのは、明日の死者を今日のうちに悼むためである」と。

あの柳田国男の三十年先の隣村の火事を発見するために、今から杉の木を栽える挿話(イズム実顕地づくり考10)をほうふつとさせる。

そしてそこから自分らもまた、
「これまでの環境、公害、資源、人口問題といった自然からの警告現象を『なった先で』で対処する考え方から、そうした現象を生みだす成長依存的な社会構造なり、有限の地球資源を食いつぶし合う個々別々の対立した考え方があぶり出されてきたのだ! 『なった先で』での技術革新や高度化や大規模化などの“対症療法”も、もはや『限界』を迎えているのだと」(イズム実顕地づくり考11)
考察して、
「ならない先のもの」
「有限性に向き合う」
「限りない資源の開発」
といった概念化をとおして、そこに「なぜか滲み出る人の情で実顕地という場所が潤ってくる」(イズム実顕地づくり考12)といった「心に感じる世界」を見いだしてきた。

しかしながら、こうした自分らの「心に感じる世界」をまず先に本当のあり方にもっていこうとする考えは、先の学者・専門家の優れた諸説には見当たらないものだ。
確かに自分らもこの間、これら学者・専門家の優れた諸説にたくさんの啓発を受けながら、現行の社会に代わる新しい仕組み・場所像を素描してきた。
けれども絵に描いた餅と本当の餅の異いはどこにあるか? 絵に描いた餅を如何に褒めようとも腹は太らないところにある。諸説は頭の中で描かれたものだが、場所づくりへの出発点は、描くだけではなく、まさに「実践」であり、その方向へ一歩踏み出してこそ次々と先へ開けていくものだからだ。

ここに他の諸説と決定的に別れる理由がみられる。次元の「転換」が、「割り切り」が切実に求められている。そのことを自己へと徹底するのだ。

「私どもは、こんな混濁・乱行の世の中で暮らすことは不得手で、陰惨なことは嫌いですから、見切りをつけまして、明るい、正しい、暖かい昼の世界を引き出す計画を樹て、実行に着手したのです」(知的革命私案)

自分らの舟を進めるための艪は、
「この世の中には見えない感じない世界があり、それがもとになって心に感じる世界があり、心に感じる世界がもとになって目に見える現象界がある」として、

まず心に感じる世界の解決を、それには心の底では絶対崩れ変わらないものを見いだして、そこから新しい目に見える場所が造成されるという「後先」を真面目にたどってみようと思う。

PageTop

イズム実顕地づくり考(15)

ここで再度確認しておきたいのは、有限性に目覚めるとは地球資源・環境・エネルギーなどの有限性に目覚めて抑制・対処していくことではなく、そうした自然からの警告をとおして、現象に現れる前の「ならない先のもの」の「無限性」に真に目覚めることにあった。

地球資源の有限性問題の根本原因は、万物万象は共生だとする一体観を知らない個々別々の対立した考え方なり、そういう考え方からくる「社会構造」であることはいうまでもないだろう。
それはまた心物豊満の恩恵に甘んじているだけにとどまらず、使っても使っても減っていかない自然の理に適応した「本当の豊かさ」がかくも豊かであることを実証する、従来の「社会構造」に代わる一歩踏み出す場所づくりについてであった。
それゆえもちろん限りある資源を大切にすると同時に、限りない資源の開発にもっと力を注いでいきたいのだ。

では、限りない資源の開発とは何なのか?
しかしこのテーマは、先に述べた「欠乏期を予想して貯えたり乏しいが故に奪わんとする個別観からくる人間の偏狭な惨めったらしい精神」からではぜったい見えてこない。
「世はまさに逆手なり」(『知的革命私案』)ともいう。先のバタイユの言を引けば―

「個的観点から出発すれば、問題は第一に資源不足によって提起される。もしも普遍的観点から出発するならば、問題は第一に資源過剰によって提起される」(『呪われた部分』)

あれは1989年5月3日の「ヤマギシズム散財まつり」だった。テーマは「放してこそ豊か」。そして「放してこそ豊か」と大書した高さ四メートル幅五〇メートル近い横断幕をやぐらにくくり付けて、その上から百俵分の餅まきをしてみたことがある。壮観だった! 

しかし当時は何がいったい「放してこそ豊か」なのかサッパリ見当がつかなかった。ただただ自分らの心に強く刻みつけたい一心からだった。もちろん「誰のものでもない」という理念は知っていたのだが……。

そうなのだ。たったの「放す」という知的実践ひとつから、働かなくても生産しなくても現状そのままその場で即座に実質豊かになる具現方式があったのである!? 
「誰のものでもない」というところから自分の考えを「放す」のだ。

これこそ限りない資源の一つ、というよりもっとその源泉の、人間ある限りなくならない、人間自体から湧き出てくる「自発力」というか万物万象は共生だとする一体観に繋がる「やる気」の現れではないだろうか。
それは誰の中にも無限大に潜在して、開発さえすればどんどん湧き出てくる「本当への願い」そのものではないだろうか。

PageTop

イズム実顕地づくり考(14)

そもそも何をもって実質「本当の豊かさ」といえるのだろうか?
理想は心物豊満の世界だ。「欲するものが欲しい時に欲しいだけ自由に労せずして得られる」状態の中で、豊かさの実感を味わい満足している鼓腹撃壌の様であるのだろう。

ところが空気や水のように、欲しいだけ何時でも得られる豊富な物量の中で暮らすことは豊かさの理想であるが、健康体の人が健康だと実感しないように、豊かさの実感が消えないような物質観や価値観や享受できない要因など観方・考え方の転換が一番先に問われてくる。例えば

◯大量にあるほど無駄使いしてしまう。空気、水、土地など所有しきれないものほど環境破壊が進む典型例。
◯実質物量の豊満な中にあり、豊かさを求めながら自らそれを受け入れない間違った欲望や観念に囚われている社会実態。
◯所有・囲い・持ち分・配分・遠慮・気兼ね・客分・金銭感覚・損得計算・比較感・蓄積欲・その他で必要以上に物を欲しがる観念習性。

ヤマギシ養鶏法では雛が生まれ出るなり、米山の上にあり、米のようなものは何時でも欲しいだけ食べられる、満足を与える。育雛の極意がここにあるという。物の観方が豊かに見える「富貴の相」か、いつも足りない乏しく見える貧乏性かの分かれ目はこの三日間で備わるという。

「自然はよく出来ておりまして、堅いのを与えるとそれに対して、また養分の少ないものを与えると、量を多く摂って栄養の均衡を図り、丈夫な、容量の大きな消化器となります」(『山岸会養鶏法』)

足下の「自然」に本当の豊かさがあった!
先に有限であることを正視することは、「物の必要限界に目覚める」ことであるとした。鶏の雛は、何時でも食べられるとあれば消化能力のある量より食べない。そこから自ずと「富貴の相」が現れるという。

だとしたら「自然」の子である人が「物の必要限界に目覚める」とは、どういうことを指すのだろうか?

それは、「必要限界」が真に生きる場所づくりを前提としているはずだ。必要以外に物を欲しがらない世界の実現についてである。
いやここで、だから有限の地球資源を食いつぶさないようにみんなで大事に使おうと倫理道徳を真っ先にいいたいわけではない。
くり返すが常時健康体である人は、健康体である間は健康である自覚に乏しい。病身になってはじめて健康の価値に気づく。

ここで問いたいのは、「ならない先の」豊かさの実感が消えないような物質観や価値観への転換(=革命)である。
「ならない先のもの」にもっともっと想いをはせてみたいのだ。するとなぜか例えば「心物 正常 健康 豊満」といった理念に命が吹きこまれていくようなのだ!
心物豊満の恩恵に浴する事実その中で、何か着て、何か食べて生きてきた今日までの強い人類発展史(=自分)に気づかされるのだ。

PageTop

 「と」に立つ実践哲叢(6)

「と」からの展開(下)
 我ながらやったなあ

「農業」と「養鶏」を一体に結びつけた形態に改組した「農業養鶏」は、誘い水的に特講受講者で組織される全国各地の支部での「一体養鶏」実施へと移行・発展していった。しかしそれはあくまで一体の考え方での養鶏で、形はまだまだ個々別々に行われていた。この時点では、精神面を強調する養鶏との印象を与えるにすぎなかった。農業養鶏にしても一体養鶏にしても、養鶏だけの目的で如何に国内外に拡がり卵肉が理想状態で生産されても、我一人の醜悪社会の延長に過ぎないからである。

にもかかわらず、あの特講で味わった世界の実現、自分の住んでいる地域に生産面での一体化にとどまらず生活面においても方法は分からないが自分の「所有の囲いを外す」ことで何かをやりたい、本当の仲良しを実現したいとする気持ちの高まりからの運動が一体経営をやろうという形で各地に拡がった。

しかしどこかで今までの農業養鶏の規模拡大や延長ぐらいの養鶏する方法としてしか解されない次元を超える態勢づくりの気運というか大転換、跳躍点が必至だった。
それが昭和三十三年の「百万羽養鶏の構想」発表、続いて山岸会事件の試練をくぐり抜け、昭和三十六年の「実顕地構想」や「社会式養鶏法」の発表だった。誰もが切実に心底「これをやりたい」と欲求するものに火がつけられたのだった。多くの会員有志が家財産を売り払い、家族を連れて参集したのだった。

例えば「百万羽構想」に参画し、先年亡くなられた山鳥健一さんは財産整理のリアリティを手記で次のように記す。(三重県四日市の創立事務所から財産整理できた金を取りに)

「我が村のバス停に降りたとたん、大きな字で書いた立て札が目に入った。◯◯宅の家財道具一切を処分する 何時より せり市に出す と書いてあったと思う。この時はさすが我ながらやったなあと、立て札を見直した」

ここには自分を自分から放して、例えば芝居の登場人物を客席から観る態度で見られるように、客席から観る自分と芝居上の自分が一つに会するものとして捉えられている。
だからこそ芝居上の自分は、「さすが我ながらやったなあ」とその功績を賞讃する心底から突き上げてくるような「気持ち」で満たされるのだ。それはさきの下六川地区での「楽しく暮らそう」「仲良くやろう」という「気持ち」でもあった!

ここに「と」に立つ実践哲学の常識観念を突き抜ける実践力の偉大さを見る思いがする。これこそ「と」に立つことではじめて生まれ出た「一体の気持ち」ではなかったか。

理想社会の実態と誰もが切実に心底「これをやりたい」と欲求するものとが相会するところに真目的がある。ならば研鑚でこそ生まれ出たいわばヤッター!と思わずガッツポーズしたくなる「一体の気持ち」ってなんだろう? 「一体の気持ち」に全面的に盲従的に即応してやろうとするものがある。 

PageTop

イズム実顕地づくり考(13)

また先の見田さんの発言にもあった思想家バタイユの「普遍経済学」は、太陽エネルギーから地球の生命が生まれ、そこで植物や動物が誕生し、植物を食べて動物が育ち、動物が植物の肥料となり、炭酸ガスと酸素の循環などの相乗作用と反復回転で運営・繁栄している、自然界のまさにその過程を経済学的にとらえようとしたものだ。
だから現行の資本主義的貨幣交換経済とはまったく次元を異にする。むしろ自分らの目指して探る「タダの経済」とか「贈り合いの経済」とか「活用循環経済」に通底するものを感じる。

バタイユのいう普遍経済の「普遍」とは、宇宙エネルギーの流通(=無限の自然の恵み)の過剰=自然の奢侈の事実を指し、それと対照的に欠乏期を予想して貯えたり乏しいが故に奪わんとする個別観からくる人間の偏狭な惨めったらしい精神との、その滑稽な不釣り合いをきわだたせる。
そして「即座に、一切が解決され、一切が豊かになる、宇宙の尺度に合致した、精神の自由のかたちをとる行き方」(『呪われた部分』)といった驚天動地の企てを世に問うのだ。
数百年前も数百年後にもあてはまる無限の豊かさを内包する固まり、この地球自然界でその時その場での最も相合う生かし合い(バタイユの表現では戦争なしに使い尽くす「消尽=贈与」)が論じられる。

たしか2011年3.11東日本大震災後の連日の緊迫する重大ニュースにさらされつつ自分の中で事態の把握がよく掴めないさなか、3月27日付の日経新聞文化欄に載った洋画家「池口史子“夜明け”」の絵がふと目にとまった。
池口文子「夜明け」

見田さんも引用されていたバタイユの至高の贅沢としての体験――
「奇跡のように街の光景を一変させる、朝の太陽の燦然たる輝き」を重ね見る思いがしたのだ。そして思わずその部分を切り抜いていた。きっとこの絵に多くの人が心を揺さぶられたにちがいない。

至高の贅沢(=生)は、われわれの心をうっとりとさせる要素は、陽光(=豊かさ)というかたちで姿を現わすのだとバタイユはいう。

PageTop

イズム実顕地づくり考(12)

もっとも「物の必要限界」については、すでに「特講」開催の一年半ぐらい前に記された山岸巳代蔵の先駆的な一文がある。

「真の人間には、他の生物と等しく、生活を続けるために、物を必要とします。身体は物質から成り、物が無ければ一日たりとも生存出来得ない、最も重要不可欠な必要条件で、人類幸福に大きな役割を持っています。死を幸福とする人以外の、生を肯定する人々に、物質なくして幸福なし、またいずれの、凡ての人々にも物質なくして人生なし、と断ずる所以です。したがって物を軽視し、或いは物欲を卑俗な行為の如く云う人あらば、真の人間及びその幸福を云うを止めねばならないでしょう。私に対しても、物を生産し、または物を蓄積することを蔑むが如き人間と誤解される人も多いですが、物の生産を愚行為等と云ってはいないものです。ただ人生そのものについての考え方、或いは幸福条件の物質以外の要素を強調するため、物質軽視者に見られるのでしょう。
私は、何時かは来るであろう人類終滅の日までの永遠説論者で、その程度に欲望を継ぐ恬淡さが言動に現れるからでしょうか、余り執拗に、腐るほど、全人類が無くなっても残るほど、衣食の山を積む必要がないとする物質観から来たものです。
身体欲的に見た物の必要限度は、何時でも何ほどでも身体の欲求するだけは、容易に得られるにあります。
生存を継続し、持てる知能を行うために、それが遂行できるに足る身体を維持し、健康を保つに必要な物質を充たす量を限界とします。而して自己一代のみでなく、子孫までも計画するにあります。しかも最も払うものを少なくして、得るものの最大を狙わねばなりません。米が欲しければ米を、肉が欲しければ肉を、毛布や暖炉や、安全な住居をなるべく労せず、出来得ればボタン一つ押さずに容易に得る仕組みを造るにあります」(1954/8/5)

当初ここでの「人類終滅の日までの永遠説論者」という一節に「終滅の日」?のことを考えている不可思議さに困惑しつつ「全人類が無くなっても残るほど、衣食の山を積む必要がないとする物質観」という一節から、山岸さんという人はよほどのケチというかつましい淡白な暮らしを理想としているのだなぁとの印象を受けた程度だった。次々と新しい物が生みだされる今の時代に合わない物質観ではないのかとさえ疑ったこともある。
しかしその後例えば山岸さんの次のような発言にふれて、自分の早とちりを羞じた。

「鶏も卵も魚も食べぬ私の母など、最も豊かだった」
「子ども達にお母ちゃんが食べさすのでも、おいしいおいしいと食べてくれたら、自分が食べるより嬉しいのやから、それが他人の時はうんと情が出て泣きますわ」

先の見田さんは「有限であることを正視するところから近代を超える思想の問いははじまる」という。
「有限であることを正視する」って、どんなことをいうのだろうか?

さしあたってここでは、「有限であることを正視する」ということを「物の必要限界に目覚める」という意味に受けとるならば、なぜか滲み出る人の情で実顕地という場所が潤ってくるような気がしてきてならないのだ。

PageTop