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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

イズム実顕地づくり考(23)

自分が参画したのは1970年の秋頃だった。当時は物も少なく食堂では昼はたいてい素うどん、夜のオカズは一人宛の盛り切り皿になっていた。しかも長靴と作業服のままで食べていた。しかしなぜかそんな飯場のような生活がちっとも苦にならなかった。
春日山食堂

あとで研鑚会などでいわれてみて気づたことの一つに、仕事の質も量も労働時問もみな異なるのに、それに比例した待遇でないばかりか、逆に夜遅くまで仕事をやったために夕食の珍味がなくなっている場合だって多々あるのに、不平不満が出ないばかりか仕事のやる気に影響しないのが不思議だった。当時からそんな「気風」が醸成されていた。

ここで自分らはどんなテーマに直面していたのだろうか。

たしかかつての毛沢東の中国共産党が理想実現への画期的な施策として実施に踏み切った無料の「人民公社食堂」が、数年を待たずに閉鎖に踏み切らざるを得なかったテーマにも通底するはずだ。
人民公社の公共食堂や託児所は、家事の労働から婦人を解放して、婦人の大きな労働力資源を掘り起こした。一つ釜の飯を食うことで幹部と大衆の気持ちを一つにすることができた。「人々は自分のため、自分は人々のため」「各人が必要に応じて受け取る」という共産主義の芽生えだともいわれた。
人民公社食堂

毛沢東の頭を占めていたのは目の当たりの革命の途上で、きっと「資本主義的影響を受けた発想の一切の削除」が現実的に如何にしたら可能かにあったのではなかろうか。(『毛沢東の私生活』李 志綏著) 都市に住む頭でっかちな知識人層を農村地帯へ何年も「下放」したり、資本主義的な芸術へのあこがれを政策として封じてみたり……。

こうした理念とその実践のどこに誤りがあったのだろうか?

ここのところを、かつての毛沢東に象徴される野望・野心・非難・疑心暗鬼・恐れ・あせり・おびえ・粛清、そうでなければ諦め・我慢・自己欺瞞的な口当たりのいい一切の言葉などを排して、明らかにしていけないものだろうか。

キーワードは「資本主義的影響を受けた発想の一切の削除」の意図するところを、どのように自分らの理想の中に確立するかにあるはずだ。

先のイズム実顕地づくり考(20)でも記したように、ここのところが曖昧なままだと「現実的に物事を考えるとは不完全な社会を前提にして考えることであるとみなし」て、「理想社会をあきらめよう」と現実を固定して考える現状維持の守りの方へと必然傾きがちだ。
この辺りの、実状を直視し飛躍しないで無理なく前進するための巧みな両手の手綱さばきの解明が求められる。

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鶴見俊輔氏を悼む

7月24日付けの新聞は哲学者・鶴見俊輔さん(1963年・第一七九回特講受講)の死去を伝えていた。

先年(2012年4月)会の機関紙『けんさん』に「吉本隆明氏を悼む」と題して次のように記したことがある。
「おもえば京都の鶴見俊輔氏と共に東京の吉本隆明氏は、理想を追い求めてやまない山岸会の試みをこの間一貫して温かく見守ってくれていた両翼だった」
その片翼までも今失ってしまった。

養鶏の儲けを人寄せの餌に寄ってきたどこの馬の骨かわからない百姓上がりの「運動体」から、人類の思想が未だ一番肝心で未解決のまま残している世界性とか普遍性に繋がる道筋へのたくさんのヒントや励ましを何十年にもわたって両氏から受けてきたのだった。その一端を鶴見さんの発言から拾ってみる。

「ヤマギシ会が中心の観念として『ダレノモノデモナイ』という考えを置いたってことは、なるほどと思いましたね。いま新しく開拓されている日本史の道と響き合うものがある。まったく前衛的な道なんですよ」

「ヤマギシ会の研鑽方式というのは論争って形じゃないんですよ。(論争とは)別のゲームのルールで、ろくろがぐるぐる回っている形なんですね。その中にいろいろなものを投げ入れていくでしょ。そこに面白みがあるんですよ」

「人類は絶滅すると思うんですよ。二〇世紀の現実というのは進歩なんていうものじゃないですよ。有史以来、人間が同種の人間をこれだけたくさん殺してきたというのは、二〇世紀までなかったでしょうね。これから長い衰亡期に向かっていくでしょう。その準備、してないと思うんですよ。テレビとかインターネットとか言ってるけれども、電力は使えなくなるし。そして文字もせっかく作ったけれど文字を伝える能力がなくなって、ふたたび無文字社会として長くやっていく。その間には、蟻でも蜂でもやっているような助け合いということが、人間も動物なんだから起こるでしょう。
私はヤマギシ会はその助け合いの原則を先取りしてそれによって生きていると思いますよ。そしたら人類の衰亡期とヤマギシ会がつくってきたものがあるとき出会うでしょう。絶滅にむかう道で導きの星になる」

「今、ヤマギシ会は着実にいくつか成功を収めている。だけどね、成功は失敗の母。逆手をとられないように注意しなくては。ヤマギシ会がここまで来たのは、最初に頓挫してほとんど潰れかけたからでしょう。それを噛みしめることが重大なことで、あの大失敗が私をヤマギシ会へ引き寄せたのであって、成功が私を引き寄せたわけではない。それぞれの失敗は必ずきっかけになる。全体の成功したものの上にのっかってやったとしたら、これはまずいんじゃない?」(「ヤマギシズムの可能性」1996.11『けんさん』)

今自分らは微力ながら両氏の励ましを受けて、どんな主義主張にも拠らない、牆壁を越えてまじりあう、山岸会養鶏法の出発点「稲と鶏」での「と」に立つというか、そういう場所に立つことではじめて展開する世界について想いをめぐらしている。「と」に立つ実践哲叢のようなものを描きつつ愉しんでいる。

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「と」に立つ実践哲叢(7)

目的と手段(上)
 絶対の「必要行程」とは

農業養鶏から実顕地(社会式)養鶏への進展は、今までの農業養鶏の規模拡大や延長ではなかった。それは理想社会を造るための前渉準備過程であり、殿堂を築くための足場であり、仮屋根であり、さそい水的役割であったということだ。ここで見逃してはならないことは、農業養鶏が実顕地(社会式)養鶏の足場や仮屋根であったのではないという点だ!
どういうこと?

じつはここにこそ、社会全体から見たら一小部分に過ぎない養鶏に限らずその他すべてに相共通する「目的を実現する」ために絶対の「必要行程」が見出されるのだ。

今までも理想とか幸福社会とか幾千年前より幾多の人々によって唱えられ、あらゆる努力と犠牲が払われながらも今なお実現していない理由の一番をここに見る。単刀直入にいえば、現代社会を肯定のままで、つまり抜本的に一般社会通念の殻を破らずに地続きにそのまま安易な気持ちで態勢を整えないでやろうとするところに、様々な軋轢が現象する因がある。そして「趣旨はいいが、現実はなかなかそうはいきませんネ」と、その不足の矢は必ずといってよい程、一方的に他に向かうのが今の社会に住む人間の通有性だ。
さきにも触れたが、理想と現実が相矛盾する原因はほとんど「手段を目的のように取り違えている」ところにあった。

この辺りを山岸巳代蔵はいう。
「農業養鶏やる場合にでも、何やる場合にでも、百姓するのでも、商売するのでも、教育でも、子供を育てる場合でも、どんな場合にでも、寝る場合にも、また食べる場合にも、或いは映画を見る場合にでも、散歩する時でも、やはり、すべてが、みんなが一つになって仲良う楽しく繁栄していく、と、この目的のために、またそういうあり方で進むこと以外にないと思うの、道はね。
ところが、これは自分ひとりでない――みんなそれだと思うんですが――ややもすると、この目先のいろいろのものに拘泥して、案外、方向が違っていって、手段を目的のように取り違えるのが、ほとんどの、現在の、現在までの世界の人達の、どうにもそういう社会が出来なかった原因だと思う」

そして今や「なるほど、目的は鶏でない」と気づく人が多くなってきた、そんな「気持ち」の高まりが醸成されてきた上での実顕地(社会式)養鶏の発表だった。

いったい「目的を実現する」ための何が見出されたのか? それは自分自身の内部に起こったハッとする発見・転換というリアルな体験のことだ。例えば宗教学者・島田裕巳さんは「特講怒り研鑽」体験記で、その瞬間「体の奥から何かあたたかいものが込み上げてくるようにさえ感じられた」という。

しかもそれが通りすがりの一過性のものでなく、「自分のもの」として、あの「ドラえもん」の『どこでもドア』のようにその時その場で取り出せるところがミソなのだ。

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イズム実顕地づくり考(22)

それが先にあげた「イズム生活調正機関の設置」(イズム実顕地づくり考18)だった。
自分ら(子孫も含めて)の生活の安定を今までは〈持つ〉ことでやってきたが、今度はイズムの〈放す〉ことで向上安定していこうとするのだ。そうした「一体生活」という場所を造りだし、すべての生活・経済・生産活動その他が目標と直結した一体生活体とするところから始まる。
参画者一人一人の生活のすべてを生活調正機関に全委任することで、「放してこそ豊か」の事実が見られる仕組みであるというのだ。
どういうことか?

実際に、まずどんなことがあっても仲良いという心があって、そんな自分らが本当の仲良い姿になる「一体生活」という仕組み・場所が求められ、それには本当に仲良くならないとどうにもならないという「方法」を以ってすることを意味する。

これがかつてないイズムの「具現方式」なのだ! はっきりしたことをもっとはっきりさせるために、各種イズム理念も生の実践を通して考え方を確立していくのである。

先の〈持つ〉や〈放す〉でも、「放してこそ豊か」の放してよい心境の味わいにとどまらず、「放し切る」「持てない」ところまでの仕組み・場所づくりが絶対に欠かせないのだ。
どういう意味?

先に実顕地づくりには個々人が「常に自覚している必要」云々とも記したが、反面人間如何にいろいろ考えていても現実問題に直面するとその処理に追われたりして、自覚だけではとても対応しきれない場合が多いことに気づかされる。自覚も大事だが、それ以上にそうした人間の弱さをおぎなってくれるような環境的な要素というか、その人が普段どのような場所で何をしているかという実行面を整えていく要素が大きく問われてくるのだった。例えば―

○私物化にならないような一役三人制など各種運営方法
○無所有共用の方向での、各人の部屋や各施設の設営の仕方や生活配置
○一つを表現するために、給料なしや財布一つの仕組み等々。

こうした自分で自分を律する以外の、環境的・場所的な要素を見いだし織り込むことで、人が替わり時代が移ってもそこに築かれたイズムの環境要素から醸しだされてくる「気風」が個人意志の一時の惑いをもあたたかく包みこまれるといった事実の大きさを思い知らされたからだ。それは実顕地という場所に参画してはじめて遭遇した「味わい」だった。

自分自身はどうあるべきかと自分から働きかけるという一面と、もう一面、仕組み・場所の方から働きかけてくるものがあるのだ! そして如何にそこからの働きかけを自分らの実顕地づくりへと織り込んでいけるかが腕の見せ所なのだ!

発見の驚きがあった。
我、人と共に繁栄・生きる場所は、自律とか内面律にとどまっているだけでは開いていかないのだ。自分らは何とかその動的な実態をイメージするために、

「イズムの社会性」
「一体律」
「オオヤケ(公)の意志」
「心ならずも心足りない一面を足さねば次へ進めないことを、仕組みの方から無言の催促され、力づけしてくれるもの」

等々の表現で指し示してきた経緯がある。
これっていったい何なのだ? 一つ一つ明らかにしていこう。

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全国実顕地づくり研鑚会

先日の全国実顕地づくり研鑚会(9~10日豊里にて)は産業編だった。研鑽資料も使った。
例題の一つに、最近O実顕地が韓国からのテレビ取材を断ったあたりが取り上げられた。韓国では家畜伝染性疾病の発生が今も続いているという。万が一国内で発生させて近隣・地域の同業者に迷惑をかけないようにするのが家畜で産業を営んでいるものの勤めであり心情でもあるからだと。

そうだろうか、本当にそうだろうかと、研鑽は続く。そこのどこが「どうだったのかなあ?」。これからの実顕地づくりの方向性を明らかにしたい象徴的なテーマのようにも感じられた。
どのあたり?

研鑚会の翌日、ふと青木新門さんの日記が目に入った。

7月11日(土) 晴れ
昨夜から徹夜して中外日報の原稿(一回四枚)4回分を一気に書き上げた。既存仏教界に剣を投げ込むような文になった。ふと、イエスの言葉が浮かんだ。
「地上に平和をもたらすために、わたしが来たと思うな。平和でなく、剣(つるぎ)を投げ込むために来たのだ」(マタイによる福音書第10章34)とイエス・キリストは言う。こんな過激なことを言うイエスを為政者はほっておかない。十字架にかけるのは当然であろう。南都や比叡山の旧仏教界に法剣を投げ込んだ法然を社会秩序を乱すものとして流罪にした時の為政者の行為も頷ける。親鸞は「主上臣下、法に背き義に違し、忿りを成し怨みを結ぶ』とその無理解を憤慨したが、当時の為政者は法然の説く仏法がわからなかったのである。中には理解していた関白九条兼実のような人物もいたので、その配慮で死刑から流罪になったのかもしれない。とかく古池に飛び込んで波音を立てる蛙は危険な目にあう。しかし私のような者が何を書いても、曳かれ者の小唄ぐらいにしか思われないから心配は無用である。しかし今日は真実を述べようとする時は為政者よりマスコミの方が恐ろしい。活字になる前に編集者によってボツにされる。そんなことを思いながら、仕上げた原稿を再読していた。明日改めて推敲して送ることにして、昼食か朝飯かわからないような食事をして、ベッドへもぐりこんだ。

そうそう、このあたりもっともっと研鑽したかったのだなあと思い至った。
続けてイエスは核心にふれていく。

「わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。そして家の者が、その人の敵となるであろう。わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない」(マタイによる福音書第10章35~37)

そうなのだ。一般社会通念・常識から眺めたら、ひょつとしたら通称「金のいらない仲良い楽しい村」づくりほど常識外れで危険なとんだはた迷惑な行為に他ならないかもしれない!? このあたり山岸巳代蔵は

「一般の逆を言うから、近所の噂も悪いですからと言っておくと、近所でなんぼ聞かれてもよい」

とさらりと受け流している。 
ゆめゆめ「良いことをやっている」と思うなかれ、といった感慨があふれた。

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イズム実顕地づくり考(21)

当時ベルリンの壁崩壊などのニュースを受けて、次のようなテーマで研鑽したことがある。

◎今世界が動いている
○社会主義国家は何故行き詰まったか
 人間革命を並行しない社会革命の限界
 目標到達までの過渡期がもたない
○共産主義国家と資本主義国家の共存態勢の動き
 一人で持つか みんなで持つか 持つ者どうしの世界はやがて統合するとの予言通りに進みそう
 持つ世界と持たない世界 この二大分野での片方 ヤマギシ無所有世界の位置の重さを再認識したい
○資本主義は生産拡大消費拡大をやり続けない限り景気が維持できないところに最大の弱点がある (1990.1)

ここでの「目標到達までの過渡期がもたない」とは、どういうことなのか?
こうした今まで誰も応えてくれなかった問いかけの中へと、自分らは実践的に分け入っていくのだ。

イズムの実践哲学では、
理想はその方法によって必ず実現する。しかも理想(=目標=真目的)を実現する最善・最短の方法は一つである。出発点と目的とは、直線コースでなければ成立しないのとされる。
目的のためには手段を選ばないとか、山頂への道は幾通りもあるという考え方がある。どんな作り方をしても、米さえ採れたらよいではないかともいう。なるほど米は採れても、作り方によって米の内容・質が違うのだ。結果よりも過程を重んじるのも、高度の結果を期待するからで、その道を通る以外には到達できないという一本コースなのだ。

それはどんな道なのか?
イズム生活の現状はあくまで現段階としてのイズム生活であって、そのすべてをイズム(真理)即応の姿でやっているわけではない。不本意ながら単なる金儲け的な仕事をも行っている。
しかも目標そのものによる感化よりも日常行動からくる感化の影響が大きい。はじめの素直な心はどこへやらいつしか、「してやった」「食べさしてやった」「飲ませてやった」という対立社会からの観念に変わり易いものである。その時そう思っているだけで、一瞬の後にはすぐ変わる。妻が密通してても、知らない間はかえって低姿勢な妻に喜んでいても、事実を聞いたら、既にあったのに、瞬間カッとなる危なさ。
そんな人間観念のいい加減さは、よく肝に銘じておくへきだ。常にそうしたことを自覚して研鑽しておれば環境に押し流されることはない。目標を研鑽すること、つまり目標理念の日常化を必要とするゆえんである。
目標を自己の生活に日常化しない限り、目標そのものが観念的理想論に終わってしまい、その理想論すらいつの間にか忘れ去ってしまうことになるのだから。

そのことをかつてのソ連や中共の社会主義国家の世紀の大実験の失敗を通して、否この間の数々の自分らの全村民的な規模での体験例が、「人間革命を並行しない社会革命の限界」をおしえてくれているのだ。

だとしたら、出発点と目的とが直線コースで繋がる、イズム用語での「ゴールインスタート」と解する実践概念や目標を自己の生活に日常化するとは具体的にどんなことをいうのだろうか?
 
「ここで自分らのいう実践概念について一言触れておきたい。つまり実行とは実際にからだを動かすというよりも、それだけではややもすると目先の『意味的な』ものに拘泥して手段と目的との取り違えてしまいがちなのだが、この世界はそうした勘違いの『やる』ことで満ち溢れているが、そうではなくて、目的と手段が一つに繋がるような概念をここでは指している。そのためには真目的を『知る』ことと『やる』ことが結びついていなければならない。
『心的な』理念に裏打ちされた回路が見出されるべきなのだ。ここがミソなのだ! つまり『知る』機会が日常的に設営されていなければならない。私たちのいう『研鑽』がそれである」(備忘録37安藤昌益の実践下より)

それが、イズムに出遭い真の人間らしく成りたくて、成りかけた人間の成りきれるのに最適な「研鑚会」で構成される実顕地という「場所」であったのである。

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イズム実顕地づくり考(20)

1917年のロシア革命以降に成立したソビエト連邦が1991年12月25日に崩壊した。その直後の翌年1月5日、スイス実顕地に向かう途中に立ち寄ったモスクワでの、赤の広場・クレムリンに掲げられたロシアの白、青、赤の横三色旗を目の当たりにして、人ごとではない世界史的な課題を突きつけられたような気持ちの高ぶりを覚えたことがある。

今や共産主義も社会主義も完全な立証を得ずして崩壊してしまった。あの毛沢東の一声で誕生した無料の「人民公社食堂」も、皆でやるソビエトのコルホーズやソフホーズの集団農業も、いくら働いてもいくら生産量を上げても自分の財産にならないからか、能率も上がらないし個人の嗜好の選択も不自由だし不公平だという思いで潰えてしまった。

しかもこうした世紀の大実験の失敗により、人心は革新・革命思想への不安感・不信感を抱かす事となり、その保守的傾向が決定的になってしまった現今の社会情勢であることを知らされる。

先日も日経新聞7月2日付で歴史学者の中島岳志氏は、理想を描き、理想は必ず実現し得る信念の下に、その実現に生き甲斐を感じるといった思想に、根本的な危うさがあるとして
「理想社会の現実化など無理なんだという、積極的なあきらめを持つことだ」「人間が不完全である以上、不完全な社会をどこまでも生きて行かざるを得ないのだから」と主張する。

多くの識者に見られるこうした見解は、現実的に物事を考えるとは不完全な社会を前提にして考えることであるとみなしているからであろうか。

たしかに以前話題になった中国革命直後の時期から文化大革命期を三代にわたる中国女性の人生に重ねて描いた自伝的ノンフィクション『ワイルド・スワン』(ユン・チアン著)などに目を通すと、「もうこりごり」という感じがしなくもない。

理念を実現しようと努めるが故の、理想に献身するが故の狂信的な「テロル」に、全国民的な規模で巻き込まれることがある! 人ごとでなく感じられて、身につまされる。全村民的な規模でなら自分らも体験済みだ。
渦中にいる自分らには、自分らの滑稽さは見えないのだという。先の新聞の見出し「理想社会をあきらめよう」が現実味を帯びてくる。

誰もがやり過ごし、あえて追求しようとはしない難問ではある。できれば避けて通りたいところだ。表面的にさわろうとしたら、とたんに絶対的な自己欺瞞のしっぺ返しを食うからだ。
「飛んで火に入る夏の虫」とか「火中の栗を拾う」とはこのことをいうのだろうか。

なるほど理屈上は、作業手段として、経営合理化として、生活手段として、皆してやればいろんな問題が一気に解消されると安易に楽天的に、強制的にでも力づくでも実施(管理)したくなるところではある。しかし、

「昔の勝利者(日本を含め)慣例から見るは古い。それは逆手世界(既成)の常識観だ。
何も甘やかされて付け上がっているものではない。下されと乞うているのでもない。次の次代に住む世界人としての批判から、物の道理・人の情の不可思議さを云ったまで」(知的革命私案・『4わがために乞うにあらず』より)

という。(注:ここでの「わがために乞うにあらず」とは前節の「2アメリカに日本の心が掴めたら」で、戦勝国アメリカが敗戦国日本に「日本は狭い、常夏のハワイを自由にお使いなさい」と来たら、事態はもっと好転していたろうにという発言に続いての記述)

「物の道理・人の情の不可思議さ」を見落としたところに、皆世界の頭脳が間違えた原因があった!?

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イズム実顕地づくり考(19)

ようやくイズム実顕地という「場所」の入り口に辿りつくことができた。ここでの「イズム」とはヤマギシズム理念をいう。羅列してみる。

○自然全人一体観
○無所有 共用
○無我執 放す
○全人真の幸福
○絶対愛
○心物 正常 健康 豊満
○研鑽科学生活

○共生 共存 共活 共用 共栄
○無中心 無辺 無囲 無境 無停頓 無時間
○無執着 無妥協 無契約 無教 無経典 無定見 無宗教 無信仰 無勝負 無闘争 無階級 無償 無報酬 無分配 無固定前進
○合う 合理 合適 合真理
○きめつけなし 気体 融通 一致 持たない 自他隔てなし 仲良し
○その他

この実顕地をつくるには、まず条件を揃えることだ。その条件の中でも最も力を入れたいのは、やはり人づくりであり、自分や他の人をイズム生活の方向へ運転できる資格を習得することであった。
すなわちこれら文字で組みあげられた概念に、理念としての生命を吹きこむのが生涯賭けてのやることである。でも、どうやって?

既成宗教のお題目はその内容の実践よりも、それを唱えることの副作用に意味を含ませている。これらの羅列したイズム理念も、それをいくら上手に解説できても何の効果も出ないことぐらいは誰もが骨身にしみている。理念やあり方に縛られたりする程みっともない格好はなかった。
それなのに何故またぞろイズム理念など持ち出すのか?

山岸会では、自分の行動の基準となるモットーとして、〝われ、ひとと共に繁栄せん〟という会旨を持っている。
普段の会話でも、

「おい、牧草の色が赤茶けているから追肥をやったらどうかな」
「赤いと言ってもよくわからないよ。何と比べて赤いの?」
「隣りの畑と比べてだけど……」
「そう。でも、その隣りの牧草は本当の牧草の色かなぁ」
「えっ、本当って……?」

といったやりとりがくり返されるが、
「基準」をどこに置くかで、割り出されてくるものがまるで違ってくるからである。

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