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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

イズム実顕地づくり考(46)

自分なりの実感にかなうかたちで、「私の倫理」と「私の社会倫理」が一つに結びつく場所を見出すのだ。というか、そんな場所を実顕地づくりと称して今も創っているのだろうか。
しかし、それにつけても先の私の社会倫理「自己より発し、自己に返る(還る)」という文言ぐらい非常にイメージしづらいものはない。
先の「母子系図」の解説、

「私の倫理 〝親は飽くまで、子に資するもの〟、枯木となって朽ち果てるとも、子に尽くし、子孫の繁栄を希うものとしております。子は自己の延長である。この身は永久に絶えない。交代身が子で、しかも社会連鎖の形で子孫に自己が生きているのであり、子孫の繁栄・幸福は自己を全うすることであります」(イズム実顕地づくり考41)

の中で、「交代身が子で、しかも社会連鎖の形で子孫に自己が生きているのであり」といわれても、そこの「社会連鎖」が今ひとつピンとこないのだ。その辺りを山岸巳代蔵は

「人には一人の敵もなく、みな身内です。そうではありませんか、両親を辿っていけば……子孫の行く末の、末の結合を考えれば……どうして一家一門の間で争ってなどいられましょう。
しかも遠く離れた人との結合ほど良縁で、優秀な子孫が産まれる事実は、幾千里離れていても夫であり妻であり、兄弟・親子の間柄にあるもので、その繋りさえ分かれば、どんなことがあっても憎み合えたものではありません」(山岸養鶏の真髄)

と、「その繋がりの事実」を重視する。しかもこうした幾千年来くり返されてきた平凡な「その繋がりの事実」を見る・知ることが、人間精神の出発点だというのだ!?

「山岸養鶏では(技術20+経営30)×精神50と、精神面を強調するのは、鶏を飼う場合の鶏や、社会との繋りを知る精神であって、自分一人よくなろうとの精神では、養鶏も絶対に成功しないとの原理精神のことです」(山岸会養鶏法)
「この精神、この筆法で鶏を飼えば、機会は均等で不揃いなく、各個体能力に応じて満足してよく働いてくれ、人間社会が良くなる循環関連性を説明し、農業養鶏とは科学的にかつ社会学・心理学をも織り込んだ基盤の上に組織立ったものであり、その真髄の一端を述べたのです」(山岸会養鶏法)

こうした「社会連鎖」「その繋がりの事実」「繋りを知る精神」「循環関連性」という表現で、何が語られているのだろうか?
確かに「自分一人よくなろうとの精神」からでは、次のような一節に込められた世界も本当の味も良さも解らない。

「私の場合、
私は現在、現社会経済観から言うと、鶏を飼っておりません。
しかし私は日本中で養鶏していると思っていますし、やがて世界中の養鶏にも、私が浸透することが、ハッキリ判っています。
否、現在世界中の鶏は、全部私が飼っている、否、否、養鶏に限らず、すべての人間行為は人間、私が行っているのです。
解るでしょうか? 私の文章が、私の言々、句々、ちょっと解りかねるでしょう」(山岸養鶏の真髄)

ここには、全人幸福を高らかに謳(うた)い、「私」と全人に繋がっている・ひらかれた「ヤマギシズム」の位置が端的に示されている。世界中のどんな人とでも極悪非道の人も無条件で!同じ場所で「仲良し」なのだと。
解るでしょうか、と問われて私はなんと応える?

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イズム実顕地づくり考(45)

先の「あたかも自然から産まれた『自然の子』が大自然の威大な力と恵みを前にして」の「チャラにして元の状態に戻したいとする切実な欲求」とは、人間の人為を尽くして自然にもとめる(働きかける)実動行為の底に流れているものともいえるだろう。
山岸会の趣旨に

「自然と人為、即ち天・地・人の調和をはかり、豊富な物資と、健康と、親愛の情に充つる、安定した、快適な社会を、人類に齎すことを趣旨とする」

とあるが、足りないものを充たしたり不合理不健康不快な状態を正常健康快適な状態に戻すことや相合う等を調和するというなれば、実感的な例えで渇して水を求めていた自分が呑んで渇きを瞬間癒やすような状態をいうのだろうか。

当然生まれるべくして生まれたものが、前向きに動いているだけの少しも止まらない状態の中で絶えず元の状態に戻して調和をはかろうとする作用が見られるようだ。もちろん自然の子である人間も、低いものは高く、狭いものは広く、少ないものは多く、不味いものは美味しく、汚いものは美しく等々よりよきものに向けて、不調和を調和さすための人為(働きかけ)から物心の豊かさを生み出してきた。
そういうことを人類はくり返してきた。
そこには「齎すもの(人)は、齎される恩恵に浴して、次へ齎していく」自然界の営み恵みと同次元のものが人の心の中にも流れているようだ。

しかしながら人間の自然への働きかけは、ライオンがシカを食うような、必要なものだけを採って採ったものは皆活かす自然の欲求から外れて、「食べたいから食べる」といった人間ならではの欲求観念を肥大化させる特性をもつ。
この「食べたいから食べる」といった日常茶飯事ひとつみても、人間の観念界だけで永年通用させてきた交換条件的や報酬期待的な慣性観念の延長線上に食べる行為を意味づけてきた。そこに他の草木虫魚禽獣の都合など一顧だにしない獣性ぶりに発展する要因が見られる。
だからある日の研鑽会でテーマ

「食べたいから食べるのと、食べなくともよいが食べるのと、何でも二つある」

を研鑽した時、思わず飛び上がるほどの衝撃を覚えた。食べる資格あるのかなあと問われる「自然全人一体」の世界が自ずと照らしだされてきたからだ。
そんな大自然の姿の中から観た時、すべてのものを生み出した力の本質には、すべてのものを活かそうとする力が働いている。そこではすべてのものが何一つ無駄のない活かされた関係となって顕れてくる。
自然の本質はものを活かすことであって、殺すことではない。山岸会の趣旨「自然と人為の調和をはかる」がうたわれているのも、そこに人間が永久に繁栄していく道を観るからであろう。しかし、こんなこと考えるのは「はかる」という知能の働きを備えた人間だけだろう。
「チャラにしたい」「スッキリ脱却したい」といった抑えようがない欲求に駆られるのも、自然から離れたり背いたりしてきた人間の身から出たさびかもしれない。

こうした「自然全人一体」次元の世界から人間社会を眺めると、「自然全人一体」社会の一員としての、生きる資格、飯食える資格、それをやる資格等々が自然から問われてこざるを得ないようなのだ!?
そこでその資格条件を揃えていくとか、そこに調和をどこまではかれるとか、宇宙自然に繋がっている自分に最適な位置は何処かが問われているのである。
あらためて「自然全人一体」次元の世界に基づいた人間倫理が問われてくるのだ。

しかし「問われる」といっても、別段誰に問われているわけでもない根本的な曖昧さが残る。かといって観念を弄んでいる気がしない。さしあたり「『辱しさ』や止むに止まれぬ『至情』や『重荷を感じ』といったものが心の底から起こってくる」までじっと抱えているほかない。

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「と」に立つ実践哲叢(9)

目的と手段(下)
イズム=理想を生活する

先の「手段=目的とする革命だった!」についてのイメージをもう少し膨らませてみたい。手段(方法)をやることが、目的(理想)をやる、実現することだというのだ。そうだとするならじつに画期的なことだ!
従来の目的と手段との関係は、例えば戦後日本農業の歩みに象徴的にみてとれる。

かつて農業のみでは生活が成り立たないということから、本業としての農業の薄利を補う意味で、何かの副業なり出稼ぎなりを始めることがあった。ところが興味が出て面白くなってきたりすると、本業たる農業の使命を忘れてしまったり目前の経済面のみを比較して農業を低く評価して、つまるところ本業としての農業を放棄してしまうことになっていった。手段が目的にすり替わってしまうという逆転現象に陥ったのである。

これは戦後日本の農業者が歩んできた典型的なパターンであり、時代の流れといえばそれまでのことにすぎない。しかしこうした事例を、私たち理想実現に生きがいを感じるヤマギシストにとっても、他山の石とすべき課題であろう。本来あり得ない「夢破れて」現象に幾度となく出会ってきたからだ。
こうした手段が目的にすり替わってしまうという逆転現象は、時代の流れに原因を帰すのは容易だが、ここでは先に記した「『実顕地を造るためのもの』と『実顕地を造ってからのもの』との次元の〈転換〉を混同する」ところに見ていきたいのだ。

つまりこういうことである。「それは結構な理想ではあるが、現実はどうですか」とか「理論はもっともだが、なかなかそうなりきれない」等々という人がいる。これらは「実顕地を造るためのもの」に気持ちをおいて、「実顕地を造ってからのもの」をただ眺めているにすぎないからだ。「実顕地を造ってからのもの」から未だ一歩も踏み出してはいないからだ。つまり「実顕地を造るためのもの」の考え方を入れて混同して複雑に考えすぎているからである。
これは次元の〈転換〉を意味している。
次のような一節がある。

「私は一九歳の時、或る壁にぶつかり、苦悩の内に一生かけての仕事を始めたのです。そして人生の理想について探究し、真理は一つであり、〝理想は方法によって実現し得る〟という信念を固め、只今ではその方法を『月界への通路』と題しまして記述し続けております」(『山岸会養鶏法』)

理想は一つであり、理想実現の最善の方法も、その道を通る以外には到達できないという直線の一本コースなのだ。
だとしたら理想実現の最善の方法とは、理想を生きるというか、イズムを食べて、イズムを着て、イズムに住まうようにヤマギシズムを生活するに限る!? 実顕地づくりがそれである。目標そのものが観念的理想論に終わったり、環境に押し流されないような実顕地という場所の造成が必至とされるゆえんだ。

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イズム実顕地づくり考(44)

先に「母子系図」から発する汲めども尽きぬ人間「倫理」に「ヤマギシズムの人間性」を見る思いがすると記した。
それにしてもなぜ「倫理」なのか? 「倫理」なるものがなぜ問われるのだろうか? いったい何に対して「倫理」なるものが発生して来ざるを得ないのだろうか?
腑に落ちる感じをつかみたいのだ。

こういうことだろうか。
先の「自分のことを自分でソッと思い返」してみると、この世に生んだ・生まれて育ち・育てられてしまったことの中には、「契約なし」「何の思慮もなく」「あてもなく」「何歳まで生きようとか、何をしようとか、何々をしなければならないとかの予定もなし」の次元のものが流れている。
これこそ、両親にも誰にも転嫁することはできず、つまるところ、この自分が真正面から応えるしかない次元のものだ。
それはまた、

「私は今日まで、一九〇一年八月からの五〇年余の日々を、蚕が桑の葉を食むが如くに、悲喜交々のうちに何と多くを食い込んできたことよ。果してこれで繭が造れたか、心を休め得る立派さを重ねつつありや。否未だ蚕食の貪をなお多く求めて、野垂れ死にの日に、腐身の寸斤にても重からんことを希うや。
振り返って感ずるものは、その計画性の一小部面のみにも、蚕虫に愧ずるものがあります。彼等は、すくなくとも、彼等の多くは、節をハッキリ行っている。得たものを積み、規則正しく脱皮を、そして吸収成長の期と、整理と、後の世への生命の繁栄を、画然と区分けしています。そして絹とその他のものを残しますが、人間は何時の間に何を為したか、何時まで何を何しているのか、分からないうちにハートが休みます。」(「獣性より真の人間性へ2」)

での虫魚禽獣の持っているものや、

「一日、或る人家の軒下を流れとどまる下水溝に、黒く細長い、蛭にも蚯蚓にも、八ツ目うなぎにさえも持たない、熾烈な悪寒を覚える醜体の、一匹の虫のうごめきを見ました。青年時、庭先でこれによく似た、頭部が銀杏の葉のような形に拡がった、黒い虫を初めて見た時、慄然とした印象が今なお蘇りますが、こういうものを見ると逃げ出したくなり、目につかねばよかったのに、また何故あんな虫がこの世に置いてあるのか、そして何を楽しみに生きているのかと、時々思い出して暫し耽ることがあり、何時水気がなくなり干乾しになるか、どんな劇薬や苦いもの、酸いもの、辛いもの等が流れて来るか、熱湯をかけられるか、不安の日夜をのたうって、三日がかりで漸くにして遡上したものを、一夜の水にどこまで流されるやら、あなたまかせの生活史です。今日はうどんの煮汁か米とぎ水か、魚の臓物の饗宴にありつけるかと、あわれうたかたに望みをつなぐ生涯でしょう。しかし、また案外数少ないであろう彼等にも、配偶者に会う仕組みは、うまく与えられてあるのか、種の絶滅もなきまま、こうして産み付けられた吾が身の不運をかこっているかどうか、詮索したくなります」(「獣性より真の人間性へ2」)

での、「配偶者に会う仕組みは、うまく与えられてある」ものやに相通じる次元のことを指し示しているやに相違ない。
ここには、別段人間に限らない生物一般の「忙しくとも、労れても、自分の生命を削ってでも育てる」歴然たる自然界の事実が見られる。
そこの次元には倫理など一切関与しないし発生もしない。

しかし「自分のことを自分でソッと思い返」してみると、「つまるところ、この自分が真正面から応えるしかない次元のもの」が立ち現れてくるのだ!? 
例えば、

「人には口があれば手もあり、頭もあり、蛙や虫けらでも食べているのに『ちょっと辱しいじゃおまへんか』です」(「ヤマギシズム社会の実態」)
「やはり今日まで天・地・人・宇宙から注がれた愛護を受けた物心に対しての、何かなすなく逃避でき難いもの。せめて……」(『恋愛と結婚』の前書き)
「私が今日まで受けた過去、現在の人達、及び大自然に応える日の遅れることに重荷を感じ、無為に生命の燃焼し終る時に近づきつつあることを惜しむ」(研究家・実行家に贈る言葉)

といった、「辱しさ」や止むに止まれぬ「至情」や「重荷を感じ」といったものが心の底から起こってくるのだ。
それはあたかも自然から産まれた「自然の子」が大自然の威大な力と恵みを前にして、自然から離れたり背いたりしてきた人間の傲慢さを恥じつつ、チャラにして元の状態に戻したいとする切実な欲求に促されているかのようなのだ。

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イズム実顕地づくり考(43)

また親子や生命の繋がりについて『山岸巳代蔵全集第五巻』に次のような山岸巳代蔵の発言が記録されている。

○ヤマギシズムとはイズムのないイズムというか……。
○餅の味、本当に言える人は一人もいない。「餅の味、どんなんや?」と言われても、「ああ、餅の味や」としか言えん。青い色でも何でも言えない。「団子のような味や」と言っても違う。それで禅なども掴まえどころなく困るので、気持を表そうとして表せぬ。
○闇の夜に 鳴かぬ烏の声きけば 生まれぬ先の父ぞ恋しき

道徳的な、または教訓的な短歌、道歌として昔から日本人に親しまれてきたらしい。一休禅師の、白隠禅師の作ともいわれる。「自分のことを自分でソッと思い返す」とは、闇夜の鳴かぬカラスの声を聞こうとするようなものであるのだろうか。

そういえば今、朝日新聞に夏目漱石の作品『門』が105年ぶりに再連載されている。親友であった安井を裏切って、その妻である御米(およね)と結婚した宗助(そうすけ)が、崖下の家でひっそり暮らす夫婦の物語だ。
この「ひっそり」感がこの作品の魅力だ。

しかし主人公・宗介は何時も何かに脅かされているような倫理観に悩まされている。そこで鎌倉の禅寺へ泊まり込んで座禅を試みる。そこで老師から公案が出る。
「父母未生以前の本来の面目如何」
あなたの両親が生まれる前のあなたという人間の本性は何か、ということだろうか。
彼は考えに考えた。しかし解答をもって老師の前に出るのだが、「もっと、ぎろりとしたところを持って来なければだめだ」と撥ね返される。「そのくらいのことは少し学問をしたものなら誰でも言える」と。

結局何も解決しないで帰った。しかし帰ってみると、内心恐れていた事態が何事もなく回避されていてホッとする。そんなどうにかこうにかの小康状態を、漱石らしく次のような普段の何気ない二人の日常会話に込めて作品を閉めている。

小康はかくして事を好まない夫婦の上に落ちた。ある日曜の午《ひる》宗助は久しぶりに、四日目の垢《あか》を流すため横町の洗場に行ったら、五十ばかりの頭を剃《そ》った男と、三十代の商人《あきんど》らしい男が、ようやく春らしくなったと云って、時候の挨拶《あいさつ》を取り換わしていた。若い方が、今朝始めて鶯《うぐいす》の鳴声を聞いたと話すと、坊さんの方が、私《わたし》は二三日前にも一度聞いた事があると答えていた。
「まだ鳴きはじめだから下手だね」
「ええ、まだ充分に舌《した》が回りません」
宗助は家《うち》へ帰って御米にこの鶯の問答を繰り返して聞かせた。御米は障子《しょうじ》の硝子《ガラス》に映る麗《うらら》かな日影をすかして見て、
「本当にありがたいわね。ようやくの事春になって」と云って、晴れ晴れしい眉《まゆ》を張った。宗助は縁に出て長く延びた爪を剪《き》りながら、
「うん、しかしまたじき冬になるよ」と答えて、下を向いたまま鋏《はさみ》を動かしていた。 (青空文庫より)

では、あの「母子系図」から発する汲めども尽きぬ人間「倫理」=「ヤマギシズムの人間性」は、こうしたひっそりとした二人だけの世界は本来どうあったらよいのかという問いかけに、どのように応えるのだろうかと興味が尽きない。

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イズム実顕地づくり考(42)

そもそも私という存在は、と山岸巳代蔵は「自分のことを自分でソッと思い返す」。

「母が父と何月何日にこのわたしを産もうと約束したかどうだか、わたしにはわからない。わたしは父や母に約束したようにも、産んで下さいとも、育てて下さいとも、頼んだようなおぼえがない。契約なしに、しかも何の思慮もなく、あてもなく、のめり出たらしい。むろん何歳まで生きようとか、何をしようとか、何々をしなければならないとかの予定もなしに。(中略)
約束もせない、頼み頼まれもせない、何も知らない、わからないのに出来てしまったもので、どうとも致し方なかったことだろう。今さらどちらも責任が果せるものでもなかろう。(中略)
育てる約束もしていないから、責任も義務もない筈だろうが、頼まれもせないのに、子は育てられている。(中略)
受胎した時は仕方がなかったものが、産んでからは仕方なしに育てるのと違い、また責任・義務で、育てねばならぬから育てるでもなく、忙しくとも、労れても、自分の生命を削ってでも育てるのは、契約や義務等でやれるような上ついたものでないからこそ、強いやさしい母となれるので、約束だからとか、責任や義務や職業で仕方なしでは負担を感じ、本当の子には育つものでない」(1959.11正解ヤマギシズム全輯 第二輯 無契約結婚)

どちらも責任が果せるものでなく、だからといって仕方なしに育てるのと違い、そこには連綿と流れる「強いやさしい母」の存在が浮かびあがってくる! 

「母子系図」の謂われであろうか? ここに「ヤマギシズムの人間性」を見る思いがするのだ。そこはまた汲めども尽きぬ人間「倫理」の源泉を指し示しているように見えてくる。

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イズム実顕地づくり考(41)

例えば山岸巳代蔵は次のような発言を残している。

「理解者が欲しいと思ったけど、理解者欲しいというようなこと、自分の苦しさを聞いてもらわなんだらもうっていう、そういうものでなくなってきてね。理解者の数が要らんという、自分が理解者になったらええのやと思ってね。それからこそっと楽になったね。妙なもんやわ、そら」(編輯計画打合せ1960/03/06)

ここでの「こそっと楽になる」と表現される個人の主観性の場所が、とても大事なのだと思う。
それはどんな場所なのか?
自分らの表現では自分だけしか知らない謂わば「秘密の場所」にあたるだろうか。自分だけが自分を理解している。そんな自分が自分に出会う場所が誰の中にもある! 

こういうことであろうか?
ヤマギシ会の第一回「特講」開催にさかのぼる二年前の1954年1月に全国愛農会主催の山岸式養鶏法の講習会が行われ、山岸巳代蔵は次のように語っている。

「山岸会では母子系図を作成しています。親から受けたものをその子孫に与える。会への導きをされた人を親とし、その親の心になって子孫に伝える人を、その親の子としています。性別、年令、国籍、賢愚、学歴、地位、身分を問わず、親はいつまでもこの系図から消えず、子のまたない良き親となって頂いているのです。私の倫理 〝親は飽くまで、子に資するもの〟、枯木となって朽ち果てるとも、子に尽くし、子孫の繁栄を希うものとしております。子は自己の延長である。この身は永久に絶えない。交代身が子で、しかも社会連鎖の形で子孫に自己が生きているのであり、子孫の繁栄・幸福は自己を全うすることであります。親は子に与えて、与えて、持てる限りのものをなお与え尽して、子から親に対する報恩は決して求めない。唯願うことは、それをその子に、子は孫に与え、自己の欣悦の日常は子孫の欣悦に共通する繋がりを明示しております。
私の社会倫理 〝自己より発し、自己に返る〟、これは心理学的に証明出来ますが、また物質に結び付いた物質面から説明するに、実在数理で割り切ることが出来るのであります」

ここに「私の倫理」と「私の社会倫理」という発言が出てくる。
いったい山岸巳代蔵は、「倫理」という言葉で何を言いたかったのだろうか?
手元の辞書には、「倫理」とは「人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。道徳。モラル。」とある。山岸会会旨「われ、ひとと共に繁栄せん」にあたるものだろうか。

晩年にも次のような言葉を残している。
「やはり今日まで天・地・人・宇宙から注がれた愛護を受けた物心に対しての、何かなすなく逃避でき難いもの。せめて……」(『恋愛と結婚』の前書き1959.10~12頃)

ここでの、「何かなすなく逃避でき難いもの。せめて……」といったやむにやまれぬ人間至情のあらわれが、「私の倫理」と呼べるものを生みだすのだろうか。

「個人の主観性の場所」から「私の倫理」へと掘り下げつつある。分からないことだらけの中でせめて、少なくとも、人間が幸福に暮らせる根元的要素を探り当て、自らの心身に試してみたいのだ。

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イズム実顕地づくり考(40)

今も何度も思いめぐらすフレーズがある。次のような一節だ。

「人は、人と人によって生れ、人と人との繋がりによらねば、自己を次代に継ぎ、永遠に生きることは絶対に不可能で、その関連を知るなれば、自己一人限りとの考えは間違いなる事が解り、お互いの間に愛情の含まれるこそ、真理に相違なく」(知的革命私案一)

こうしたフレーズを心の中で転がしていると、ふっと新鮮な気持ちが湧いてきたりして自分自身癒やされることがしばしばある。
なぜなんだろうか?

例えばこんなふうに勝手に見えてきたのである。
先の〝個人の主観性〟が主に「人と人によって生れ」の次元で育まれるとするならば、そこでの「ちっとも面白くないよ」とグズグズしている〝個人の主観性〟が除外されることなく「人と人との繋がり」の次元へどのように入っていけばよいのだろうか? その参入の仕方が分からないでいるだけなのだ! 引っかかったり悩んだり傷ついたりするのもそこに原因があるのでは?
いつか研鑽学校で研鑽した「事実・実態と考え・思いの異い」が思い浮かんだ。次元の「異い」がキーポイントなのだ、と。

すると「人と人との繋がり」の世界って、どんな世界なんだろうと興味が湧いてきた。しかもその世界は「お互いの間に愛情の含まれるこそ、真理に相違なく」ともいうではないか! 
ときには憂鬱になったり面白くなくなる自分の気持ちを、肯定的に「人と人との繋がり」からの世界が抱擁(つつ)みこんでくれるようなイメージが湧き上がってきたのだ。

例えば「ヤマギシズム社会化Z革命の詞 全人幸福 愛和の誓」の一節
二 やがて歓喜の   晨は明け
  何人の子孫も   永遠に
  一人洩らさぬ   楽園で
  真の愛に     抱擁まるる
  全人幸福の    ためなれば
  何をか云わん   わが凡て

また『山岸会養鶏法』からの一節
「人間の生活は一生を通じて、遊戯であり、私は自分を自分から離して、例えば芝居の登場人物を、客席から観る態度で、眺め、楽しんでいます」

「こんな感じかなぁ」と心ならずも心足りない一面を、イメージの方から力づけをしてくれるようなのだ。「こんな感じかなぁ」という自分の本心を自分が腑に落ちるところまでくり返しつかもうとしていった。
するとそこから、次元の異う「人と人によって生れ」の世界と「人と人との繋がり」の世界との関連・結びつきについてが新しく見出していくテーマとして浮かびあがってくるのだった。

そこを理念としても曖昧にしたまま、個人の主観性への配慮を抜きにして一気に真の科学の普遍的世界へ革命へと言及・接近しようとする試みは、必ずあのイヤーな仲間割れに帰する元凶ではないのか? いつしかそんな考えを持つようになった。
では個人の主観性への配慮とは?

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イズム実顕地づくり考(39)

「ちっとも面白くないよ」といった感情をそのまま抱えているだけでは何事もはじまらない。もちろん自分自身も充たされない。さりとて「本当に自分がやりたいことをやるのだ」と思い定めても、なにが本当になのかおぼつかない限りだ。
実顕地の存続を揺るがすような大きな変化の中で、ただオロオロ茫然自失の状態の自分にいったい何が欠けているのだろう?

そうした時期(二〇〇〇年前後)、現存の実顕地はなくした方がよいとして続々脱退するメンバーを尻目にかけながら、そこまで踏み切れないでいる甲斐性がない自分がいた。
そこにはお互いがお互いを心の底で軽蔑し合っている仲間割れ特有のイヤーな雰囲気がただよっていたにちがいない。
だったらこれからどうしていったらよいのだろうか?
 
その頃、研鑚会記録集で次のように発言に出会った。
「ヤマギシズムの社会は徹底した個人主義とも呼べると思う。結局自分がよくなるためからすべて出発している。屈辱・忍従・犠牲・奉仕・感謝など一切ない。何ごとも自己より出発して自己に返る、という徹底したものだという意味でだが。工夫して人をよくするとか社会をよくするのでなく、自己の楽しむ場を広めていくためで、決して人のためでないということをいったもの。そういう個人がやっていく上に副産物で理想社会ができていくというような意味なのだけれど……」

まさに目から鱗が落ちた瞬間だった!
あの『「真実の世界は現実のもの」と唱えるだけではこの自分自身がちっとも面白くないのだ』としていたわだかまりが一気に解消されるような予感にはっとした。目が覚めた。

とすると「結局自分がよくなるため」というその「自己」とは何なのか?
少なくとも今までの自分をどこまで延長していっても、実顕地の存続を揺るがすような変化に対応できる観点には立てないのだ。
とはいっても「ちっとも面白くないよ」という、この期に及んで唯一残されてある自分のグズグズした気持ちから出発する以外に手がかりはない。いったいその奥底にその先にどんなウソつきでない「自己」が秘められてあるというのだろうか? もっと自分自身を知っていくのだ。
自らに向き合い問いつづける以外になかった。

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