FC2ブログ

自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

映画『FOUJITA』(小栗康平監督)を観る

七八年前の『おくりびと』以来久しぶりに映画館まで足を運んで小栗康平監督の映画『FOUJITA』(フジタ)を観た。
FOUJITA

この作品に、涙とか感動とか笑いとか、そういった日頃の息苦しさからのカタルシスを求めるならば、きっと幻滅を味あう。むしろ事の顛末の背景やつながりの「意味」を徹底的に抜くことで、却って画家・藤田嗣治(フジタ)が生きた1920年代のフランス・パリや40年代の日本での疎開の日々の映像美が浮き立つようにつくられている。

そうしたフジタが生きた二つの時代に絞り込んでくっきりと並置することで、小栗監督は「日本が受け入れた近代とは何だったのか」を問う。というか、デビュー作『泥の河』以来一貫して問いつづけ映像化をすすめてきた「近代日本の歪み」についての小栗さんなりの「答え」として、自分は受け取った。
そういう意味合いでの、「ああ、そういうことなのか」といったカタルシスが得られた。

例えばこういうことである。
1920年代のパリ、セーヌのほとりのカフェでの、フジタと日本の画学生との美術談義の場面。画学生のひとりが、何年か前にパリにいた詩人・彫刻家の高村光太郎の詩「雨にうたるるカテドラル」を朗読する。この詩は、留学中の高村光太郎がノートルダム大聖堂の前に佇んで、西洋文明の巨大さと自分自身の矮小さ・みじめさとの確執をうたったものだ。
白色人種と黄色人種、西欧と日本、先進国と後進国、憧憬と反発(劣等感)といったまさにそのあいだでうまく適応できずに苦しむ「近代社会の歪み」そのものを象徴するものだ。
しかしフジタは素知らぬ顔で聞き流し、むしろ離れたテーブルにいる二人のパリジェンヌをじっと見つめている。不審に思ったパリジェンヌの一人が近づくと、ポケットから彼女の顔を素描した紙を差し出して喜ばせる。
そしてあっけにとられた画学生たちに、如何にして西欧人女性の美しい生きた白い肌を表現するために、ルーブル美術館中をまわって手を動かし続けた自己陶冶の実践を語るのだ。
そして面相筆による日本画的な線描を生かした独自の技法による、独特の透きとおるような画風を確立して、エコール・ド・パリの寵児としてもてはやされる。
五人の裸婦

一方日本に帰った1940年代。戦意高揚のための絵画を集めた「国民総力決戦美術展」で自らが描いた「アッツ島玉砕」に人々は手を合わせ、画を拝んでいる姿にフジタは敬礼し、頭を下げる。
その画は、一転して茶褐色の暗い色調で西洋絵画の伝統的な歴史画の手法で描かれたものだという。
アッツ島玉砕

そうだったのか! フジタは「AとB」といった別々の立場での相互関係から生まれる「近代化の歪み」というものを、その時代の場所に即しつつ絵画表現を通して、この間の自分らの文脈に則していうなら『「と」に立つ実践』によって乗り越えかつ生き抜いたのだ!

私事になるが、もう25年ぐらい前パリで道に迷い突然ボンヌフ橋のたもとに出た時、セーヌ川越しにノートルダム大聖堂を遠望する光景が鮮明に飛び込んできたことがある。その中世の城のような稠密なつくりに圧倒された。そこに普遍性のようなものを感じ取ったのだろうか。勘違いしていたなあ。

その辺りを小栗さんも語る。
「しかし近代を無前提に受け入れろという呪縛は、欧州の行き詰まりと共に解けつつある」
「我々は言葉中心に生きているようで、実は事物と一緒に生きている。人と事物がある感情の中で出合う。それを発見したい」(日経新聞2015.10.31)

西欧近代の特徴でもある、人間寄りの「どこまでも突っ張ることで自分で自分を護り主張する」考え方も衰亡しつつある今、そうした観方・考え方もいったん放してみると、あらためて人は自然から産まれたもので、自然から離れて生きることはできず、自然に背いて栄えることもできない真実の姿が立ち上がってくる。山岸会の趣旨に「自然と人為の調和をはかり」とあるが、その「調和をはかり」の実践が切実に求められるゆえんである。

また今回この映画をぜひ観て欲しいとすすめてくれた、光の「深さ」を表現した照明担当の津嘉山さんに感謝したい。

スポンサーサイト



PageTop