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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

2015年の歳の瀬に

今日も実顕地の各職場に養護の子らが時間になるとやってきて、きまった作業を一定時間やって帰っていく。
彼らのあまり自分の考えを入れない「それならそれで」、とあたかも必然であるかのように受けとめる盲従的な姿になぜか触発される。そこには何が起きても困らない、いつまでも子どものような気楽さがただよい、つい引き込まれそうになる。
以前次のような感想をもったことがある。

「毎日一定時間一定方向に餌やりをやっていて、ふと鶏舎の金網こしに誰かがうずくまっている。どうしたのだろうと見ると、養護の子が鶏舎と鶏舎の間の草取りをしているのだ。この寒空にと心配になるが、本人はいっこうに平気なふうでむしろ根っ子ごとうまく草を引き抜いた時など手前に掲げたりして楽しんでいる様子にも見える。つられて古歌にある『この秋は雨か嵐かは知らねども今日のつとめに田草取るなり』といった心境がふとよみがえる。
そういえばヤマギシ養鶏法の飼育係としてふさわしい人として
・むつかしく考えない人
・人づきあいの嫌いな人
・鶏づきあいの好きな人
・自分の考えをあまり入れない人
・子供のような社会体験のない人
などがあげられていて、べつに鶏の世話係を希望しているわけでもないのに、なぜか直感的に愚鈍にみえて侮りがたい人間像として迫ってくるものがある」

「この村に住み始めた頃村のお爺ちゃんお婆ちゃんがいつも一心に草取りしていた姿が、なぜか今頃になって思い出されてくる。あれからもう三十年、あてずっぽうでもよいからその境地をおしはかってみたい欲求が日増しにつのってくる。
時々道で出会うと、『ご苦労さん』と挨拶された。当時はお役御免になった村の年寄りには草むしりぐらいしかすることがないのだろうと高をくくるような見方でいたから、なぜ挨拶されるのかその真意に気づくはずもなかった。
一役果たし村の各種係役を放しきった村の年寄りの目には、かつてあったかもしれない様々な観念意識も消えて、草取りなどしながら、その実自分が安定した社会をつくっているのだとたしかに実感する我が世界が果てしなく広がっていたのだ、と」(『贈り合いの経済―私のなかのヤマギシ会』所収)

かくして養護の子らや村の年寄りを見る見方が次々と反転して、じつは見守られていたのはこの自分の方だったのだ!、との気づきに驚愕するのだ。

ここに幸あり光り溢れる場あり。存在すること自体が価値であるといったものに日々自分らは出会っている。

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イズム実顕地づくり考(58)

この「自己への配慮」という観方・考え方は、自己や他人、世界に対する態度であり、視線の方向が他者や世界や事物から自己自身へと向かうことにとどまらず、自己を浄化し、自己を変身させる自己への陶冶(自己を試練にかけるという方法)といった実践行動にまで繋がっていくところがミソなのだ。
フーコーがこうした古代の自己の技術に注目したのは、キリスト教と近代世界にはない、見失われた「主体が自己を享受できる幸福な関係」が築かれているところだった。
ここにフーコーの人生観の一端が窺える。

「人間の人生は一個の芸術作品になりえないでしょうか。なぜひとつのランプとか一軒の家が芸術の対象であって、私たちの人生がそうでないのでしょうか」

そしてここから二つの問いが必然生まれる。

配慮するべきこの自己とは何だろうか?
この配慮とは何をすることなのか?


例えば先の靴の手入れをする靴屋さんの、自己への配慮とは何だろうか、何が靴屋としての職務をなすのだろか。
こうした二十世紀を代表する知性が投げかける問いは、じつは自分らにとってもなれ親しむ問いでもあることに気づかされる。

「農業者が真の農人でなかったり、商人が真の商人でなかったり、政治・教育・宗教家が真のそれでない事もよくある事です。工場等でも、組織そのものにも、間違ったものがありますが、各々の立場において、真実、それに自己を生かすことによって、闘争等絶対に起るものではなく、却って工場は繁栄し、自己を豊かにします。妻は妻、夫は夫、子に対しての親は親として、間違いない真の生き方があります。
各々真実の自分を知り、それぞれが真実の生き方の出来る社会を、ヤマギシズム社会としているのです」(『ヤマギシズム社会の実態』)

来る日も来る日も「各々の立場において、真実、それに自己を生かす」ってどんなことなんだろうかとこの間皆で研鑽してきた。
すると妙なもので「真」という言葉にもなじんできたのか、先(イズム実顕地づくり考56))に紹介した一節

「ヤマギシズムとは一口に言うと、すべてに本当、即ち真なる理は正しいと思う考え方で、何事を考えるにも行うにも、真理に即応しようとする思想である」(『正解ヤマギシズム全輯』 )

での、「真なる理は正しいと思う考え方」が四六時中付いて回ってきて、そんな考え方からの考えが浮かんできたり、その考え方でやっていこうとすることで自ずと心が正されるような琴線に触れる事実が見いだされてくるのが面白い。 

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イズム実顕地づくり考(57)

確かに現代社会では、自己への配慮はなにやら疑わしいものになってしまった。自己に気を配るということは、ある時期から、自己愛の一形式、エゴイズムや個人的な関心の一形式として、糾弾されるようになってしまった。

「自分自身に専念する」「自分の世話をする」「自分の中に引きこもる」「自分の中に退却する」「自己の中に歓びを見いだす」「自分の内以外のところに享楽をもとめない」「自分自身に付き添う」「自分自身と友誼をむすぶ」「要塞に立てこもるように自分自身に立てこもる」「自分をいたわる」「自分自身を礼拝する」「自分自身を尊敬する」等々。

あたかももはや自分自身のことに専心するよりほかない個人の隠退の、いくぶん憂鬱でもの悲しい表現のように聞こえる。
しかし反面自己への配慮は、たんなる内面性への沈潜ではないような、自己回帰の運動を伴う。それも自己は分裂するのではなくその場に留まる回帰である。自己自身へ向かう方向転換であり、自己自身の中心に立ち戻って、そこで不動化する。

人間復帰へのスタート。
さしずめ自分らだったら、我のない人間即ち人間本然の姿に立ち還る一週間の「特講」体験をイメージする箇所だ。

自己への配慮、主体への配慮、在ること自体への配慮、ここには自己への配慮を通して憂慮を配慮の方に転じていく前向きさを見る思いさえする。
そういえば山岸巳代蔵も、憂慮と配慮の明暗二道への岐路に立つ機微にふれている。

例えば〝心配する〟という言葉を採り上げてみると、〝子供の病気を心配する〟とか、〝入学を心配する〟とかといった〝気にする〟場合に使われたり〝人に心配してもらって〟というように、〝気を配って世話をする〟場合や、両方の混じった意味にとれることもある。子供の病気を心配する場合に、〝どうなるだろう〟、〝ひょっとしたら助からないかも〟とか、〝死ぬようなことになったら〟といった憂慮することが多いが、一方積極的に対策を考え、手当を講じるように配慮することこそ、本当に心配することではなかろうか。
案ずるということも、気にするばかりでなく、それこそ名案を考えるのが本当の案じ方ではなかろうか。
こうしたちょっとしたことに気づくだけでも、観方・考え方がコロッと変わることも多い。観方・考え方が変われば、することなすことも大いに変わってくる。(正解ヤマギシズム全輯を通じての前ことば)

ある日の研鑚会で、普段やっていることをすぐ当たり前のこととしてしまう当たり前観の再考がテーマに上がった。
「普段接している豚や鶏の中に素晴らしい事実があるのに見ようともしない。目が外に向いている」
「事実そのものから、もっと新鮮な驚きを。ただ感心するだけでなしに、持って生まれた感応能力を磨かないと……」
外の評価や評判や知識やうわさ話などに合わせてばかりいる自分が見えて、恥ずかしくなった。

「目が外に向いている」!?
普段の「仲良し」とか「楽しい」といったありふれた簡単な言葉に秘められている奥深さへと向かう方向転換を迫られた。

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イズム実顕地づくり考(56)

この間自分らがイメージする「主体」と「真理」との関係とは、

「ヤマギシズムとは一口に言うと、すべてに本当、即ち真なる理は正しいと思う考え方で、何事を考えるにも行うにも、真理に即応しようとする思想である」(『正解ヤマギシズム全輯』 )
であり、
「真の人間は、全行為真言真行」といわれているように、イズムを食べて、着て、住まうような生きることそれ自体であり、齎される恩恵に浴することをいう。

こうした観点から、真理に到達する根本的な手段としての「自己への配慮」についてのフーコーの考察を聴いてみよう。

まずは紀元前五世紀に登場し、紀元後の五世紀までの古代の哲学的および道徳的な生の掟としての自己への配慮という概念や実践の変遷の過程が大まかに再検討されていく。
それは哲学的思索としてソクラテス=プラトンという契機で登場し、次にストア派思想に代表される自己の陶冶、自己自身への配慮の黄金時代を迎え、紀元後の初期キリスト教的禁欲(=修練)主義への移行である。
古代の哲学においては、主体が「真理にどう到達するかという哲学の問題」と「真理に到達するためには、主体にどのような変身が必要かという霊性の問題」が重層して存在していた。それが近代になると、主体が真理に到達する条件は認識だけになるのだが……。
そこで問われるのは、

自己へ配慮しなくてはならないとすれば、配慮するべきこの自己とは何だろうか。この配慮とは何をすることなのか。

こうした個人から発して自己にめぐり来たる円環の中に、きっとフーコーは近代以降見失われた「主体と自己との肯定的な関係」を一縷の希望の光を見いだしているのだ。
靴屋さんは、靴の配慮する(=靴の手入れをする)そのすべをよく心得ている。それが靴屋の技法だ。彼らはそれの専門家なのだ。
しかし「自己へ配慮する」ということ、これがどういうことかを正確に知っているもの者がいるだろうか。

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イズム実顕地づくり考(55)

講義の初日にフーコーは、「主体の解釈学」の全般的な俯瞰図を提示する。
テーマは、「主体」と「真理」だという。この間の自分らの文脈での、あの「山岸会養鶏法」の「稲」と「鶏」での「と」に立つ実践思想に当てはまるではないか! ここは自分らの勝手な思い込みに引き寄せることで、自分のこととして読解していくのだ。

そして主体と真理の関係を研究するにあたって、全ギリシア文化を通じて大変長い生命を保ってきた、それは紀元前五世紀に登場し、紀元後の五世紀まで、ギリシア、ヘレニズム、ローマ、そしてキリスト教の霊性の哲学の全体を貫く「自己への配慮」という観念を選ぶところから出発したいという。

しかし主体の問題を考察するのなら、有名なデルフォイの神託において提起された「汝自身を知れ」こそが定式であるのに、いったいどうしてこんな逆説的で手の込んだやり方をするのかと自問自答していく。
いや、この格言が命じているのは、自己認識の原則ではなかった。むしろ「自己への配慮」の枠内で現れていることを、プラトンの『ソクラテスの弁明』などを引用しながら、自己について配慮する主体のあり方こそ重要であり、アテナイの人々も自己に配慮する必要性を痛感していたのだと検証していく。

それなのに何が原因で、「自己への配慮」という考え方がないがしろにされてしまったのか?

一つは、自己中心主義とか引きこもりを意味するものが、キリスト教と近代世界は非・自己中心主義の道徳のなかに基礎づけられたので、関心が消えてしまったという逆説が挙げられる。
しかしいちばんの理由は、「真理と真理の歴史に由来するもの」だという。
それをフーコーは、「デカルト的契機」と名付ける。確かにデカルトの方法には「明証性」がある。たとえば「真理を認識するためには、狂っていてはならない」といった条件を調えることで、認識の内部から主体の真理への到達は定義されるからである。

かくして十七世紀以降「汝自身を知れ」は、真理に到達する根本的な手段となった。そして自己への配慮の原則を格下げし、近代の哲学的思考の領野から排除するに至ったというのだ。
西欧近代では主体は自己を「解釈するもの」になり、古代のように主体が自己を生きるとか享受できる幸福な関係ではなくなったという!?

フーコー自身が自分の生き方そのものに関わる、西欧近代や近代哲学の概念を真なるものに照らして相対化していく。
現在もなお「歪み」として西欧近代を普遍的なものとして受け入れている自分ら日本人にとっても、フーコーがやろうとしている真理の歴史についての問い直しがとても他人事のようには思えない。
まるで切実でとびっきり上質の推理小説を読んでいるような感慨にとらわれる。

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イズム実顕地づくり考(54)

フランスの哲学者・ミシェル・フーコー(1926~1984)のコレージュ・ド・フランスでの1982年の講義は「主体の解釈学」という主題だった。一月初めから三月末にかけて毎週水曜日に、途中数分間の休憩を挟んだ2時間以上に及ぶ講義で、学生、研究者をはじめ数多くのパリ市民が大講堂で聴講したという。フーコーは、教壇にたどり着き、原稿を置き、灯りをつけて、トップ・スピードで可能なかぎり間を開けず講義を開始する。
ミシェル・フーコー

1971年から1984年に他界するまで、コレージュ・ド・フランスでの彼の担当講座は「思考諸体系の歴史」であった。当初から一貫して、西欧近代を、近代的な個を、近代的な自我を形づくってきた「唯物論と唯心論の葛藤」といった二元論に裂かれて苦悩する人間性を超えて包括する、いわばデカルト的でない「真理への到達」にたどりつくモチーフにあったのではなかろうか。

そうした意味で1982年の「主体の解釈学」の講義は、デカルトに象徴される「主体が真理へと到達できるための諸条件が認識である」とする切り口から、真理の歴史の近代は始まったと位置づける彼自身の多年の研究の集大成と呼べるものだった。
それ以降、真理は認識の対象になってしまった。それが近代的な考え方として見なされているに過ぎない、と。

だとしたら「哲学とは、主体が真理に到達できる条件について考察するものである」(フーコー)のだから、どのような過程を経て「近代的なもの」が主流になってきたかを歴史をさかのぼることで究明されていかねばならない。
そのことは同時に、主体が真実であるためのかつて存在していて近代においては見失われている「生の技法」を明るみに出すことを意味していた。
ちょっと視点をずらすことによって浮かび上がってくる3D写真のように、「見えているものを見えるようにする」ことにあった。

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イズム実顕地づくり考(53)

1960年8月1日~3日に、第二回ヤマギシズム理念徹底研鑚会がもたれた。当時はまだ社会主義思想がそれなりにリアリティを帯びていた頃で、学界や思想界では「唯物論だ」 「いや、唯心論だ」といった議論で賑やかだった。

そんな時代背景での山岸巳代蔵の発言である。
「議論に立脚せんでも、人間に立脚すればよいので、簡単すぎるくらい簡単なの」という発言に続いて、

英清 どうもしかし、スッキリいかんな。
山岸 そらいかん。にわか焼けにならんように。こういうふうに簡単に考えてみたらどうやろ。人間を考えてみると、そういう身体を持ち、生命を持ち、いろいろの考えを持っているものをね。
英清 「われ思う、故にわれあり」と古人は言ったが。
山岸 そういうふうに飛躍せんと、ただもう、「こういう、人間というものがある」ということ。そして「本能もあり、精神的なものもあるものだ」という、そういう認め方ね。「陶土を固めて、土瓶がある」と、ありのままに観る観方ね。何もないものから出来て、また何もなく消えていく、一代限りのもの見たって。難しいもの考えないで、〝ある〟ということだけ素直に認めたら。

ここでの英清(山本英清)さんの発言『「われ思う、故にわれあり」と古人は言ったが』を、山岸さんが「そういうふうに飛躍せんと」とやんわり退けている箇所がとても興味深い。

「われ思う、故にわれあり」と言った古人こそ、フランスの哲学者デカルト(1596~1650)の弁であり、デカルト二元論として西洋近代哲学の出発点を象徴するものであり「近代なるもの」の始まりと見なされている。

それに対して山岸さんは、
「唯物論、観念論をどちらも振りかざしている間はね。両方身の内で、一つのもの」
「そんなもの二つに分けて考えるからピタッといかない」
「両方とも内のものにしたらよいのや。よそのものにする、排斥するからピタッとせぬ。いつまででもどっちもどっちや」
とはっきり退けていたのである。

それから20年経て、当の西洋近代なるものの真っ直中から、いわゆる「デカルト的契機」にはっきりと異議を唱えたフランスの哲学者が輩出した。

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イズム実顕地づくり考(52)

津嘉山 誠 様
小栗康平さんの新刊書『じっとしている唄』(白水社刊)をお贈りいただき、有り難うございます。恐縮です。
松本直次さんのブログで、小栗さんの十年ぶりの新作映画「FOUJITA」に津嘉山さんもスタッフとして参加!? にビックリして以来、小栗さんの発言「藤田嗣治が引き受けた近代日本の歪み。その問題は今も解決していない」(日経新聞2015.10.31)について、ずいぶんこの間触発されぱっ放しです。

「近代日本の歪み」なんて、明治の文明開化で当時の時代の感性を代表する夏目漱石等が真面目に受けとめ、作品を通して解き放った日本近代化への矛盾ぐらいにしか見なしていませんでした。それがナント今現在の普段の自分らの「実顕地づくり」そのものが抱えるテーマでもあると気づかされてきました。

よく「自分らはすでに出来上がった実顕地に参画したから、そこでの決まり事など一方的に従い受け入れるだけで、自分で切り開いていくといったやり甲斐が今一つ感じられない」という声を聞くことがあります。その時は「いや、それはお決まりの逃げ口上に過ぎない。いつの時代に参画しても変わらないはず」と反発していました。
でもこれって、いわば明治時代に日本人が文明開化に直面した「とまどい」と同じだと思えてきました。確かにいつ参画しても変わりはないのですが、ここでは未だ「自分のことになっていない外からのもの」と「自分が心からそうであるからそうしている内からのもの」とのギャップの問題でもあったのです。
「ヤマギシズム」文化が自分のものに、自分のこととして受け入れられる過程が大切なのですね。そしてそこの住人になりきることです。その意味では、「その問題は今も解決していない」進行中の出来事です。
うかつでした。でも内心大発見の歓びも伴います。

今度の『じっとしている唄』で自分のテーマと重なる箇所をいくつか並べてみます。
○「見るだけではなく、おばあちゃんをいいなあと思うその内側に入る、ということはどういうことだろうか」(場を共有する)
○「私たちは日本語で『鐘の音が聞こえる』と普通に言う。これが英語やドイツ語 になると『私は聞く、鐘の音を』となる。私は(私が)、鐘の音を聞きます、聞いています、という言い方になる」(述語が主語を包摂する)
○「私たちが暮らしの中で生きる『場』を実感できなくなっている(……)『もの』『人』は『場』と共にしかない」
「受動として世界に向き合い、その世界が新たに立ちあがって見えてくるまで、まだ私たちは見ていない」(じっとしている唄)

それにしても、撮影での光の性質に、いかにも近代的なそれと、それでない光があるのですね?(『FOUJITA』を撮る)
一度津嘉山さんからのご高説を伺いたいものです。
どうか、今後も素晴らしい仕事を続けて下さい。一段と寒くなりましたが、お体も大切に。まずは取り急ぎお礼まで。
2015.12.3      佐川清和 拝

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