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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

イズム実顕地づくり考(53)

1960年8月1日~3日に、第二回ヤマギシズム理念徹底研鑚会がもたれた。当時はまだ社会主義思想がそれなりにリアリティを帯びていた頃で、学界や思想界では「唯物論だ」 「いや、唯心論だ」といった議論で賑やかだった。

そんな時代背景での山岸巳代蔵の発言である。
「議論に立脚せんでも、人間に立脚すればよいので、簡単すぎるくらい簡単なの」という発言に続いて、

英清 どうもしかし、スッキリいかんな。
山岸 そらいかん。にわか焼けにならんように。こういうふうに簡単に考えてみたらどうやろ。人間を考えてみると、そういう身体を持ち、生命を持ち、いろいろの考えを持っているものをね。
英清 「われ思う、故にわれあり」と古人は言ったが。
山岸 そういうふうに飛躍せんと、ただもう、「こういう、人間というものがある」ということ。そして「本能もあり、精神的なものもあるものだ」という、そういう認め方ね。「陶土を固めて、土瓶がある」と、ありのままに観る観方ね。何もないものから出来て、また何もなく消えていく、一代限りのもの見たって。難しいもの考えないで、〝ある〟ということだけ素直に認めたら。

ここでの英清(山本英清)さんの発言『「われ思う、故にわれあり」と古人は言ったが』を、山岸さんが「そういうふうに飛躍せんと」とやんわり退けている箇所がとても興味深い。

「われ思う、故にわれあり」と言った古人こそ、フランスの哲学者デカルト(1596~1650)の弁であり、デカルト二元論として西洋近代哲学の出発点を象徴するものであり「近代なるもの」の始まりと見なされている。

それに対して山岸さんは、
「唯物論、観念論をどちらも振りかざしている間はね。両方身の内で、一つのもの」
「そんなもの二つに分けて考えるからピタッといかない」
「両方とも内のものにしたらよいのや。よそのものにする、排斥するからピタッとせぬ。いつまででもどっちもどっちや」
とはっきり退けていたのである。

それから20年経て、当の西洋近代なるものの真っ直中から、いわゆる「デカルト的契機」にはっきりと異議を唱えたフランスの哲学者が輩出した。

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