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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(1)

はじまりの一節

一週間の第一回「特講」終了後に山岸巳代蔵がその参加者全員に送ったメッセージの冒頭に掲げられた一節がたまらなく好きだ。

「第一回特別講習研鑽を共にした、
わが一体の家族、なつかしの兄姉弟妹よ、
わが父・母・妻・子よ」

なぜか「わが」につづく「一体の家族」に惹かれるのだ。
「わが」と「一体の家族」の間に実感のこもらない溝を感じているからだろうか、なおさら憧れる。
実際に普段の自分らの「実顕地」という暮らしそのものが、何人何家族集まってもそれは「仲良し一家」の集まりとして仕組まれてはいる。
それにもかかわらず狭い範囲での夫婦・親子の血縁家族に、より心情のウエイトが傾きがちなのはなぜなのか? 
より自然だからか? それとも「仲良し一家」なんて空念仏以外の何ものでもないのか……。
はたして「仲良し一家」は不自然な形態なのだろうか。「わが」と「一体の家族」が溶けあい結びつく世界があるのだろうか。
そもそもわが父とは誰か、母とは誰か、妻とは誰か、子とは誰か。

まずは何からでも行きつ戻りつしながら、家族に象徴される〈性愛〉としての人の本質にまで辿りつけたらと願っている。
そしてその過程で、なぜ今〈性〉なのかが浮かび上がってきたら本望だ。

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