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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(31)

老鶏は若雌の如く

さきに「自分らがやりたいのは『夫婦の真字』なるものから出発して、ヤマギシズムや夫婦のあり方を引き出すことにある」とした。
たんに言葉の持つ常識的な意味にとどまらず、その言葉を構成している文字の始まりの字解まで遡ることで豊かにイメージされてくるものがあるからだ。

もちろんこれは個人研鑽では不可能だ。どうしても自分の立場というか先入観を通して考えてしまいがちだからだ。それこそ一字一句の字義・定義から暮らしの場を共にする皆で徹底的に研鑽しないと自分自身に反映してこない。
例えば「仲良し」とか「楽しい」といった簡単な言葉がある。ずっと「何だ、仲良しこよしの仲良しか」と小馬鹿にしていた自身が恥ずかしい。
そこに秘められてある奥深さが、今まで気づかなかったことの数々が、自分らの心境の高まりと正比例して反映してくることに気づかれることがある。

事実・実態そのものから、ふだんの暮らしそれ自体から本質を引き出してみようとする試みである。

そういえば山岸会養鶏法では、「老鶏は若雌(若々しく)のような、若雌は老鶏(牛のような)の如きタイプを常に保たすこと」をモットーとして飼育に当たることとしている。
ここでの老鶏を人間に当てはめれば、老人とか生物的年齢が重なりとか定着的、保守的な傾向になりやすい姿を指すのだろう。
自分らは当初から歳を重ねる中で精神的老化を象徴する「頑固」のない生き方を表す言葉として、老後の生き方を「老蘇(おいそ)」の生き方で暮らそうとしている。

この老蘇の「蘇(よみがえ)る」の字解は、草冠は野菜類を代表し、魚と禾つまり穀物を表して豊かさの象徴になぞらえる。
しかも老蘇というあまり聞き慣れない用語は、物心両面の豊かさを目指すヤマギシズムの提案者・山岸巳代蔵の生誕地、滋賀県蒲生郡老蘇村大字東老蘇(現在の安土町)の字名であり、近くには今も老蘇の森に囲まれた奥石(おいそ)神社が祀られている故事に由来するのもじつに興味深い。

そうだとしたら、「老鶏は若雌の如き」タイプとはどんな姿形なんだろうか?
すぐに思いつくのは、ことわざにいう自然界の「実るほど頭を垂れる稲穂かな」のイメージだ。
稲穂

ことわざでは人格者ほど謙虚であるというたとえだとされるが、いろんな観念を通さずにそのまま観ると何が映っているのだろうか? 
若さを、積極的・陽適・自由活動的・向上進歩的な心のあり方と考えると、「老鶏は若雌の如き」にたとえた人間の実際はどのように実現されてくるのだろうか。

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わが一体の家族考(30)

言葉という文字のかたち

「ヤマギシズム研鑚学校」では、何日目かに「親子のあり方」に続いて「夫婦のあり方」とはどういうものかを研鑽する機会がある。そしてそこで「夫婦の真字」なるものを知らされる。
夫婦の真字

何だコレ!? 妻という文字に夫という文字が合わさっているような……。ヘェー。ふーん。ナルホドそれにしてもうまく重なるものだなあ。じっと眺めているといろんな想いが湧いてきて尽きない。

この字は、「ふさい」と読み、夫婦が一つのものだということを示している。山岸巳代蔵の造字である。(写真の文字は山岸巳代蔵の直筆)

そして今、自分らがやりたいのは「夫婦の真字」なるものから出発して、ヤマギシズムや夫婦のあり方を引き出すことにある。
どうやって?

以前研鑚会で「一体」の姿を皆で研鑽したことがある。
一体というからには、一方だけが生き残り、片方が倒れるということは現実的にはあり得ないことだ! 共に繁栄するか、共に倒れるかのどちらかであろう。
ハッとした。「一体」という文字のかたちに生命が通いはじめた瞬間だった。

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わが一体の家族考(29)

吉本さんが伝えたかったこと

吉本さんはまた人類の歴史も個々人も「より良き」理想を求めて動いているという歴史観、人間観に立って、生涯にわたって一般社会に囲まれたユートピアが可能だとしたら何が欠かせない要素としてあるかを全心を傾倒して真剣に追求された。
かつて戦前戦中、天皇を頭に載く理想としての平等なる共同体を夢見た皇国青年は、敗戦直後軍の食料を背負えるだけ背負って我先にと故郷に帰っていく兵士の豹変ぶりに遭遇して現実認識のどんでん返しを食う。
そこでお互いが信じられなくなる相互不信に深く傷つけられる。そしてそこから自分の何がだめなんだ、どこがどう間違ったのかにこだわり、考えつづけた思想家だ。

そうした意味でも、ヤマギシ会の実践例は格好の自身の考えを追い詰めていく象徴的な素材であると同時に、かつての自分と同じ轍を踏んでいるように見えたのかも知れない。
晩年の代表作とされる書き下ろし『中学生のための社会科』(市井文学2005.3)の中の一章「国家と社会の寓話」に於いても、自分らヤマギシ会員との対話を通して「一般社会に囲まれたユートピア」志向が陥る盲点について、我がことのように論じられる。
吉本さんは当時運動の絶頂期にあった自分らヤマギシ会員に潜在する、「皆のためになる良いことをしている」と信じて疑わない思い上がりを見逃さなかった。

例えば、流行の服を着たいと言ったら係りが望み通りのものを買ってくる。しかもそれに対して余計に働けということは全然言わない。
ヤマギシ会では、お金と欲求や願望と労働とを結び付けずに分離しているからだ。
こうした個人の欲求と対価労働との分離の仕方にこそ、ヤマギシ会の疑似ユートピア性がある。なぜならそうした分離が成り立つと思っている根拠は、自分たちが一般社会の中にある永遠のユートピアだとして、社会に対して閉じているからだという。

開かれていることが大事なのだと?!
一般社会の価値観と気脈を通じるだけでは、刃先が磨耗するように、自分さえよければの個々人主義の醜悪社会の延長にすぎなくなるのではないだろうか?
だとしたら、いったい何をどう開くことなのか……?

そういえばこの書は、宮沢賢治の叙情詩「母」の掲載から始まっている。

雪袴黒くうがちし うなゐの子瓜食(は)みくれば
風澄めるよもの山はに うづまくや秋の白雲
その身こそ瓜も欲りせん 齢弱(としわか)き母にしあれば
手すさびに紅き萱穂を つみつどへ野をよぎるなり
岩手種山高原a

黒いもんぺをはいた幼いうない髪の子が、無心に瓜を食べながら歩いてくる。四方の山々には渦巻くように秋の白い雲がわきあがっている。まだ母親自身が瓜を食べたいと思っている年頃なのに、手慰みにススキの若い穂をつみ集めながら野原を通り過ぎていく、といった注釈になるだろうか。

吉本さんは自分らに何を伝えたかったのか?

「人間を個人としてみれば、詩を作る人も読む人も好みだからというほかない。少なくとも読む人、作る人の自己慰安(自分だけに通ずる慰め)にしかならない。別言すれば自己慰安を第一義としている。これはすべての芸術に共通したものだ。(略)
だが人間を集団として形成される『社会』にたいしては『芸』は無用であり、『芸』にたずさわる者は無用の長物である。(略)
人間は個人としては自己慰安を求める動物だが、『社会集団』の塊(かたまり)としては『有用さ』を求めるのを第一義とするからだ」(同前)

ヤマギシ会の外と内とはまるで質が違うという強固な管理方式―お金と個人の欲求や願望と労働とを結び付けずに分離されている―は、大なり小なり現在のあらゆる高度な管理社会、部分社会の行く末を象徴するモデルになっている。
そこまで先鋭化(=純粋化)していかないと必然資本主義社会での「自由」競争下では打ち勝てないからである。
当然そこでは、自分の中の「社会集団」に合った役割というか「有用さ」のみが求められる。しかも情報科学技術に根ざす管理システムの高度化は「閉社会の人間」化を押しとどめることはできない。
ではこうした疑似ユートピアを乗り越えるためにはどうあったらよいのか?
吉本さんは絶望感に襲われながらもぎりぎりのところまで考えたという。

そのことを自分らの事例に引きつけて自分らの言葉で言ってみる。
○社会倫理環境や運営・制度に関わってくる問題を、自分の倫理の問題として引き受けるところに、自分が重くなったり引き裂かれて悩んだりするのではないか。
○だから社会的な制度・役割を生きる自分と、個人としての自分を混同しないできちんと分けておくことが大事だ。
○つまり分けて考えるとは、例えば先の宮沢賢治の叙情詩「母」の情感にもっと想いをめぐらせ浸りきってみるとよい。するときっと他に対しての不平不満がなくなるだろう。
○一方また社会を構成する管理システムの高度化は今後も避けられない。しかし誰が廻しても猿が廻しても、正確さに於いて答えに狂いないギアーシステムこそは、また大きな利点であることに気づかされる。
そして疑似ではない本物のユートピアは、次のようなシステム原則の上に組み建てねばならない。
「管理される者の利益、自由度、志向性、意志をいつも最優先に置くこと。これに反する管理システムは破棄されるか、または修正されること」

例えばこんなことだろうか?
自分らの実顕地づくりの中で、それまでの別棟に分けられていた村人用の「生活窓口」と「法人窓口」を止めて、窓口を一箇所にしてみたことがある。窓口一箇所で実顕地に住む人の要望を受けて、窓口の側で用途別に仕分ける業務を受けもったのである。するとお役所のようなたらい回しがなくなった!
本稿「わが一体の家族考」は、こうした先達の心底からの助言を受けつつ、画餅・口頭禅に終わることなく未知で未経験な未踏の世界を切り拓いていかねばならない。

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わが一体の家族考(28)

ひそやかな感情が生かされる社会

ここで今少し大なり小なり共通の目的を掲げて社会集団を組むことで見落としがちになる盲点について記してみる。
さきの吉本隆明さんは、あの2000年前後のマスコミ等ヤマギシ会へのバッシングの最中に、
「ヤマギシ会は、脱会する人たちに財産を返す、さらに餞別も渡す、というくらいじやないとダメだと思います」(『超「20世紀論」』2000.9)
と発言された後に、太宰治の『走れメロス』について触れられている。
吉本さんは自分らに何を伝えたかったのだろうか?
走れメロス

純朴な羊飼いメロスは、妹の結婚のために必要な品々を買い求めに町を訪れたが、町の様子がひどく暗く落ち込んでいることを不審に思い、市民に何が起きているのかを問う。
そして、人間不信のために多くの人を処刑している王様の話を聞き、激怒する。
メロスは王の暗殺を決意して王城に侵入するが、あえなく衛兵に捕らえられ、王のもとに引き出された。
人間など私欲の塊だ、信じられぬ、と断言する王にメロスは、人を疑うのは恥ずべきだと真っ向から反論する。当然処刑される事になるが、メロスは親友を人質として王のもとにとどめおくのを条件に、妹の結婚式に出るために三日後の日没までの猶予を願う。
そこでメロスは、度重なる不運に出遭いながらも親友の友情を裏切るまいと、必至に駆けて、日没直前、今まさに親友が磔にされようとするところに到着し、約束を果たす友情と信頼をたたえる物語だ。

吉本さんはその物語の最後の場面に着目する。
「ひとりの少女が、緋ひのマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。
『メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ』
 勇者は、ひどく赤面した」

吉本さんは次のようにいう。
「つまり、太宰はここで、俺は制度だけでユートピアを云々するのはイヤだ、少女の恥じらいに見られるような個人感情、それがユートピアを築く上でとても大切なんだよ、ということをいっているわけです。個人の密やかな感情が生かされない社会は、ユートピアたりえません」

思い当たる節があるなあ。1990年代前半の運動の高揚期、参画者など急膨張に備えての「一つ」のあり方に則った機構・制度の正備に迫られたことがある。
急速な運動拡大によって単位当たりのヤマギシズム度が希薄になり、そこからくる諸種の障害が予想されてきたからである。
するとなぜか目的達成のためには「個人の密やかな感情」なんかに耽っている場合じゃないといった空気につつまれてくる。
例えばその頃、「オールメンバーの誓い」を立てる行事が企画された。ヤマギシズムの「純度」なるものが自分らに問われ始めたのだ?!

たしかに自分らイズム運動の先達の役目を自覚したりふだんの立居振舞を正していくこと自体は良いことであるから賛同はするものの、でも何だか「嫌だなあ」といった気持ちも拭いきれず、とにかくその日(4月25日)が過ぎ去ることのみを内心願っていた。
あの時のどっちつかずの気分は、いったい何だったのだろうか? 優柔不断な人間にありがちなたんなる戸惑いにすぎないのだろうか。

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わが一体の家族考(27)

だからこそやりたいこと

さきに吉本隆明さんは「ヤマギシ会という共同体の理念」について“男女が圧迫される”という懸念(わが一体の家族考12)を表明されていた。
吉本隆明

「その『一体』というところでかんがえていちばん問題なのは、男女の結びつきの次元というのが共同体の次元と同一化してしまうことです。そこがものすごくきついんじゃないでしょうか。
かりにそういう男女がいるとすると、かれらは絶えず共同体の水準におかれようとする力を『一体』という観念から受けているから、男女のあいだに、ささやきとか、声にしなくてもわかるとか、そういう意味の微妙さがなくなっちゃうんじゃないでしょうか。
ふたりでいるんだけれども、絶えず脅かされているといいますか、全部公開されているみたいな、そういう心理状態に絶えずさらされていることになる。
もし人間の性愛のなかに、色とか、味とか、匂いとかの比喩でいうべき問題があるとすれば、それが全部、無味・無臭・無色というふうになってしまうような気がするんです。
ほんとにそうなることはたぶんありえないから、絶えず解体にさらされるか、または、もし男女の結びつきがひじょうに親密になってくれば、共同体から出ちゃうという衝動をいつでも感じざるをえないみたいな、なにかそういうところでいちばん矛盾にさらされるような気がするんです」(吉本隆明『対幻想 n個の性をめぐって』1985.1春秋社)

一般でも例えば気の合う仲間で同人誌を出そうとかして三人以上集まれば、そこに自ずと社会的な集団性のようなものが形成される。そして会費や部数などの一応の取り決めが整えられていく。
しかしそこでの集団性の繋がりは、あくまで同人誌を仲間内で出そうという限定された枠内の出来事だ。それでも仲間内の一人として会費が払えなくなったり共通の目的に同調できなくなったりするいろんな悩み・束縛・矛盾に直面したりする。もちろんそんな取り決めなど、個人の意志によっていくらでも変えられるのだが……。

それがヤマギシ会でいう「一体」の繋がりでは、頭だけの観念的な集団性というよりは夫婦・家族や個人の一生をも包み込んだ事実的世界での繋がりをも意味している。
それはいったいどんな繋がりなんだろうか?
当の自分らも曖昧模糊としてよく分かっていないのだ?!

あの2000年前後にふき出した「家族をやりたい」といった自分らの切実な衝動は、まさに吉本隆明さんの懸念そのものであった。
だからこそ自分らがやりたいのは、「男女の結びつきの次元」を基調にブレないで逆に徹することで、そこでの自己を生き活かされることにおいて、吉本さんが懸念された個と集団の矛盾や対立や背反を抱擁(つつ)み込んで解消、乗り越えていくような道筋の開拓なのだ。

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わが一体の家族考(26)

「二人でおる」世界

当時さきの山岸巳代蔵全集刊行へと盛りあがる中で、山岸巳代蔵を知る人が一堂に会して先生の思い出を語り合う研鑚会がもたれた。
なかでもとりわけ昨年2015年6月に100歳で亡くなられた奥村きみゑさんの情感溢れる話が印象に残っている。
というのもその頃、奥村きみゑさんから次のような話を伺っていたからである。
「先生とあちこち拡大で回っている時のこと。大阪かどこかのうどん屋に入って、そこを出た時、うどん屋の裏手に熱い湯が流れ出ていて、その溝に2匹のけったいな虫が熱い湯が流れているというのに生きていた。
それを見た先生が『ほれ見なさい。あんなやで、あんなやろ。あんな中にいても、二人でおる。そういうものや』といわはった」

他にも同じような話を聞いている人がいる。
「ゲジゲジみたいな虫を見た時、『何で、こんな虫が生きているのか?』
『成るべくして、そう成っているのだな』
『そこから全てが解けて、ショックのあまり倒れるほどだった』」(渡辺操談 山岸巳代蔵エピソード集より)

きっと山岸巳代蔵は生涯幾度となく、「そういうものや」と見える眼からおのずと立ち現れてくるものに琴線を揺るがしたにちがいない。
その何が「そういうものや」かの一端を文章にも記している。

「一日、或る人家の軒下を流れとどまる下水溝に、黒く細長い、蛭にも蚯蚓にも、八ツ目うなぎにさえも持たない、熾烈な悪寒を覚える醜体の、一匹の虫のうごめきを見ました。
青年時、庭先でこれによく似た、頭部が銀杏の葉のような形に拡がった、黒い虫を初めて見た時、慄然とした印象が今なお蘇りますが、こういうものを見ると逃げ出したくなり、目につかねばよかったのに、また何故あんな虫がこの世に置いてあるのか、そして何を楽しみに生きているのかと、時々思い出して暫し耽ることがあり、何時水気がなくなり干乾しになるか、どんな劇薬や苦いもの、酸いもの、辛いもの等が流れて来るか、熱湯をかけられるか、不安の日夜をのたうって、三日がかりで漸くにして遡上したものを、一夜の水にどこまで流されるやら、あなたまかせの生活史です。
今日はうどんの煮汁か米とぎ水か、魚の臓物の饗宴にありつけるかと、あわれうたかたに望みをつなぐ生涯でしょう。
しかし、また案外数少ないであろう彼等にも、配偶者に会う仕組みは、うまく与えられてあるのか、種の絶滅もなきまま、こうして産み付けられた吾が身の不運をかこっているかどうか、詮索したくなります。人間の誰かと引き較べて」
(『獣性より真の人間性へ 二』1954.8.5)

わが一体の家族へと繋がる道筋が、ここからひらけてこないだろうか。ここまで遡るというか降りて行かないと……。
というか、どうもこうした場所に降り立って始めて展開する世界があるようなのだ。

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