自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(126)

吉本幻想論の拡張

こうした古代ギリシアまで遡るフーコーの性の探求に対して、『対話 都市とエロス』(吉本隆明+出口裕弘 1986.11深夜叢書社)の中で出口裕弘は、フーコーはホモセクシャルな思想家、文学者で古代ギリシアでは少年愛が公認されていたから仕事の場をそちらへ移したのではないかといったうがちすぎた解釈をしている。

対して吉本さんの方は、「そこは全部翻訳されて、きちっと読まないと何とも言えないと思いますが、われわれの考え方からすると、たいへん珍しい、興味深いことになっているんじゃないでしょうか」といたって慎重だ。
そして、なぜ性がここで問題になるのか〝よくわからない〟として次のように語る。
吉本隆明

“フーコーがいうセクシュアリティの歴史みたいなものには、真理の問題、メタフィジィカルな意味の権力の問題など全部入ってしまうと思うんです。性あるいは性の歴史の問題のなかにそれを全部入れてしまう、そんな着想をしたのは、どうしてでしょうか。
われわれの感覚で言えば、性の問題は性の風俗、習慣の問題で、それ以上のことはない。その次元ではさまざまな問題があるけれども、それは社会制度の問題にもならないし、政治の問題にもならないし、権力の問題にもならないということになっていくんですが、全部そこに入れ込めるのはどういうことなんでしょうか。”

ここで吉本さんは、
“性の問題は性の風俗、習慣の問題で、それ以上のことはない。”

と〝性の問題〟は人間にとって部分的なものだと一貫して見なす自身の吉本幻想論に立って〝よくわからない〟と疑問を投げかけている。
そうか、そうだったんだ!
こうした観点から、この間何度か紹介してきたように思想家・吉本隆明さんの「ヤマギシ会という共同体の一体理念」が深まれば深まるほど、却って〝男女の結びつきが圧迫される〟という懸念を抱かれていたのだ! 引用してみる。

“「その『一体』というところでかんがえていちばん問題なのは、男女の結びつきの次元というのが共同体の次元と同一化してしまうことです。そこがものすごくきついんじゃないでしょうか。
かりにそういう男女がいるとすると、かれらは絶えず共同体の水準におかれようとする力を『一体』という観念から受けているから、男女のあいだに、ささやきとか、声にしなくてもわかるとか、そういう意味の微妙さがなくなっちゃうんじゃないでしょうか。ふたりでいるんだけれども、絶えず脅かされているといいますか、全部公開されているみたいな、そういう心理状態に絶えずさらされていることになる。
もし人間の性愛のなかに、色とか、味とか、匂いとかの比喩でいうべき問題があるとすれば、それが全部、無味・無臭・無色というふうになってしまうような気がするんです。
ほんとにそうなることはたぶんありえないから、絶えず解体にさらされるか、または、もし男女の結びつきがひじょうに親密になってくれば、共同体から出ちゃうという衝動をいつでも感じざるをえないみたいな、なにかそういうところでいちばん矛盾にさらされるような気がするんです」”(吉本隆明『対幻想 n個の性をめぐって』1985.1春秋社)

いったい〝われわれ〟って誰のこと?
こうした〝われわれの感覚〟こそ今本当にそうかどうかが問われているのだ。自分らがやりたいのは、個と集団の矛盾や対立や背反を抱擁(つつ)み込んで解消、乗り越えていくような道筋の開拓なのだ。

それはむしろ〈性〉を媒介にした〈一体理念〉を基盤というか〝主体〟に、自己の生き方そのものを配慮し陶冶(怒りを取り去る実践等々―引用者注)していくことで、真理に即応しようとする思想でもあるのだ! 

“真理主義、真理即応主義、合真理主義”(「ヤマギシズムについて」山岸巳代蔵)

“現代社会では、技芸(アート)はもっぱら物体(オブジェ)にしか関与しない何かになってしまい、個人にも人生にも関係しないという事実に私は驚いています。技芸が芸術家という専門家だけがつくる一つの専門領域になっているということにも驚きます。しかし個人の人生は一個の芸術作品になりえないのでしょうか。なぜ一つのランプとか一軒の家が芸術の対象であって、私たちの人生がそうではないのでしょうか。”(『倫理の系譜学について』フーコー)

それは吉本幻想論の拡張、即ち幻想論に先だってある〈性〉=〈ヤマギシズム恋愛結婚観〉から出発することを意味するはずだ。
これで少しは恩返しができるかもしれない。

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「と」に立つ実践哲叢(37)

 〝わが一体の家族〟を思う

是枝裕和監督の映画「万引き家族」を観た。
万引き家族

万引きを生活の足しにして仲良く暮らすとある家族の姿を描いたものだ。しかも老女と中年夫婦と若い女、二人の子どもで形成されるこの家族には、血の繋がりがない!?
血縁のない家族、血縁に閉じていかない絆、そんな血縁を超えた支え合いの形がどう実現できるのか、そんな人と人との繋がりの可能性をテーマにしてみたのだという。

そう言えば映画の中で、絵本作家レオ・レオニの『スイミー』を男の子が朗読しているシーンが印象的だった。是枝監督の込めたものがそこに感じとられた。
というのもカンヌ映画祭で最高賞パルム・ドールを獲得した記者会見で、取材で行った親の虐待を受けていた子たちが暮らす施設で、女の子が国語の教科書を取り出して『スイミー』を読んでくれた。その朗読している女の子の嬉しそうな顔が頭から離れなくて、そうか自分は『スイミー』を読んでくれた女の子に向かってこの映画を作っているんだと、あらためて気づかせてくれたと監督自身が語っていたからだ。

あらすじはこうだ。
小さな赤い魚の兄弟たちの中で、一匹だけ真っ黒な魚の〝スイミー〟。大きなマグロがやって来て、兄弟の魚たちを飲み込んでしまう。逃げられたのはスイミーだけ。
そんな怖くて淋しくて悲しい失意のうちに暗い海の底をスイミーは泳ぎ続ける。
けれども、海の中のクラゲやイセエビやコンブやワカメ、うなぎやイソギンチャクなど面白いものに出会うたびに元気を取り戻す。
そんな中で見つけた、スイミーそっくりの小さな赤い魚たちに「遊ぼう」って誘っても「大きな魚に食べられるから」と岩陰から出て来ない。そこでスイミーは考えた。皆で大きな魚のふりをして泳ごう、と。そして皆が離ればなれにならず一匹の大きな魚になって、スイミーは目の役に就いて皆は泳ぎ、とうとう大きな魚を追い出した。
スイミー

映画では後半、老女の死や少年のとっさにあえてとった万引きから一気にそれまでの家族の時間が暴かれ、奪い去られる。だって血の繋がらない女の子を〝拾って〟形成された家族は、世間的に見ればその行為は〝誘拐〟にほかならない。家族は外からのバッシングと内からの疑心暗鬼で壊れていく……。

にもかかわらず、この家族に流れている〝共に過ごす〟時間や情に触れてか、今多くの人の心を揺さぶり続けているようなのだ。
じつは自分らもまた、ここ数年来是枝監督の初期作品、生のかけがえのなさを描いた『ワンダフルライフ』やレオ・レオニの『あおくんときいろちゃん』等を研鑚資料にして、見も知らぬ〝わが一体の家族〟を研鑚会で思い描いてきた。

それは〝あおくん〟や〝きいろちゃん〟に先だって誰の心にもある見えない〝みどり〟の世界の発見から始まる。誰もが家族同然の繋がりを既に生きているという驚きだった。

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わが一体の家族考(125)

フーコーの中での〝転換〟

否、世界は広い。もう一人あのフランスの思想家ミシェル・フーコー(1926-1984)がいた。
ミシェル・フーコー

そう言えば本稿のタイトル「自己への配慮」も、近・現代では自己中心主義とか引きこもりを意味するものになっている〝自己への配慮〟という概念をヒックリ返して、むしろ肯定的な価値を持つものとして新たな命を吹きこんだフーコーの講義録から採ったものだった。
晩年の山岸巳代蔵が無固定の〝愛情問題〟に没入したように、かのフーコーも真理に即応する自己は、自己主張するなど自分という己にはなく、〝自己自身への配慮という愛情〟(「倫理の系譜学について」)それ自体にあるのではないかとキリスト教以前の古代ギリシア・ローマまでさかのぼっていく。
亡くなる三ヶ月前の最後の講義のための草稿の締め括りに次のような言葉を遺している。

“最後に私が強調しておきたいのは以下のことである。すなわち、真理が創設される際には必ず他性の本質的な措定があるということだ。真理、それは決して、同じものではない。真理は、他界および別の生の形式においてしかありえないのだ。”(『真理の勇気』)

ここでの〝措定〟の意味を、欠かせないものとして定めること、それ無しではあり得ないと定めることをいうなら、〝必ず他性の本質的な措定〟とは、山岸会会旨=「われ、ひとと共に繁栄せん」の精神に重なるにちがいない。主体はわれにも、ひとにもなく、「共に」にあるのだから……。
山岸養鶏でいう〝鶏を飼う場合の鶏や、社会との繋がりを知る精神であって、自分一人よくなろうとの精神では、養鶏も絶対に成功しないとの原理精神のことです。〟
の〝繋がりを知る精神〟にも重なるにちがいない。

第一巻『知への意志』の刊行から八年が過ぎ去っていた。こうしたフーコーの沈黙に、「彼はもうおしまいだ」「行き詰まっている」といった数々の噂が流れたという。
それが死の直前に刊行された第二巻『快楽の活用』、第三巻『自己への配慮』の中で、真っ向から〝性〟と〝倫理〟と〝真理〟の問題に向かい合うのだ。
いったいフーコーの中でどんな〝転換〟があったのだろうか。
晩年のインタビューで次のように語る。

“うまくいかないと気づいたのは、その仕事(『知への意志』)をしながらでした。重要な問題が残っていたのです。
すなわちなぜわれわれが性から道徳的な経験を作り上げたかということです。そこでわたしは十七世紀についての仕事ここからを放棄し、閉じこもって時を遡り始めました。
キリスト教の初期の経験を調べるためにまず五世紀に、それからその直前の古代の末期に。最後に三年間に、紀元前四世紀と五世紀の性についての研究で締めくくりました。”

そこから近代のキリスト教の道徳とは対照的なギリシャ・ローマにおける性道徳の形成を見出す。それは、

“性行動はギリシア人の思索のなかでは、愛欲の営みという形式、つまり統御しがたい力の闘争の場に属する快楽行為という形式のもと、道徳的な実践の領域として組立てられている。”

そしてそこからさらに、近代的な主体概念とは全く異質な主体概念を発掘する。
それは自己との関係はまさに性において創出され、実現されるという新しい生き方、新しい道徳がそこに展開されているのを見たのだ!
この性の道徳では、文字通りの〝快楽〟の活用やコントロールなどの様々な実践と鍛錬を通して、自分が道徳的な主体であることを確認し、自分の生き方そのものを〝生の一つの美学〟として顕現することにあった!
ここから欲望をもつ人間が〝性〟を通して真理にまで結び付く道筋を辿っていくのだ。
要は真理とか自己は認識したり描いたり解釈するものに留まらず、実践する・生きるべき・顕す・もたらされるものへと転回させたのだ。

それは人間の恋愛・結婚観の底に流れる〈性〉の問題は、快感、快楽、習慣、家族制度、風俗、禁忌と侵犯の問題にとどまらず〝真理の問題〟に入っていくものだという発見だった。

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わが一体の家族考(124)

他はもう枝葉末端の問題

またこんなこともあった。
昭和三三(1958)年夏、三重県阿山郡春日村(現在の三重県伊賀市)の春日神社の裏山の松林を切りひらき、「山岸会式百万羽科学工業養鶏」構想に命ぐるみ、財産ぐるみ投げ出して理想顕現に賭ける熱願行為湧き上がる中で、同時に〝愛情研鑚会〟なるものが開催されたのであった。
当時そうした事態の推移を見守る参画者や会員の〝混沌たる動揺〟の気持ちに以前触れたことがあった。

“山岸巳代蔵全集所収の年譜には、1958(昭和三十三)年 57歳
八月十二日 起工式を挙行。この頃、春日村の元村長中林宅の離れに柔和子と共に移る。その一方で頼子のいる四日市のアパートへも通う。
と記されている。
そしてそこから春日山に出向いては、養鶏の飼料設計や消毒方法や鶏どうしの尻つつきや羽食いなどを防ぐ手立てについての飼育係からの相談に乗ったりはしていたが、実際のところ愛情問題の解明にほとんど占められていた。
柔和子とは第三九回特講(京都、三鈷寺)で出会った福里柔和子(当時38歳)のことであり、頼子とは第四回特講(京都、三鈷寺)で出会った井上頼子(当時19歳)のことである。
その頃山岸巳代蔵は、京都向島に住む妻・志津子とは別居して、昭和三十一年秋頃から三重、四日市市の会員井上与男宅で井上頼子と住んでいて、昭和三十三年三月末には福里柔和子との婚約発表をすませている。
これには四日市支部の会員も動揺したらしい。そうした山岸巳代蔵の行動が四日市支部の研鑽会でも話題になったが、本人は一切弁解をしなかったので並みいる人々は二の句がつけなかったという。
かくして、三重県菰野の見性寺に関係者(頼子や柔和子らも参加)が一堂に集まって持たれたのが、暮れも間近い十一月の末から十二月の初めにかけての愛情徹底研鑽会だった。
菰野の見性寺

山岸巳代蔵にとっては、愛情に関する問題は、非常に大きな課題であり、一体世界における、無固定の結婚はどうあったらよいのか、これの究明・解明・実証こそ、その本願とする全人幸福への最大不可欠の課題とみなしていたようである。
一方、『百万羽』構想や会活動を現に進めている当事者らにとってみたら、またとない山岸巳代蔵の真意を問いただす場でもあった。
その一部がテープに収められて保存されている。引用してみる。

奥村和雄(『百万羽』参画者) まあしかし、この、愛情問題ちゅうか、これはもう、みなが非常に関心持ち、また、今の社会には受け入れられないと、二百年後の社会であればいざしらず、これが山岸会の進展に大きなマイナスになっておると、今としても『百万羽』の進展に非常に影響しているということも事実。また参画しておる人も、これがために非常に不安な気持になっている。本当の腹の底から力が入らないということ、これはまあ事実、私みたいなものでもそうなんですけどね。”

岡本善衛(会員・三重県県会議員) またあの、おそらくねえ、そりゃあ、あなたのような心境になったらどうか知らんけどね、しかし現実社会に生きる人間がね、そういうことなんかあり得ない。わしゃあ一番困るのはね、東京で、
「山岸さんっていうのはそういう状態で、山岸会はそういう問題、非常にルーズらしい。どういう考え方だ?」
と、こう訊かれる、わしゃあ、当然困る。
でね、「そりゃね、恋愛の我々の旧道徳というものよりも、もう少し高い所でね、見てると。だから恋愛の問題だけはね、たまたま旧道徳を超える場合があると思うんだ」と。
「しかし、山岸さんの現実の問題は僕は知らんのや」と、こう言うて逃げとるんですがね、しかし、これは私は一ぺんはあなたに訊きたいと。”

奥村和雄  エー、親父さんのその気持、よく分かっておるんですわ、それで根本的なものを解決せずして仕事が出来ないとね、これもごもっともなんですがね、それはもう別に言う必要ないんですし、春日や『百万羽』の事情を別に一応言う必要もないんだけれどもですね、やはり、この二七日からのこの研鑽会が非常に大きく響いておるということ、周囲に大きな反響を及ぼしておる、この解決を皆ですね、首を伸ばして嘆願しておるような形で待っておると、
「今にまだそれが解決せないのか」という、皆のですね、気持ですね、非常に混沌たるものが流れておるようです。
「それがあるから解決せよ」と言うんではないけれども、これをですね、最も効果的に焦点を絞ってね、一時も早く解決しなかったらね、まあそりゃ一歩一歩前進しておるとはいうものの、ね、堂々巡りばかりやっておっちゃね、これで、エー、に終始してしまってね、エー、ま、これも一つの仕事の内だと言えば、それは当然のことでもありますけどね、そこを銘々しっかり銘記して、真剣にこれを推し進めていってもらいたいと思いますな。”

『百万羽』という偉大な事業を進めるにあたって、それに先立って私的な個人的なプライベートに属しているはずの〝愛情問題〟の真の解決がなぜ求められるのか?”(わが一体の家族考72)

関係者は皆、戦々恐々として研鑚会の行方を見守っていたにちがいない。
本稿「わが一体の家族考」を始めた動機の一つに、じつはこうしたある意味狂ったような山岸巳代蔵の〝愛情問題〟への取り組みの真意を探るためでもあった。
この〝愛情問題〟こそ、幸福への根本問題で、他はもう枝葉末端の問題だという。
こんなこと公言する人は、自分の知る限り山岸巳代蔵と千石剛賢さんの二人だけだ。
ここで自分らがやりたいのは、「なぜ〝愛情問題〟こそ幸福への根本問題で、他はもう枝葉末端の問題にすぎない」とハッキリ言い切れるその糸口をしっかりと掴むことにある。
ここが〝なかなか容易ではない〟などとつい弱音を吐きそうになると、それは〝自己革命が為されていない〟からだといった笑い声がどこからか聞こえてくる。

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