FC2ブログ

自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(136)

先ず心の世界の解決から

ちなみに先(わが一体の家族考134)の山岸巳代蔵の、

“たいそうやね。自分の一尺後ろにある宝を前向きに見ていて、ちょいと振り返ると……。”

という発言からヒントを得て、〝自分の一尺後ろにある宝〟をあまりに近すぎて可視化することも分離することもできない「イェニーさん問題」というか自分らの文脈に沿うならば、長い間不問に付されてきた「ヤマギシズム恋愛・結婚観」と見なしてみたらどうなるのだろうか?
また20世紀最大の〝社会主義革命〟の社会実験の悲劇も、あの偉大なマルクスが「イェニーさん問題」から大きく逸れていったところにその真因を直接・間接的に見て取ることが出来るかも知れない。
あえて〝「イェニーさん問題」に踏み留まる〟ところから展開するものが必ずあるはずなのだ。

例えば一番肝心なところから気づかぬうちに逸れてしまうことはしょっちゅうである。 
養鶏の餌配合設計をやっていた時、「米ぬか(玄米を精米する際にとれる末粉)の在庫が無くなった、どうする」「取りあえず繊維質の多いフスマ(小麦を粉にする時にできる、皮のくず)で代替えしておこうか」といったやり取りを繰り返している中に、フスマの代替えに立って次を考えてしまい、いつしか当初の餌配合設計と大きくかけ離れた餌配合に驚いたことがある。
あの駅の車掌さん等の〝指差し呼唱〟の日々元に戻り毎回確認することの大切さに気づかされたことだった。
指差し呼唱

また日頃の実顕地生活を振り返ってみても、具体的な様々なことがテーマとして研鑚会で取り上げられるが、ややもすると常に何か問題があって、その問題(事柄)の処理・対応策になりがちである。たしかにそうした問題解決法は、常識的に考えられる無理のない策であろう。
しかしそうした日々の研鑽は、今自分が置かれている立場からの「それはこうしたらよい」という見解にすぎず、〝本当はどうか〟という研鑽には繋がっていかない。
根本のものを究めていかないで「こうやないやろか」「ああやないやろか」と積み重ねていくだけでは、だんだん変形されたものになって純粋なものが見失われて行きがちだ。
1960年頃、ソ連の社会主義革命の行き詰まりをみて山岸巳代蔵は言う。

“月の世界へ何ぼ行けても、やっぱり解決できないものがある。問題を解決していったらよいのに、自分達で手掛けているもので解決していこうとするので出来ない。”

ここに人間革命を並行しない社会革命の限界を自分らは見る。
1960年4月ソ連大使館員が春日山を視察しているが、そこで「おかゆを食べていても楽しい」という実顕地メンバーの発言に、大使館員の「それは観念論だ」と応えた記録が残っている。
いまふり返ると、こんな一挿話からでも失敗の原因のひとつが覗かれるようでじつに興味ぶかい。唯物論(マルクス・レーニン主義)も「物が豊富になれば人間は礼節を知り、世の中がよくなり幸福になる」と考えるひとつの観念思想にすぎないのだから……。
残されてきた一番肝心な部分とは何か。

“ちょっと心掛け変えたら、自分も子供も本当の仕合せになるのに、「私は私」でやる独走や。「ああいうことは嫌やから」、「いけないから」と自分で自分を裁く大間違いで、いつまで経っても気づかん。
そんなら段階を追ってなるかというと非常に迂遠で、かえって大きな躓きをした方が早い。あの人の、ある部分を採り入れてやるのはよいが、肝腎なとこを間違えてとって、その通りやったら大変なことになる。
なかなか良い人だが、自分の信ずることをやってるという独走的なものが問題だ。みんなの知恵と、肉体を含む力とか能力を寄せて、みんなの仕合せのために、より良く、より正しくを究明して実行できていく人が大事。これは、先ず心の世界かと思う。その転換というか、悟りが先やと思う。
自分の考えでやっていく、そこにどうしても一体になれないものがある。”(1960.9.9)

ここでの〝心の世界〟の内実を、〝自分の一尺後ろにある宝〟として「ヤマギシズム恋愛・結婚観」として見なすこともできるのではなかろうか?

スポンサーサイト

PageTop

わが一体の家族考(135)

「イェニーさん問題」に踏み留まる

少しづつ「イェニーさん問題」の内実へと分け入っていこう。どこかでヤマギシズム恋愛・結婚観に出会えることを楽しみに……。
森崎さんが〝イェニーさんのことを思い浮かべながらマルクスさんはこの箇所を書かれています。〟という箇所は次のような一節である。
経済学・哲学草稿

“人間の人間にたいする直接的な、自然的な、必然的な関係は、男性の女性にたいする関係である。
この自然的な類関係のなかでは、人間の自然にたいする関係は、直接に人間の人間にたいする関係であり、同様に、人間に対する〔人間の〕関係は、直接に人間の自然にたいする関係、すなわち人間自身の自然的規定である。したがってこの関係のなかには、人間にとってどの程度まで人間的本質が自然となったか、あるいは自然が人間の人間的本質となったかが、感性的に、すなわち直観的な事実にまで還元されて、現われる。
それゆえ、この関係から、人間の全文化的段階を判断することができる。この関係の性質から、どの程度まで人間が類的存在として、人間として自分となり、また自分を理解したかが結論されるのである。
男性の女性にたいする関係は、人間の人間にたいするもっとも自然的な関係である。だから、どの程度まで人間の自然的態度が人間的となったか、あるいはどの程度まで人間的本質が人間にとって自然的本質となったか、どの程度まで人間の人間的自然が人間にとって自然となったかは、男性の女性にたいする関係のなかに示されている。
また、どの程度まで人間の欲求が人間的欲求となったか、したがってどの程度まで他の人間が人間として欲求されるようになったか、どの程度まで人間がそのもっとも個別的な現存において同時に共同的存在であるか、ということも、この関係のなかに示されているのである”(『経済学・哲学草稿』岩波文庫版)

ここで二十代の若きマルクスは、女性を肉欲の餌食や下女と見なす〝征服欲・支配欲・所有欲〟の感覚で構成されている170年以上前の19世紀中頃の社会背景を念頭に、そこに男性の女性にたいする関係がどの程度まで人間的本質になったかの現れを文化的段階として見ようとしている。
もっとも先の「イエスの方舟」の千石剛賢さんが、

“結婚ってなんだ、良心を麻痺させる淫行の場ではないのか。”

とか、「おひとりさま」の社会学者・上野千鶴子さんが、

“結婚は社会契約。「つがい」は繁殖期の行動。夫婦は子育ての戦友だ。”

と言い当てていたように、21世紀の現実とそんなに変わっていないことに気づかされる。
それよりも刮目すべきは、次の一節である。
〝男性の女性にたいする関係は、人間の人間にたいするもっとも自然的な関係である。〟
ここに「一対の男女の自然関係としての性」が直感的に捉まえられている!

この間の自分らの表現では、〝夫婦の繋がり、人と人との繋がり〟を知る精神、その繋がりさえ分かれば……、といった次元の〈転換〉を促す〝自己革命〟の出発点に立つことを意味している。
何度も繰り返すが、じつはここでの〝その繋がりさえ分かれば〟の理解が難しいのでなく、その繋がりへの〝出発点に立つ〟ことが容易ではないのだ!?
その後マルクスは森崎さんも指摘されるように、「イェニーさん問題」から大きく逸れ、人間疎外を基調とした貨幣の謎を解明しようと『資本論』の著述に向かっていく。
そのことはまたマルクス主義として20世紀最大の〝社会主義革命〟の社会実験の悲劇へと直接・間接的につながっていく。
だとしたらあえて逸らさないで「イェニーさん問題」に踏み留まるとはどんなことなんだろうか?

PageTop

わが一体の家族考(134)

水を問題にしないで城を救う法

ヤマギシ会に参画したての頃、次のようなことを研鑽したことがある。

“目標を実現する最善の方法は一つであり、理想はその方法に依って必ず実現できる。如何なる場合でも、その方法を重視していきたい。”

エッ!? 方法はたった一つしかないの? そんなバカな……とビックリしたことがある。
こうした日々のいったい何を言わんとしているのだろうか?といった驚きが、飽くなき好奇心となって今日まで続いている。

例えば次のような話も事あるごとに思い浮かんでくる。自分らの進むべき道を指し示してくれているようにも感じるからだ。
九州の方で、ヤマギシ会会員の有志で〝青い鳥農場〟が発足したが、すぐに行き詰まってしまった。そこでAさんが「何か立て直す方法ないか」「解体せずに、何か良い考えないか」と研鑚会に出した時のことである。(ヤマギシズム理念徹底研鑚会1960.7)
そこで山岸巳代蔵は軍記物や戦略史にある「白米城」の伝説を引き出して、〝起死回生の妙手〟とか〝奇策と見える正攻法〟と自ら名づける案を披露してみせる。
白米城伝説

「白米城」とは山城の落城を語る伝説で、籠城戦で敵に包囲されて水を断たれた時に、城にはまだ水が豊富にあると攻め手に信じこませるために、兵糧の白米を水に見立てたというもの。
攻撃側から見えるように白米を流し落として滝に見せたり、馬を白米で洗う光景を見せたりしたという。すると敵はこれを見て水では弱らんぜと、長期戦やなとつい気がゆるんだとき打って出て切り抜けたという話。

この案を、零位に立って聴いて欲しいという。簡単に素直に言おうとする焦点を聴いて欲しいのだと。
というのも、関係者の誰もが「水が問題や、水が問題や」と固く信じ込んでいる中で、〝この案〟の実行くらい荒唐無稽で軽く聞き流されてしまうことが多い象徴的な例なのだ!
水が足らないから、水が問題やと。その水水と言っているから、解決できないのだ、と!?

先(「と」に立つ実践哲叢38)で触れたあの〝のぼう様〟の〝田楽踊り〟の姿が思い浮かぶ。
山岸巳代蔵もAさんらのいつまで立っても一向に結論の出ない〝くよくよ小田原評定〟にしびれを切らしてか次のように発言する。

“たいそうやね。自分の一尺後ろにある宝を前向きに見ていて、ちょいと振り返ると……。”
“自分から殻脱ぐだけ、これ出来んかね。”
“財産なければ、知恵がなければ出来んでなしに、知恵が邪魔することがある。財産が邪魔することもある。青い鳥は九州の人達の内にあるということを気づいてもらえたら結構やと思うの。”

「イェニーさん問題」もまたしかり。
イェニーさんはマルクスよりマルクスの近くにいる。あまりに近すぎて可視化することも分離することもできないという先の森崎さんの発言と重なって尽きせぬ興味をかきたててくれる。

PageTop

 「と」に立つ実践哲叢(38)

ゴールインスタート考

今年の夏は記録的な猛暑が続き、連日テレビ等で「熱中症に警戒」「命にかかわる暑さ」「エアコンを我慢しないで使うように」等々とくり返し呼びかけていた。なんだか急かされているようでどうも落ち着かない。
そんな折、ネットで観た映画『のぼうの城』で暑さも吹き飛ぶ爽快感を味わった。

戦国末期、天下統一を目前に控えた豊臣秀吉の大軍二万人を前に、周囲を湖で囲まれた「浮き城」の異名をもつ小さな城・忍城(おしじょう)軍はたった五百人。勝ち目のないことは誰の目にも明らか。
しかも「でくのぼう」を略して〝のぼう様〟と皆から好かれる忍城の城代は、戦には最も不向きな臆病者。頼りなく、「俺たちがついてなきゃ、あののぼう様はなにもできゃしねえ」という気持ちにかき立てられる。何もできないことが、却って皆の心を一致団結させる。

そんな難攻不落な忍城は、とうとう城の周辺に巨大な人工の堤を築き、それを決壊させる豊臣軍の“水攻め”にあう。
そうした絶体絶命のさなか、〝のぼう様〟はなぜか「水攻めを破る」と公言する。
そして一人で武器も持たずに小舟で豊臣軍が築いた堤へと向って大好きな田楽踊りを披露する!? 
のぼうの城

するとこの〝とんでもない奇策〟に、敵も味方も驚いて一斉に喝采の声を上げる。彼らの心を大いに揺さぶるのだ。
なんとその田楽踊りをきっかけに、城に籠もるのを拒んだ百姓達が人工堤の土俵を引き抜くことで大量の湖水が逆に豊臣軍を襲う!

そんなことは〝のぼう様〟には先刻お見通しだった。城外の百姓たちも我らの味方であるとの確信があったからだ。
これが起死回生の妙手だった。思わずハッとした。これこそ、その道を通る以外には到達できない唯一最善の方法なのだ。

ふと一週間の「特講」を終えた皆に寄せた山岸巳代蔵のメッセージ(「一粒万倍に」1961.3.15)の中の〝ゴールインスタート〟という言葉が思い浮かぶ。
ゴールインとは、スポーツでボールを相手のゴールに入れて得点したり、男女交際を終えて結婚というゴールに到達したというニュアンスで使われる。
だとしたら映画での〝のぼう様〟が皆の前で披露する田楽踊りこそ、〝ゴールイン〟と〝スタート〟が一直線の立ち居振舞だったのではなかろうか?

豊臣軍の狙撃兵の的になり殺されるかもしれない。実際肩を撃ち砕かれるのだが、そうした〝結果〟は〝ゴールイン〟ではない。
戦う前から〝のぼう様〟は、「北条家にも関白にもつかず、皆で今までと同じように暮らせないかなあ~」と呑気なことを言っては皆を唖然とさせていた。この次元ですでにボールはゴールネットを揺らしていたのだ!
これが奇策と見えて実は理にかなった〝正攻法〟だった。その顕れが田楽踊りである。
自分らの〝人生踊り〟とも重なってくる。

PageTop

わが一体の家族考(133)

「イェニーさん問題」

ここでの「イェニーさん問題」とは、カール・マルクスの妻、イェニーのことだ。森崎さんは語る。
イェニーとマルクス

“マルクスさんの思想のなかでもっとも可能性があるのは、男性の女性に対する関係のなかに人間の人間にたいするもっとも直接的で本質的な関係があらわられると言っておられるところです。マルクスさんのこの直感のことを「イェニーさん」問題と呼んできました。『経済学・哲学手稿』のなかでもっとも音色のいい言葉はここです。イェニーさんのことを思い浮かべながらマルクスさんはこの箇所を書かれています。”(歩く浄土200)

そう言えば学生時代、岩波文庫版の『経済学・哲学草稿』を読んでは一杯の赤線を引いた記憶がよみがえる。よほど心に響いたのだろう。例えば次のような一節、

“人間を人間として、また世界にたいする人間の関係を人間的な関係として前提してみたまえ。そうすると、君は愛をただ愛とだけ、信頼をただ信頼とだけ、その他同様に交換できるのだ。(略)
もし君が相手の愛を呼びおこすことなく愛するなら、すなわち、もし君の愛が愛として相手の愛を生みださなければ、もし君が愛しつつある人間としての君の生命発現を通じて、自分を愛されている人間としないならば、そのとき君の愛は無力であり、一つの不幸である。”

たしかにここで新婚ほやほやのマルクスは、イェニーさんのことを思い浮かべながら書いている。
しかもこの文章は〝貨幣〟と題して、貨幣は互いに矛盾しているものを無理やり結び付け、例えば愛を憎しみに変えてしまうものだと論じた後の締めくくりの一文である。
自分らはここから出発しようというのである?
森崎さんもいう。

“マルクスにとってのイェニーさんの関係をひとつの喩とすれば、イェニーさんはマルクスよりマルクスの近くにいる。あまりに近すぎて可視化することも分離することもできない。この性をそれ自体として取りだして対象化することは自己意識によってはできない。性はいつも自己に先立ち自己の手前にある。”

どういうこと?
この間の自分らの文脈に沿えば、先(わが一体の家族考116)で〝心の琴線に触れる場所〟と題した一節、

「“神がそばを通られてもわたしは気づかず
 過ぎ行かれてもそれと悟らない”(ヨブ記)
無いものが、見えないものが見える人になるために、〝ふとした機縁から気づい〟た世界を通り過ぎないために、そこに立ち止まり、踏み留まって、行きつ戻りつを何度も何度も繰り返し表現していくのだ。」

に当たるのだろうか。
軽く見過ごしたり聞き流さないで、そこに立ち止まり、踏み留まって、行きつ戻りつを繰り返していくのだ。

PageTop