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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(157)

頼子とのわかれ
特講絵図

山岸巳代蔵には結婚観、男女関係については一貫した考え方があった。それは例えば、

“僕はね、本当に女性が救われるのはね、これは男性も共にやけど、救われるのは、固定のない結婚だと、こう思えるの。何人とか、誰々とか、こういうものはないのやと思うの。誰と誰とというような固定がないのやと思うの。それは未だにおんなじ、一貫してるんよ。キメつけのないのが本当だと、こう思っているからね。だからね、あのやはり、これも全人幸福の立場から、わざわざ作ろうたって、作れるもんやなしに、好んでそんなことして交際求めてやろうとしないのに、いろいろの機会があると。そしてそんなふうになっていく状態ね。”

といった流れ雲のような成り行き任せからの真の結婚を探ねての途上で偶然か必然か出会った頼子という女性であり、一年後には何の野心もなく出会ったのが柔和子という女性だった。
すると頼子には嫉妬っていうのか嫌気が感じ出してきて、だんだんと頼子との関係が悪化して悲惨な場面が出てくる。しかも1958年3月末には柔和子との婚約発表にいたる。
期せずして柔和子からは私と結婚したとなったら〝私は火の女〟ですよと覚悟を迫られるし、精神的肉体的純情をくれた頼子も絶対に落とせない立場に追い込まれる。一番難しい〝結婚の革命〟に直面する。この革命が成されないで、何の革命や、本当の社会やという思いに胸が張り裂けそうだった。
だんだん愛情の混乱状態が起こってきた。
そんな愛情の混乱で絶望状態になった山岸巳代蔵は、そこで話し合いをして〝なんとかならないもんか〟と見性寺の愛情研に一縷の望みをつなぐのだが一応それは持ち越しになり、翌1959(昭和34)年1月17日の〝熱湯事件〟になり、療養を兼ねて春日山近くの柘植の旅館で頼子と一緒に暮らしてみたりと、落ち着かない日々が続くのだった。

そんな愛情の不安定のさなか、山岸会の運動面では4月全国民を「特講」に送る急進拡大運動が提案され一気に盛りあがる。そしてそこから全国的に名をとどろかした〝山岸会事件〟へ。山岸巳代蔵もまた全国指名手配として追われる身となった。
その後山岸巳代蔵は、あちこちを転々と移り、出頭の機会をうかがう。頼子とは7月末に会っているが、この年の12月半ば結局は頼子の手には渡らなかった手紙を人に托して以後、連絡は途絶えることになった。
昨日頼子のために一日中泣いた……から始まるその手紙の一部を紹介してみる。

“二階で別れる時、私をどうしてくれるのと、ヨー(頼子のこと―引用者注)にしんけんに云われた言葉が毎日胸に痛い。ヨー、ビックリしないように。情死した方がよいと思うなら、直に明日にも来てくださいね。ホントによろこんで死ぬよ。ヨーと末永く楽しく暮らしたいのが第一の願い。その次は、三日間ヨーと充分たのしくくらして一と思いに死ぬよ。よほど思いきって、ヨーも考えて決心して、ヨーを不幸におとして、全人もくそもあったものか。”

昨夜は近くの浜大津に住む柔和子の病状急悪化と精神的に落ち込んでいる報告を受けて、のたうち回り、苦悶で夜を明かした。とうとう杉本利治さんに来てもらって話しているうちに力づけられて元気回復し、頭も働き始めたばかりだった。
「なんで分からんやろな、ママ(柔和子のこと―引用者注)さんさえ分かったらな、仲良ういけるのに」といった通じないもどかしい気持ちを何とか割り切って、〝全人幸福のためなれば何をか云わん我が凡て〟で行動しようと決意するのだった。

いや、それだけではないと思う。先に紹介したイズムの先人山本作治郞さんの「宇宙自然の愛護」や柿谷喜一郎さんの「夫の行為は妻の一体によってなるもの」等の真意に繋がる大森敏恵や井上頼子に共通して流れるものに〝凡てが納得解決するカギ〟を託しているようにも文面から見受けられる。この辺り宿題としておこう。

またこの年の暮れ頼子は、この間何かと相談に乗ってくれていた安井登一(1909~1993 山岸会事件で逮捕され、保釈後は郷里に帰っていた)さんに宛てた手紙で次のような頼み事をしている。

ずっと刑事に監視されて窮屈な思いをしている。今の自分は、ただ一日も早くすべてから解放されて行くべき道を定めたい。そこでお願いがある。あの〝熱湯事件〟の後、伊賀町柘植の旅館に静養を兼ねて暮らしていた時「山岸と頼子は必ず一年後に結婚します」と交わした誓約書を居合わせた貴方は証人として持っているはずだから私に返してほしい。そしてこの事件が早く解決して皆んなが楽しく暮らせる日の早からんことを祈っているといった内容であった。

この時点で山岸巳代蔵はひとりの女性に振られたのである。
そう言えばと、以前ずいぶん吉本隆明の言説に慰められた記憶がふと思い出される。例えば

“男性の方はそういう場合(つまり自分自身っていうのを、一人の異性なら異性っていうものに通ずる、自分を通じさせることができなかったっていう体験―引用者注)には、振られてがっくりするわけですけど、がっくりしたっていう体験を通じて、おそらく、人間は人間として、いかに、卑小な存在であるとか、つまり、自分を相対化する眼ができてくるわけです。
だから、たいへんきついことですけど、その時は、おそらく、振られる男性の方は、わりあいに、神に近い境地にいるわけで、それは、現象的には、表面上はそうは見えないですけど、ほんとうのところはそうなんです。”(講演 自己とは何か-キルケゴールに関連して 1971.5)

ナント〝神に近い境地〟なのだという!? どんな境地なんだろうとあれこれ思い巡らして気を紛らした日々が懐かしい。

そして今、自分らはそこから暗い悲しいみじめな失恋体験・境地が一転〝即極楽の8丁目〟の世界に触れていくのである!
ヤマギシズム恋愛・結婚観の探究を通してその肝心な機微に触れるのである。

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