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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

 「と」に立つ実践哲叢(50)

私が変われば世界が変わる
馬脚をあらわす

ヤマギシの村に住み始めてしばらくしたある日の研鑽会で、「なんでここにいるのと問われたらどう答える?」といった話になった。自分らは、全人幸福運動、戦争のない社会、不幸な人が一人もない、愛児に楽園を、理想社会を創りに等々と答えて、なぜ今さらそんな分かり切ったことを問うのかと怪しんだ。すると問うた人は、「そうかなあ、自分だったら他にやることがないからとしか答えようがないなあ」と発言して皆を煙に巻いた。

そうか、他にやることがないから〝この生き方〟をやっているだけで、もし他にそれ以上のものが見つかればそれをやるだけなのか……。なぜか拍子抜けするぐらい当たり前の理屈(?)に直面してかその後の研鑽会は沈黙気味で盛り上がらなかった。

今ふり返るとなぜあの時、だとしたら他にやることがないというその〝やること〟ってなんですかと率直に問わなかったのだろう?
その一方でいや、それはちがうだろう。自分らは〝他にやることがないからとしか答えようがないなあ〟という発言に、たんなる言葉のあやにとどまらない別次元の世界からのメッセージを無意識に感じ取っていたのだ。だからこそ、今日まで新しい世界を暗示させるとても大切な場面として甦ってくるのだと思ってきたフシがある。
というか、たんなる言葉のあやにとどまらない別次元の世界について想いを馳せるきっかけにもなったある出来事を経てからであった。オウム真理教が話題となり、マスコミなどからヤマギシ会もカルト集団とか洗脳集団だと二重写しにバッシングの逆風が吹き荒れた2000年前後の出来事だ。

弱い馬は平坦道路ではついてくるが、難所になると馬脚をあらわす。難所に直面した時に、こんな筈でなかった、偉いことになったと右往左往。これはとても、と逃げ腰で見ると、みんな悲観的になる。それまでの同志・相棒がにわかに悪く見えてくる。コリャいったいなんやろう?
あの全人幸福運動、戦争のない社会、不幸な人が一人もない、愛児に楽園を、理想社会を創り等々の言葉の空しさに襲われた。画餅・口頭禅、仏創って魂入れずとはこうした事態を想定してのことだった。

要はすっかり今まで通りの一般社会通念や人生観の道を歩いたことに尽きるだろう。
初めて自分らは〝他にやることがないからとしか答えようがないなあ〟という発言の真意の一端に触れるまたとない機会に遭遇したのだった!
だってそうではなかったのか。先の展望など描けず暗い思いの中で唯一やったことといえば、〝自分はどうしていくのか〟を自分に問うことだけだった。

そうか、他人ごとではなかったのだ! 自分の生き方として、つまり〝他にやることがない〟ところまでセンジ詰めて生きていくのだと。そんな未知で未経験の世界を前になぜか心が奮い立ってきた。

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