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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

6 こういうものがある


だがしかし自分がその時自分の琴線に触れたというこの感じは、その時その場でのたんなる思いつきにすぎないかもしれない。その感じの世界が時空を超え、誰の心にもある「心に感じる世界」にまで到達できるかどうかはおぼつかない限りだ。

それにしても自分だけの温もった心地よい、さきのムイシュキン公爵の秘密の場所にも通底する「心の琴線に触れるもの」との対話をくり返していると、いつしかそういう「もの」がどんどん膨らんでくるのだ。

それはどういうものなのだろうか?
そうくり返し尋ねることで、なぜか不思議とそこで癒やされている自分の中の「自分」を見たのだ。
そこでの「自分」って、いったいどんな自分?
そこには驚きがあり、そんな「自分」を見つめていて飽きない。

「物がなくなって、まだ私というものがある。外を見んと、こいつ(自分)を考えてみると、まだ私というものがある。私の考えも、肉体も、生命も、放したらどういうことになるか。よく考えてみると、何か持っているということね。そうすると、分からんの。放し切った中に、『こういうものがある』でいいと思うの。どうやろ」(山岸巳代蔵)

「こういうものがある」という事実に気がついたのだ。
そうした事実その中で癒やされている自分の中の「自分」を見たのだ。もう、からだをまるごと事実その中にゆだねるだけだ。
パッと目の前が開けた感がした。


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