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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

10 そう感じられる場を

「私は私としての理想を描き、理想は必ず実現し得る信念の下に、その理想実現に生きがいを感じて、明け暮れる日夜は楽しみの連続です。家が傾こうが、債鬼に迫られようが、病気に取り付かれても、将来誤った観方をする人達から、白州に引き出されようとも、先ずこのよろこびは消えないで、終生打ち続く事でしょう」(山岸巳代蔵)

さきに「心の琴線に触れるもの」との対話をくり返していると、いつしかそういう「もの」がどんどん膨らんでくるのだ、と記した。
それって理想、真善美の世界実現に繋がる要素の一つ、理想顕現の場であり生活の場としての「基盤」が見えはじめてきたとでもいえないだろうか。

理想を描き、その実現に賭けること自体が「楽しみの連続」で「よろこび」だという。
つまり理想そのものが自分の心の琴線に触れる「実感そのもの」なのだ!

かつて数学者・岡潔は、理想の本体は
①人が追い求めてやまないもの
②知らないはずなのに知っているような気がするもの
③懐かしい気のするもの
として、その強い実在感をあげた。
さきのお母さんのふところに還るような「私の原風景」にも重なるようだ。 

「北海道たび合宿に行って、『ヤマギシでよかった』と言った子がいたそうです。
『そういう声が聞きたくて企画したし、そう感じられる場をもっと用意したい』『子どもが、友達に自慢できる村にしたい』みたいなことを出す人がいました。同感です!」(『実顕地研鑽会記録集』より)

なるほど「そう感じられる場」づくりか。
そういえば最近の「村ネット」が面白い。ジャガイモ、蜜柑、リンゴ、お米等々稔りの秋に合わせるように、実顕地間交流での体験発表が続いている。加えて韓国、タイ、オーストラリアへと諸国への送り出しも盛んだ。

ここでも、成人してからも、経験なり実績が上がっていく程溜まってくる、この垢ともいうべき固定観念のトリコから解放されて、無心の子供心に還るような場が用意されつつあるのだ。

あの鮭の母川回帰に、これからの紅葉の季節に私達は心の琴線を揺るがすように、何かに惹きつけられるような心からの動きとして普段の日々を見ていきたい。
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