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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

「と」に立つ実践哲叢(13)

そもそも「と」に立つとは

ここまで書きついできて、「と」に立つ実践哲学について軽くふり返ってみる。
そもそも「と」に立つとは、山岸会養鶏法が「農業養鶏」として広く世に受け入れられた経緯を説明した一文の題名「稲と鶏」(『山岸式養鶏会会報・創刊号』1954.4.1)からヒントを得たものだ。
その趣意は、今までも農家の米作りに鶏糞を施すことの良いことは知られてはいたが一般普遍化しなかった。そこで個々別々に相互関係としてあった稲作と養鶏を、一体に結びつけた形態に新しく改組したのが「農業養鶏」だった。
良いことがわかっていても、いろんなやれない理由を言って放置されていることが多々ある。なかでも稲作の立場に立っての副業養鶏の導入などは、長続きしない最たるものであろう。忙しくなって田畑に雑草が生え、かえって減収する始末だった。

そこで山岸巳代蔵が為したのは、そうした相互関係を一体に結びつけた形態に改組するという「実践」だった。
それは稲の立場や鶏の立場を通さずに、両方の立場を離れて、放した、未だ手つかずの「と」という場所に立つことで見えてくる観方からの実践だった。
それは鶏を飼って忙しくならない、しかも技術・経験のいらない方法に改めることを意味していた。それが一世を風靡した「鶏卵肉は田畑から」の画期的な一貫生産機構を整えた「農業養鶏」と名づけられた産物だった。
そんな「稲と鶏」に象徴される「と」という場所に立って、例えばそれまで田畑に肥料として施されていた魚粕や大豆粕など鶏の飼料となるものは鶏に給与し、鶏の腹中で配合された生産鶏糞を田畑に施して土壌の肥沃化を図った。購入肥料代が飼料代に化けたのだ!

ところがこの間「専業と分業」のテーマを進めているうちに、素人の対句としての専業の人より「分業の人」へといった意味あいに思い至った。当初の「稲と鶏」での相対する「と」の位置と異なることに気づいた。
昭和三一年一月第一回「特講」開催の前年三月に発行された研鑽資料『二つの幸福 真の幸福と幸福感』がある。そこでの「真の幸福と幸福感」と「専業と分業」での「と」の位置が重なってくる。

こういうことだろうか。
「ここに云う幸福の意味は、不幸に対しての対句ではなく、人生は快適であり、幸福一色であるべきを、真の人生のあり方とする、私共の人生観」
と研鑽資料にもあるように、幸福と云う言葉は二つの場合に使われ、その区別が解らないからか、幸福感のその延長上に真の幸福があると「感違い」している場合がすこぶる多いことに気づかされる。
「稲と鶏」での「と」に立つ実践から別次元の「農業養鶏」なる形態が生まれたように、不幸に対しての対句ではない別次元に真の幸福なる実態が生まれ出るのである!

高度専門化は時代の趨勢だ。そのことは必然各人をタコツボ化の「専業の人」に変えてしまう。
だとしたら別次元に立つ「分業の人」ってあらためてどんな人なんだろうか。
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