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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

「と」に立つ実践哲叢(14)

『サイロ・エフェクト』の衝撃

先日新聞の広告欄で、英国の経済紙の記者・ジリアン・テッド著『サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠』(文藝春秋刊)を知った。サイロって、北海道の酪農地帯に点在するタワー型の穀物サイロのこと? エフェクトは効果とか結果という意味。これって、本稿で今連載中の「専業の人より分業の人へ」の内容と重なるなぁとピンときた。
一読して、まさに自分らのことだと思いあたることばかり!?

今の社会的欠陥の最大なる共通原因がうきぼりにされていく。世界中の個人や組織が直面しているこの難問解決に、この間自分らが取り組んできた実践例をもって即座に打つべき手を提案できることに気づかされる。

現代社会が高度情報化で単一のシステムとして結びつきを強める一方、高度に複雑に細分化、孤立化した社会に対応するためには、一人ひとりが精神的・肉体的に自分に向いた自力を他に依存しないでつけていかざるを得ない。すると誰でもそこだけちぐはぐに発達した専門力が自ずとついてくる。

養鶏に例えるならば、何十年も養鶏に専念していると、そこから影響されるもので体力・知力・実績もついてきて、しかもなぜか自信もついて威張りたくなる。自他共に認める「養鶏の人間」誕生である。いつしか養鶏の立場や実績からモノを考え判断するようになる。養鶏は人生の目的でなく手段だ。人間生活全体のほんの一部にすぎない。それなのに養鶏のみが目的となる縦割りされた小さな狭いサイロの生き方に染まってしまう。
その結果新しい変化に対応できない逆説が「サイロ・エフェクト」なのだ。

どのエピソードもみな身につまされる。
各部門の独立採算と責任制を強調するあまり、先ずその部門が成り立つことを優先して考えねばならず、その結果部門間の交流や協力が絶たれ、今やアップルのiPodが一世を風靡した「ウォークマン」に入れ替わった「ソニーのたこつぼ」の事例。
あの保守的な石橋を叩いて渡るスイスの巨大銀行USBが、2008年のサブプライム危機でゴミ屑同然となったサブプライムローンをごっそり抱えて破綻寸前に追い込まれた事例。リスク担当者も細分化されていてグループ間の交流もなく、情報交換もなかった。しかも肝心のリスクの高低の分類システムがまるで逆さまだった!

もはや会社全体の立場から又他部門の関連の立場から、ものを見る観方・考え方が通用しなくなっていた。
経営トップも経済学者たちも間違えた。専門家ですら、いやむしろ専門家ほど自らをとりまく世界を堅牢なサイロによって秩序づけるあまり、みな同じサイロの中にいた!

筆者は「本書は私自身がこれまでの人生で経験してきた、さまざまな『サイロ破壊の旅』の産物」だという。言い得て妙だ。筆者自身の生き方として、こうしたサイロの弊害や呪縛から逃れる具体案を探る姿勢に、他人事ではない親しみを感じた。     (続く)
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