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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

「九龍城砦」

かつて香港に「九龍城砦」と呼ばれる十階から十四、五階建ての約500棟にものぼるビルの集合体があった。
大小のビルは建物を建てる際に杭打ちをしないから、外壁をくっつき合い寄り合うことでバランスを保っていた。しかも廊下同士が空中でつながっているために、立体迷路を形づくっていた。1970年代後半には、最盛期五万人が約100×200メートルの敷地の中に暮らしていたという。
九龍城砦

歴史的には、そこはアヘン戦争後の清・英両政府の間に結ばれた南京条約によって香港島が英国に割譲されると、清朝は1847年、戦略拠点として対岸のこの地を本格的に城砦化した。
その後、イギリスの植民地だった香港の中で「九龍城砦」は中国の飛び地ながら清国の管轄権が及ぶとされて、名実ともに中国・英国両政府も手をつけられない治外法権の空間が生まれた。
1949年中華人民共和国が成立すると、香港には多くの難民が流入した。
以後そこは、税金、法律等々の行政権が及ばない「無法地帯」として「悪の巣窟」「伝説のスラム街」「東洋の魔窟」などの異名を持つようになった。そこはまた1990年代前半に取り壊されるまで、職場と住まいと地域が渾然一体となっての、子供が産まれ、育ち、家族が増えていく人々のリアルなまでの生活の場所でもあった。

なぜか妙にそんな高密度に凝縮された特異なコミュニティに惹かれる自分がいる。
夜眠れない時など、そこの一室に住む自分自身をさまざまに空想しては楽しんでいる。
だから何時かその地を訪れてみたいとひそかに願望していた。
それが今回なんと実現した!

今は「九龍寨城(きゅうりゅうさいじょう)公園」に生まれ変わり、一角に「九龍城砦」の暮らしぶりを紹介する展覧館や模型が設けられていた。
九龍寨城公園
九龍寨城模型


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