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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

13 稲の心・鶏の心

「稲と鶏(一)
『稲の稔りは土中にかくれた根にあり』
『鶏の産卵は腹中の消化器にあり、肉眼に見えぬ染色体にあります』 (略)
私の稲作は、五年目の実に浅い経験より持っておりませんから、おそらく将来改変しなければならぬことばかりでありましょうが、農業を始めて気付きましたことの一つに、多くの作物、特に稲には、根に肥料を与えるよりも、肥料分のある所へ根を伸ばす仕組み、地力相応の窒素質を先ず土に貯え、稲に成長・稔実計画を樹てさすことで、無理に吸わして餌持ちにならぬよう。鶏雛に無理に喰わして胃持ちにせないのと同じ筆法を採っています」(山岸巳代蔵)

はじめてこの一文に触れた時、稲に成長・稔実計画を樹てさすなんて、面白いこというなぁと感じた。

養鶏面でも、一年鶏から二年鶏への過程で若返りをねらって「強制換羽」をかける。二週間近い断食から復食開始、その間羽根が抜けて、新しく生えて、肉がついて、産卵までの約二ヶ月間。
飼育者としては、この間よく食べるという習性、原理に適った餌を選んで、胃袋を大きくして粗飼料に馴れさし悪条件に負けない体質改造をはかるのだ。
それにしてもその間の鶏の餌への貪欲さにはいつも驚かされる。それも長期間続いた後なんだから、人間の空腹感とは比べものにならないすさまじさに圧倒される。

ことわざに「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という秋の稲の実りもそうだ。稲は一生元気で暮らして良い子孫を残したいと願っているようだ。

そんな稲や鶏の姿をじっと見つめていると、人間(自分自身)とちっとも変わらないなぁと心安らぐ思いが膨らんでいく。
擬人化しているだけだろうか。

いや、「無感無識界」のところで繋がっている稲の心・鶏の心を観ているのだ。
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