自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(37)

未熟々々の鈍愚生

世にいう山岸会事件で身を隠すことを余儀なくされた山岸巳代蔵はみずから出頭するまでの半年間ほど、滋賀県大津市堅田に潜伏していた。写真の山岸巳代蔵による鉛筆画は、琵琶湖西岸に連なる比良山地である。
比良の山々

この間の堅田時代を通して書かれたものであろうか、「正解ヤマギシズム全輯」の草稿としてB五版わら半紙に鉛筆で書いた直筆原稿が現在約四百枚近く遺されている。
山岸巳代蔵が描いていた出版計画についての青写真は、次のようにも描かれていた。

「著者は今、一身上の都合で著述には最好適と言えない不便な土地にいる。過去の覚書や草稿や参考書も、何一つ取り寄せることが出来ない。閑地に離れているようでも閑日がない。体力の方も回復してからと思うが、急を要することばかり。
かねてからの宿題『月界ヘの通路』の宿稿の一部を整理し、『正解ヤマギシズム』十輯として刊行するつもりだが、世界情勢から判断して、第三輯『愛・愛情・結婚・恋愛について』を先に纏めてきたが、読者に理解していただく順序として、やはり第一輯『けんさん・もうしん』によって、ヤマギシズム理解の行程として研鑽の解説と盲信の研鑽を論じ、第二輯では、〝真理と人間の考え・人間の考えと言葉・言葉と行い、及びその間のくい違い〟について詳述し、読者と共に一応ヤマギシズム理解の基礎的考察を加えて後に、第三輯『愛・愛情・結婚・恋愛』の何部かを通してヤマギシズム結婚観、恋愛等について、理念と実態及び数々の実録を俎上に載せて、男女老若、少年少女、胎児に及ぶすべての時代に、真に健康で、幸福な結婚への一貫した揺るぎない安定したあり方を詳述する。
第四輯以下に、政治と法制、社会、産業、経済、人間生長・成熟、健康、衣食住生活、闘争・戦争・暴力・刑罰等の解釈とその根絶法、趣味・芸術論、学問・宗教論等その他に分類して、物理科学と観念論理科学の分野に互つて、論理と具現方式と事実立証とを以て縦横に解剖してみたいと思う」(『山岸巳代蔵全集七巻』)

さて、それではいったい『百万羽』という理想社会建設の大事業と併行して始まった、山岸巳代蔵本人の弁を借りれば、「私の愛情の不安定から起こる狂態」はどのように受けとられるべき内実のものなのだろうか。
真意はいずこにあったのだろうか。
外形のみを見れば誤解されて受けとられる可能性が非常に高いのではないかという懸念が、この間「愛情研鑽」にあえて触れられてこなかった理由の一つに挙げられる。
もとより一連の出来事を断片的に触れてきた人達にも、その真意は掴めないまま消化不良の感があったことも否めない。確かに真意はもはや忖度するより他にない。
一般に理想社会づくりといえば、目に見える外形的な物質面の豊かさに向けての着手から始められがちだ。ところがそれに反して、無現象界に焦点を置いて、無辺の愛を基調とする一体社会の顕現に賭ける山岸巳代蔵にとって、愛情研鑽こそ絶対不可欠の課題であった。
自身、周囲からは常軌を逸する狂乱状態ととられがちなこれら一連の行動について、

「甘えているものではない。二人の女らにこだわっての問題と違う」
「愛に飢えた理性が働かない状態」
「男ってこんな弱い阿呆なものか、人間の及ばない世界というか人間の弱さに直面して、何ものかの力で支えられ、支えて欲しいという気持が起こってくる」

といった発言を残している。
そして男女間、夫婦間の愛情の不安定がいかに多くの社会問題を引き起こしているか、そこにいかに頑固なキメつけが内在しているか、そうした人間の傲慢さというか自分の考えという私心に押し潰されるような立場に立たされたみずからを省みて、

そういう場に立たされて、そう仕向けられたら、そう言わざるを得ないものがあり、
「そんなことさしたらアカン、誰か止めなイカンとこや」
と自己批判するのだった。

キメつけや情が入るとこんなにも愚鈍になるものかとみずから呆れ疲れ果て、
「未熟々々の鈍愚生」の恥ずかしいかぎりで、
「もう自分で苦しむのは最後にしたい」

ともフッと思ったりして、
これの解決が、命をかけて取り組むべき、最大の核心に見えていたのかもしれない。
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