FC2ブログ

自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(43)

「死の棘」のクライマックス

その「死の棘」を映像化したのが小栗康平さん(映画監督)だ。
「死の棘」のクライマックスは、映画でも原作通りに再現されているトシオと妻と女の三人が遭遇する場面である。原作では――

「トシオ、ほんとにあたしが好きか」
 と妻に出し抜けに言われたとき、悪い予感が光のように通り過ぎた。
「好きだ」
 と答えると、
「その女は、好きかきらいか」
 と追求してくる。女の目を見かえしながら、
「きらいだ」
 と低い声でやっと答えた。
「そんならあたしの目のまえで、そいつをぶんなぐれるでしょ。そうしてみせて」
 と妻は言った。試みは幾重もの罠。どう答えても、妻の感受はおなじだと思うと、のがれ口は段々せばまってくる。私はこころぎめして、女の頬を叩くと、女の皮膚の下で血の走るのが見えた。
「力が弱い。もういっぺん」
 と妻が言えば、さからえず、おおげさな身ぶりで、もう一度平手打ちをした。女はさげすんだ目つきで私を見ていた。
(中略)
 そのあいだ私はだまって突っ立ち腕を組みそれを見ていた。
「Sさん、助けてください。どうしてじっと見ているのです」
 と女が言ったが、私は返事ができない。
「Sさんがこうしたのよ。よく見てちょうだい。あなたはふたりの女を見殺しにするつもりなのね」
 とつづけて言ったとき、妻は狂ったように乱暴に、なん度も女の顔を地面に叩きつけた。
(中略)
「そうだ、こいつのスカートもパンティーもみんな脱がしてしまおう。トシオ、はやく、はやく」
 妻が本気で言っても、それは私の耳が勝手につくりあげた声のようだ。
「なにをぐずぐずしているの。こいつがそんなにかわいいの」
 とせかされ、そうする気になり、女の腰に手をのばしたとき、下ばきの下にかたいものが指先にふれたと思ったら、思いきり蹴とばされていた。なぜか女はされるままと思っていたから、私を蹴とばしたはずみに女が妻の手から脱けて立ちあがっても、事態の把握ができなかった。妻に叱咤されようやく女をもう一度地面にころがした。
映画「死の棘」

身の毛がよだつようなおぞましい修羅場だ。
先日刊行された梯久美子著『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』によると、この衝撃的な場面は観念を通した創作的なものではなく発せられた言葉も含めて実際に演じられた事実そのものだということが、島尾家に残された直筆資料などを整理する中で裏付けられたという。

山岸巳代蔵が「愛情研鑚会」という公開の場で鬼畜のような形相で自身をさらけ出したように、島尾敏雄も作品の場で飾らず匿さず余すところなく自身をさらけ出してみせた。
いや、さらけ出そうとしてさらけ出したのではない。罪と罰、善と悪を超えた事実その中で「私はだまって突っ立ち腕を組みそれを見ていた」自身の姿をただ見出しているにすぎないのかもしれない。
関連記事
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する