自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(67)

フーコーが問いかけるもの

ヤマギシ用語にさきの「ボロと水でタダ働きの出来る士は来たれ」と共に「私が変われば世界が変わる」というのもある。
言う人が百人出来ても効果がないが、一人の心からの行いが百人の心に響くものだという意味だろうか。
次のような逸話が語り継がれている。

“かつてA、B二つの養鶏家達のグループがあった。Aは物が平等に満ちたグループ。Bは物に於て不平等のグループであったが、
Aは絶えず猜疑し合い、争い合った。
Bは常に信じ合い、むつみ助け合った。
これは、
Aは普通の人々の集合に過ぎなんだが、
Bにはたった一人、謙虚で神の如き人があったからである。”

今ではこんな話何だか短絡的で宗教っぽい話に聞こえてくるのか小馬鹿にされるのがオチであろう。
しかしさきのフーコーが自分のこととして取り組んだテーマが、あえて平たく言えば「私が変われば世界が変わる」だったのではなかろうか。
もっともここでの「私が変わる」とは〈私〉というものの次元の〈転換〉を意味している。
最後の講義で〝こうした分析の一般的枠組みについて〟話さずに終わった草稿には、次のような趣旨のことが書きとめられている。もちろん自分寄りの文脈に引き寄せつつ、そこに次元の〈転換〉のイメージを重ね合わせてみる。
講義中のフーコー

○ソクラテスなど古代哲学にまで遡り、主体と真理との諸関係についてを「自己の実践」という観点から研究しようと試みた。
○それも自己との関係を「魂」との関係だけに単純化しないで
○つまり「自己への配慮」を〝実践〟のテーマとすることで、自分自身の振る舞いや行動の仕方を倫理的に構成することにあった。
○それは自己自身の変化を目指す修練・陶冶・訓練・点検を意味するだけにとどまらない。
○つまり次元の〈転換〉を意味する「私が変わる」の実態がここで明らかにされる。
ふとした機縁から私を考え、私を改め、私を深める実践を通して、「自己への配慮」と「自己の認識」とを同一視しない主体自身の移動というか心の〈転換〉がここで為されるのだ?
今までの自己とは次元を異にする、自分らの言葉でいうならば「われ、ひとと共に」の〈自己〉が構成されるのだ。
○そうした〈自己〉とは、真理を自分のものにする実践の数々を踏んだ倫理的な自己ともいえる。それは抽象的でなく真理を語る勇気を実際に持つということであり、必然自己も含めた〈全人〉と共に行い生きる関係に基づかなければならない。
○つまりそうした〝振る舞い〟のなかに、〈真なることを語ること〉と〈よく統治すること〉との一致像が見いだされてくる。
○ここにキュニコス派が現れる。自己への配慮と真理を語り表明する勇気の要請が結びつく数々の実践例である。
等々。

〝真理〟とは客観的で解釈すべきものというよりも、生きるものであり、自ら発するものであり、そこから齎される恩恵に浴する実動行為であるというのだ。 
たしか亡くなる直前に刊行された『快楽の活用』への序文の一節に

“私を駆りたてた動機はというと、(中略)それは好奇心だ。(中略)つまり、知るのが望ましい事柄を自分のものにしようと努めるていの好奇心ではなく、自分自身からの離脱を可能にしてくれる好奇心なのだ。”

とあった。
そう、自我という自己からの〝開放〟なのだ。〝真理を生きる〟ことで「自己への配慮」と「自己の認識」とを同一視しない主体自身の新しい次元の〈転換〉像がそこに現れ出たのだ、と。
もう少し踏みこんでみる。
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