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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(68)

ディオゲネスの身振り

フーコーによれば、キュニコス主義は生の様式と〈真なることを語ること〉とが互いに直接的に、無媒介に結びついた哲学の一形態であるという。
要は余り複雑に考えすぎない、むしろ常識や先入知識・経験にも無頓着な良い悪いを考えないで無批判的にまず〝やってみよう〟とするイズムだというのだ。
この一言からでも深く根本理論を追究し、自分の判断を織り込んでいく伝統的な堅実・賢人型の哲学のイメージと大きく異なる。
そんな雑念を介さない素直さは、書かれたものより可視的に顕れる〝振る舞い〟の中でこそ明るみに出され多くの人々の心に響いていく。
その思想よりも逸話によって知られるディオゲネスの身振りが今に伝わる。講義録の中などからさもありなん、とうなづける幾つかを並べてみる。
樽の中のディオゲネス

○衣服をほとんど身につけなかった。
○最後は眠っている物乞いのようにマントに包まれて死を迎えた。
○公の場で食事をし、おおっぴらに公衆の面前で自慰にふけった。
○クセニアデスによって奴隷として買い取られたとき、「何ができるか」と問われて「私は指図することができる」と応じた。それでクセニアデスの子供たちを教育することになったが、その内容は従僕や奴隷に頼らない非依存の習得を教えた。
○両替商の息子だったディオゲネスは貨幣変造の疑いで追放されたが、そこから「貨幣を変質させよ」というデルポイの神託を受けたとされる。つまりそこに規則、習慣、しきたり、法と共にある〝貨幣〟よりも、自分自身の存在こそ価値ある〝真の貨幣〟だとした。
○金に困ると友人達に「貸してくれ」と言わないで「返してくれ」と言った。なぜなら、すべては神々のものであり、自分こそ神々の友だからだ。
○アレクサンドロス大王が町に訪れたが、ディオゲネスは日向ぼっこをしていて挨拶に来なかったので、大王から会いに行った。
大王が「何か望みはないか?」と質問すると、ディオゲネスは、
「そこに立たれると日陰になるからどいてくれ」とだけ望んだ。
帰途、大王は「私がもしアレクサンドロスでなかったら、私はディオゲネスになりたい」と言った。するとディオゲネスは主張する。
「しかし真の王はこのわたしである」と。
○ある時まで小さなお椀で水を飲んでいたが、泉で子供が両手をコップのかたちにして水を飲んでいるのを目にして、自分のお椀を投げ捨てた。
○彼が奴隷として市に売りに出されているとき、座った方が楽なのでそうしていたら奴隷商人にとがめられた。そこで彼は言った。
「どうでもよいではないか、腹ばいで横になっている魚だってちゃんと売れるのだから」
○彼が広場で食事をしていると、それを見た人々が「まるで野良犬だ」と言う。そこでディオゲネスは「しかしお前たちもやはり犬だ、なぜなら食べている犬の周りに輪になって集まるのは犬だけだからだ」と切り返す。
○広場で真剣に大事なことを話していたとき誰も耳を傾けなかったが、鳥のように口笛を吹き始めたら人々が集まってきたという。
その他諸々。

こうした古代の人々の間で興味深く面白がられたであろう逸話にフーコーは、この間の〝自己への配慮〟に関する研究のいちだんの深まり・広がりを見てとったのではなかろうか。
粗野なこの生き方、貧窮し放浪する姿に、それゆえ却って〈真なるもの〉を観たのだ。
そこには私生活もなく、秘密もなく、公開されざるものもなかった。
こうした慎みを欠いた生、ある面横柄で不潔で挑発的で恥知らずの生。荒削りなやり方ながらも不純物の混じらないピュアで簡素で能動的な貧しさの顕現に、いわば〈真なるもの〉におのれの生の様式を即応させていくイズムなのだ。〝直接的に無媒介に〟世間体を省みずに。
そうした目に見えるかたちでの身振りは、古代の人々にも少なからず心当たりがあるのか、顰蹙を買いあざけり笑われる一方で身近な逸話としてくり返し語り継がれた。それは大方の一般社会通念や人生観を揺さぶることを意味した。それは必然スキャンダラスなやり方(名声を汚すような不祥事)で価値観を反転させ、転倒させるのだ。
それはまたラディカルに別の生の必要性の主張および肯定へと導くのだ。
まさに犬儒派(キュニコス派)よろしく番犬のように暴力的に既成の価値観に噛みつく。
ここに実践の中で誇大化し、反転させることによって、一気に世界を変えようとする〝戦闘性〟、いわば全人に差し向けられた開かれた場における戦闘性という考えが浮上してくる。普通の人々の生が、真の生とは全く別のものとして明るみに出されるからだ。
フーコーは自己への配慮から出発しながらも、自己に配慮すると称する生とは何なのかと問い、そこに倫理的主体としての配慮する生のかたち、それは別の世界への移行を誘い立ち返る謂わば全人に配慮することに繫がる一つの道筋をキュニコス主義に見てとるのだ。

自分らの文脈での「私が変われば世界が変わる」一粒万倍思想の始まりである。
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