自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(79)

愛に飢えた者の末路

ヤマギシ会を最初に知ったのはたしか、高校生の頃当時体験記『何でも見てやろう』で一躍有名になった小田実の〝ヤマギシ会訪問記〟(『日本を考える』所収)からだった。
幾つかの軽妙なフレーズが今も新鮮に蘇ってくる。面白いところだなぁと、思い立つとすぐに関西線新堂という駅名を頼りに訪ねて行った。例えば

“「学育係」の女の子の努力は大変とみえた。「でも、面白いねんよ、人間改造やもん」彼女はまたもや、そう大きなことをこともなげにいい放った。
「子どものノート代やP・T・Aの会費はどうする」
「私が払いますねん。その予算とってあるさかい。お父さんとこへ行ったかて、お父さんは一円も持ってはらへん」彼女はケラケラ笑った。”

“半年ごとかに、部屋の交代をやるとか聞いた。
「こうやって、自分のものとか他人のものとかの区別をなくして行くんでっせ」”

“「我」をなくすことが根本である――オバチャンの一人が、まじめくさった顔で、しかも相変わらず笑顔で言った。
「いちばんやっかいなのは、物ではあらしまへん。自分の心が自分のものであると思っている、そのことでんな」”

“「あんた、何をしたはるねん」オバチャンの一人が、草を刈っている男に呼びかけた。
「『我』を刈ってますんや」彼はとっさにそう応じた”

あれから半世紀以上過ぎて姿形は大きく変われど、軽妙に〝大きなことをこともなげにいい放つ〟気風はちっとも変わっていないことにビックリした。

ここでの〝我〟とは、自分の考えは良い正しいとして動かさない頑固さ・〝我執〟観念のことをいうのだろう。古くから宗教などでも使われている言葉であるが、あの無心の童子の表情に大洋を湛える大らかさを表現した横山大観の日本画「無我」などはさしずめその対極に位置する世界だろうか。
横山大観 無我

この自分の寄って立つ観念に執着するがゆえに、基の心にある束縛に気付かない観念我に対して、山岸巳代蔵は居ても立ってもいられない「もう自分のいる場所がない」というもどかしさの極地に追いつめられる。
その辺りの心境を振り返っていう。

“これはね、私心とかね、人間の傲慢さに押し潰されるっていうことね。ね、私の私心、及びこの社会の私心やね、或いは人間の傲慢さやね。人間があまりにもこう、自分の考え方をやね、信じてやね、行動とろうとする、融通のつかないものね。
私がないと言いながら、私があるわね、自分の考えが入るわね。そういうもので行動する、その行動に対し、行動によってね、押し潰される、傲慢によって殺されるっていうかね、ね、そういうようなね、立場に立たされた自分っていうようなもの考えてみたりね。また、この、愛を、愛に飢えた者の末路っていうかね、こういうものや”

自分の力ではどうにもならない、もう天命を待つ、というような心理だった。自分のいる場所がない、我と我に責められたものの心理だった。
人間から我執を取り除いたら仲良くやっていけると思うけれど、本当に人間から我執は取り除けるものだろうか?
ある意味愛情研鑽会の場は、無我執とはこういうものだと当の柔和子に伝える場であり、柔和子もまたしっかり受け止める場であったのではなかろうか。
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