自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(96)

火種を燃やし続ける

先に次のように記したことがある。

“わたしたちは、太陽がエネルギーを獲得することなく、エネルギーを放出し続ける条件を理解していない。”
太陽エネルギー

そうなのだ! こうした人間自身が解くべき謎のような問いかけを前に、バタイユにおとらず自分らも心を掴まれ、心高まる個所だ。(わが一体の家族考(94))

心の片隅で〝エネルギーを獲得することなく、エネルギーを放出し続ける条件〟って何だろう?と想ってみる。それだけで何だかワクワクしてこないだろうか。
こうしたワクワク感をもっと膨らませたいといつも念っている。人間自身こそ真に解くべき価値のある問いかけがきっとあるはずなのだが……。
それってさしずめ〝無限電池〟のようなものか? SFの世界の話? 条件、条件言うけれど、物理的にも現実的にも考えられないし具体的な方法がなかった絶対無理・不可能なことだよ。もし〝ある〟のだったら、具体的に聞かせて欲しいよ。
いや、じつは何も無いわけ。でも〝無いけれど、あるんだ〟としかいいようのないものがあるはずなのだ、と。

いったいオマエは何を言いたいだ?
言いたいのはこの間の文脈に沿えば、次のような当たり前の話だ。

“楽しい嬉しいばかりの恋愛や結婚も、不安だったり、苦しかったり、悩ましい思いをしたりするのは、必ずどこかに結婚条件・資格が欠けているからにちがいない。
それゆえ先ず資格条件を揃えることこそ、人間のみが為されるべき生き甲斐・よりよき創造の歓びに繫がるテーマである。”

多くは「その通り」とそのまま素直にうなづける個所である。それなのにいったい何故、〝太陽エネルギを放出し続ける条件〟とヤマギシズム恋愛結婚観での資格条件を同列で論じようとあえてするのか?
ここが難解なのだ。
この辺り山岸巳代蔵の弁を借りれば、

“物を求める人に、かえって心の世界に主力を傾けて述べるのですから、大分喰い違いが出来るのです。
お互いに目的を持って寄るのですが、目的の違うもの同士が寄っても、一致点が見出せないのは当然です。
我田へ水を導き入れて増収しようとする人を、百里先の水源地工事に誘おうと云うので、どうも御機嫌を損じてしまいます”(「難解な私の言動」)

と割り切っているところである。
全く違ったものを創り上げる創造的建設的な目と頭に切り換えねばならぬというのだ。
目的(ヤマギシズム恋愛結婚)に到達するのが難しいのでなく、その目的(世界)への出発点に立つことが容易ではないのだ。
以上のような事などに心して〝真に解くべき価値のある問い〟の火種を燃やし続けていこう。〝やっぱりあったなあ〟と見つかるところまで……。
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