自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

新年にあたって

特講絵図原画(部分)山岸純 作

つい2、3年前まで、自分がスマホを持つなんて考えられなかった。ノートパソコンと携帯があり、時々音楽CDや映画DVDをレンタルするだけで充分に満たされていた。今更この歳になって、複雑そうに見える操作を習得するのかと想像するだけで腰が引けた。

ところがLINEで連絡し合う必要に迫られ持つことになってビックリ。何だ、これはポケットに入るコンピューターではないのか!?
ニュースも天気予報もテレビ番組も時刻表もすぐ知れる! 大部の『山岸巳代蔵全集』全7巻がいつでも、どこででも読める! 最近はアメリカTVドラマ視聴にハマっている。なかでも生まれつき弱視の自分の妻など一番の恩恵を受けている。それまで読めなかったヤマギシの〝むらーnet.〟も読み上げてくれるし、連絡のやり取りも音声入力で超簡単! その昔、冬の夜始めて自販機でカップヌードルを食べた時の文明の利器の有り難み、温もりと重なってくるようだ。

そうしたあらゆるモノがネットに繋がるIoTや人工知能(AI)の目覚ましい外なる物質進化と共に、内なる人間自体のヒトが人になる豊かさ、広さ、徳性のようなものがどこまで備わってきただろうか? むしろ末梢神経的に偏向し、〝先ず自分が食えて、安定してから〟と自分の立場を頑として自分で護り主張することで自ら苦しい立場に立たされ苦悩し、他にも大きな害毒を及ぼしている思い違いの観念習性に慄然とする。
今ほど外なる創造に見られる積極的能動の成果顕著なるものが、内なる人間自体の開発・創造面においてもどれほど能動効果の足跡を残せたかを問われる時代はない。即ち―

 戦争のない世界を実現することにある。
 自己の延長である愛児に、楽園を贈ることにある。
 宗教の要らない真理即身の人間に、医者の要らない身体になることにある。
 金の要らない仲良い楽しい譲り合い贈り合いの世の中にヒックリ返す大仕事がある。

幸いにも自分らは「真理は一つであり、理想は方法に依って実現し得る」という考え方を持っている。
明日の幸福は、今日の歓びの中から生まれ出るもの。
この考え方を元に、もし、今日只今が正常・健康でないなれば、速やかにそれの原因を検究して、その間違いの部分を発見し、実際にそうなるようにしていくことだ。
悲しい今日の中から楽しい明日は生まれない。

そして〝その間違いの部分〟とは〝自分の立場を頑として自分で護り主張する〟、これこそ我執であった。だがしかし自分の我執に気づき、無くすると一気に世界が開け、仲良く溶け合う中で、誰の中にも潜在して自ずと湧いてくる親愛の情に触れられた!
そんな各々真実の自分を知り、自分の我執はむろん、世界の我執を無くすることを、総てのものの始めとしよう。
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