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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(104)

〝熱湯事件〟と〝イエス・キリストの磔〟
イエス・キリストの十字架上の磔

こうした一連の山岸巳代蔵が愛情研鑽の現場で真摯に取り組んだ〝我抜き研鑽〟、我執とか頑固とか我(エゴ)という殻のある観念を無くしてこそ、本当の幸せはそこから来るし、どんなことがあっても仲良くなる基本だった。それゆえ自分はもちろん他の人のまで抹殺する〝我抜き〟こそ、自分の生き甲斐・命というか、全人幸福への一番の近道に見えていた。
〝我抜きこそ、飯より好きな仕事や〟とうそぶく(?)のだった。
しかしそれは傍から見れば〝犬も食わぬ〟ありきたりな色恋沙汰の修羅場にすぎなかったのかも知れないが。

ともあれ山岸巳代蔵と頼子と柔和子との真なるものを求めての〝愛情研鑽現場〟を象徴する一例として〝熱湯事件〟なるものが伝わっている。
世にいう〝山岸会事件〟として知られる半年程前の1959(昭和34)年一月十七日の出来事だった。山岸巳代蔵全集・別冊に収録されている年譜には次のように記されている。

“柔和子が山岸の顔に熱湯をかけ、近くの山中病院に入院。
火傷した時、「痛いわ、痛いわ、面白いほど痛いわ」「よくやった。その実行力が事を成すのだ」と柔和子に、頼子には「中林さん方に火をつけに行け」と言う。”

後に山岸巳代蔵も振り返っているように、事件の背景になっている事柄がなんであれ、〝随分むごい我抜き、剛研鑽実践やら、私の愛情の混乱から起こる狂態等〟の真っ直中にあった。通じ合わせないものが我執・頑固であるならば、無理難題をふっかけては、我執を無くするために生きていたい熱願だけだった。もちろん正気の山岸巳代蔵は、

“いったい神あるなれば、なぜ”
“ああもうこの辺で手をゆるめてやって頂けないものだろうかと思わず祈りを捧げている愚かさです”

と弱気の心細い自分を暴露しつつ恥じるのだが、同時に〝自分の力ではどうにもならない、もう天命を待つ、というような心理だったな。自分のいる場所がない、我と我に責められたものの心理だったね。〟と、不可思議な世界の実在を浮かび上がらせるのだ!?
特講の場での、世話係と受講者の間での真剣な「割り切り研鑽」とか「自由研鑽」が浮かんでくる。
ここでは『ヨブ記』にも重なる〝死よりもつらい数々の責め手、受難史〟として顕れている。

“やりたくないですよ。しかし精一杯よ。一体なればこそ、あそこまでいけたと思うの。我執があったかもしれないが……。その境地に立つと、生も死もないということ。ただ愛のみ。あの湯をかぶった時は憎しみは全然なく、ただ可愛いばかりでした。目立たないもの(我執)はいくらあるか分からないの。「もういかれている」と批難はずいぶんあったけど、ちょっと違うのね。あらゆる手段のうちに、あの形のものが出たということね。
それから、ああいう結婚形態を打ち立てようとしたのでなく、あんな中にあった時どうするかと思ってのこと。”

〝ただ愛のみ〟の絶対愛に立っての世界に触れての発言だったのだ?
ふと以前、何ものにも束縛されない観念界の自由の象徴例として〝イエス・キリストの十字架上の磔(はりつけ)〟についてを皆で研鑽したことが思い出される。
イエスは自らの意志で十字架につけられる。しかも自らの意志を自在に沿わせていける苦しみや痛みのない喜びに満ちた自由の中で言う。

“あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる”(ルカ23章43節)

両手のひら、両足の甲に五寸釘のようなものを打ち込まれて、ホントに痛くないの!?
研鑽を通して、もっとも不自由だと思っていた中に、じつは真の自由があった! としか言いようのない世界を思い知らされた。以来自分の思い考えの延長上には存在しない〝ヤマギシズム〟の汲めども尽きぬ源泉に強く引きつけられるキッカケになった。
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