自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(110)

映画『エロデ大王』

先述したように1959(昭和34)年7月24日三重県警から全国指名手配された山岸巳代蔵は、各地の会員宅などを転々としながらも、9月中旬から自意出頭する翌年四月十二日まで滋賀県堅田の地に住んだ。この間疲れ切った身体の回復に努めると共に情勢がある程度進展するまで出頭を見送りたいとの心境行動からであった。
またこの時期こそ、かねてからの久しい宿願『月界への通路』の宿稿、なかでも〝ヤマギシズム社会における真の恋愛・結婚観〟はどういうものであるかをまとめるまたとない機会でもあった。
そのことは必然〝熱湯事件〟(昭和34年1月17日)等に象徴される〝随分むごい我抜き、剛研鑽実践やら、私の愛情の混乱から起こる狂態等〟に対しての悔恨や猛省を促した。
たしかに恋愛や結婚は楽しいはずだと思うが、不安だったり、苦しかったり、悩ましい思いをしたりするのは、必ずどこかに結婚条件・資格が欠けているからだ。
そこから我のない人を求め、我のない人を造るに急にして、自分を救うことにウカツだった。
山岸巳代蔵には、目の前の福里柔和子は世界一の我執の固まりに見えていたのである!?
しかしヤマギシズムと現実との、どうも相一致しない矛盾に割り切れないものがあった。本当にそれだけだろうか?
この間の〝血みどろの愛欲史〟に塗り潰された期間をどうにかくぐり抜ける中で見出されたものがあった! 大発見があったのだ!
まずは自らの悔恨や猛省ぶりを山岸巳代蔵と福里柔和子間で交わされた書簡などから今一度振り返ってみよう。

“柔和さえ、それきめつけとちがうかねと云わしてくれて、エッそうかしらと素直に聞いて、共に我執の正体、みんながあれだけの人がなぜあれに気づこうとしないのだろうかと不思議がっている、簡単に判る筈の我執について調べてくれたら、判れば持ち続けられない柔和でもあるし、柔和さえ、柔和さえを連発して来た。”

“今の今まで柔和さえ、柔和さえ、柔和を楽になってもらうためだと云い、実は苦しめ続けて来たことに気がついたよ。”

“苦しいのも悲しいのも、他でなくて自分にあったね。自分でこうありたい、こうあらねばならんかのように決めつけて、そうならないに対し、苦しみ悶える我があったね。他人ばかりを見ていたね。あの人がこうさえしてくれたら、あの人がこうだからなどと、自分さえそうはまいらないのに、人がそう着々とまいるものですか。あの人がわかってくれさえしたら楽になってもらえるのにと、その人が楽にならない事を苦しみ悶えている僕だった。”

その頃、キリスト生誕にまつわる伝説に登場する暴虐な王、ヘロデ大王の半生を描いた映画『エロデ大王』(1959年12月1日公開)見た柔和子は手紙に映画の感想をしたためた。
次のようなストーリーだった。
映画・エロデ大王

“約二千年前のパレスチナは、エロデ大王の暴政の下にあった。勇壮な戦士であり、神殿や都市の建設に力を注ぐ彼も、人民に対しては暴君であった。彼はローマのアントニオと同盟することで勢力を保持していた。ところが、アントニオの軍が、シーザーの養子オクタヴィアヌスに敗れたことから形勢は逆転した。王宮内には謀反の機運が高まり、エロデ大王の地位は危うくなった。彼は自身でオクタヴィアヌスのもとに出かける決心をした。
出発に先だち、彼は腹心の部下アロンを呼んで、残酷な命令を下した。自分が狂気のように熱愛する王妃マリアムを、もし自分が帰らぬ時は殺害せよというのである。
王が出発してしまうと、マリアムの母アレッサンドラが陰謀の口火を切った。息子のアリストブロを王位につけようと計ったのである。折から王はオクタヴィアヌスにより獄につながれているとの報が入った。叛乱は爆発した。アロンは命令どおり王妃殺害を計った。だが、妃と王子アレッサンドロの姿をみると、彼の手はにぶった。暴徒から二人を守ってアロンは脱出した。
その時、エロデ大王が突如帰国した。彼はオクタヴィアヌスを言いくるめるのに成功したのである。復讐がはじまり、妃の母や、その子で妃の弟アリストブロは殺された。その上、王は妃のマリアムとアロンの仲をさえ疑った。アロンは捕えられて拷問され、妃も、狂った王に殺されてしまった。
死後、妃の潔白を証明する事実が現われたが時すでに遅かった。ますます狂気をつのらせた王は、三人の東方の王が、彗星に導かれ新しいユダヤの王の生誕を祝いにきたのを耳にした。
彼は、その年にベツレヘムで生れたすべての赤児を殺害した。無人の王宮の中で、マリアムの名をよびながら、エロデ大王は彷徨った。キリスト文明到来の前夜の物語である。”

山岸巳代蔵はこの手紙の一言一行に、鉛筆で○や×や下線等で強調したり、〈同感感激〉〈一緒に見たかった〉等と書き込んでいる。
二人とも、エロデ大王と王妃マリアムに自分自身を重ねていた。
そして〝最愛の妻さえも責め殺すような、前世紀の遺物(剛研鑽での我抜き)に死守して〟いた自身を振り返り、

“どうかどうかエロデ大王に成らさないでね。アレを教訓に僕も好んで成らないよう努力するから、”

と誓うのだった。
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