自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

 「と」に立つ実践哲叢(34)

 『天才を育てた女房』

先回ベストセラー『君たちはどう生きるか』の中の「石段の思い出」を紹介しつつ、

“ああ、自分にも思い当たるなあ。しかもそんな想いを繰り返しめぐらせていると、いつしか自責の気持ちも消えて心の中がジーンと熱くなってくるのを感じる。実は心の奥底では自分の喜びは他の喜びとなっているのだ!”

と記した。そして、その次に〝自分の喜びは他の喜びとなる〟心境って、こんな感じなのかなあといつか皆で研鑽した〝傘の例〟が思い起こされた。こんな話である。

“雨の日、向こうから傘なしで濡れてくる人がいたら、ふっと「この傘を使ったらいいよ」と差し出したい気持ちが浮かぶだろう。でも普通はそんな一瞬の気持ちが浮かぶか否かに(でも自分の方が濡れて困るな)といった様々な理由など何か観念づけたもので打ち消してしまう場合が多い。”

それでもなお、実際に最初に浮かんだ気持ちで傘を差し出してみたらどうだろう。きっと相手も困っていた時だから、差し出されたものへの喜びもひとしお増すのが人の情けではないだろうか。傘を差し出す方も嬉しいし、受ける方も嬉しい。
そんな気持ちのある心からの行為から、一気に与えて喜び、受けて喜ぶ世界が現れる! そこに喜びの自分を〝発見〟するのだ!

その矢先たんなる偶然か、数学者・岡潔とその妻・みちの人生を元に再構成したテレビドラマ『天才を育てた女房』を見た。
天才を育てた女房

世間から無視され数学三昧の発見の喜びのみに生きる変わり者の岡潔(佐々木蔵之介)を、あなたには〝頭の中にあるものを形にする責任がある〟と支える妻・みち(天海祐希)の夫婦愛に感動した。何せどんなにか素晴らしい画期的な論文を書き上げても、学会の誰からも理解されない!? 妄想に過ぎないと仲間外れにされて大学の職にも就けない。
それが戦後、論文を渡米する湯川秀樹に託し、シカゴ大の数学者アンドレ・ヴェイユを経由してフランスにわたり、はじめて第一級の成果として世界に受け入れられる。 

岡潔は若い頃フランスに留学していた。そこではじめて日本には空気や水のように絶えずふんだんにあるものが、ここには無いことに気付く。日本にあってフランスには無いその何かとは、人と人との間に、人と自然との間によく通い合う心、〝情〟であった。
数学上の発見においても、そんな〝情〟を基調にした温かいものに包まれている中に、なぜか突然難問が解けてしまった!
岡潔

魚が水の中に住んでいるように、人は〝情〟の中で暮らしている。だとしたら、人間観念界の空気や水に相当する部分についても、その清浄化復元に心すべきではないのか。
晩年の岡潔は、〝日本の国という水槽の水の入れ替え〟を本気で提唱しつつ人類滅亡への警鐘を鳴らし続けた。
改めて私の心の中にあるヤマギシズムを想う。 
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