自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(117)

〝次元の〈転換〉〟を促すもの

先の「万象悉く流れ、移り行く」という森羅万象に満ち溢れているものにしょっちゅう想いを馳せていると、3D写真のように思いがけないものが浮かび上がってきて感動的だ。以前書いた文章の一部を再掲してみる。

“観光道路・レインボーラインの山頂公園からは、日本海・若狭湾の入り組んだリアス式海岸に面した若狭湾国定公園を代表する景勝地、三方五湖(みかたごこ)が一望できた。しかも正面の水月湖には何度目かのボーリング調査やぐらも遠望できた。
三方五湖

この水月湖から1991年七万年間におよぶ年縞(ねんこう)が発見された。年縞とは、木の年輪にも似て春先に大発生するプランクトンの死骸(白い縞)と秋から冬にかけて積もる粘土(黒い縞)とが織りなす縞模様で、過去の気候変動や植生変化などに関わる重要な情報が含まれているという。何万年にもおよぶ泥の堆積が奇跡的に維持されていたのだ!
麓の若狭三方縄文博物館には、湖底から採取されたボーリングコア試料の一部が展示されている。年縞の一年あたりの厚さは約0、7ミリ。その中に中国大陸からの黄砂,火山灰、珪藻、花粉、葉っぱの化石等々が分析解明されて、地震や大洪水の年も正確に復元されているという。
1年分の「年縞」

驚きだった。それまでわたしの中では地・水・火・風など無生物界の現象は、時の流れとともに跡をとどめないものという先入観があった。しかし泥の堆積物が語る事実に触れて、人間を含む動植物の生き様と変わらないのではという思いに打たれたのだ。数万年前までさかのぼれる黒っぽい縞と白っぽい縞の交替のくり返しに、無生物界の意志というか「こころ」を見たかのような……。
稲は一生元気で暮らして良い子孫を残したいと稲穂を実らせ、美果が甘露を湛えて人を待ち、太古の昔から鮭が故郷の川へ産卵のためにさかのぼっていく。そして吸収生長の期と後の世への生命の繁栄を、劃然と区分する。
わたしたち人間もまた、生まれ、育ち、子を生み、生活し、老いて死ぬ世代交替を代々くり返している。そんな不断の前進一路・無停頓の律動(リズム)を生きるわたしたちがいる! そうした交替の律動(リズム)現象に、なぜか名状し難い興奮を覚え、体の奥からなにか心温まるものがこみ上げてくるのだ。”(2015.1.1本旨 心あらば愛児に楽園を)

この間、解剖学者・三木成夫の『胎児の世界』等の著作に感化されてきた。なかでも『人間生命の誕生』所収の「ゲーテと私の解剖学」と題した一文に触れた時、今後自分が何に向かって考えていけばよいかの力強いヒントが得られたような気がした。
まるで自分に向かって語りかけられているように……。
その一文で三木成夫は、晩年の文豪ゲーテが生涯を賭けた労作『ファウスト』全篇を封印してしまった、その真意を探り続けることが自分の専門・解剖学はおろか生き方にまで大きな影響を受けた経緯について記している。

“十九世紀前半の一ドイツ人の内面に起こった、それも人に知られない不可思議な転換という出来事を、畑ちがいの私が、これ程までに問題にしようとする、そのこと自体、はなはだ奇妙に思われる方があるかも知れない。しかし十年一日というたとえがあるが、このゲーテのぎりぎりの体験に、様々な角度からひたすら近接を試みているうちに、何時からとはなく、一体このWendung(転機―引用者注)なる出来事は、一人の人間の特殊な経験として看過すべき性質のものではない、それどころか、これこそ人間進化の究極の出来事ではないかとすら思われて来だしたからなのである。
すなわち、このような体験の保証がない限り、徒に、ありのままにものを見るという事自体、実は不可能な要請ではないかと思われてき出したからなのである。”

として、三木成夫はここ二、三年、一番身近な生物の現象がこれまでとはおよそ違った生き生きとした姿で目に映り始めた自分自身の内部に起こったある微妙な変化をゲーテのぎりぎりの体験に重ねるのだ。
なかでも〝次元の〈転換〉〟を促すぎりぎりの体験が、〝一人の人間の特殊な経験として看過すべき性質のものではない、それどころか、これこそ人間進化の究極の出来事ではないかとすら思われて来だした〟という一節から、三木成夫と同じような心当たりが自分にもあるかのように迫ってきたのである。
すなわち、

“この自分がもっとも心安まるこの場所から〝真理、真実、真意、真相、事実、実態〟への通路というか「理念と自分との間に橋を架ける」とは、こういうことではなかろうかという驚き”
とも重なるようにも思えてきたのだ。
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