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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

 「と」に立つ実践哲叢(38)

ゴールインスタート考

今年の夏は記録的な猛暑が続き、連日テレビ等で「熱中症に警戒」「命にかかわる暑さ」「エアコンを我慢しないで使うように」等々とくり返し呼びかけていた。なんだか急かされているようでどうも落ち着かない。
そんな折、ネットで観た映画『のぼうの城』で暑さも吹き飛ぶ爽快感を味わった。

戦国末期、天下統一を目前に控えた豊臣秀吉の大軍二万人を前に、周囲を湖で囲まれた「浮き城」の異名をもつ小さな城・忍城(おしじょう)軍はたった五百人。勝ち目のないことは誰の目にも明らか。
しかも「でくのぼう」を略して〝のぼう様〟と皆から好かれる忍城の城代は、戦には最も不向きな臆病者。頼りなく、「俺たちがついてなきゃ、あののぼう様はなにもできゃしねえ」という気持ちにかき立てられる。何もできないことが、却って皆の心を一致団結させる。

そんな難攻不落な忍城は、とうとう城の周辺に巨大な人工の堤を築き、それを決壊させる豊臣軍の“水攻め”にあう。
そうした絶体絶命のさなか、〝のぼう様〟はなぜか「水攻めを破る」と公言する。
そして一人で武器も持たずに小舟で豊臣軍が築いた堤へと向って大好きな田楽踊りを披露する!? 
のぼうの城

するとこの〝とんでもない奇策〟に、敵も味方も驚いて一斉に喝采の声を上げる。彼らの心を大いに揺さぶるのだ。
なんとその田楽踊りをきっかけに、城に籠もるのを拒んだ百姓達が人工堤の土俵を引き抜くことで大量の湖水が逆に豊臣軍を襲う!

そんなことは〝のぼう様〟には先刻お見通しだった。城外の百姓たちも我らの味方であるとの確信があったからだ。
これが起死回生の妙手だった。思わずハッとした。これこそ、その道を通る以外には到達できない唯一最善の方法なのだ。

ふと一週間の「特講」を終えた皆に寄せた山岸巳代蔵のメッセージ(「一粒万倍に」1961.3.15)の中の〝ゴールインスタート〟という言葉が思い浮かぶ。
ゴールインとは、スポーツでボールを相手のゴールに入れて得点したり、男女交際を終えて結婚というゴールに到達したというニュアンスで使われる。
だとしたら映画での〝のぼう様〟が皆の前で披露する田楽踊りこそ、〝ゴールイン〟と〝スタート〟が一直線の立ち居振舞だったのではなかろうか?

豊臣軍の狙撃兵の的になり殺されるかもしれない。実際肩を撃ち砕かれるのだが、そうした〝結果〟は〝ゴールイン〟ではない。
戦う前から〝のぼう様〟は、「北条家にも関白にもつかず、皆で今までと同じように暮らせないかなあ~」と呑気なことを言っては皆を唖然とさせていた。この次元ですでにボールはゴールネットを揺らしていたのだ!
これが奇策と見えて実は理にかなった〝正攻法〟だった。その顕れが田楽踊りである。
自分らの〝人生踊り〟とも重なってくる。
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コメント


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「のぼうの城」愉快でした。

物の道理・人の情の不可思議さ、真実を知らねば解けないのでしょうが、これこそ無理のない自然の真理であり・・・
肥臭い頭を洗って、硬い頭を揉み軟らげて、出直しましょうよ。

麻野幸子 | URL | 2018-09-17(Mon)08:23 [編集]