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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

 「と」に立つ実践哲叢(42)

〝常識外れの変わり者〟

ヤマギシズム理念や一週間の特別講習研鑚会を考案した山岸巳代蔵ってどんな人だったのだろう? 遺された資料などから一言で言うならば、〝常識外れの変わり者〟とも呼べる人間像が浮び上ってくる。
山岸巳代蔵

実際に第一回の「特講」が開催される半年ほど前、養鶏の講習もかねた会の研鑚会に参加した明田正一(後の参画者)さんが、「キチガイになれたのが嬉しい。キチガイが治らぬうちに来る気はないか」と手紙を山岸さんに出したら次のような返信があった。

「変り者を探している。変り者を探し合って、変り者でない人を変り者にしようじゃありませんか。そして世界中の人みな変り者に変えましょう。」(1955年6月8日付)

そんなたった一夜の夜明かし研鑚会で〝キチガイ〟になった明田さんに呼応するかのように、7月には山岸さん自ら明田さんらの部落に出向き「掘立小屋を建てて藁の上で筵をかぶってでもやっていく、私はこの地の土になりたい」と言って山岸式鶏舎を建て育雛を始めてしまう。そして10月の山岸会全国大会では何と「地上の一郭に既に理想社会はできている」と公言するのだった。
このスピード感、〝常識外れの変わり者〟ならさもありなんといった感じである。心の豊かな人に巡り会って居ても立ってもいられなかったのであろうか。

こうしたエピソードからある意味で山岸さんという人は、自分の〝理念を生きた〟人ともいえるだろう。しかもその生き様がとても〝リアル〟なのだ。
理念(理想)と現実(実際)との間にスキマを作らないように、絶えず理念(理想)に即応しようとする意図を感じる。常識的には崇高な理念を掲げることは、即挫折や敗北や悔恨を意味するはずなのに……。
例えばこんな発言もある。

以前の自分は、自分の思い考えを皆に聞いて貰い「どう思う?」と尋ねると「分からん」と言われて、「なんや、こんなに喋っているのに頼りない」「なんや、つまらん」と思っていた。逆にまた「そうか」「なるほど」「そら苦しかったやろな」と言われると同調者ができて、味方ができて、理解者ができて、非常に力強く感じていた。
ところが最近になって「ははあ」「ああ」と、ホンマに頼りないと言うのか、あほらしいって言うか、煮え切らない本当に「分からん」とする相手と話すのが最も楽だと思うようになったという。

「理解者の数が要らんという、自分が理解者になったらええのやと思ってね。それからこそっと楽になったね。妙なもんやわ、そら。」

パッと陽光が射し込んだような開放感に包まれる。自分の思い考えを理解してほしい、認めてほしいという観念の夾雑物が外れた清々しさが感得されるようだ。

それにしても〝自分が理解者になる〟の、その自分ってどんなじぶん? 自分の心の内にキメつけている観念が外れた一瞬。これこそあの特講で出会ったじぶん?
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