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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(166)

その我執の前の我
ポンと飛び込む

いったい山岸巳代蔵の中での気づき〝夫婦は一つのものだから楽しい状態で一つになって解決するのが本当〟だとする、どんな心境の大転回があったのだろうか。いったい何によぎられることで〝どっちにあるとかでなしに、至らないのは二人のもの〟のままに、問答無用サッと飛び込むだけのことで、するともう問題ないのだといえるのだろうか?
ここでの飛躍・転換の機微こそまさにヤマギシズムの真骨頂だ。のちの〝現状そのまま、その場で一体生活に融合できる〟ヤマギシズム生活実見地構想の具現方式につながっていく。
幸いにも先の研鑚会記録「編輯計画打合せ」(1960.3.6)の直前に山岸巳代蔵の口述筆記とテープ起こしで構成された文章「喜びの感想」(1960.2.27)が遺されている。
そこでは、ここ二、三日来「盲信」のことについて書きかけていて、今朝も夜明け四、五枚書いた時も、深い深いどっしりとした大きな海のような喜びが湧いてきたから始まり、

“もう、盲信さえなくなったら、みんな盲信やないやろかと、こう思った途端にやね、パッと胸に灯が点ったんや。『えらいことや』、『こら、大発見やな』と言うてもよいの。盲信という言葉は昔からあるのよ。けども、こんなことに使われ、研鑽に盲信という言葉使った時に、こんなにも人を幸いにするもんかと思ったらね。もうそら、そんなん嬉しいというような程度のものでない。
全人世界のね、底なる、目に見えない、心の底なる、目に見えない、一番肝腎の部分のね、これは剔り出しやと思うの、閉め出し、盲信の。もう、みんな仕合せ、ここから来るのやと思うの。みんな仲良うなれる、ウン、そう思ってね”

と発見の喜びの感想が記されている。
いったいどこが大発見なのか?
この間の柔和子との際限ない〝通じ合えない〟やり取りが続いた。人間仲良く暮らすには、我執があったらアカンとして、あの強硬な我抜き研鑽で柔和子を苦しめた。もう命がなくなるほど苦しめた。なぜなら、最も近い、最も可愛い愛するからこそ、早くあの固い固い自信を拭いてもらおうと。そしたら柔和子は楽になると。柔和子さえ分かってくれたらとの強い願いからだった。こう言い続けてやってきた自分があった。

たしか昨年(1959年)9月末頃、ようやく潜伏先として滋賀県堅田の「引揚者」住宅四軒長屋の続きの二軒を購入して落ち着いたばかりのしかし何時逮捕されるか分からない不安な日々の中で、自らを省みるような手紙を柔和子に寄せている。要約してみる。

この間の随分むごい剛我抜き、私の愛情の混乱から起こる狂態等で、すまないことをしてきた。そんな今までの自分を恥じる・詫びたい・それらの償いをしなければ、死ぬに死ねない衝動にかり立てられている。
話せば分かる。僕も柔和子になりきって聞くから、本当の僕になりきって聞いて欲しい、知って欲しい。
これからは二人の一体で、同じ二人が一つになれてから、仲よくほのぼのの気分で問題を解いてゆきたい。僕の苦しみは柔和子に原因があったのでなく、僕自身の心の世界にあったわけで、自分は本当に我執が抜けていない証拠だった。そんな未熟な自分を痛感している……云々。

それが今、盲信を研鑽することで、我執抜きは一切せんでもよいこと分かったのだ!

“わあー、なんとねー。安心したんよ。もうこれでね、柔和子ともね、ピッタリいける。ウン、盲信研鑽さえやったらね。けんかも全部、笑いながら、「それ、盲信やないやろか」、「ああ、あんたの言うてんの、盲信違うやろか」、「ああなるほど、あんたこない言うてたけど、これ何やったやろ」、こうやれるわね。すると、「ほんなら検べてみよう」って、「ワシの方も盲信か分からん」、「あんたのも盲信か分からん」、「そんなら検べてみよう」と、こうなるからね。もう笑い話で溶けるということ。仲良う楽しいいけるということが分かってきたのよ。”

その我執の前の我、「自分の考えは」というその中に、柔和子の自信を拭いてもらおうとする固い固い自己信念が宿っていたことに気づいたのだ。

“「これは我でありませんよ」と、すぐ引っこめるものね、突っ張らないもの。「私はこう思う。だが、これをこうだと信じておりませんよ」と言いながらでも、発言する中に、何か人から受けたか、何かから受けた、自分の考えからね、考える中にね、盲信したものから来ているものが相当あるということ。”

この発見は、山岸巳代蔵一流の大げさに飛躍した発言に過ぎないものだろうか。
その〝我執の前の我〟というか、我執が抜けたすぐそこへ「分かった」とする自分の考えがふと入る、そんな盲信を研鑽することによって浮かび上がって来た観念の前の、

“えらい段階へポンと来た、入った。これならもう、本当に楽しい話し合いが出来る。”

とする、〝もう笑い話で溶ける〟世界からもたらされる境地を実感するのだった。
難問題を解く方程式を発見したのだ!
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