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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(169)

研鑽へのスタート

当時滋賀県堅田に住む全国指名手配中の山岸巳代蔵は、1960(昭和35)年4月12日に大阪松坂屋デパートで羽織袴の姿で柔和子と買い物を終えた後、自意出頭という形で逮捕され三重県の上野署へ連行される。
自意出頭

そこで出頭直前3月27日の徹夜研鑚会の記録を少し辿ってみる。
研鑚会は出頭に向けての具体的な打合せをも兼ねて持たれたものだったが、始めからただならぬ二人の対抗的な気配に満ちていた。
この間何度もくり返された二人の間の通じ合わなさが、ここでも浮かび上がる。もちろんこのような気持ちの齟齬や相反目する関係は現代の社会的欠陥そのものを象徴するものであり、今なお解けない難題として立ちはだかっている。一人ひとりの心の浄化や善行の積み重ねや多数決による民主主義や運営で果たしてより良くなっていくものかどうか本当のところ誰もが確信を持てないでいる。
そこから二人の会話を聞いていた杉本利治が次のような趣旨の発言をする。

今度の出頭につけても、お互い得心して、納得して、喜んで行ってもらいたい。そのためにも突っ張り合ってたら話にならない。研鑽が進まない。なんとかここで一致点を見出したい。
ここでの一致点の問題とは、山岸巳代蔵の今夜はこっちの部屋に泊まって欲しいとの発言に対して、柔和子には頑とした理由があるのかそこの部屋で泊まりたくないという。
山岸巳代蔵にしてみたら、そんな柔和子の一言一言にどこまででも自分本位でいこうとする愛情の絶望感さえ感じ、安心して出頭させて欲しいという強い願いがある。一方柔和子にも根強く〝私の心の安まるようなこともして欲しい〟といった気持ちがあるのだった。
そんな〝寝間一つの話〟から今日唯今の全人幸福のテーマにまで繋がっていくにちがいない興味深いやり取りが展開されてくる。


柔和子 私は私の考えを言う。あなたはあなたの考えをで、一歩も譲らないもの、これが突っ張りだと思うけど。
山岸 そうそう、そうそう。これが解消しない限り、どんな例外はないと思うの。話し合いつかんと思う。

山岸 主張し合ってたらやね、これは永久に解決できないと。これはどうですの。
通哉 主張し合って、突っ張り合ってたらね。一致点はちょっと出そうにないな。
山岸 どんな強い研鑽であろうが、どんな柔らかい研鑽であろうが、無理やと思うの。ほんなもん、例外なしやと思うけど、どうですか。これは。
柔和子 うん、そうだと思えるということ、さっきから同じこと言ってんと違うかな。
山岸 みなさん、どうですか。
杉本 そやな、そう思うな。

山岸 あんた、どう思う。
柔和子 ほう、そう、その通り。(笑)
山岸 これはねえ、笑い話やないの。
杉本 ほんまにそうやな。
柔和子 ほんまに、何回も言っているから。
杉本 何回やっても、徹底していないのやと思う。
山岸 何回言うてもこれはね……
杉本 徹底せんでね。
山岸 徹底する必要があるの。……徹底する必要があるの。そんなことっていうんでなしにね。研鑽の基本やと思うけどね。そしたらどうしたらええの。そうした場合に、どうしたらええの……。僕が進行係みたいになってしまいよる、言うてよ。
柔和子 ほしたらどうしたらええのかは、あなたの意見を聞かせてほしいですな。
山岸 こうした時には僕の意見通りにしてもらったらええのか知らんと思うんやけど、どうやろ。
柔和子 ふふん、イヤなれば、なおさらか。ハハハハ。
通哉 誰が突っ張りしててもか。
山岸 誰が突っ張りしてても。
通哉 山岸さんの意見通りしたらええか。
山岸 そうそう、そうしたらええと思うが、どうやろ。
杉本 そら合点がいかんな。
山岸 え、
杉本 合点いかんな。
山岸 なんでいかんのや。一番楽なやないかいな。
杉本 先生の言うことやったら間違い……。
山岸 間違いあっても、もう僕の言うことやったら。そしたらいっぺんにピシャーっと、みんながその気になったら、線がまとまるやろ。

和子 そら、その意見にみんなが納得したらな、反対やけどその意見に納得します。
山岸 納得したら、反対かなんか知らんけども、どんなこと言われても僕の意見に、私は分からないんだから、山岸さんの言うことをね、その通りやろうって、そういう気になったら、ピシャーと一致するね。
通哉 先生のやることに、先生の言うこと、することに絶対間違いなかったら任す。
山岸 間違いあるかも分からん。
兵衛 間違いあるかも分からんでも、やろ。
山岸 最も間違いかも分からん。
通哉 そうそう、すると任せる……。
山岸 え?

山岸 納得したら実行やね。実行するための研鑽やから……。僕はそんなに思うけど。僕の言う通りにみんな従うたら、ピシャーとして、言葉もなしに解決するのと違うかいな。俺そう思うけど、どうやろ。
柔和子 あなたはそう思うのやね。

山岸 笑うとるわ。
柔和子 これ研鑽遊戯というのや。
山岸 そんなんじゃないと思うの。なかなか、なかなかもって、遊戯くらいやない。これが、これが今まで非常に変なことになった原因。
柔和子 意見も聞かずに、相手の意見も聞かないで、山岸さんの言われることやから、或いは福里さんの言われることやから、そんなことでみんなが、一致をこう、もうとにかくあの人の言う通りにしてみようと、これやったら盲信やと思うねえ。
兵衛 いや、そらそやけど盲信でもなんでもねえ、それで出来たらそれでええのやと思うけどよ。
山岸 納得できたら。
兵衛 納得できたら。
柔和子 え、盲信でもなんでも、という言葉は納得はもう……
兵衛 その場合盲信とね、盲信と納得とをごっちゃにせんとよ。
杉本 間違いやら分からんとしといて、納得して出来たらよ、間違いやら分からんけども一応やってみようという線で、一致……
柔和子 それだったら盲信でないと思うねえ。
杉本 それで出来たらなあ。

柔和子 フフフフフ。今笑うたら叱られるか知らんけど、おかしいわ。ハハハハ。
山岸 おかしいと言うけど、これがね、案外おろそかになっていると思う、このことが。そんな、知性人同士が二人寄ってやね、グルグルグルグルこんなこと、回りくどいことやってね、寝間一つでって、ね、寝間一つ大変やで、そやけど寝間のことで、グルグルグルグルやってやね、そういうことやっているより、やっぱりこっちの打ち出しが大事やと思うてね。

ヤマギシズムの研鑽〝らしさ〟(本来の姿)がうまく表現されている一例であろうか。自己主張する意見の前にある、〝突っ張らないお互いになる〟ことが研鑽へのスタートだとされる。
自分の考えを放す方が先だとされる。
この何度もくり返し強調される後先の転換がじつは容易ではなく、ほとんどの場合ここのところが混線して〝グルグル〟やっていつまでも解決しない修羅葛藤の世界を現出させているのだ。

そこでの意見が一致しない固いものを、〝真の結婚・真の夫婦〟の場に立って生きていこうとする日々からまるごと包み溶かし込んでしまおうというのが本稿に一貫するテーマである。またそこからしか固いものが溶けて真に人と人とが繋がる、そんな繋がりを生きる世界は現出しないものであることの究明・実証である。
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