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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

「と」に立つ実践哲叢(45)

「理想社会はここにある」

呼び水(よびみず)という言葉がある。ポンプから水が出ない時に、水を引き出すために新たに外から入れる水のことで、誘い水とも迎え水ともいう。またよく〝呼び水になる〟といって、ある物事を引き起こすきっかけとなる意味にも用いられる。
本紙(『けんさん』)の前身『ヤマギシズム』(1962.6.5発行)の〝山岸先生一周紀によせて〟に、先に紹介した明田正一(1913-1964)さん
明田正一

(写真右から3人目、山岸巳代蔵の隣、第一回特別講習研鑚会会場1956.1にて)の手記「無駄にはしないむかえ水」が載っている。
筆者の明田さんは「百万羽養鶏」(現在の春日山実顕地)への参画者第一号といわれているが、その参画前後の背景がじつに興味深い。

1958(昭和33)年の「百万羽養鶏」構想が発表される前、当時四日市に住む山岸さんに呼ばれて行くと、
「むかえ水があれば水はいくらでもあがってくる。水は無尽蔵にあるが……そのむかえ水がない」と山岸さんは言う。なるほどそのとおりなので、自分はむかえ水になりたいと思いながら聞いていると、
「正一さんがむかえ水になっても水があがってこず、世のすべての人に見捨てられたら、どうするかネ」と言われた。「その時は死にます。死ねばよいでしよう」と言った。ごく簡単に言った。実際そのつもりであったから気軽に言えた。すると、「そうだ。それだ……そこだ……」と言われた。
しばらくして、「あんた一人は死なしはせん」と一言。胸に込み上げてくるものがあった。それと同時に先生の瞳が光っていた。この一言は終生忘れることのできないものとなった。実顕地も皆この一言からの出発でなければなるまいと記されている。

そしてその年の四月「百万羽養鶏」構想が発表され、そこでの研鑚会で明田さんが一番に参画すると言い出した。
そしたら参加者の一人が、「まだ決まったものでもないのに、それに海のものとも山のものとも分からないのに、全財産をつぎ込むのはどうか。半分残しておいて失敗した時に備えておいたら」と言った。
すると山岸さんがすかさず、「それはとんでもないことで、全人幸福運動への反逆である。常識観念はすべて反逆である」と言ったとされる。

その時に出た話が伝え聞く〝肥柄杓(こえひしゃく)一本に至るまで処分して持って来い〟とか〝かまどの灰までも〟とか〝墓石一つ残すな〟といった発言だった。
そして明田さんは二日目か三日目にもう荷物を積み出した。もちろん近親知人の猛反対を押し切っての財産整理だった。

一人の心からの行いが万人の心に響くものだなあと、今頃になってつくづくそんな感慨に打たれる。以前は〝かまどの灰までも〟とかの話を聞き及んだ時、〝そこまで言うか〟とその過激(?)な発言に驚いたものだ。
明田さんに代表される人に〝神心〟を感じてか思わず「後光が射している」と手を合わしたり、「理想社会はここにある」と公言してはばからない山岸さんの真意はどこに? 
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