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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(175)

〝鬼の褌を洗う女〟
坂口安吾

次のような昔話がある。
“鬼の褌を洗う女
仲の良い若い夫婦が野良仕事をしていたところ、突然、女房が鬼にさらわれた。
男は女房を助け出すために何年も何年も諦めず探し続け、ついに山奥の河原で、鬼の褌を洗わされている恋女房の姿を見つけた。
しかしよくよく見ると女房は、鎖で繋がれているふうでもなく、近くで鬼が見張っている様子もなく、簡単に逃げ出せる状況だった。
結局、男は女房に声を掛けることなく、一人で山を下りた。”

この間の男らしさ・女らしさのテーマをうまく言い当てているような話にも感じる。しかしいったいこのどこに〝男らしさ・女らしさ〟から出発するかつてない〝理想社会づくりの急所〟が秘められてあるのだと問われれば、未だ未知の雲を掴むような話でもある。
しかし山岸巳代蔵には差し迫る課題に見えていた。こんな証言がある。
山岸会事件直後の伊勢湾台風や飼料倉庫火災等々で春日山の家計がひっ迫し、現金収入を求めて京都府船井郡(現在の南丹市)八木町の会員宅を拠点に〝ヤマギシズム生活八木移動労務班〟二十数名が土方工事に出向いた昭和三十六年頃である。山岸巳代蔵はその年の五月に亡くなった。

“最後にお会いしたのはこの三月だった。八木の実践地へ行く時、「では行ってきます」とご挨拶したら、「ああ体を大事にね、みんなに会いたくてたまらないが、その時間も惜しいからみんなによろしくね。どこにいても心はいつも通っているね」と別れたのが最後であった。
またこんなことも言われた。「女は女らしい女になればいいんだ。親は女に生んであるのだから女になればいいのだ。いつのまにか女が男になろうとするから社会はうまく行かないね。女は女らしく、男は男らしくね」
それを聴いているうち泪(なみだ)が出て止まらなかった。”(『ヤマギシズム』紙昭和36年6月15日 土居タカエ)

そこであえてその昔話に題材を取ったとみられる作家・坂口安吾(1906~1955)の短編小説『青鬼の褌を洗う女』[1947(昭和22)年]からその糸口を探ってみる。

妾の子であるサチ子は概ねウカツでボンヤリして暮らしてはいるが、知らない男の人でもタバコを欲しがっていることが分ると本能的に黙ってニュウと突きだしてあげるような分け隔てない親切な女性だ。
別に好きでもなかったが出征前になると男が近寄ってくるので、六人の男にからだを許していた。
その内に空襲で母が亡くなり、サチ子は勤めていた会社の老人(56歳)で醜男の専務、久須美の妾になる。彼はサチ子のためにを妻も娘も息子もすてたようなものだった。彼はサチ子を愛しながらも、サチ子をでなく、何か最愛の女、そういう観念を立てて、それからサチ子を現実をとらえているようなところがあった。
久須美がサチ子から引き出したものは、天然自然の媚態だった。サチ子自身が自然の媚態と化した。

“私はどんなに快い眠りのさなかでもふと目ざめて久須美を見ると、モーローたる嗜眠状態のなかでニッコリ笑い両腕をのばして彼を待ち彼の首ににじりよる。
私は病気の時ですら、そうだった。”

サチ子の〝まごころの優しさ〟は、

“もはや私の腕でも笑顔でもなく、私自身の意志によって動くものではなく、おのずから私のすべてにこもり、私はもはや私のやさしい心の精であるにすぎなかった。”

そうした日頃から媚をふくめていつもニッコリ笑いながら彼を見つめているだけでウットリさせられるサチ子は、遠く想いをはせる。

“私は谷川で青鬼の虎の皮のフンドシを洗っている。私はフンドシを干すのを忘れて、谷川のふちで眠ってしまう。青鬼が私をゆさぶる。私は目をさましてニッコリする。カッコウだのホトトギスだの山鳩がないている。私はそんなものよりも青鬼の調子外れの胴間声が好きだ。私はニッコリして彼に腕をさしだすだろう。すべてが、なんて退屈だろう。しかし、なぜ、こんなに、なつかしいのだろう。”

ここに安吾が理想とした女性像が描かれているのだろうか。終戦直後「国破れて山河あり」のアナーキーなただ中で一瞬〝ニュウと突きだ〟された光景だったのだろうか。
この小説は妻の三千代を主人公のモデルにしたことでも知られる。夫人の手記(『クラクラ日記』)によると、めったに自作を読み返さなかった安吾がこの作品だけは何度となく読み返していたという。
ともあれ山岸巳代蔵が直覚した
“男は男として生き、女は女に適した生き方こそ、幸福な人生です。”(『ヤマギシズム社会の実態』)
の中へともうひとつ入っていこう。
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