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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

わが一体の家族考(176)

普遍性への通路
上野・「アメ横」

たしか学生時代だったと思う。ある日の新聞の日曜版に大きく載っていた一枚の写真に魅せられたことがある。東京・上野の「アメ横」の雑踏の中で、幼児を片手で抱きかかえる夫に寄り添いながら見上げる妻の姿が写真の中心に浮かび上がっていた。
思わず「こんな夫婦っていいなあ」と心に焼き付いてしまった。

後年、ヤマギシズム研鑽学校などで「仰慕←→愛撫」といったテーマを研鑽した時、すぐに思い浮かんだのはくだんの写真〝アメ横の夫婦〟だった。もつとも自分だけの何の深い根拠もないたまたまそう感じただけにすぎないありふれた光景にすぎないのだが。
しかしこの間ヤマギシズム恋愛・結婚観を探ねてここまで辿りついて、たまたまではない運命的なものをなぜか感じるのだ。
あの思わず「こんな夫婦っていいなあ」とふと心に焼き付いてしまった光景がきっかけとなって、その先の誰の心にもある真実に繋がる〝普遍性への通路〟ともなすことができるのではなかろうか、と心ときめかせるものがあるからだ。
謂わば「自分の一尺後ろにある宝を前向きに見ていて、ちょいと振り返ると」(山岸巳代蔵)といった具合に、一つの実感を求めて行きつ戻りつしながら醸成されてくるものがあるようなのだ。
そんな軽く聞き流し見過ごしがちな、ひょっとしたら〝それがあれば他に何も要らない宝〟を山岸巳代蔵は断片的に振り返る。

子どもの時から、その当時の社会に対して、おかしいと思っていた。親達は「分からん。この子の言うことは分からん」と言う。また友達ともどうしても妥協がなかった。それで、むろん友達もなかった。で、何が友達かというと、本当の世界の究明をやっていた。
本読むのでも、〝ああ、これでいいのかな、いいのかな〟という読み方で、それに入り込めなかった。それで良しとしなかった。
もう自転車乗るのでも、それこそ石踏まないようにゆっくり用心深く乗った。

ハッキリ線が出たのは青年時代、19、20,21歳の頃だった。それは〝真理は一つであり理想は方法に依って必ず実現する〟という考え方だった。
養鶏も百姓も、信じてやらないで、信じないでやった。
山岸会と標榜して全人幸福運動を始めた際にも、古い元のままの自分は再び生きて帰らないものと覚悟する〝出精平使より愛妻への手紙〟を記して、〝死にきる〟から出発すべく流浪の旅人に自分を託した。
すると、私はまいた覚えのないのに、行く所、いたる所に、麦、菜種が色づき、うれている。頼んだ覚えもないのに、見も知らぬ一体の家族たちが麦の収穫を始めていた。私は、

“私の田んぼの広さに驚いた。”

〝特講〟でも「特講の目的は自分の一つの確信をなくするところや」でやってきた。
名前も今までの私心のワタシを瀬戸内海に捨てて、「全人に適当に使われたらいいんだ」との気持から出た〝大村公夫(才)〟で通した。
理想社会は「私はあなた、あなたは私」の体認から出発せねばならないと確信したからだ。

ところが恋愛・結婚問題で大変なことになった。予期もしないのに起こった本当の恋愛の実践の場では、ヤマギシズム結婚理念は何の役にも立たなかった。理論と実際とのジレンマで苦しみ、苦しめた。
理念通りの結婚をしようと無理をした。ところが柔和子との煉獄の試練を経てもうどうにもならなくなった途端、絶望の底板が抜けた!
互いの通じ合わないもどかしさからか、押し通そうとする執念深い我執から真の結婚へ入ろうとする無理にはじめて気づかされた。
一足飛びには行かない不思議な謎も解けた!

思えば恋愛巡礼、結婚巡礼というか、本当の結婚を求めに求めて、仕事そのものもそうだったと言えるようだ。すべてに本当の結婚を求めている私だった。
休む時も、遊ぶ時も、何かを探求し、仕事をする時にも、食べる時にも、心に女性を感じ、ほのぼのとした気持であることによって、満たされた思いで生気が吹きこぼれているように感じられるのだ。
私の朝は情感に明け、夜は情感に暮れ、夜中も日中も情感多事、私は多情者にちがいなさそうだともいう。

ここで山岸巳代蔵のいう〝情感〟という心情の営みこそ、人と人との繋がりの、切ることの出来ない紐帯となすものではなかろうか。そこに触れるところからはじまるものがある。
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原風景

夫婦像の原風景ってあるんだなぁ、と。
幼い頃、眼にした叔母とその夫の叔父の姿が浮かびます。

雨の夜、叔父に傘をさしかけ、手を引いて歩く小さな叔母。
大工だった叔父は失明し、叔母が習い覚えた和裁と布団仕立てで家計を支えていた。老いた義父母と先妻の娘と子ども3人も同居。そういえば、出戻りの妹もいた。
小言ひとつ言わず、懸命に叔母は働いていた。

そんな夫婦の一コマの風景。
いつもほのぼのと浮かんでくる夫婦像。

麻野さちこ | URL | 2019-07-21(Sun)18:29 [編集]