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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

鈍愚考(8)

「イェニーさん問題」とは
イェニー・マルクス

〝イェニーさん〟とは古典的名著『資本論』の著者カール・マルクス(1818-1883)の妻イェニー・マルクス1814-1881)のことだ。
森崎さんは次のように言う。

“マルクスが『経済学・哲学草稿』のなかで熱く語ったイェニーさん問題をそれ自体として取りだし、貨幣論ではなく『贈与論』を書いていたらマルクス主義という人類史の厄災は回避できたと思う。”

そこで二十代の若きマルクスが『経済学・哲学草稿』(1844)のなかで熱く語ったイェニーさん問題と呼ばれる箇所を、森崎さんのブログ「歩く浄土200:親鸞・マルクスとの架空座談」(2017.9.28)から引用してみる。

“男性の女性にたいする関係は、人間の人間にたいするもっとも自然的な関係である。だから、どの程度まで人間の自然的態度が人間的となったか、あるいはどの程度まで人間的本質が人間にとって自然的本質となったか、どの程度まで人間の人間的自然が人間にとって自然となったかは、男性の女性にたいする関係のなかに示されている。”(『経済学・哲学草稿』岩波文庫129~130p)

ここでの〝男性の女性に対する関係のなかに人間の人間にたいするもっとも直接的で本質的な関係が現われる〟と述べるマルクスの直感を指して「イェニーさん問題」と呼ぶ。
森崎さんは続ける。

“『経済学・哲学草稿』のなかでもっとも音色のいい言葉はここです。イェニーさんのことを思い浮かべながらマルクスさんはこの箇所を書かれています。”
そして次のように指摘される。
“それにもかかわらずこの大いなる気づきをマルクスさんは部分化し外延化してしまいました。男性の女性にたいする関係、あるいは女性の男性にたいするる関係と、人間の人間に対する関係はまったくちがいます。ちがうにもかかわらわず、マルクスさんは性の関係を社会関係に外延しています。そしてその外延関係を人間と自然の関係までさらに外延しています。”

つまりせっかく大切なことに気づきながら、一番肝心な部分をそらしてしまったのだと。そこに現れた〝私のただ一人のいとしいイェニー〟(マルクスから父への手紙1837.11.10―佐川注)との〝心情〟の部分に踏みとどまらないで、社会(共同体)の考察へと向かってしまったのだという。

たしかに20世紀最大の〝社会主義革命〟の社会実験の悲劇も、あの偉大なマルクスが「イェニーさん問題」から大きくそれていったところにその真因を象徴的に見てとることができるかもしれない。

“わたしが「イェニーさん問題」と呼んできたところのものをそれ自体としてつかみださずに、性の世界を社会への媒介とみなしたからです。”

ハッとした。
社会主義はなぜ人類史的な厄災を招いたのか? 全人幸福親愛社会を目指すヤマギシ会の試みがなぜ大きな壁にぶつかったのか? そしてヤマギシの村に住み始めてから今日までのじぶんをたどってみた手記『ある愛の詩』(1977.1)での

“朝寝坊の得意なぼくは、時として朝一番の水やりやエサ見を怠った。そんな時は必ず奥さんが代ってやってくれていた。そして遅れてやってきたぼくの顔を見て恥しそうに、『フフフッ』と微笑むだけだ。ちっとも非難がましいことは言ってくれない。これはかなりぼくの胸にひびいたことの一つだ。”
“それからしばらくして、ぼくはYさん夫妻の娘さんと結婚することになった。ある日その旨を報告しに部屋へ行くと奥さんが居て、少し顔を赤らめて「そうけえ」と一言いったきりだった。”

等々といった世界をマイナーで口にするのもはばかられるものとしてなぜ自ら封印してしまったのだろうか?
ともあれ自らどん底まで落ち込むなかで、ふっと甦ってきたのがなぜか胸が熱くなる「ある愛の詩」の世界だったのだ。本当に苦しいときに生きる力を与えてくれた!
あの、溢れ出る琴線に触れる感じはいったい何なんだろうか?
ひょっとしたら今まで退けてきたじぶん自身が触れた世界、先の島田裕巳さんの一週間の「特講」で触れた世界、『納棺夫日記』の著者・青木新門さんの触れた世界から現れてくるものを基調とすれば、理想実現への解決の鍵が発見されるかもしれない。
森崎さんに言われてますます「イェニーさん問題」から展開されるものに託していこうと考えるようになった。
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