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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

38私の原風景と「軒遊び」

「真理の前には、人間の知恵のきめつけ程無力のものはなさそうだ。知恵でも知識でも本当はわからない。本当の本当は分からない私になる。軽さ気楽さ子供の世界。子供子供して遊ボーヨ」
「レンゲ、スミレ、タンポポ咲き乱れる野原で、お花摘みして遊ぼうや」(山岸巳代蔵)

八年前から始めた研鑽会で、毎回「私の原風景」を出し合う機会を設けている。「原風景って、何や?」から始まり、だんだんと童心に還るような笑いあり涙ありの各自の体験発表がくり広げられる。きっかけはたまたまそんな話になっただけなのだが、繰り返すうちに自らの原風景をいまに甦らすことができることの大切さに気づかされてきた。何はともあれいまを幸せに生きるカギがそこに秘められてあるように感じられるからだ。

そこでいつも浮かび上がるのは、原風景とはいったい何歳ぐらいの記憶やあざやかな情景のことなんだろうか、といった問いだ。うまく確定できないもどかしさが残っていた。

研鑽会中に皆で観賞する映画「ワンダフルライフ」の監督・是枝裕和さんは、映画でのモチーフをさらに深めた『小説ワンダフルライフ』で読む者の共感を誘うような記憶の一例をうまく掴みだしている。

「三歳ぐらいだと思うんだけど、夏で、お庭にヒマワリの花と、白い洗濯物が揺れてて、それでお母さんの膝まくらで耳掃除をしてもらってて。『じゃ反対』って言われて身体の向きを変えて、おなかのほうに顔を向けた時のお母さんの匂いとか、自分のほっぺがお母さんの腿のところに当たっている感じとか覚えてて。柔らかくって、あったかくって、幸せだなぁってその時思ったわけじゃないんだけど、なんだかすごく懐かしい感じがしたから」

多分このへんなんだろうなぁとイメージをダブらせて毎回皆の話を聴かせてもらいながら、ふと柳田国男の「軒遊び」の世界が浮かんできた。なぜあえて内でもないし外でもないとするたかが子供の遊びの時期にこれほど言及するのか? そうした柳田国男の心が今頃になって何となく自分のなかに映し出されてきたのだ。

「軒遊びという語は私の新たに設けた名称であるが、聞けば誰にもこの心持ちは呑み込めることと思う。一言でいえば、次の外遊びと対立し、また親の傍での生活と外の生活との、ちょうど中間にあるものともみられる。小児が次第に保育者の注意から外へ出て行く一つの順序として、おりおりは何をしているかを知らずにいる場合、すなわちそこいらにいるはずだというような際には、多くはこの遊びに携わっているので、家に手があり愛情が豊富なれば、たいていは誰かがそれとなく見ている。そうしてどんな綿密な家庭でも、これだけには行って参りますや、ただ今帰りましたを告げよとは教えない。眼に見えぬ長い紐のようなものが、まだ小児の腰のあたりには付いているのである。男の児と女の児との遊びが分岐するのもこの時期であって、女の児はやや大きくなっても遠くへ出て行くことが少ないから、後には軒遊びがただ女の児のもののようになってくるのだが、これは古くからの両性の育成法の差異から起こっている。男の児には環境によってこの期間の非常に短かいものもあるけれど、長かれ短かかれ、兄が多かろうと一人子であろうと、一ぺんはこの過程を通らぬものはないのである。農家の建築に改良が起こって、明り障子が立ち、縁側というものが広く長く、表口に付くようになってから、この軒遊びは著しく発達しまた複雑になった」(『改訂分類児童語彙』)

ここに家の中でおもちゃなどで遊ぶ内遊びでもないし鬼ごっこなどの外遊びでもない、小学校に入る手前までの「眼に見えぬ長い紐のようなものが、まだ小児の腰のあたりには付いている」ような親の目がそれとなく見守っている軒端で遊ぶ時期の世界がはっきりと掴みだされている。

これってこの間考察してきた「内と外」での「と」の世界のことではないのか!? そんな具合に重なってきたのだ。今迄見過ごされてきた「と」の世界に着目し、「と」に立つ生き方、「と」からの出発に人間社会の未来を託していきたいとする自分らの実践に力強い励ましをまた一つ得た思いがした。

「人は、人と人によって生れ、人と人との繋がりによらねば、自己を次代に継ぎ、永遠に生きることは絶対に不可能」(山岸巳代蔵)だとするならば、「人」と「人と人との繋がり」の中間にある「人と人によって生れ」の場所こそ「と」の世界にあたるはずだ。つまり「と」に立つ生き方とは、いつでも親子の情感の源泉に触れられることを意味する。

「恐るべき転落の道をたどるのも、この源泉をくみとる事を忘れた一点にかかっているのであります」(『山岸会養鶏法』)

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