FC2ブログ

自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

41「われ、ひとと共に」(下)

「山岸会の目ざす理想社会は、一人の不幸もあってはならぬ社会でありますから、その根本に自他一体観の、きびしい原理が自得出来ていなければならぬ筈で、この会旨を別なもっときびしい言葉で表しますと、
〝私はあなた、あなたは私〟
の体認に出発せねばならぬとするのであります。
人を見れば、自分と思える境地に立つことを条件とした言葉で、例えば人の子を見て、私の子同様に思えるかということです。自分の子の優秀や、栄進や進学、結婚を喜ぶに止って、他の人の子の、劣悪、失職、落第、墮落、破鏡を平気で見過し、時には内心さげすみ、あざ笑い、これに比較して我が子を誇るといった心が、微塵でもあったとしたら、如何に口で〝われ、ひとと共に〟と叫んでも、空念仏以外の何ものでもないことになります」(山岸巳代蔵)

さてここまできて改めて、さきのM・ブーバーの次の一節が思い浮かぶ。
「ひとは他者のもとに出てゆくことのできる出発点をもたねばならぬ」

そうなのだ。人は自分なりの実感にかなう自分の内部にとどまっているわけにはいかない。なぜなら、「人は、人と人によって生れ、人と人との繋がりによらねば、自己を次代に継ぎ、永遠に生きることは絶対に不可能で、その関連を知るなれば、自己一人限りとの考えは間違いなる事が解り、お互いの間に愛情の含まれるこそ、真理に相違な」(山岸巳代蔵)いからである。その出発点に於いてこそ対話がはじまる場所があるからなのだ。で、その出発点とは、自分なりの実感にかなう「心の琴線にふれるもの」に出遇うことであった。これぐらいだったら、今直ぐでも、資金も設備も資材も製品も、新しく造らなく共、今あるままで、踏み出せる場所なのだ。

しかしこの出発点に立つことが、この間見てきたように容易でないのであった。備忘録11でも引いた引用文、

「心を深く探るのは良いが、人間の考えであるとの自覚がない人が、心の奥に出会ったり、霊的な体験をすると、教祖か信者になってしまう。ヤマギシ・心の啓発系・他の新興宗教、だいたいそんな感じかなと思う。ヤマギシでは出会いや感動を〈研鑽〉と思っているみたいで、タチが悪い」(2009.10.01サイエンズ研究所 杉江優滋)

といったタチの悪いはなから感覚的・感情的なものを切り捨てる考え方が根深いからだ。
たしかに科学は、対象を限定することで誰がやっても間違いない方法を生みだしてきた。研鑚(=高度の科学的分析、総合徹底究明)というなら、自分なりの実感にかなう「心の琴線にふれるもの」をも切り捨てないで科学の対象に織り込んでみることで、どこまで誰がやっても間違いない方法を見いだせるか皆で試してみようというのだ。

この間の「―と―」という文脈にそっていえば、さきに「人は、人と人によって生れ、人と人との繋がりによらねば、自己を次代に継ぎ、永遠に生きることは絶対に不可能」だとするならば、「人」と「人と人との繋がり」の中間にある「人と人によって生れ」の場所こそ「と」の世界にあたるはずだ。だからか「と」に立つ生き方とは、いつでも親子の情感の源泉にふれられることを意味している。(備忘録38)

このことはなにを物語るのだろうか? こういうことである。
「人と人によって生れ」の場所こそ「と」の世界にあたるはずならば、「人と人によって生れ」の世界をそのまま同心円的に拡大していけば良いだけの話ではないか、と。ところが「人と人によって生れ」の観方の延長上には「人と人との繋がり」の世界はない。「人と人によって生れ」と「人と人との繋がり」とは、全く次元の異なる世界として存在しているからだ。

多くの「個と組織の対立・矛盾」は、そこを混同して個の善悪是非の倫理的内面律でもって組織上の問題を律しようとするところから自己欺瞞的に現象化する。互いの一挙手一投足まで監視しあう閉塞感に包まれていく。そこに理想実現を標榜する革命運動が悉く挫折してきた原因を見る。

だとしたらなおのこと感覚的・感情的なものに価値を見出していくなんてもってのほかである!? たとえばさきの備忘録11での引用文のように、

『自分の中でぐっと来るものに焦点をあてて、その奥のものを探る手法は宗教的。感覚的なものや実感を事実だとする進め方はまさに宗教。
現実感を事実にする根拠は、「係りが “事実ではないか” と言ったから・・・」では外のものに振り回されているだけ。
それでは宗教そのものからの感人種が出来るだけかな。
〈研鑽学校3〉の中に研鑽の実在が見当たらない。〈研鑽学校〉に研鑽が無い、そんな思いを強くした。研鑽が無い〈研鑽学校〉に参加希望が多いのは?
係りも参加者も、やっぱり本質・本来を知らない、理解の浅さなるが故なのかな!』

と鬼の首を取ったように早とちりしてちゃちゃを入れたくなるところではある。
そこで自分らが編みだした処方箋は、簡単にいえばむしろ「人と人との繋がり」の観方から「人と人によって生れ」の自分を温かく包んでやるという「実践」概念だった。繋がりを知る精神=繋がりそのものの自己から出発する生き方、「ひとと共に」の実態というものがこの間の避けて通ることのできない体験を通して得心されてきたからだ。
ここに「人と人によって生れ」と「人と人との繋がり」との関わりを従来の規則や規範や個人の倫理に求めるのではなく、「相反目する」関係を一体に結びつけた「ひとと共に」の形態に改組するという「実践」によって解消されていく道筋が見られるからである。

何度もくり返すが、「人と人によって生れ」から「人と人との繋がり」の世界へそのまま手ぶらで相わたることはかつての連合赤軍事件に象徴される悲劇や挫折しか生まない。そして同時に、自分らは自分なりの実感にかなう「心の琴線にふれるもの」は「人と人によって生れ」を源泉としている事実をも知らされるのだ! 「人と人によって生れ」と「人と人との繋がり」の世界は全く異質であり、そして繋がっている? しかも「人と人との繋がり」は「人と人によって生れ」の世界を織り込んでゆかないと親愛の情に充ちた理想社会には到達できない。

この相矛盾する二つの関係はいったいなんなのか? ここで今なお多くの人が躓き、もがき苦しんでいる。備忘録37では、次のようにも記した。
『こうした二つの世界をいったん明確に分けて、次に一つのものに創り上げていくという「研鑚力」を私たちのものにする実践とは……』

自分はこの筆法を、『山岸会養鶏法』の中の次の一節から示唆された。
「戦後、生活が年と共にきびしくなり、芋と水の生活さえも続かず、一九四九年心ならずも自活農業を始めてみましたところ、これは結構な職業で、反復作業が多く、体さえ動かしておれば、頭はかえって思考が纏まり、好都合なことを発見しました。なお経営を良くするために鶏の必要なことも解りました。
そこで過去専業時代の養鶏法を、農業に織り込んで、相互関係を一体に結びつけた形態に改組したものを、農業養鶏と名付けたのです」

またその書の結び近くにある一文
「〝私はあなた、あなたは私〟
の体認に出発せねばならぬとするのであります」

ここではもはや「私とあなた」ではなくなっている。どういうこと? よくわからないがとにも角にも「と」に立つ、へと跳ぶのだ!
〝私はあなた、あなたは私〟の体認は、いわゆる「新境地の味わい」という次元にとどまらない。体認とは「と」に立つ実践をいうからだ。それは研鑚を通して未知のことを知っていく楽しさに顕れる。「実顕地」なるものが生まれる必然がここに見られるだろう。
関連記事
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

「「ひとは他者のもとに出てゆくことのできる出発点をもたねばならぬ」」

この「ならぬ」が曲者なんですね。ブーバーも言うように、原始人のときには「われ、なんじ」の関係だった。
それがいつのまにか「われ、それ」が当たり前になってしまったと。

「ならぬ」関係では、「われ」がねばならぬのであるから、いつまでたっても埒があかない。

おそらく、世界のあらゆるもの,事に対して開かれた態度がカギになるのでしょうね。

いっかん | URL | 2016-05-14(Sat)18:16 [編集]