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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

イズム実顕地づくり考 (5)

しかしなぜ雨後のタケノコのように名乗りをあげた各地の実顕地が、しばらくして次々とその看板を下ろしたのだろうか? そのことを実顕地造成機関の係に尋ねてみたら、当事者に直接尋ねてみたらどうかという。

そこで1975年頃か、筆者らはそうした分解した実顕地の実態を探るために、北から南まで訪ね歩いた。聞いてみたのは、
1 実顕地に踏み切った動機は何か。
2 実際やってみてどうだったか。
3 どうして実顕地の看板を下ろしたのか。
だった。
実顕地が成り立つ条件の一つが欠けたために分解したのだから、その欠けた条件を探してみることが目的であった。またそこで元種になった人にも触れてみたかったからだ。
どこへ行っても、久しぶりにヤマギシの人が来てくれたといって大歓迎を受け、当時のことを洗いざらい話してもらえたと思う。
例えば、財布一つから給料制の協業体に切り換えた元A実顕地のSさんは語る。

「今の世の中、ちょっと出て行って一日稼いだら二日寝て食っていけるくらいの賃金もらえるんだもんね。女の連中も白いエプロンかけて化粧して、庭先までマイクロバスで迎えに来てもらってスーッと行くんだ。ところが山岸会の連中のどれ見たって、パーマにも行かれないし、色は真っ黒になって、鶏の糞だらけになって、何が理想社会だと、こうなるわな。
それでも結局入ってくる連中は、巨万の富というのが魅力あるわけだ。理想社会というのはやっぱり幸せ、幸せは満ち足りた生活だもんな。
食料品、雑貨、呉服、ガソリンスタンドと全部帳面は大いばりで実顕地だ。月末になったら実顕地に全部廻ってくる。十家族といったら大変なもんですよ。
結局悪い方面に堕落していく。俺一人ぐらい遊んでても何とか食えるんだと。寄っかかってくる。
まあ、とにかく誰も悪くないの。自分たちが巨万の富を目指してだなあ、入って来た結果、こんなんじゃなかったという気持ちが出る。とにかく蜂蜜のような甘いことばかり考えたというわけ」

事を成し遂げる場合、幾つかの条件が揃っていなければならない。が、一つの条件が欠けていてうまくいかない時、すべてダメであるように見てしまうことがある。
また理念やあり方は解っていても、それが生活習慣となって自分の身につくまでの段階で、寄った人の我執で崩してしまうこともある。

今振り返れば、ここでもさきの「イズム実顕地づくり考(2)」でも触れた
「この間自分らがイズム実顕地づくりの中で絶えずぶつかっている一番の『モンダイ』は、一般社会常識や価値観からの混同・混線・混入で過ぎた考えに陥る事態である」
の典型例であるように思う。このテーマは今後もくり返しいろんな事例で見ていくことになるだろう。一般社会常識や価値観と同じ土俵で何を考えようとしているのか?

さきの元A実顕地のSさんは、実顕地の看板を下ろした理由を自らの
「とにかく蜂蜜のような甘いことばかり考えた」からだとしている。

そうだろうか? この間の自分らの文脈にそっていえば、逆というかそれはちがう。なぜもっともっと「蜂蜜のような甘いことばかり考え」ていい目に遇い・いい思いを重ねようとしなかったのだろうか? 省みてそう確言できる。もしそうした良いことばかりのその先にひらけてくる人間復帰への道筋が見いだされなかったら、それこそお手上げ・降参の方のバンザイなのだから……。くり返しそこへの道筋開拓に挑んでみたい。
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