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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

 「と」に立つ実践哲叢(6)

「と」からの展開(下)
 我ながらやったなあ

「農業」と「養鶏」を一体に結びつけた形態に改組した「農業養鶏」は、誘い水的に特講受講者で組織される全国各地の支部での「一体養鶏」実施へと移行・発展していった。しかしそれはあくまで一体の考え方での養鶏で、形はまだまだ個々別々に行われていた。この時点では、精神面を強調する養鶏との印象を与えるにすぎなかった。農業養鶏にしても一体養鶏にしても、養鶏だけの目的で如何に国内外に拡がり卵肉が理想状態で生産されても、我一人の醜悪社会の延長に過ぎないからである。

にもかかわらず、あの特講で味わった世界の実現、自分の住んでいる地域に生産面での一体化にとどまらず生活面においても方法は分からないが自分の「所有の囲いを外す」ことで何かをやりたい、本当の仲良しを実現したいとする気持ちの高まりからの運動が一体経営をやろうという形で各地に拡がった。

しかしどこかで今までの農業養鶏の規模拡大や延長ぐらいの養鶏する方法としてしか解されない次元を超える態勢づくりの気運というか大転換、跳躍点が必至だった。
それが昭和三十三年の「百万羽養鶏の構想」発表、続いて山岸会事件の試練をくぐり抜け、昭和三十六年の「実顕地構想」や「社会式養鶏法」の発表だった。誰もが切実に心底「これをやりたい」と欲求するものに火がつけられたのだった。多くの会員有志が家財産を売り払い、家族を連れて参集したのだった。

例えば「百万羽構想」に参画し、先年亡くなられた山鳥健一さんは財産整理のリアリティを手記で次のように記す。(三重県四日市の創立事務所から財産整理できた金を取りに)

「我が村のバス停に降りたとたん、大きな字で書いた立て札が目に入った。◯◯宅の家財道具一切を処分する 何時より せり市に出す と書いてあったと思う。この時はさすが我ながらやったなあと、立て札を見直した」

ここには自分を自分から放して、例えば芝居の登場人物を客席から観る態度で見られるように、客席から観る自分と芝居上の自分が一つに会するものとして捉えられている。
だからこそ芝居上の自分は、「さすが我ながらやったなあ」とその功績を賞讃する心底から突き上げてくるような「気持ち」で満たされるのだ。それはさきの下六川地区での「楽しく暮らそう」「仲良くやろう」という「気持ち」でもあった!

ここに「と」に立つ実践哲学の常識観念を突き抜ける実践力の偉大さを見る思いがする。これこそ「と」に立つことではじめて生まれ出た「一体の気持ち」ではなかったか。

理想社会の実態と誰もが切実に心底「これをやりたい」と欲求するものとが相会するところに真目的がある。ならば研鑚でこそ生まれ出たいわばヤッター!と思わずガッツポーズしたくなる「一体の気持ち」ってなんだろう? 「一体の気持ち」に全面的に盲従的に即応してやろうとするものがある。 
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