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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

イズム実顕地づくり考(19)

ようやくイズム実顕地という「場所」の入り口に辿りつくことができた。ここでの「イズム」とはヤマギシズム理念をいう。羅列してみる。

○自然全人一体観
○無所有 共用
○無我執 放す
○全人真の幸福
○絶対愛
○心物 正常 健康 豊満
○研鑽科学生活

○共生 共存 共活 共用 共栄
○無中心 無辺 無囲 無境 無停頓 無時間
○無執着 無妥協 無契約 無教 無経典 無定見 無宗教 無信仰 無勝負 無闘争 無階級 無償 無報酬 無分配 無固定前進
○合う 合理 合適 合真理
○きめつけなし 気体 融通 一致 持たない 自他隔てなし 仲良し
○その他

この実顕地をつくるには、まず条件を揃えることだ。その条件の中でも最も力を入れたいのは、やはり人づくりであり、自分や他の人をイズム生活の方向へ運転できる資格を習得することであった。
すなわちこれら文字で組みあげられた概念に、理念としての生命を吹きこむのが生涯賭けてのやることである。でも、どうやって?

既成宗教のお題目はその内容の実践よりも、それを唱えることの副作用に意味を含ませている。これらの羅列したイズム理念も、それをいくら上手に解説できても何の効果も出ないことぐらいは誰もが骨身にしみている。理念やあり方に縛られたりする程みっともない格好はなかった。
それなのに何故またぞろイズム理念など持ち出すのか?

山岸会では、自分の行動の基準となるモットーとして、〝われ、ひとと共に繁栄せん〟という会旨を持っている。
普段の会話でも、

「おい、牧草の色が赤茶けているから追肥をやったらどうかな」
「赤いと言ってもよくわからないよ。何と比べて赤いの?」
「隣りの畑と比べてだけど……」
「そう。でも、その隣りの牧草は本当の牧草の色かなぁ」
「えっ、本当って……?」

といったやりとりがくり返されるが、
「基準」をどこに置くかで、割り出されてくるものがまるで違ってくるからである。
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