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自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

鶴見俊輔氏を悼む

7月24日付けの新聞は哲学者・鶴見俊輔さん(1963年・第一七九回特講受講)の死去を伝えていた。

先年(2012年4月)会の機関紙『けんさん』に「吉本隆明氏を悼む」と題して次のように記したことがある。
「おもえば京都の鶴見俊輔氏と共に東京の吉本隆明氏は、理想を追い求めてやまない山岸会の試みをこの間一貫して温かく見守ってくれていた両翼だった」
その片翼までも今失ってしまった。

養鶏の儲けを人寄せの餌に寄ってきたどこの馬の骨かわからない百姓上がりの「運動体」から、人類の思想が未だ一番肝心で未解決のまま残している世界性とか普遍性に繋がる道筋へのたくさんのヒントや励ましを何十年にもわたって両氏から受けてきたのだった。その一端を鶴見さんの発言から拾ってみる。

「ヤマギシ会が中心の観念として『ダレノモノデモナイ』という考えを置いたってことは、なるほどと思いましたね。いま新しく開拓されている日本史の道と響き合うものがある。まったく前衛的な道なんですよ」

「ヤマギシ会の研鑽方式というのは論争って形じゃないんですよ。(論争とは)別のゲームのルールで、ろくろがぐるぐる回っている形なんですね。その中にいろいろなものを投げ入れていくでしょ。そこに面白みがあるんですよ」

「人類は絶滅すると思うんですよ。二〇世紀の現実というのは進歩なんていうものじゃないですよ。有史以来、人間が同種の人間をこれだけたくさん殺してきたというのは、二〇世紀までなかったでしょうね。これから長い衰亡期に向かっていくでしょう。その準備、してないと思うんですよ。テレビとかインターネットとか言ってるけれども、電力は使えなくなるし。そして文字もせっかく作ったけれど文字を伝える能力がなくなって、ふたたび無文字社会として長くやっていく。その間には、蟻でも蜂でもやっているような助け合いということが、人間も動物なんだから起こるでしょう。
私はヤマギシ会はその助け合いの原則を先取りしてそれによって生きていると思いますよ。そしたら人類の衰亡期とヤマギシ会がつくってきたものがあるとき出会うでしょう。絶滅にむかう道で導きの星になる」

「今、ヤマギシ会は着実にいくつか成功を収めている。だけどね、成功は失敗の母。逆手をとられないように注意しなくては。ヤマギシ会がここまで来たのは、最初に頓挫してほとんど潰れかけたからでしょう。それを噛みしめることが重大なことで、あの大失敗が私をヤマギシ会へ引き寄せたのであって、成功が私を引き寄せたわけではない。それぞれの失敗は必ずきっかけになる。全体の成功したものの上にのっかってやったとしたら、これはまずいんじゃない?」(「ヤマギシズムの可能性」1996.11『けんさん』)

今自分らは微力ながら両氏の励ましを受けて、どんな主義主張にも拠らない、牆壁を越えてまじりあう、山岸会養鶏法の出発点「稲と鶏」での「と」に立つというか、そういう場所に立つことではじめて展開する世界について想いをめぐらしている。「と」に立つ実践哲叢のようなものを描きつつ愉しんでいる。
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