FC2ブログ

自己への配慮

自分にたいする配慮ということがすべてに優先する。(セネカ)

25 自分がよくなるためからの出発

「私は一九歳の時、或る壁にぶつかり、苦悩の内に一生かけての仕事を始めたのです。そして人生の理想について探究し、真理は一つであり、〝理想は方法によって実現し得る〟という信念を固め、只今ではその方法を『月界への通路』と題しまして記述し続けております」(山岸巳代蔵)

かつて「理念」はいつも「現実」の前で虚しく裏切られた。理想を描き、その理想実現に生きがいを感じて明け暮れる高揚する日夜が、一転互いを傷つけ合う修羅葛藤の場に変わる。

そもそも理念とは、現実とは何か?
理念と現実との乖離はどうしたら埋められるのだろうか?

そんな時ふと、自分が「ヤマギシズム理念」そのものになったらよい、という思いがわいた。しかし、瞬間的にそんなバカな、とすぐに取り消した。だって自分は我執の固まりなのだ。でもそれだったら、お先真っ暗だなぁとなかばあきらめかけていた。

そういえば、山岸会の会旨は「われ、ひとと共に繁栄せん」であり、私の社会倫理は「自己より発し、自己に返る」として、「われ」とは「自己」とは、とずいぶん研鑽を重ねたことがある。ここでの「自己」とはどんな自分なのだろう?

「全研(※昭和三十三年頃)の場で『あんた方ここに何しに来たんですか』と問われた時、全人幸福運動、戦争のない社会、不幸な人が一人もない、愛児に楽園を、理想社会を創りに、と応える人が多かった。その時『私が幸せになりたいからとちがいますか。その幸せがひいては全人の幸福につながる』といわれた」(川口和子談)

「自己」の歓びや快楽などを追求することは「自己中心主義」に受けとられるという遠慮や自己規制に縛られ観念が、根こそぎにされたような衝撃をうけた。「ああ、そうか」と腹に落ちてくるものがあった。

結局自分がよくなるためからすべて出発している。屈辱・忍従・犠牲・奉仕・感謝など一切無い。自己より発して自己に返るだけ。自己の楽しむ場を広めていくためで、決して人のためでないということ。そういう「自己」がやっていく副産物として理想社会ができていくというような……。

それは事実その中で生きているもう一人の自分の中の「自分」を知らされたきっかけだった。

PageTop

24 「事実」の正体

「ちょっとした一点が欠けていたために全部が駄目になることがある。しかもその一点を究明しないで、他の条件を、その原因であるかの如く決めつけてしまう非科学的な、軽薄な態度に気づくことである。(略)
『食べない』、『食べ残す』、『すっかりやせて倒れていく』、『モミガラは栄養価がない』、『繊維は不消化だ』などといわれるが、それに対して、モミガラに限らず他の繊維類も含めて、或いは他の飼料に対しても、こうした考え方で観ていくことで、人間の食糧についても、また食物栄養関係だけでなく、すべての物事に対しても、こういう考え方で観察していくことである。
先づモミガラは食べ残す、食べないという事実に対して、よく食べる、食べ残さない、という事実もある。その間に栄養が有る無しに拘らず、それは使用する大きな目的・効果が他にもある。
食べ残すようにするには、食べ残すようなやり方で。食べ残さないという事実は、やはり食べ残さないようにするから、食べ残さないものである」
「食べたいから食べるのと、食べなくともよいが食べるのと、何でも二つある」(山岸巳代蔵)

モミガラ等粗飼料を鶏・豚・牛等家畜に美味しく大量に食べさして体質改造をはかることで、その個々のもてる能力一杯に営めるような境地を得せしめることこそ飼育者冥利に尽きるというものだ。
自分も一飼育者として「こんなものは食べない」「この鶏は駄目なトリ」「こういう飼い方はイケない」等早のみこみで軽率に判断してしまう自分を嫌という程思い知らされてきた。そして「事実」の正体は何なのかと考えさせられた。
そうした日々のとり組みから、「二つの事実」という概念をあみ出して自らの生き方の指針としてきた。

また「何でも二つある」の研鑚を通して、ふだんの何気ない「腹空いた」事実と「食べたい」という思い・欲求は、まったく別のことであることを知って驚愕したことがある。
何かキメつけ観念を持っての「食べたい」世界とことわざ「武士は食わねど高楊枝」を彷彿とさせる「食べなくともよい」という放して食べる世界のあることを知らされた。

だとするならば、「食べなくともよい」の場所が「と」に立つということだろうか。事実はあれば食べる、無ければ食べれないのだから……。

ちょっとした一点が欠けていたために全部が駄目になることがある。ほとんどは使いこなせていない自分の考え方に原因があるのだが。しかもその一点を究明しないで、他の条件を、その原因であるかの如く決めつけてしまう非科学的な、軽薄な態度から顕れる「食べ残す、食べない事実」
鶏一生、粗食の中から栄養を充分に取り、長期健康で長期生産性を高める生物(自然)の生理的作用等をもっともっと究明・活用することで顕れる「よく食べる、食べ残さない事実」

その部分のみを見て判断する浅い考え方を放すという観念作業だけで、トタンにヒックリかえる「事実」。

「現実」も変えることができないと固く信じ込まれているが、すべての物事に対しても二つの事実という考え方で観察していけるのではないか。

「と」に立つということは、一体観に立つということ。

PageTop

23 囚われからの脱出

「楽しみ、歓びばかりの結婚、恋愛、人生が本当で、それが必ず実現できると思う。ところが今日なおそうならないのはなぜだろう。それには原因がある。そしてその原因から解決しよう。
これは真面目に考えてみることで、それを願いながら、そうならないと云うことは、願うばかりで、実はそうなるようにせないからで、なるようにすれば、必ずなる。むしろ、ならないようにし、かえって逆の結果になるようにしているからである。
成るように願い、なる方法だと思っていても、成らない方法を、なる方法だと思い違いをしている」(山岸巳代蔵)

この一節に触れると、きまって自分自身の吃音体験が思いおこされる。

「僕は20歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい」(ポール・ニザン『アデン・アラビア』)

その頃、ある文芸雑誌で小説『凍える口』(金 鶴泳) に出会った。まるで自分のことが書かれているようでむさぼり読んだ。

「ぼくは、思うことを思うとおりに、すらすら話すことができない」
「吃り易い言葉とそうでない言葉とがあり、ぼくはできるだけいい易い言葉を選択しておかなければならないのだ」
「ただ、吃ることによって受ける精神的神経的衝撃、その屈辱を、ぼくは何よりも恐れていた」
「〈ああ、吃りでさえなかったら――〉」
「いわば、吃るべくして吃っているのである。それは、当人にもわかっているのである。わかっているのだが、そのような状態になってしまう自分を、自分ではどうすることもできない。そうなるまいと気をつけていても、いざとなると、やはりそうなってしまう」
「ぼくは、吃音に囚われているのだった」

そうか、自分は「吃るべくして吃っているのか」! 

「窮すれば通ず」とはこのことだった!
囚われからの脱出は、あっけないほど易しかった。
〈出発点〉はまさに〈実践〉だったのだ。
はじまりと「そう成る方法」は一本コースなのだ。その道を通る以外には到達できないのだ。
吃らないようにと、そう思う、思わないにかかわらず、出発点に立ち一歩踏み出すこと、じっさいに言葉を現実的に最後までツナイでみせる以外に方法はないのだ! 誰もが日頃当たり前にやっていること。

そしてそこでこそ、人の中で自分も気づかずに話している事実を見られるのだ!

この発見にも似た事実・実態と思い・考えとの次元の異いを思い知らされたことだった。

要は、「成るように願い、なる方法だと思っていても、成らない方法を、なる方法だと思い違いをしている」ならば、「成らない方法」を捨てて、「そう成る方法」に乗り換えるしかないのだ。

こうした自分の思い(意志)どおりにならない「事実」に何度も直面して挫折感に打ちのめされつつも、じつはそのさきに展開する「事実の世界」の発見と同時に、そこから齎される歓びに重なるかのように自分のヤマギシズム探求ははじまる。


PageTop

22  真理と人間の考えと現象

「人はみな、それぞれに個性なり、我がある。自然はうまく仕組まれて、親子でも兄弟でもみなどこか、何かが異う。一人一人にいろいろな考え方や、異った特色があってこそ、人生に妙味がある。そして一人一人に頭や手足や口を具えて、各々自分自分で呼吸し、食を消化し、一応はそれぞれに個人個人の形で生きている。
したがって、一人一人、考え方も行為も異う部分が相当あるだろうし、自我観、私心、個人意志、それぞれの生活行動等、自我を立てた一つの単位をなしている。
これを個人とか、自己・我・私などと呼んでいるが、その個人個人が自分を護って最も巧妙に生きようとしている。
そして、自分の観念や設計や形体が出来ると、愛着を覚え、手放したくないようになる。なんとかして、それを持ち続け、育てて大きく伸ばしたいものがある。頑としてかばい、正当づけようとし、崩れることを怖れ、嫌い、惜しむ。ますます頑丈堅固に防壁を築き、安全を期する。それは生物の自己保全、拡大、繁栄の自然欲求として、当然だと思う。
しかし、ここに問題がある。
その当然の理、自己繁栄を希求しながら、案外それに逆行しているのが現状で、個人の生活が決して健全安康を保っていないことである。
人間は、他の動植物に比べると抜きん出て高い能らきを具え、霊妙歓喜で暮らせる筈にかかわらず、病気になったり、病身になり、精神的に、肉体的に、苦悩・不安・不健康な人が多い。
禽獣、虫、魚、草木よりも、悩み多い。同族相食む抗争が後を断たず、拙劣な生活を今なお続けている」(山岸巳代蔵)

ここでは「万象悉く流れ、移りゆく」ものがなぜ現在までの人間社会だけにスムーズに流れていないのかの問題提起がなされている。
何が流れを堰き止めているのだろうか?

たとえば、水は液体だという考え方がある。それで何ら日常的には困らないが、正確には液体の状態の時は水だといえる。つまり受けたものがあって、水になったり、氷になったり、水蒸気に変わったりする。だとしたら、水の本体は何か? 

人間の本体を検べる場合でも、「あの人は悪い人」と見る観方がある。「物」を商品と見なすお金の要る社会がある。働かなければ食べられない、食べるために働くという観念の人もいる。他にも、

「金、物欲、知識欲、名誉欲に取り憑かれている人。
山の頂上を目指して、道を求め、生涯トボトボと山すそを横歩みするカニのような人。
堅い約束さえしておけば大丈夫、安心と、結納や神前の誓いの要る人。
それは結構な理想ではあるが、現実はどうですか、何も無くなったらどうします? という人」(山岸巳代蔵)

元々そうでない、本体と周囲環境、いろいろなものから受けたものによって「作られたもの」がある。

つまりその人自体、そのもの本体と何かから受けたものでキメつけられた人(もの)とは関係無いのだ!
単純に分離分析して正しく見ようとする「研鑚力」が必要とされるゆえんだ。

たとえそれが現実(現象)とか事実であっても、はたして真理に合った事実であるのか否か?
バイ菌が着くべくして病気になったとしても、つまり原因があって結果こうなったとしても、だから医者が要るとはキメつけられるだろうかというのだ!?
医者が要るという現象がはたして本当の生き方からのものなのかと。

見えなくさせられ、格下げ、抹消され、排除、闇の中に消えてしまった「秘められた実態」=事実がある!

手段が目的にすり替わってしまうという逆転現象の中で、本当の世界にはあり得ないものに振りまわされているだけかもしれない。
ほとんどすべての人間生活を観念で片づけて、不合理な生き方をしていることを知らされる。

しかしまた一方、何を話し合っても受けつけない頑固な人でも、死んでも行かないよ、と云い切っている頑固な人でも、一通の急信によって、どんな忙しい中でも、遠隔の地からでも、取るものも取りあえず、頑張っていた頑固さをサッと抜いて、自分ではそれを意識しないで、兄弟・近親の元へ馳せつけてくる。

ここでも如何様にも変わり易い人間観念の特質を思い知らされる。

PageTop

21 律動(リズム)の「こころ」

「仲良くということは、人と人だけでなしに、自分の心身の中にも夫々が仲良う、仲良い状態が本当で、また人間以外の他のものとも、仲良う調和のとれた繋がりが大切だ。それには心が原因であったり社会環境や物の物象やね。それが原因する場合もあるから、どちらを軽しとは出来ないが物象、環境等は最低線の上に立った上での心の如何を熟慮、考察する時、心の状態を最も重要視することである。

その精神の根本的なものは、やはり本当の社会を打ち出す――その精神と一緒なんです。
自分独り立ちが出来ないという、自然、それから全部の人間との、繋がりなんです。それの理解のいった、分かった人の精神でやれば、必ず成功するんです」(山岸巳代蔵)

映画「おくりびと」に、主人公らが橋の上から二匹の必死に川を遡る鮭を見つめているシーンがあった。そこにまた新たに一匹、上流から命を使い果たした鮭が流れてくる。そこで次のような会話が交わされる。

「何か切ないですね死ぬために遡(さかのぼ)るなんて、どうせ死ぬなら、何もあんなに苦労しなくても」
「戻りたいんでしょう、生まれ故郷に……」

永永とくり返される鮭の母川回帰も、生物の吸収生長の期と後の世への生命の繁栄を劃然と区分する象徴的な交替の律動(リズム)現象の一つだ。
そんな鮭と自然との「仲良う調和のとれた繋がり」に思わず心を奪われる。
そんな姿に私たちは、なぜか名状し難い興奮を覚えるのだ。体の奥からなにか暖かいものがこみ上げてくるようにさえ感じられる。

互いに相手なくしては生きてゆけないという陰陽の一つ「男、女、花、太陽(極同士の接触)(愛の表現、極致)」(山岸巳代蔵)に分かれてあるように、不調和を調和さす働きによって保ち合っているのだろう。それ故さきの「引いては満ち」る波の動きや音にも惹きつけられるのだろうか。

「あなたまかせの生活史です。今日はうどんの煮汁か米とぎ水か、魚の臓物の饗宴にありつけるかと、あわれうたかたに望みをつなぐ生涯でしょう。しかし、また案外数少ないであろう彼等にも、配偶者に会う仕組みは、うまく与えられてあるのか、種の絶滅もなきまま、こうして産み付けられた吾が身」(山岸巳代蔵)

に重ね見てしまうのだ。
「何や知らん生きてるの、それ本当や」(山岸巳代蔵)

そんな不断の律動(リズム)を生きる自分がいる! 
「成るべくして成る」事実その中で生きていくそんな自分から、崇高なる気持ちの必然が生まれてくるようなのだ。

律動(リズム)とは、さきの自分=自己+自個(繋がりそのものの自己)=二つの心として現れる自個から自然全人に繋がる「こころ」でもあるのだろうか。

PageTop

20 無停頓の律動(リズム)

「一生涯新しきに臨む、実験・考案、考案・実験ばかりの前進一路、無停頓の律動が本当の人生ではなかろうか」(山岸巳代蔵)

ここでの「無停頓の律動」とは何だろうか。

きっとさきの「そういうものや」「変わるべくして変わった」「成るべくして成った」といった表現で伝えたいものに関連しているにちがいない。

だから無停頓とは「宇宙自然も、人間そのものも、人為的な業績も、一日として後返ってはいない」前進のみの事実をいうのだろう。

しかも宇宙自然界の現象は、一瞬も固定していなく、正しく律動している。この不安定状態の中で安定状態であるものがある。

また律動(=リズム)とは、さき(7〝ない〟ものが見える)の「万象悉く流れ、移りゆく」という一節での「流れ」に譬えられるだろうか。
太陽、地球、月等の星の運行や四季の変遷のリズム、波の運動や生物の吸収生長の期と整理と後の世への生命の繁栄を劃然と区分する交替のリズム、人間自らの各種身体運動のリズム等々、自然界に見られる様々な周期的な反復運動の現象が知られている。

こうした宇宙自然界に息づく律動的な現象の一環として、「そういうものや」「変わるべくして変わった」「成るべくして成った」という調和・保ち合い・活かし合いの生物本来の姿があるのだろう。
一瞬も固定していないのに不調和を調和さす働き、だがその調和を満たしたとき、前向きにまた次の調和を目指して律動している。

あたかも幼児の弄(もてあそ)び的に、建てては壊し、積んでは崩し、組み変えて試(み)るようにして流れ、交替する律動を、人間を含むすべての生物から無生物までがめいめい奏でている。

以前テレビ番組で、女優・羽田美智子さんが幼少の頃から何度も通った大洗磯前神社の鳥居から見える海を眺めながら、「引いては満ちて、引いては満ちて、それを見ているだけで、自分の中の柔軟性が戻ってきて、なんか波が心を洗ってくれる」と語っていた。

これなど母なる自然の律動と共振することで、あらためて「万象悉く流れ」ているものが自分の中にも呼び醒まされ映し出されてきてなぜか心が安らいだ実例だ。
無停頓の律動に触れる、そんな「こころ」で感じる場所を自分の中に見出せたことの歓びが伝わってくる。

あの自然全人密接不離の相関関連を紐帯する「繋がりを知る精神」にまで思いをはせてしまう。

PageTop

19 人間進化の最後の革命

「原因があってこうなる。成るべくして成る。知恵を使っても使わんでも、意識のないというかね。生まれた子供が乳を口に入れられたら何かなしに吸っていくもの。生まれたものが何かなしに呼吸していくもの。そういうことをあんた方は言ってるのやろ。どうしていくかはまだこれからや。生かされてるという言葉はいらん。生きてる事実でいいわね。
(略)
本能とか知恵とか考えないで、そうかも、そうでないかも分からんが、生きてる事実については、それはやっぱり知恵で判断するのやろ。ありのまま見るというのは、やはり感応で見るのやろ。耳鼻舌身等、知覚神経で見るのやろ。生きてるというのを見るのは、理で認めると言わずに、やはり知恵で認めるのやろ。だからそれは真理だと言っても知恵で認めても、それは真理かどうか分からんと知恵の限界を言うのやろ。
(略)
知恵を使っていようがいまいが、生きてるのは知恵で生きてるのでなく、それを認めるのは知恵で、それを納得するのは知恵であるといったところか。
(略)
『何や知らん生きてるの、それ本当や』くらいでよいのや」(山岸巳代蔵)

ここから出発しようというのである。

ところが今西錦司は、「事実がそうなんやから仕方がないやないか」「わからぬのが本当でないか」とそこで居直ってしまうのだ。
そして人間社会も
「一人一人の人間が、こういう社会では息苦しいとか、味気ないとかいう気持ちになってきますと、自然に変わっていくのじゃないですか」
「働く時間をなるべく減らして、あとの時間をそれぞれの人が、遊芸でも釣りでも、なんでもよいから、もっとそれぞれに自由を味わえるような方向にもっていけたら、それでやや動物の世界や原始人の世界に近寄ることができるのやないか」と主張するだけだ。

人間復帰への「考え方の革命」がスッポリ抜け落ちている!?

あの鶏でさえ、孵化する過程で、四日から五日目にかけて卵は必ず死にかかるほど弱まるという。ちょっとでも動かすと死んでしまう。母鶏も、この僅かな時間は決して動かすことをしないという。四日目を境に鶏胚は魚であることをやめ、両生類になり始めるのだ。

そんな難儀な体験を共に乗りこえるのだ。

そう、人類から真人類への孵化こそ、私たちが求めてやまない人類の総意ではないだろうか。

鶏たちが息絶え絶えになりながらも海から上陸したように、私たちも、大換羽(毛変え)して新しい心身に孵(かえ)したい。

そうした自己革命の機会として、一週間のヤマギシズム特別講習研鑽会の登場を挙げることは、いささか手前味噌に過ぎるだろうか。

PageTop

18 繋がりの中の「意志」

「一本の植物に例えてみると、根あり、幹あり、枝あり、葉あり、そしてそれは、そのいずれもが、根のものでもなく、幹のものでもなく、枝葉のものでもない。各部が生かし合って、生きて伸び栄えるもの。葉は梢について梢と葉が生かし合い、葉と根とは、間接的ではあるが幹や枝に繁がって、共に生かし合っている。誰のものでもない。空気や水・太陽・光熱・肥料成分等とも生かし合っている。外なるものが内にも生かされて、体内・体外のこれと似たようなものであるそれらがお互いに正常に生かし合って、いずれもが繁栄していくことが健康であり、幸福なあり方とも云えるものではないだろうか」(山岸巳代蔵)

生涯一貫して、自然とは何かという問題を問い続けて「自然学には直観の世界も、無意識の世界も、取りこまれなければならない」とする自然学者・今西錦司に、戦前遺書にするつもりで書き記したという『生物の世界』という名著がある。

宇宙自然界を、ダーウィンの進化論に代表される生存闘争に打ち勝つといった個体から出発する進化の考え方でなくて、お互いが繋がり合う種社会としてもとは一つのものから分化発展した共生物としてその都度調和をはかりながら「変わるべくして変わってきた」のだと見なした。

この宇宙自然界にあるものは、敵対・害し合うものでなく適材適所を得れば共にあるバランスを保ちながら存在している事実からの、「棲み分け理論」の確立だった。

突然変異など「個体の好き放題に任せない」で、「瓜の蔓には茄子はならない」とするこの世界の理念というか自己完結性、いわば繋がりの中の「意志」のようなものに触れたのだ!

「生物が食物をとるのも、敵を避けるのも、配偶を求めるのも、みな生きるための必然がしからしめるところではあろうが、食物も適も配偶もみなこれ一種の環境である。だからこのようなものを認めるということは環境全体の中からとくにこのようなものを生物が選んだのである」
「環境に対して働きかけ、また環境によって働きかけられることによって生きてきた」
「身体の延長が環境であり、環境の延長が身体であると考えるならば」
「主体の環境化が環境の主体化であるという生物の生活」
生物の世界全体にも、よりよく生きようとする何か方向づけるものがある。

さきの山岸巳代蔵の「そういうものや」と重なり合ってくる。

PageTop

17 山岸巳代蔵の眼に映ったもの

「一日、或る人家の軒下を流れとどまる下水溝に、黒く細長い、蛭(ひる)にも蚯蚓(みみず)にも、八ツ目うなぎにさえも持たない、熾烈な悪寒を覚える醜体の、一匹の虫のうごめきを見ました。青年時、庭先でこれによく似た、頭部が銀杏の葉のような形に拡がった、黒い虫を初めて見た時、慄然とした印象が今なお蘇りますが、こういうものを見ると逃げ出したくなり、目につかねばよかったのに、また何故あんな虫がこの世に置いてあるのか、そして何を楽しみに生きているのかと、時々思い出して暫(しば)し耽(ふけ)ることがあり、何時水気がなくなり干乾しになるか、どんな劇薬や苦いもの、酸いもの、辛いもの等が流れて来るか、熱湯をかけられるか、不安の日夜をのたうって、三日がかりで漸(ようや)くにして遡上したものを、一夜の水にどこまで流されるやら、あなたまかせの生活史です。今日はうどんの煮汁か米とぎ水か、魚の臓物の饗宴にありつけるかと、あわれうたかたに望みをつなぐ生涯でしょう。しかし、また案外数少ないであろう彼等にも、配偶者に会う仕組みは、うまく与えられてあるのか、種の絶滅もなきまま、こうして産み付けられた吾が身の不運をかこっているかどうか、詮索したくなります。人間の誰かと引き較べて」(山岸巳代蔵)

以下のような挿話も残っている。

「先生とあちらこちら廻っていた頃、大阪のどこかのうどん屋に入って、そこを出がけにうどん屋の裏手に熱い湯が流れている溝に二匹のけったいな虫を見つけて、『ほれ見なさい。あんなやで。あんなやろ。あんな中にいても二人で居る。そういうものや』と言わはった」(奥村きみゑ談)

「ゲジゲジみたいな虫を見た時、『何で、こんな虫が生きているのか?』『成るべくして、そう成っているのだな』『そこから全てが解けて、ショックのあまり倒れるほどだった』」(渡辺操談 山岸巳代蔵エピソード集より)

たまたま目にしたありふれた光景の、ここのどこがスゴイのか?
きっと山岸巳代蔵は生涯幾度となく、「そういうものや」と見る眼から自ずと立ち現れてくるものに琴線を揺るがしたにちがいない。

いったいなにが眼に映ったのだろうか。

PageTop

16 無言の催促・力づけ

「例えば“心配する”という言葉を取りあげてみると、“子供の病気を心配する”とか“入学を心配する”とかといった“気にする”場合に使われたり“人に心配してもらって”というように“気を配って世話”する場合や両方の混じった意味にとれることもある。
子供の病気を心配する場合に“どうなるだろう”“ひょっとしたら助からないかも”とか“死ぬようなことになったら”と云った憂慮する事が多いが、一方積極的に対策を考え手当を講じるように配慮することこそ本当に心配することではなかろうか。
案ずるということも気にするばかりでなくそれこそ名案を考えるのが本当の案じ方ではなかろうか。こうした一寸したことに気づくだけでも、見方、考え方がコロッと変わることも多い」(山岸巳代蔵)

何かに思い悩んでいた自分が、研鑽会で皆の発言を聞いているうちにパッと開けて、見方、考え方がコロッと変わることがよくある。

以前ある研鑽会でK君の「運動会に参加したくなかったけど、やってみたら楽しかった」という発言から、やりたくない自分と、その隣にもう一人の自分がいて、「心の繋がる繋がりそのものの自己」というのは、みんなと繋がってやっていきたいと思っている自分のことではないのかと盛り上がったことがある。

ふだんの何でもない一場面での自分を、研鑽会という場に置くことで「もう一人の自分」がくっきりと浮かびあがってくるのだ。

研鑽会という参加者がすべて同一の平面で、人と人との繋がりの一環の人情の輪から醸しだされるものがある。
それは「共に」の精神からを願っていながらも、心ならずも心足りない一面を足さねば次へ進めないことを、繋がりの方から無言の催促され、力づけをしてくれるのだ。

思いもしないところから、そっと心の手が差し延べられる。
そんな「共に」の世界から語りかけてくるものを、「繋がりそのものの自己」でもっと感じとりたい。

PageTop

15 「研鑽会」という場所

(承前)「人を見れば、自分と思える境地に立つことを条件とした言葉で、例えば人の子を見て、私の子同様に思えるかということです。自分の子の優秀や、栄進や進学、結婚を喜ぶに止って、他の人の子の、劣悪、失職、落第、墮落、破鏡を平気で見過し、時には内心さげすみ、あざ笑い、これに比較して我が子を誇るといった心が、微塵でもあったとしたら、如何に口で〝われ、ひとと共に〟と叫んでも、空念仏以外の何ものでもないことになります」(山岸巳代蔵)

この間ずっと『知的革命 私案(一)』の一節、「人は、人と人によって生れ、人と人との繋がりによらねば、自己を次代に継ぎ、永遠に生きることは絶対に不可能で、その関連を知るなれば、自己一人限りとの考えは間違いなる事が解り、お互いの間に愛情の含まれるこそ、真理に相違なく」に想いを巡らしてきた。

人は、「人と人によって生れ」から「人と人との繋がり」の場へ出て行くことの出来る出発点を探しあぐねているのだ。

人は漫然と自分の思い考えの延長線上に「人と人との繋がり」の世界を結びつける勘違いをしてはばからない。

それ故必然そうした「勘違い」からくる矛盾を倫理的に過剰に受けとめ自己と他者を追い詰める息苦しい思いをくり返している。

そこでいったん全く次元が異なるものとして識別・放して、あらためて結び直すための紐帯を見出す必要に迫られているのだ。

それを可能にするのが「研鑽会」という場所への跳躍なのだ。

そこで例えば芝居の登場人物を、客席から観る態度で眺め、楽しむのだ。

人は「研鑽会」という場に立つと、「繋がりそのものの自己(強いやさしい母)」から思わず湧いてくるもので、「人(男)と人(女)によって生れ」た自己が温かく抱擁(つつ)まれている、そんな自分自身への絶え間のない気遣いの親愛感に満たされるのだ!

「繋がり」の中に秘められてあるものが「あなた」と共に立ち現れてくる、そんな「研鑽会」という場所がある。

PageTop

14 「あなた」の立ち現れ

「山岸会の目ざす理想社会は、一人の不幸もあってはならぬ社会でありますから、その根本に自他一体観の、きびしい原理が自得出来ていなければならぬ筈で、この会旨を別なもっときびしい言葉で表しますと、
〝私はあなた、あなたは私〟
の体認に出発せねばならぬとするのであります」(山岸巳代蔵)

ここでの「あなた」について想いを巡らしてみたいのだ。

またここでいう会旨とは、もちろん山岸会会旨「われ、ひとと共に繁栄せん」のことだ。
それは「と」に立つ精神、「繋がりを知る精神」 から見ると、主体はわれにも、ひとにもなく、「共に」にあるとして、自分の行動の基準を「共に」の観点に照らし合わせて判断することを意味している。

とすると今までの文脈に沿えば「あなた」とは、「共に」の場所に位置する「繋がりそのものの自己」を指すことになる?

それは身近な人に、未知の人に、路傍で見かけた丈の間柄にある「もの」を指す。
その辺りの気づきを、「きびしい原理」と表現されているのだろうか。
「その繋りさえ分かれば」
「自得、体認」からの出発。

いやこの間私たちは、原風景等に象徴される「あなた」に向き合い想いを巡らすことで、「温かいもの」が自ずと湧きあがり満たされ、それを自らの幸福の糧にしてきたのではなかったのか。
この時「あなた」に向き合い想いを巡らしている私は、事実その中で生きているもう一人の自分の中の「自分」を二重に見ているのだ!

自分=自己+自個(繋がりそのものの自己)=二つの心として現れる (1「と」からの出発に際して)
ここから「あなた」が立ち現れる。

PageTop

13 稲の心・鶏の心

「稲と鶏(一)
『稲の稔りは土中にかくれた根にあり』
『鶏の産卵は腹中の消化器にあり、肉眼に見えぬ染色体にあります』 (略)
私の稲作は、五年目の実に浅い経験より持っておりませんから、おそらく将来改変しなければならぬことばかりでありましょうが、農業を始めて気付きましたことの一つに、多くの作物、特に稲には、根に肥料を与えるよりも、肥料分のある所へ根を伸ばす仕組み、地力相応の窒素質を先ず土に貯え、稲に成長・稔実計画を樹てさすことで、無理に吸わして餌持ちにならぬよう。鶏雛に無理に喰わして胃持ちにせないのと同じ筆法を採っています」(山岸巳代蔵)

はじめてこの一文に触れた時、稲に成長・稔実計画を樹てさすなんて、面白いこというなぁと感じた。

養鶏面でも、一年鶏から二年鶏への過程で若返りをねらって「強制換羽」をかける。二週間近い断食から復食開始、その間羽根が抜けて、新しく生えて、肉がついて、産卵までの約二ヶ月間。
飼育者としては、この間よく食べるという習性、原理に適った餌を選んで、胃袋を大きくして粗飼料に馴れさし悪条件に負けない体質改造をはかるのだ。
それにしてもその間の鶏の餌への貪欲さにはいつも驚かされる。それも長期間続いた後なんだから、人間の空腹感とは比べものにならないすさまじさに圧倒される。

ことわざに「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という秋の稲の実りもそうだ。稲は一生元気で暮らして良い子孫を残したいと願っているようだ。

そんな稲や鶏の姿をじっと見つめていると、人間(自分自身)とちっとも変わらないなぁと心安らぐ思いが膨らんでいく。
擬人化しているだけだろうか。

いや、「無感無識界」のところで繋がっている稲の心・鶏の心を観ているのだ。

PageTop

12 永遠に大きく生きん

「春日山でも、もともとなかったのが、〝ある〟やわね」(山岸巳代蔵)

世界中の人がみんな仲よく仕合せになるようにと願って、家財産はおろか生命までもつぎ込んで出発したイズム運動の先人達は、何を糧にこの実顕地なるものを築いてこられたのだろう。
きっと、形なきものにその真価を見出し、自らの幸福の糧にしてきたに違いない。
物象面、金より前に、一つあるもの。それが形なきもの〝ない〟の気づきだった!

「だが、あれは、〝ない〟やわね」(山岸巳代蔵)

ここでの〝ない〟と〝ある〟を一つに繋ぐ「と」なる場所とは?
常時健康体である人は、健康体である間は健康である自覚に乏しい。病身になってはじめて健康であることの良さに気づく。
だとしたら、病身にならないでも健康体であることの真価はどうしたら気づけるのだろうか?
それは〝ある〟の中に〝ない〟を、〝ない〟の中に〝ある〟を見ることを意味する。

「日常茶飯事にも永遠に大きく生きん事を心するものであります」(山岸巳代蔵)

どういうこと?
物象面、金より前に一つあるものを、見るのだ。形よりも実質を見ていくのだ。
しかしそれも「そのように見える眼」に入れ換えないと見えないものらしい。
そこではじめて「永遠」のイメージが自分の内部に呼び醒まされるのだ。

PageTop

11 研鑚学校Ⅲが始まる

今日から二週間の研鑚学校Ⅲが始まる。今回で七年目、31回を数える。
そういえば以前次のように言う人がいた。

「ケンサン学校を斬る
竹本さんが、あるヤマギシの村人への感想を寄せてくれました。
『自分の中でぐっと来るものに焦点をあてて、その奥のものを探る手法は宗教的。
感覚的なものや実感を事実だとする進め方はまさに宗教。
現実感を事実にする根拠は、「係りが “事実ではないか” と言ったから・・・」では外のものに振り回されているだけ。
それでは宗教そのものからの感人種が出来るだけかな。
〈研鑽学校3〉の中に研鑽の実在が見当たらない。
〈研鑽学校〉に研鑽が無い、そんな思いを強くした。 
研鑽が無い〈研鑽学校〉に参加希望が多いのは?
係りも参加者も、やっぱり本質・本来を知らない、理解の浅さなるが故なのかな!』
秀逸な分析だな、と思った。
心を深く探るのは良いが、人間の考えであるとの自覚がない人が、心の奥に出会ったり、霊的な体験をすると、教祖か信者になってしまう。
ヤマギシ・心の啓発系・他の新興宗教、だいたいそんな感じかなと思う。
ヤマギシでは出会いや感動を〈研鑽〉と思っているみたいで、タチが悪い」(2009.10.01サイエンズ研究所 杉江優滋)

たしかに自分の思い込み、主観、実感ほどアテにならないものはない。「感覚的なものや実感を事実だとする進め方はまさに宗教」だと言われれば、まさにその通りかもしれない。

そのアテにならない誤りうる実感を頼りに足場にして、例えばこれからの季節、山の木々に見る紅葉をあらためてきれいだなぁと心の奥底から湧きあがってくるものに「心の琴線に触れるものがある。それはどういうものか」と美しさの正体に想いをはせるなかで、自然の一部である人間にも流れているものに気づかされ、その心から自然・永遠・事実・普遍・真理に相渉ろうというのである。

宗教と科学を分ける「と」の垣根を取り払うことで、宗教も科学となる繋がりの場所を見出そうというのである。

自然と人間は一体のもので、人間は自然から産まれたものであることを、みずからの生きた事実実証で表してみようというのである。

たかだか百年にも満たない時間を生きる人間の主観でもって、自然・永遠・事実・普遍・真理を掴むことはできない。
しかしそうした「事実その中で生きている」繋がりそのものの自己を見出すという「自己への配慮」という知恵でもってしたならば、真理即応の人間性(心)にまでひょっとしたら到達できるかもしれない!

ハッとする心躍りがあった。






PageTop

10 そう感じられる場を

「私は私としての理想を描き、理想は必ず実現し得る信念の下に、その理想実現に生きがいを感じて、明け暮れる日夜は楽しみの連続です。家が傾こうが、債鬼に迫られようが、病気に取り付かれても、将来誤った観方をする人達から、白州に引き出されようとも、先ずこのよろこびは消えないで、終生打ち続く事でしょう」(山岸巳代蔵)

さきに「心の琴線に触れるもの」との対話をくり返していると、いつしかそういう「もの」がどんどん膨らんでくるのだ、と記した。
それって理想、真善美の世界実現に繋がる要素の一つ、理想顕現の場であり生活の場としての「基盤」が見えはじめてきたとでもいえないだろうか。

理想を描き、その実現に賭けること自体が「楽しみの連続」で「よろこび」だという。
つまり理想そのものが自分の心の琴線に触れる「実感そのもの」なのだ!

かつて数学者・岡潔は、理想の本体は
①人が追い求めてやまないもの
②知らないはずなのに知っているような気がするもの
③懐かしい気のするもの
として、その強い実在感をあげた。
さきのお母さんのふところに還るような「私の原風景」にも重なるようだ。 

「北海道たび合宿に行って、『ヤマギシでよかった』と言った子がいたそうです。
『そういう声が聞きたくて企画したし、そう感じられる場をもっと用意したい』『子どもが、友達に自慢できる村にしたい』みたいなことを出す人がいました。同感です!」(『実顕地研鑽会記録集』より)

なるほど「そう感じられる場」づくりか。
そういえば最近の「村ネット」が面白い。ジャガイモ、蜜柑、リンゴ、お米等々稔りの秋に合わせるように、実顕地間交流での体験発表が続いている。加えて韓国、タイ、オーストラリアへと諸国への送り出しも盛んだ。

ここでも、成人してからも、経験なり実績が上がっていく程溜まってくる、この垢ともいうべき固定観念のトリコから解放されて、無心の子供心に還るような場が用意されつつあるのだ。

あの鮭の母川回帰に、これからの紅葉の季節に私達は心の琴線を揺るがすように、何かに惹きつけられるような心からの動きとして普段の日々を見ていきたい。

PageTop

9 研鑽会の醍醐味、特質

「『人間、腹立つのが当り前』と思ってる間は、怒りすら取れなんだ。本当に真なるものが見える立場から見たら、『絶対に腹立たん立場に立てる』というところからきての究明で、怒りは取れるし、我のあった人が我が取れて楽になれる。そういう目標に立って究明せんと」(山岸巳代蔵)

山岸会の体験は私の人生の出発点であったという宗教学者・島田裕巳さんは、何冊かの自著で一週間の『特講』とりわけ「怒り研鑚」会の醍醐味の一端に触れている。

「私はしだいに、答えることばを失っていった。(略)会場の空気は重苦しいものに変わり、沈黙が続くことが多くなった。(略)
私は自分がなぜこんな目にあわなければならないのか理解に苦しんでいた。(略)しかし脱出のための糸口は、なかなか見えてこなかったのである。(略)
ところが参加者のなかに、自力で脱出口を見い出した人間がいた。(略)
彼女の発言を聞いて、体の奥からなにか暖かいものがこみ上げてくるようにさえ感じられたのである。私は解放感を味わっていた」(『イニシエーションとしての宗教学』)

「あって当り前」の自分の作った一線が外れた一瞬を見過ごさないで捉えられている。すると「なにか暖かいもの」がおのずとこみ上げてくるのだ。
そういう目標に立っての究明、即ち「と」に立つところからの理解を、というわかり方。

研鑚は研究・学問と異う。研鑽会は研究会・講習会と異う。
自分の作った「あって当り前」の一線を持たないで、真なるものを究明し、それに即応(立つ)しようとして、そこからの現象を皆で創り上げるという、この一点で。
そこから湧いて来るものがある。
その心底の底ついた事実にもっと想いをはせたい。


PageTop

8 心に感じる世界

「これは一体の一つのもので生まれたもので、酸素・炭素・水素とで、或いは水素と酸素で水が出来るようなもので、私がなんぼ理念を言っても、その理念に立ってやらんと実現できない。一体のものはそこから出来てくるもの。どっちを重しとも、軽しともせん、不可欠のもの。そういう一体となって、いよいよ具現方式によってやっていこうという案で、そういう理念に立ってやっていくものでないと、本当のものでない。理念も実も一つのものやからね」(山岸巳代蔵)

目に見える世界は、全部目に見えない世界の現れだ。
この世の中には見えない感じない世界があり、それがもとになって心に感じる世界があり、心に感じる世界がもとになって目に見える現象界がある。

ここでの心に感じる世界とは、「心の琴線に触れる」実感のことではないだろうか。

「私の眼前に広がるこの瑞々しく美しくも豊かな世界が、主観と客観を隔てる意識のスクリーンに投影された像のようなもの、現実世界の不完全なコピーなどであるはずがない。
私は事実そのものと直接ふれあいながら現実世界のただ中で生きている。
事実の世界=客観、思いの世界=主観。
世界を二つに切り分けた時から、私の心は事実に直接ふれる道を閉ざされていた」(『実顕地研鑽会記録集』より)

自分の思い・考えで「事実の世界」と「思いの世界」を二つに切り分けようとするから閉ざされるのだ。

主観と客観での「と」に立つことではじめて、事実そのものと直接ふれあいながら現実世界のただ中で生きている「自分」を見出すのだ。
「理念に立ってやっていくもの」とは、「心の琴線に触れるもの」がもとになって、それが「繋がりそのものの自己」の実感となり、そこからの実動行為が目に見える現象界として現れ出るといった後先。

PageTop

7 〝ない〟ものが見える

「 獣性より真の人間性へ(一)
万象悉く流れ、移りゆく。
一年前の春の一日、当向日町の一隅に触れ合う報謝の魂が火となって、全国到る地域に点ぜられました。期せずして相寄る心の集いはあまりにも早く、鶏鳴によって平和日本の黎明を告ぐるに至りました。今や地軸を動かす事態が発生しつつあるのであります」(山岸巳代蔵)

山岸会が発足(1953年3月)して一年後に発行された山岸式養鶏会会報創刊号に掲載された一文は、「万象悉く流れ、移りゆく」という一節から始まる。
なぜ山岸さんは冒頭に、あえて栄枯盛衰のはかなさやむなしさを表現したのだろうかとずっと疑問視してきた。

それが「窮すれば通ず」というか、イズム運動の先が全く描けなくなってみじめな境地に追いこまれたまさにその時、「万象悉く流れ、移りゆく」そのものがありのまま映ってきたことがある。
人間の考えや判断と真理・真実・真相・事実・実態との異いを研鑚して、目から鱗が落ちるような気がしたのである。

真理と人間の考え

その異いの絶対的な距たりを思い知る。
しかしここでも「と」に立つことで、必然真理に即応した正しい考え方・実であろうとする人間の崇高本能をかきたててやまないものにも気づかされた。
それはそれまでの自分を超えた「自分」を、「と」に見たからである。
「と」に立つとは、そうした距たりを一挙に飛び超えようとする「理念」を立てるという実動行為をかきたてるのだ。

(真理と人間の考え)と現象

真理に即応しようとする考え方があるのとないのとでは、きっと現れる現象は異う。

PageTop

6 こういうものがある


だがしかし自分がその時自分の琴線に触れたというこの感じは、その時その場でのたんなる思いつきにすぎないかもしれない。その感じの世界が時空を超え、誰の心にもある「心に感じる世界」にまで到達できるかどうかはおぼつかない限りだ。

それにしても自分だけの温もった心地よい、さきのムイシュキン公爵の秘密の場所にも通底する「心の琴線に触れるもの」との対話をくり返していると、いつしかそういう「もの」がどんどん膨らんでくるのだ。

それはどういうものなのだろうか?
そうくり返し尋ねることで、なぜか不思議とそこで癒やされている自分の中の「自分」を見たのだ。
そこでの「自分」って、いったいどんな自分?
そこには驚きがあり、そんな「自分」を見つめていて飽きない。

「物がなくなって、まだ私というものがある。外を見んと、こいつ(自分)を考えてみると、まだ私というものがある。私の考えも、肉体も、生命も、放したらどういうことになるか。よく考えてみると、何か持っているということね。そうすると、分からんの。放し切った中に、『こういうものがある』でいいと思うの。どうやろ」(山岸巳代蔵)

「こういうものがある」という事実に気がついたのだ。
そうした事実その中で癒やされている自分の中の「自分」を見たのだ。もう、からだをまるごと事実その中にゆだねるだけだ。
パッと目の前が開けた感がした。


PageTop